Lesson7 隣で幸せそうに笑ってろ
あのすったもんだの夜から数夜経ち。
あっと言う間に夜会の日になった。
王都までの距離が結構あるから、もちろん前日には向かうと思っていたんだけど。
ルヴァイの転移なら一瞬らしく、なんとまだ私はルヴァイの屋敷にいる。
「ほ、ほんとに大丈夫なんだよね?お父様は昨日王都に向かわれたけど……」
「だから、大丈夫だって。」
ルヴァイはまたいつものようにやれやれとため息をついた。
こいつため息つきすぎじゃないか。
「ほら、これ。さっき王都から持ってきたやつ。」
「え」
ルヴァイがパカッと大きな箱を開けると、ワインレッドの綺麗なドレスが出てきた。
待って。
この箱。
「王都の超有名高級店のドレスじゃない!」
「へぇ、マリエルでも知ってるんだ」
「流石にこれぐらい有名なら知ってるわよ!!」
「意外」
「なによ!!」
何だかルヴァイがご機嫌だ。
私のイジりの切れ味がいい。
「なんとなく見せたくて持ってきたけど、流石にここじゃ着替えられないから、そろそろ行こうか」
「うん?」
「俺がマリエルの化粧とかできるわけ無いでしょ」
「………それはそうね?」
どうするつもりなのかよく分からず首を傾げたら、ぱっと手を握られて転移した。
ふかふかの絨毯の上に着地する。
めちゃくちゃ綺麗なシャンデリアが上から垂れ下がってる。
「………どこ、ここ?」
「王都の屋敷」
「………………は?誰の?」
「俺の」
振り返るとニコニコしたオシャレなおばさんと、綺麗なお姉さんが控えていた。
「着換え、よろしくね」
「えぇ、畏まりました!」
「腕がなりますわね!!」
状況がうまく飲み込めないまま為されるがまま………あれよあれよという間に支度を整えられた。
鏡の中を見てビックリする。
誰これ。
「まぁ、素晴らしいですわ!!華奢で、背も高くていらっしゃるから、凄くお似合いです」
「イメージにもピッタリですよ!まさにクールビューティーですわ!」
今まで無難なドレスばかりだったから、こんな大人っぽいワインレッドのドレスなんて選ぼうと思わなかった。
プロの手にかかるとここまで違うとは。
ワインレッドのタイトなドレスは背中のV字が大きく開き、スカートには大胆なスリットが入っている。
腕は同色の繊細なレースの長袖。
そんな露出が強い服装なのに、何故かものすごく上品にまとまっているのは、ドレスが上質だからなのだろうか。
首元には繊細なシルバーと小粒のダイヤに縁取られた美しいカットのダイヤ。
サイドに流した黒髪は豊かに波打ち、口元はルビーのように艷やかだ。
まさに、美しい悪女のイメージ、そのままだ。
白くて細長く涼やかな自分にしっくり合うドレスなど、生まれて初めてだった。
ルヴァイが私のためにと選んでくれたドレス。
こんな私でも、美しくなれるドレス。
私という人間をよく見てくれていたことが分かって、胸が熱くなる。
そして同じく着飾ってやってきたルヴァイ。
その姿にもびっくりだった。
黒の騎士のような服。裏地やほんの少しの差し色は、暗い赤。
まさに魔王のような出で立ちのルヴァイは、想像を絶する美しさだった。
「………ズルくない?」
「なにが?」
「貴方、私より綺麗よ」
「何言ってるの」
ルヴァイは、やれやれとため息をついて、そして綺麗な瞳で私のことを見た。
「君より美しい人なんていない」
「……っ!?」
思ってもみなかった甘い言葉に固まる。
ルヴァイは何だか嬉しそうに柔らかく笑った。
「じゃあ、行こうか。」
「…っ、えぇ。」
「……緊張してる?」
そう言うと、ルヴァイは私の髪の毛を一房取って口付けた。
「大丈夫、十分悪女に見えるよ。」
「も、もちろんよ!」
そうでなくては困る。
ここまで悪女修行を積んできたのだ。
不十分とはいえできる限り悪女として振る舞い、側妃としての婚約を何が何でも回避しなければ。
あんなことがあったのだ。
私もお父様も、再婚約は断固拒否する構えだ。
ちなみに、あのクソ王子がその後どうなったのかは私もルヴァイも知らないのだけど、夜会はこのまま執り行われ、ロクサリーヌ様との婚約発表もあるらしく。
招待状を貰ったからには行かないわけには行かない。
なんたってしがない辺境伯の娘だからね。
……隣にいるのが、例の『魔王』様なだけで。
ルヴァイに手を取られ、エントランスから外に出る。
美しい庭が続いている。
「庭広すぎない?」
「そりゃ王宮だからね」
「は?」
王宮の中に家?
「どういうこと?」
「王宮の庭の中に、俺の王都の家があるの」
「は!?」
意味がわからない。
そして気がついた。
そういえば、この人も一応王族なんだった。
700年以上前の王族とか、大先輩もいいところ……ということなんだろうか。
ルヴァイはあ然としている私の様子は意に介せず、もう一度私の顔を覗き込むとニヤリと笑った。
「ちゃんと悪女の条件は覚えてる?」
「当然!!!」
私はお腹に力を入れて背筋を伸ばした。
「妖艶で美しく、強く賢く屈せず堂々と。」
「いいね、それから?」
「……っ、い、いい男を自信満々に連れてる。」
そして私が連れているこの男は、少し長い黒髪の間から真紅の目をキラリと覗かせてニヤリと笑い、顔を……いや、その唇を近づけた。
「そうだね。完璧だ。じゃあ、できるよね?」
「……っここでするの!?」
城の庭園。
まだ会場には入ってないから周囲にそんなに人はいないけど。
「あんなに練習したのに実践で使わなくてどうするの」
そして息遣いが聞こえそうな距離で私の目に視線を絡ませた。
「ほら」
「……っ」
私は少しぷるぷる震える手を何度かグーパーグーパーして落ち着かせると、そっと男のなめらかな白い頬にその手を添えた。
「そ、その、目を閉じなさいよ!」
「悪女はそんな細かいこと言わない」
「え、ええと」
「ほら早く」
吸い込まれそうな深い紅の瞳が、とろりとした熱を持って私の思考を絡め取っていく。
結局私はルヴァイに弱い。
私は何だかふわふわと魅了されたような気持ちになって、そのまま魔王な男に軽く口付けた。
よし!できた!!!
達成感で胸をいっぱいにして唇を離そうとしたが、するりと頭に回った手にぐっと押さえつけられて動けなくなった。
そのまま柔らかな口付けに翻弄される。
どうしよう、ちょっとまって……
誰かに見られてるかもしれないじゃない。
ちょっと、恥ずかしすぎる。
でも。
逃げ出そうとするが、力が入らない。
ふわふわとしてきて、幸せな気持ちになってきて、人目を気にする気持ちがどこかへ飛んでいってしまいそうになる。
一体どうしてこんなことになってしまったのか……
……というのが、ここまでのあらましだ。
王宮の庭の中。
私を抱きしめ唇を重ねるルヴァイの温もりにホッとする。
誰かの腕の中にいることが、こんなに幸せなことだなんて知らなかった。
ずっとルヴァイと、こうしていられるように。
……今日は、頑張らねば。
決意を新たに、拳をぐっと握る。
「……どうしたの?」
なんとなくいつもと様子が違う私に気がついたのか、顔を覗き込まれる。
「はっきり、私は王家には不要だって言ってもらわないとなって。」
「…………は?」
「だって、側妃としての再婚約を回避するためにここまで悪女教育を頑張ってきたんだから。悪女としては不十分かもしれないけど、あんなことまでされたんだもの。何が何でも拒否するわ!!」
「…………」
ぐっと拳を握る私を見て、何故かルヴァイが怪訝な顔をしている。
何ということだろう。
目的を忘れてしまったのだろうか。
私はキッとルヴァイを睨んだ
「私はあの王子の妻になんて絶対ならないわ!」
「………当たり前だろ」
「え!?」
ルヴァイが何だかギラリとした紅い目になった。
グッと腰を抱き寄せられる。
「むしろまだその心配してたのが驚きなんだけど」
「え、どういうこと?」
「バカなの?」
覗き込ような紅い視線が私を強く貫く。
「今更他の男に触らせるわけない」
「……っ」
「マリエルは俺の女だ」
ズキュンと胸に矢が刺さったようだ。
何この人。
イケメンすぎる。
赤くなって悶え始めた私を見て満足したのか、ルヴァイは私の額にキスを落とすと、ニヤッと笑った。
「今日は『魔王』の隣で幸せそうに笑ってろ。それで十分だ」
「……『悪女』らしく高笑いしなくていい?」
「絶対やるな」
「せっかく修行した意味なくない!?」
「そんなギャグみたいな悪女になってどうすんだよ……」
呆れたように言ったルヴァイはちらりと私を見ると、艶っぽい顔で微笑んだ。
「ちゃんと色気出てるし、それで十分だよ」
「ほんと!?やった!!」
「マリエルってほんとバカだよな」
「は!?なんで突然バカにするのよ!意味分かんない!」
ルヴァイは楽しそうにケラケラと笑う。
本当は、ちょっと思っていた。
多分ルヴァイは、本当の意味で、私を悪女にするつもりはない。
だが。
私は笑いが一つ落ち着くと、まだ半笑いの顔でルヴァイを見上げた。
「……ねぇ、ルヴァイって相当偉いという認識でいいのかしら」
「偉いの定義がよくわからないけど、突然王のところに行って文句言うぐらいの力はあるかな」
「…………例えば私が王様に殴りかかったらどうなる?」
「え、殴るの」
「例えよ、例え。私も割と頭にきてるから、できるならイヤミや要望の一つでも言いたいなと。」
「あぁ……」
ルヴァイがなんだか凄みのある顔で光る目を細めた。
「それぐらいならどうってことない」
「あらほんと」
「なんなら一発殴るぐらいしても何の問題もないよ」
「ふふふ、それを聞いて安心したわ」
ここまでされて黙っているほど私も大人しくはない。
私だけじゃない。
ルヴァイをいいように使う王家に、文句の一つでも言えないでどうする。
私はキッと決意を新たにした。
「………マリエル」
「何かしら」
「君のこと、本気で悪女にするつもりは無かったんだけど」
私はルヴァイを見上げてニコリと笑った。
「そんなの知ってるわ」
「怖……」
そう、どうやったら悪女らしくなるのかは分からなかったけど、逆に極悪人みたいになれる自信はあった。
妖艶な悪女らしさにワルのスパイスを加えるのはこの私だ。
私は最大限悪い笑みを顔にのせた。
………ルヴァイが絶妙な顔で私を見ている。
「なによ」
「……そんなに悪女になりたい?」
「もちろんよ」
「……もうそんな必要ないと思うけど」
「貴方が『魔王』なのに私がぼんやりした女でいるなんて嫌よ。せっかくなら『魔王』を手のひらで転がす悪女になりたいわ」
「…………分かったよ」
呆れたようにため息をついたルヴァイは、突然私を横抱きにした。
「じゃあ、覚悟はいい?」
「え!?なに!??」
「……最高の悪女を演出してやるよ」
そう言ったルヴァイは、壮絶に美しい顔で、悪そうにニヤリと笑った。
パチン!と音がして、どこかに転移する。
薄暗い小部屋。
椅子とテーブルが一脚。
その向こう側の壁一面がステンドグラスになっている。
見慣れぬ部屋なのに、何故か既視感がある。
一通り見渡して、もう一度ステンドグラスを見てハッとした。
『魔王』の柄のステンドグラス。
ここは、人前に出たがらないルヴァイの為に、夜会会場を見下ろすように高い天井近くに作られた、魔王専用のもう一つの小さな夜会会場だ。
灯りが灯っているときはあそこに魔王がいる。
そう語り継がれてきた、ステンドグラス。
暗がりの一脚の机と椅子を見て、胸が苦しくなる。
ルヴァイは、ここで、一人で、どんな気持ちで過ごしてきたんだろう。
胸の苦しみを逃がすようにルヴァイの服をキュッと掴んだ。
見上げると、ルヴァイはなんだか、切ないような、優しい顔をしていた。
「……これからは、マリエルが一緒にいてくれるでしょ?」
「うん………」
ルヴァイは私を横抱きにしたまま、おでこにちゅ、と口付けた。
「じゃあ、一緒に、このつまんない部屋から出ていこう」
ルヴァイはステンドグラスに歩み寄り、手をかざした。
パリン!と大きな音がして、ステンドグラスが粉々に砕け散る。
そしてそれはシャラシャラと細かく細かく砕けて、光の粒子となって夜会会場を彩るように舞った。
思った以上に高い。
高い天井には大型のシャンデリアが何個も下がっているのだが、今同じ目線で見えているのはシャンデリアの上の部分だ。
足元には夜会会場。
ビックリした顔で沢山の人が私達を見上げている。
「さぁ、国一番の悪女と魔王の登場だ。マリエル、飛び降りるよ。覚悟はいい?」
「もちろんよ。このぐらいの高さどうってことないわ。」
「いいね。さすが俺のマリエルだ。」
私達は顔を見合わせてニヤリと笑った。
ルヴァイは私を横抱きにしたまま、タンッと宙に飛び出す。
なんの魔法だろうか、落ちるスピードにしては緩やかに下降していく。
ステンドグラスだった光の粒が追いかけてきて、私達の周りをキラキラと彩る。
スッと降り立った場所は、夜会会場のど真ん中。
遠巻きに私たちを囲む人々が、目を丸くして驚いたり、口を覆ったりしている。
「立てる?」
「うん、ありがとう」
私はニコリと笑って、女にしては背の高い自分の身体を誇る様に、背筋を伸ばして美しく立ち上がった。
妖艶で美しく、強く賢く屈せず堂々と。
ルヴァイがそんな私を見て、優しく目を細めて手の甲にキスを落とした。
黒い蔓薔薇のような模様が浮き上がる。
私達をつなぐ、古代の呪の模様。
「じゃあ、王に挨拶に行こうか」
「えぇ、ちゃんとご挨拶しないと」
ルヴァイは優しく私の腰を抱いて歩みを進める。
その柔らかい表情に、何人かの令嬢が頬を染めるのが見えた。
いい男でしょう、ルヴァイは。
なんだか可笑しくなってきた。
私は今、私を愛しているという国一番のいい男を、自信満々に連れている。
会場中の注目を集めながら、私達は国王陛下のところへ進んだ。
国王陛下は口を真一文字に結んで、硬い顔でこちらを見ていた。
礼を取ろうとした私を、ルヴァイは何故かぐっと止めた。
「やぁ、レイモンド」
まさかの国王呼び捨てだった。
驚いてルヴァイを仰ぎ見ると、ニコリとした外行きの顔で……目が光ってる。
「君たちの要望通り、マリエルを悪女にして連れてきたよ」
それを聞いた会場にいる人たちがザワリとする。
いかん、注目を浴びている。
うっかり気を抜いていた。
私は悪女に見えるよう、妖艶な感じでニヤリと笑った。
何人か絶妙な顔になったのはなぜだろう。
それを見たルヴァイは、仕方ないな、みたいな顔をして、私の頭を抱き寄せて、額に優しくキスをした。
さすがに人前で甘くされると恥ずかしい。
どうしょうもなく熱くなった顔でちらりと周りを見渡すと、令嬢だけでなくて令息までぽっと赤くなっている。
ルヴァイの色気は令息にまで効くらしい。
新しい扉が開きそうだ。
「どうかな、レイモンド?『魔王』な俺の隣にいるわけだし、十分『悪女』だと思うけど。……これで君の息子が隣国の姫君に乗り換えたって、誰も文句言わないよね?」
そうして私を自分の横に甘く抱き寄せて、愛おしそうにコツンと頭を横に倒して私の頭にくっつけ、寄り添った。
待って、想像以上に恥ずかしい。
こんなに人前でイチャイチャする予定だったっけ。
国王陛下はなんだかまだ硬い顔のまま、重苦しく口を開いた。
「……あぁ、十分だ。ルヴァイ殿、息子がすまなかった」
会場中がざわりとする。
それもそうだ、国王陛下がいきなり謝ったのだから。
その重さが分からない人などいないだろう。
「……いいよ。ありがとう。君の息子には感謝もしてるんだ。マリエルとの婚約を破棄してくれたから、今こうしてマリエルを腕に抱くことができた」
そしてルヴァイは美しくニコリと笑った。
「マリエルはもう俺の女だ。お前の息子の側妃になどさせない。いいね?」
細めた目が全く笑ってないし、メチャクチャ光ってる。
怖い。
怖すぎる。
「……っあぁ、もちろんだ。今後、マリエル嬢も丁重に扱うことを約束しよう」
「そう、良かった」
やっと目の光が落ち着いてきて、普通に優しい笑顔になってきた。
良かった、怖かった。
こっそり一息吐き出す。
国王陛下も手で顔の汗を少し拭うと、私に硬い笑顔を見せた。
「マリエル嬢もすまなかった。今後、安心してルヴァイ殿の隣にいるといい。他に……何か気になることがあるなら、今言うといい」
また会場がざわりとする。
一介の辺境伯令嬢に国王陛下が謝罪するなど前代未聞だ。
私もヒヤリとしたがもはや撤回などできない。
それに、発言を許された。
しかも要望しても良さそうだ。
絶好のチャンスに心のなかでニヤリとする。
「恐れながら、陛下。」
私は努めて大人っぽく微笑んだ。
「要望を聞いてくださるというのであれば……これまで王家がルヴァイに言わずに来た事を、ルヴァイに伝えてあげてください」
国王陛下が目を丸くする。
ルヴァイもハッとして私の顔を見た。
私は笑わない目で、じっと国王陛下を見つめた。
「……何を、知っている」
「700年も経って、新しい知見が何もないなんてことありますか?……例えば、自分で自分を調べることってできないですよね。だから、ルヴァイは自分にかかった呪いを、自分で調べることはできない。それに、妻の転生者ともずっと距離を置いてきた。だから、ルヴァイはこれまで呪いを調べることはできなかったんです。……王家は、ずっと転生したルヴァイの妻を見守ってきた。王家には元から優れた分析者がいます。研究してきたのでしょう?ルヴァイと、転生した妻にかかっている、この呪いを。」
私はスッと、手の甲の呪いを国王陛下に差し出して見せた。
美しくも怪しいその模様には、魔族の長がかけた呪いの情報が詰まっている。
「………皆様のおかげで、私は王子妃教育は完了しております。王家の事はよく存じているつもりですわ。……転生者への手厚い保護と一体となった研究。今回は、転生者が私だとは、私を含めて誰も気付けなかったようですが。」
「………君を息子の妃として迎えられず、残念だよ」
「過分な褒め言葉ですわ」
国王陛下は、はぁ、と息を吐き出して頷いた。
「……………その件は後日、お伝えしよう」
「ありがとうございます」
本当に全て話してくれるのかは分からない。
でも、間違いなく解呪に一歩近づいたはずだ。
このまま、ルヴァイを王家の便利な道具として縛り付ける気は更々無い。
私は、何度生まれ変わっても、ルヴァイと一緒に呪いを解く。
まずは第一関門を突破して、ホッとしてルヴァイを見上げる。
ルヴァイは綺麗な紅い目で、少し呆然として私を見ていた。
ニコッと笑いかけると、少し目を光らせて、私の腰をまたぐっと抱き寄せた。
「マリエルさん、私からも謝罪させて頂けるかしら?」
横からスッと、ロクサリーヌ様が現れた。
エルナルド殿下も一緒だ。
柔らかなロクサリーヌ様とは対象的に、エルナルド殿下の顔は国王陛下のように硬い。
ロクサリーヌ様は優しく私の手を取り、申し訳無さそうに眉尻を下げた。
「……まさか、こんな事になるなんて。本当にごめんなさい。貴女を蔑ろにするつもりはなかったの」
首を傾げるその姿は甘やかで可愛らしい。
「すぐに許してくれるとは思わないわ。でも、できれば、これからは友人として仲良くしてくださらない?」
「………えぇ、そうですね」
煮えきらない気持ちが湧き出しつつ、逆に利用してやろうかという悪女な気持ちを発見して、ニコリと微笑む。
私も悪女が板についてきたかもしれない。
そうして二人で笑いあった時だった。
ガシャン!と窓が割れる音がして、黒づくめの武装した男たちがなだれ込んできた。
「きゃあ!」
「……っロクサリーヌ、下がって!」
ロクサリーヌ様が私に抱きつく。
エルナルド殿下とルヴァイが男たちの前に立ち塞がった。
「………何、お前たち」
地を這うような声のルヴァイが手を持ち上げると、黒づくめの男たちが全員ふわりと浮かび上がり、グゥ、と苦しそうな声を出した。
ヤバい、これは明らかに怒っている。
私は背中側にいるから見えないが、多分目が爛々光っているはずだ。
ルヴァイが首を傾げながら手をグッと握ると、アガァみたいな変な声を出して、男たちの手から武器が零れ落ちた。
パサリと落ちた黒頭巾。
その現れた顔をみた感じ、この者たちは隣国の者のようだ。
「……エルナルドだっけ?こいつら拘束して。………このままだと握り潰しそうだ」
「……っ分かりました」
思いの外従順なエルナルド殿下が光の魔術で手際よく男たちを拘束していく。
やれやれと振り返ったルヴァイが、ハッとした顔になって叫んだ。
「マリエル!!」
ちらりと横を見ると、鋭利なアイスピッグのようなものが私に振り下ろされるところだった。
背後には冷たい顔で笑うロクサリーヌ様。
私の身体は抱きつかれたまま、ロクサリーヌ様に拘束されている。
私は悟った。
これは少し傷が付くだけで死ぬ毒が塗られているんだろう。
その鋭利な先端が私の首元に振り下ろされるのが、スローモーションで見える。
私はやれやれ、という気持ちになった。
この後は穏やかに、ルヴァイと夜会を楽しみたかったのに。
恐ろしいほど冷徹に笑うロクサリーヌ様が振り下ろすその鋭利な切っ先を振り下ろす白い手首。
私は落ち着いた気持ちで、余裕を持って、
むんずとその手首を掴んでロクサリーヌ様を張り倒した。
「!!???」
「本当に私に謝るつもりありました?ロクサリーヌ様」
鬼の形相になったロクサリーヌ様は、チッと舌打ちすると私の拘束から抜け出して飛び上がり距離を取ると、
新しいアイスピッグのような武器を両手に何本も取り出して私にシュッと投げつけてきた。
特に変わり映えのない軌跡。
せっかくの奇をてらった攻撃が台無しだ。
私は残念な気持ちで、さっき隙きを見て取り出していた愛用のナイフで、カンカンっとそれを安全な場所へ弾き飛ばした。
「色仕掛けだけで、攻撃の訓練はあまりされなかったのですか?前段までが完璧でしたのに、勿体ない。」
「……っお前何なの」
「私?武の名門である辺境伯家の一人娘ですわ」
「武の、名門……!?あんた女でしょう!」
さらにカンカンっと弾き飛ばす。
つまらない。
期待外れだ。
「女子供も関係ありませんよ。大体なんですか。私の代わりに正室になるというから同じぐらいの能力があるのだろうと思っていたのに。お会いしたときに武を嗜んでらっしゃることはすぐに分かりましたが、芸が単純ですわ」
「はぁ!?」
「元々私は魔術だけで武芸がからきしな殿下を補うために婚約者となったんですよ?殿下は魔封じされたら使い物になりませんから。まさか……ロクサリーヌ様が選ばれた理由って、武芸が出来たからではないのですか?」
「んなわけないでしょう!!あんたより可愛いからよ!!」
「えぇ……そんな理由で正室を?拍子抜けですわ……」
「……っ私だってあんたがこんな女だなんて聞いてないわよ!!せっかくこのまま……」
「このまま、なんです?」
ハッと口をつぐんだロクサリーヌ様が放った最後の一本をカンッと弾き飛ばす。
そして飛び上がり、ロクサリーヌ様の足元にナイフを数本飛ばした。
ロクサリーヌ様が飛び退いたその着地点に、同時に私も着地するように飛びつき、ロクサリーヌ様に覆いかぶさる。
喉元に愛用の鋭利なナイフを突きつける。
「………私を殺してルヴァイをキレさせたかった?」
ジロリとロクサリーヌ様が私の顔を睨む。
当たりか。
隣国の姫君に隣国から来た黒ずくめの刺客。
私を計画的に殺して隣国が得られる利益。
パズルが頭の中でピタリとはまって、私はほくそ笑んだ。
「なるほどね。隣国は昔からこの国土を欲しがっていたものね。ルヴァイにはるか昔に蹴散らされてから手出しはしてこなかったけど。この国の内部崩壊を目論んでエルナルド殿下の婚約者の座を奪った貴女は……私がルヴァイの転生者だと知って、ルヴァイをキレさせて国を滅ぼさせることを思いついた。そして呪いが解けたルヴァイも殺し、祖国と結託してこの国土を手に入れるつもりだったのね」
「………この悪女め」
「あら嬉しい、目指してたの、悪女」
完璧だ。
私は達成感を胸に自信満々でニヤリと笑った。
静まる会場。
………さて、どうしよう。
「エルナルド殿下、すみませんが光の魔術で拘束してくださいますか?今度は私じゃなくて、ロクサリーヌ様ですからね。それなりに手練れですので、厳重に。」
「………わ、分かった……」
とにかく気まずそうなエルナルド殿下の声がして、シュルシュルとロクサリーヌ様が光の魔術で拘束されていく。
私はふぅ、と一息ついて起き上がった。
振り返ると、会場の人々が青い顔でこちらを見ている。
大丈夫だよ、という気持ちを込めてニコリと笑ったら、何人かが「ヒッ」と小さく叫び声を上げてもっと青くなった。
………怖がらせてしまっただろうか。
ルヴァイと同じように怖がられたと言うことは、私もそれなりに実力を認めてもらったようだ。
嬉しくなってニヤリと笑うと、向こう側で同じようにニヤリと笑ったお父様と目が合った。
ちなみにお父様の足元には何人もの黒づくめの男たちが伸びている。
ついでに補足すると、お父様は素手だ。
達成感を胸にルヴァイを見ると、ルヴァイはビックリするほど青い顔をしていた。
「ルヴァイ?」
ハッと我に返ったルヴァイは、ふらりと私に近寄ると、ぎゅっと私を抱きしめた。
微かに震えている。
「………え、心配した?」
「……………当たり前だ」
確かに普通の令嬢だったら死んでいただろう。
小さい頃から鍛えていて本当に良かった。
私はルヴァイの頬を優しく撫でるとほっぺに優しくチュッとキスをした。
「大丈夫、ちゃんとおばあちゃんになるまで長生きするわよ」
ルヴァイは揺れる紅い綺麗な瞳で、私を見つめた。
そう、私はこれから先もずっと、ルヴァイが独りにならないように。
ありとあらゆる手でこの人を守ろう。
「………で、国王陛下」
顔面蒼白で王の椅子に座ったまま固まっていた国王陛下に、私は悪女らしい妖艶な顔でにやりと微笑んだ。
「この状況、どうなさいます?」
華やかな会場は今やグチャグチャ、黒づくめの男があちこちに転がり、王子妃になる予定だった女は鬼の形相で拘束され、婚約者だった王子は絶望して項垂れている。
この国の王様は、ぐぬぅ、と喉の奥から苦悩の声を出して顔を顰め、天を仰いだ。
読んで頂いてありがとうございます。
いいねブックマークしてくださった方ありがとうございます!
とても嬉しいです!
実は武闘派の女性二人でした。
「マリエルお姉様かっこいい!」と思ってくれた方も、
「私もルヴァイに横抱きにされたい……」と思ってくれた方も、
ぜひブックマーク、
☆下の評価を5つ星☆から応援よろしくお願いします☆彡!!!
☆活動報告にちょこちょこおまけ話を書いています。
良かったらそちらも見て下さい!
本日このお話のおまけ話追加予定です!
目次の作者名「ソラ」から飛べます。
☆完結済み作品ご紹介
『森の賢者と太陽の遣い〜期間限定二人暮らしから始まる異文化恋愛〜』
番外編投稿中です。
ぜひこちららもご覧ください!
下のリンクコピペか、目次の作者名「ソラ」を押して出てくる作者ページから飛べます!
https://ncode.syosetu.com/n2031hr/