Lesson8 ダメだ、俺の負け
「……っクソ!」
「次から次へと、勘弁してくれるか」
ギラリと目を光らせた魔王なルヴァイは、商人のフリをして襲ってきた刺客の一団を、宙で団子のようにひとまとめにした。
それを手慣れたように金の鎖でシュルシュルと拘束していくエルナルド殿下。
そして不意をついて襲いかかってきた老婆を拘束している私。
「襲い方がワンパターンで面白くないわ。もう少しビックリさせて欲しいのだけど」
「いや、もう来ないほうがいいだろう……」
ポイッと拘束された老婆を放り投げると、私はポンポンとドレスについたホコリを払った。
ドサリと落ちた老婆は唾を吐き飛ばしながら叫んだ。
「さっさと魔王の力を解き放て!この国を滅ぼせ!この悪女!貧乳!ヒョロ長!!」
「なん……だと………?」
地鳴りがしてルヴァイの目がギラギラと光出す。
待て待てそれじゃ思うツボだ。
私はため息をついてルヴァイに抱きついた。
「あら、そんな若造の女の言うこと信じるの?大人の男ならもうちょっと余裕持ってくれないと」
ルヴァイはキョトンとして私のことを見た。
それから少しショックを受けたような顔をした。
「マリエル……今、俺のこと年寄り扱いした……?」
「年寄りじゃなくて、大人の男扱いよ。100年も生きてないこんな若造な安い女にいいように心を乱されるなんて、まだまだ若いのね、魔王様」
「み、乱されてなんてない」
「あら良かった。ねぇ、若妻な私はこのおばあちゃんに酷いこと言われて傷ついたんだけど、慰めてくれる?」
「もちろんだ。マリエルは凛としてて上品でいつも綺麗だ」
「うふふ、ありがとう」
イチャイチャし始めた私達の横では、エルナルド殿下が無心でならず者たちを拘束して配下の者達に引き渡している。
心を入れ替えた……もしくは女に騙されたショックですっかり大人しくなった王子はとても勤勉で従順だ。
ちなみに王太子の座はまだ空席。
エルナルド殿下になるのか、年の離れた第二王子になるのかは、まだ分からない。
「はぁ……とんだ邪魔が入りましたね。続きをお願いしても大丈夫ですか?」
「えぇ!お願いします!」
例の年の離れた可愛らしい第二王子が私の近くに寄ってきた。
まだ幼さが残るこの王子は社交デビューもまだで大切に育てられている段階なのだが、実は隠れた特技がある。
いや、特技というと、少し違うかもしれない。
第二王子ロイス殿下はキラキラとした笑顔で私の手の甲に浮き出た呪いの模様を観察し始めた。
「今日も変わらず素晴らしい完成度!!700年以上経っても変わらぬこの色この精密さそしてこの美しさ私は本当に感激ですあぁ大丈夫ですよ今日も安定していますよきっちりしっかり魂に繋がっていますし次の転生でも間違いなく受け継がれるでしょうだからこそ解呪は難しいやはりルヴァイ様の方の解呪を試みたほうがいいかもしれませんなんたって長生きですから何世代分も研究し続けられますし解呪できないにしても新しい呪いを開発して重ねがけするとかちょっといじって変えてみるとかもっと」
「俺の女に触れるなロイス」
「やだなぁ僕に下心とかないですよルヴァイ様。僕まだ10歳ですし。」
「マリエルとそんなに違わないだろう」
「まぁ確かに約700歳差ですもんね僕達。ねぇマリエル」
「……………貴様あれほど妻を呼び捨てにするなと」
「はいはいー!!落ち着いてルヴァイー!!」
「おぉー!反応した!!!素晴らしい!!!」
ギラギラと光を放ち始めた恐ろしい顔のルヴァイの目を嬉々として覗き込むこの10歳の王子は………ご覧の通り、魔術やら魔法やら呪いやらが大好物の、いわゆるオタクだ。
ちなみにこうしてルヴァイをわざと煽っては怒らせて魔族の力を呼び起こし観察をしている。
この大物感がすごい第二王子こそ次期王に相応しいのではないかと思うのだが。
当の本人は魔術やら呪いやらの学者になるのが夢だと言って、あの手この手でその道を突き進んでいるらしい。
その才能がすごい。
暫くして、弄ぶように観察されすっかり疲れた顔になったルヴァイが、私のことを後ろから抱き寄せて、私の肩の上で、はぁ、とため息をついた。
「帰ろう、マリエル。疲れた。」
「はいはい。じゃあね、ありがとうロイス殿下」
「うん、また来てねマリエル!ルヴァイ様も!」
「………」
不満げなルヴァイの視線を受けても全く怯まないロイス殿下に見送られ、パチンと転移する。
慣れ親しんだ山の館。
一年ほど前から私もここに住んでいる。
「………俺も若くなりたい」
拗ねたように私をぎゅうぎゅう抱きしめてくるルヴァイがなんだか可愛い。
クスクス笑いながら、私は大好きなこの魔王のような男の腕を優しく撫でた。
「やめてよ、私はこれからどんどん年老いてババアになってくのよ?既に魔王を手懐ける悪女とか、悪魔のナイフ使いとか言われてるのに。イケメンな夫がこれ以上若くなったら困るわ。」
ちなみに『悪魔のナイフ使い』の異名は、王子の元婚約者だったロクサリーヌ様を手懐けてから言われるようになった。
第5の姫君として道具として扱われてきたロクサリーヌ様を手懐けるのはあっという間だった。
才能のある弟子を取れて幸せだ。
ちなみに今私は『お姉様』と呼ばれている。
そして完全に蛇足だが、お父様は巷では『牛魔王』と呼ばれている。
……大変気に入っているらしい。
肩の上でルヴァイがはぁ、と息を吐いた。
「マリエルがシワだらけになったって好きだ。ババアなんかじゃない」
「……っちょっと、最近発言が甘すぎない!?」
「そう?」
「前はもうちょっと素っ気なかったり意地悪な事言ったりしたじゃない!」
「………なに、虐めて欲しいの?」
「は!??」
思わず振り返って後悔した。
熱を持って光る紅い瞳が、とろりと私の目線を絡め取る。
「あの、違う、そういう意味じゃ!」
「ん?」
後ろから抱きしめられたまま、吐息のかかる距離で見つめられる。
「ほら、どうしたの?」
「いえ、あの………」
「キスしたい?」
「っ……」
「ちゃんと言わないとしてあげないよ?」
光る眼をトロリと細めて笑うルヴァイは今日も色気たっぷりだ。
なんたって昔私を妻に持っていたという、700歳分の経験値を持つ男だ。
叶うわけない。
ここは攻めだ!と勝手にキスしてしまおうと身を乗り出すが、ふっと躱される。
「ほら、ズルしない」
「〜〜〜〜〜っ」
「言ってごらん、マリエル」
ホワッと手の甲から身体中に熱が伝わる。
ズルい。
本当にズルい。
真っ赤になってプルプルしている夫婦一年目の若造の私を、ルヴァイは目を細めて愛おしそうに見つめて、指で優しく唇をなぞった。
「……ダメだ、俺の負け」
そうして重なったルヴァイの唇は、今日も優しくて、あったかかった。
永い間離れ離れだった時を埋めるように、私達は何度も何度も手を取って、一緒に時を過ごした。
穏やかで、優しい時間。
ルヴァイにとっては、永い時の中の、ほんの少しの時間かもしれないけど。
夕暮れになり、いつものように館の屋根の上に登る。
山の上の館の屋根で寝そべってみる夕闇の空は、オレンジと藍色と群青と暗闇の空の色が混じり合い、遠くの街の灯と瞬き始めた星の光がとても美しい。
呪いの影響を考えて、結婚しても子は持たないと決めて一年が経つ。
私達はきっとこうして、夫婦で静かに穏やかに暮らしていくんだろう。
ルヴァイののんびりとして幸せそうな横顔を見る。
時が刻まれない、いつまでも変らない、滑らかな顔。
「……ねぇ、ルヴァイ」
「なに?」
「あの魔法、使わないの?」
ルヴァイはほんのり光を宿した眼で、ちらりと私のことを見た。
ロイス殿下の研究から発明された、魂を見つける古代魔法。
私の手の甲にある呪いの式の中にあった、単純な魔法だ。
古代魔法だから、魔族の力を持つルヴァイしか使えないけど。
今この私にその魔法をかけてくれれば、いつか私が死んでもその魔法と共に転生し、ルヴァイは小さな頃から私のことを見つけられるようになるはずだ。
ルヴァイは暫し考えるように空を見上げてから、ぽつりと呟いた。
「……あれは、殆ど呪いだ。一度かけたら外せないよ。………本当に、いいの?」
「もちろんいいわよ。」
「………君まで何度も何度も、俺に縛られる必要はない」
ゆらりと光を宿す紅い瞳が揺れる。
バカだなぁ、と思った。
微塵もそんなこと思ってない癖に。
700年経ってもこんなに優しくてどうするつもりだろう。
私はクスクス笑って、その滑らかな頬に手を滑らせた。
「何もかも忘れてるけど、わかるのよ」
なんの根拠もない。
でも、不思議と湧き上がる、不思議な気持ち。
「私はずっと、貴方に会いたかった」
はっと目を見開くルヴァイに、優しく語りかける。
永い時を生きる、この人に。
「この国に縛られているのは貴方にだけじゃないわ。私もこの国に縛られて、貴方と繋がったまま、何度も何度も生まれ変わってるのよ?」
何故か分からないけど、ポロリと涙が零れてきた。
何も覚えていないけど。
これはいつの私の涙なんだろう。
「ルヴァイ、お願い。ちゃんと、私のこと、見つけて。」
「………いいの?」
「いいってば」
笑う私の頬に伝わる涙を指で掬い取ったルヴァイは、それをちゅっと唇で吸い取ると、おもむろに私の手を取った。
左手の甲に、黒い蔓薔薇のような模様が浮かび上がる。
「………マリエル」
「うん?」
「ずっと、愛してる」
「ふふ、うん、私も。ずっと愛してるよ」
優しく笑ったルヴァイの紅い目が、夕闇の中でキラリと光って綺麗だった。
「………かけるよ、魔法」
「うん」
そう言うと、ルヴァイの目がより一層紅く輝き、同じような紅い光が私の手を持つルヴァイの指の先から溢れ出した。
その紅い光をまとった指が、優しく私の指に絡んで、熱を持つ。
身体の芯から…奥底から何か熱くなって、ルヴァイの指先が触れたところから、ルヴァイと繋がるような、そんな不思議な感覚がした。
ふわりと光が消え、ルヴァイが幸せそうに目を細めて、私の薬指にキスを落とした。
結婚指輪がはまったその場所には、指輪を彩るように柔らかな雰囲気の紅色の模様が浮き出ていた。
「えっおしゃれ!」
「ほんと?良かった」
魔法をかけたばかりだからか、まだほんのり光っている。
なんだか嬉しくなって、ルヴァイにガバリと抱きついた。
「ありがとう!!」
「なんだよ、そんな喜ぶ?多分次もその次も俺に追いかけられるんだよ?」
「当たり前じゃない!ちゃんと幼女の頃から面倒見てよ」
「えっ……嘘だろ」
「は?」
私は眉間にシワを寄せてルヴァイを睨んだ。
「早めに見つけてくれるんじゃなかったの!?」
「いや、見つけるけどさ……流石に幼女は」
「いいじゃない!早くしないと他の男に取られるわよ!」
「それは困るけど」
「ちゃんと見つけて!」
「いや、だって………」
ルヴァイは困惑した顔で私を見つめた。
「流石に幼女に手を出したら社会的に抹殺されそうだし………」
「はぇ!??」
思っても見なかった展開に変な声が出た。
「いや、普通に子供として面倒みたら良くない!?」
「無理だろ」
「なんでよ!」
「見た目がちっちゃくても好きだから」
「………は!!??」
まじまじとルヴァイを見る。
信じられない。
「……………今すごく俺のこと犯罪者のような目で見ただろう」
「当たり前じゃない!!」
「だから言ったんだ。外側が幼女でも、魂が俺の愛妻だ。幼女趣味は全く無いが、妻は抱きしめたい。どうしたらいい?」
「えっ待って、どういうこと?難しい!!!」
クックックッと笑うルヴァイを見て、あれ、と思う。
ルヴァイの目に涙が浮かんでいる。
「…………からかったわね!!!」
「っくく、あははは!」
屋根の上で二人でゴロゴロ転がってじゃれ合う。
大丈夫、分かってる。
笑いすぎて紅い目に浮かんだ貴方の涙を、ふざけたように唇で吸い取った。
貴方はなんだかんだ、恥ずかしがり屋だから。
それに、ビックリするほど優しいから。
貴方に見つけて貰った私は、いつでもきっと幸せになる。
そしてまたきっと、貴方を好きになる。
大丈夫、なんど生まれ変わっても、またきっと、私と貴方は出会って。
そうしてこうやってじゃれ合うのだ。
そして、いつかきっと、同じように歳を取って、同じように皺を刻んで時を重ねて。
穏やかな老後を、この館で過ごそう。
永い時を越えた、優しい貴方と。
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「え、最後!?どうなっちゃうの!?」「マリエル長生きして欲しい(;_;)!」と思ってくれた方も、
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ギャグ要素満載ですが良かったらそちらも見て下さい☆
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☆完結済み作品ご紹介
『森の賢者と太陽の遣い〜期間限定二人暮らしから始まる異文化恋愛〜』
番外編投稿中です。
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