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花屋elfeeLPia シリーズ

花屋elfeeLPia 恋はいりませんか? 第二話 アガパンサスの物語

作者: 羽柴花蓮



ここに一軒の小さな花屋がある。elfeeLPia。妖精の感じられる場所という造語だ。人は信じない。妖精という存在を。しかし、ここにはいる。確かに。店主と近所の子供、向日葵だけには見えるのだ。向日葵はひまちゃんと呼ばれ、この花屋を遊び場にしている。


そんな向日葵が客を連れてきた。この店ではよくある事だ。

「いっちゃんー。この人に傘あげてー。私のだと小さいの」

 ちょうど、六月。梅雨の時期だった。後から聞いた向日葵の話によると、雨の中、傘も持たずただたたずんでいたという。その少し前に男性と話していたが、すぐに男性は去って行ったという。女性は、何も言わず、泣きもせず、ただ立ち尽くしていた。そして向日葵は通学の帰りに差していた傘を貸したが、小さすぎて二人ともずぶぬれでelfeeLPiaにやってきたのだった。

「ホットミルク。あったまりますよ」

 向日葵置き道具のカップと白い手によくなじむマグカップを持って一樹はホットミルクを持ってきた。二人は、バスタオルで髪の毛やら服を拭いていた。向日葵は女性が気を利かせたのか、あまりぬれてはいなかった。それでもランドセルや片側の肩はずぶぬれだった。女性が、笑顔を見せながら向日葵の髪の毛を拭いていた。自分のことより、傘を差しだした向日葵に心底、嬉しそうだった。きっと男と別れたのだろう。ただ雨の中立ち尽くしていたのは流れる涙を隠すためだったのではなかろうか、と。一樹は推測していた。


 それもそのはず。向日葵が女性に渡した切り花は、六月の花、アガパンサスの切り花だった。和名を紫君子蘭といい、アフリカ原産からアフリカンリリーと呼ばれる。アガパンサスという名前はギリシャ語で愛と花を意味する言葉からきている。地植えが多いが、つぼみを楽しみ、切り花という愛で方もある。花を切り花で見たい場合は、咲きかけた花を選ぶといいと言われている。花言葉は「恋の訪れ」、「愛の訪れ」。向日葵の話を総合すればこの花言葉を贈った意味がわかる。


 あの女性に、もう一度、恋を。愛を。向日葵が望んだ。そしてアガパンサスの精が女性の肩に乗ってまた去って行った。


「ひまちゃんは。ほんといろんなお客さんを連れてくるねぇ。私のお嫁さんも見つけてきてくれよ」

「暇だったらね。ほら。お客さん」

 また、向日葵に足を踏んづけられて一樹は客の方に行った。


 向日葵に花言葉と共に贈られたアガパンサスの切り花を一輪挿しに挿す。紫の濃いつぼみが愛らしい。開きかかった花弁はもうすぐすれば咲くと向日葵は言っていた。そういえば、傘を返しにいかねばならなかった。向日葵の傘では小さいのであの花屋の傘をと渡されたのだ。

「恋の訪れね・・・」

 終わったばかりの恋を引きずっている自分が陥る恋はまた破滅的ではないだろか。失恋したばかりは恋に落ちやすいとも言う。しばらく、恋も愛も欲しくない。

当分、梅雨は続く。晴れた日に返しに行こう、とりあえずは、傘を乾かそうと、もう、誰も来ない玄関に広げて置いた。


 当分、あの花屋に行くことはないだろうと思っていた瞳はその時期が意外にも早く来たことにため息をついていた。

 梅雨晴れである。梅雨の合間の晴れ、それが数日後にやってきた。まだ恋も、愛もいらないのに・・・。向日葵がくれたアガパンサスは意外と状態を保っていた。だが、つぼみだけだったものはふとした拍子にころん、と落ちてしまう。

 まるで、私のようね、と自虐的に見ていた。だが、晴れるとなると、傘を返さなければならない。何も見つけていないのにあの子供はなんと言うだろうか。せっかく花言葉と共にくれたのに。お金を出す、と言ったのだが、店主の一樹も向日葵も、これが商売と言って譲らなかった。

 

『秘密があるの』


 そう言ってアガパンサスの花束をくれた。なにか意味があったはずだ。その意味を見いだせないまま、行っていいものか・・・。瞳はしばらく悩んだ。だが、いつまでも傘を借りっぱなしの訳にはいかない。

 えい、と晴れている間に、と瞳は傘を持ってあの小さな花屋に行くことにした。


「いらっしゃいませー。あ! 傘のおねーさん。今日は」

「向日葵ちゃん。この間はどうもありがとう。やっと傘を返しに来られたわ」

 そう言って店主の方に頭をさげる。店主は男性と歓談していた。軽くこちらに頭をさげる。話が終わるまで待っていようと、周りの花々を見る。どれも生き生きとしている。いろんな色があって、いろんな形があって、いろんな姿でいてくれる。なんとなく、瞳に無理をする必要はないんだよ、と語りかけてくるようだった。

「向日葵ちゃん、お花、綺麗ね。今日はどれがお勧め?」

「クチナシなんて、どうですか」

 向日葵の声でなく、男性の声がかかって瞳はびっくりして後ろを振り返った。


 ごん。

 

 男性の顎に瞳の後頭部が直撃した。

「すみません。大丈夫ですか?」

「あ。ああ・・・。少々、ダメージを食らいましたが、勇者は復活しました。タリタリラ~ン」

「なんですか? それ」

「ゲームの一節ですよ。会社の休憩時にゲームのBGMが流れるのでつい・・・」

「面白い会社ですね。ゲーム会社にお勤めですか?」

「いえ。ただのドラックストアです。朝に懐かしいBGMが必ず流れるのですよ。昔はゲーム少年でしたから」

「可愛い男の子だったんですね」

「いやいや。生意気盛りの反抗期バリバリでした。でも母の方が怖くてね。一度、ババァって言うと何~! とこちらを超える雰囲気でそれ以来、呼べませんでしたよ」

「まぁ。頼もしいお母様」

「怖い母ですよ。ホントに。と。このクチナシの花をどうぞ。花言葉は『幸せを運ぶ』です。あなたに幸せが訪れますように」

 クチナシの花が咲いた一枝を瞳に渡す。その後、すたすたと去って行く。渡された一枝を見つめていたが、ふっ、と思い出したように背中に声をかける。

「瞳です。あなたのお名前を・・・」

「大樹です。一樹の兄ですよ。この店にちょくちょく来ますので。それではまた・・・」

 眩しい笑顔を見せて大樹は去って行く。その後ろ姿をじっと瞳は見つめていた。

「大樹・・・さん。ありがとう」

「一枝では物足りないでしょう。ひまちゃん。もうちょっとクチナシの花持ってきて」

「は~い」

 向日葵がクチナシの花を持ってくる。

「今度はお代を・・・」

「いただきますよ。元気になられたようですし」

 そういえば、なんだか明るい気分になっている。梅雨のうっとうしい雨から一時、解放されたせいだろうか。それともあの大樹にクチナシの花をもらったから・・・?


 恋はいらないんんじゃないの?


 心の中で反芻する。


そうね。まだ、恋はいらないわ。でも幸せは欲しいわね。あの大樹のクチナシの花束がうらやましかった。

「向日葵ちゃん。家中をクチナシで飾りたいから花束作って。あ。アガパンサスもいれてね」

「はーい。いっちゃん、出番だよ」

「なんでそーいう仕事ばかり私なんだ」

「背が高いから」

「あ。そう」

 二人の師弟関係が面白くてつい笑ってしまう。

「あ。瞳さんが笑った」

 向日葵も笑顔になる。その笑顔はまるで名前のように輝かしかった。確か、向日葵の花言葉は・・・。

「あなただけを見ている、ですよ」

 花束を作りながら一樹が言う。

「私。独り言でもいいましたか?」

 ぶつぶつ言っていただうろか、と瞳は心配する。

「大抵のお客様はひまちゃんの常連客になるんですよ。みなさん。最初に顔に書いてあります。向日葵の花言葉? 、と。ひまちゃんが花言葉と一緒に花を渡すものですからみなさん、必ず向日葵の花言葉は? と、聞くんですよ」

「そうなんですか・・・。ひまちゃんって呼んでいいかしら?」

「うん。みんな。ひま、とか、ひまちゃんって呼ぶから。おねーさんの名前は瞳ね。大樹お兄さんに言ってたもの」

「なんだか、また会いたくなるような人だ立ったから」

 その瞳の言葉に向日葵はにんまり、笑う。

「来週の木曜日も暇だから、一樹お兄さんまた来るよ」

「そう。またみんなとお話したいからまたくるわ。ありがとう。お代をは?」

「五千円ちょうどになります」

「消費税は?」

「内税となっておりますので、そのままで」

「ありがとう。ひまちゃん。またね来るわね。帰りに花瓶買わなきゃ」

 暗かった瞳の表情は明るいものに変わっていた。大樹のおかげだろか。クチナシの花言葉のおかげだろうか。それは瞳自身にもわからない。今度は瞳は新しいアガパンサスとクチナシの精を一緒に連れ帰っていった。

「前の子はどうなるの?」

「そろそろ枯れるだろから、帰ってくるよ」

「よかった。紫蘭の子、生まれ変わったけど、気になってたんだ」

「ひまちゃんは優しい子だね」

「もっと褒めて、褒めて」

「ひまちゃんのようなお嫁さんが欲しいよ」

「おっと。年の差婚は遠慮するからね」

「あたり前だ。そんな犯罪めいたこと私がするわけないだろう?」

「妖精、こき使ってるくせに」

「それはオフレコ。さ。作業始めるよ」

 花屋の仕事はたんとある。いくら小さくても花のメンテナンスは欠かせない。向日葵も手伝い始めた。


 次の週の木曜日。朝早くから瞳がきていた。着ている服もカラフルで、笑顔が素敵だった。

「あー。あんなお嫁さんがほしい」

「だーめ。お姉さんは違う人のお嫁さん」

「わかってるよ。他人の縁組みはするくせに私のはしてくれないんだからね」

 ブツブツ文句を言っていると、大樹がやってきた。

「クチナシの花、まだある?」

「あるよ。兄さん。それとお客さん」

「お客? あぁ。あなたは・・・」

「瞳です。この間は、クチナシの花をどうもありがとうございました。花言葉と一緒に励まされました」

「そうですか。それはよかった」

 大樹は何も聞かない。それがよかった。あれこれ掘り出されて傷がえぐられるのはつらい。今は、アガパンサスとクチナシの花言葉を支えにしている。

「さぁ。瞳さん。今日も、クチナシの花をどうぞ」

「ありがとうございます。あの後たくさんアガパンサスとクチナシの花束を買って家中に飾ったんです。とっても部屋が華やかで嬉しくなりました。これも大樹さんがクチナシの花を花言葉と渡してくれたおかげです」

「そう。それから、知ってましたか? アメリカではダンスパーティーに初めて誘う女の子にクチナシの花をプレゼントするんですよ。私も初めてでした」

 意味深な言葉に瞳はびっくりする。

「それって・・・」

「はい。お付き合いしてください」

 即答されて応えようとする自分がいた。だが、傷は癒やされていない。

「ごめんなさい。今はまだ、恋をする自信がないんです。ただ、大樹さんと話していると心が安らぎます。もう少しこのままお客さん同士でいられますか?」

「一樹から大体のことは聞いています。でもせっつくつもりもありません。いつかクチナシの花を私にくれませんか? そのときがお付き合いの合図です」

「大樹さん・・・」

「この花屋に涙は不要ですよ。小さな植物園を回りましょうか」

 そう言って二人で花を愛で始める。ほらね、と向日葵が一樹に肘鉄を食らわす。

「大樹お兄さんのお嫁さんよ」

「私のお嫁さんみつけてくれー」

「それはいつにしようかなー」

「ひまちゃ~ん」

「あ。お客さんだ。いらっしゃいませ。どんなお花をお探しですか?」

 こうして向日葵が天使の接客を始める。いつも通りの花屋「elfeeLPia」が始まった。

 


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