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Lesson∞ 永い時(sideルヴァイ)

君は俺の幼馴染みだった。


今とは比べ物にならない粗末な、でも当時としてはしっかりとした城の中で。

魔術で戦ったり、模擬刀で戦ったり、学力で競い合ったり、取っ組み合いの喧嘩をしたり、酷いイタズラを計画したり。

その辺の男友達よりも賢くて強い君のことを俺はライバル視していたし、密かに憧れてもいた。

だから。

大人になって、君が俺の妃となると決まった時。

嫌そうな顔がニヤけて周りに冷やかされたのは、仕方がないことだったと思う。

そんな君も、何だかんだ嬉しそうだったから。

勇気を出して、初めて君に口付けた。

今でも思い出す、はにかんだ赤い顔。

俺たちは、本当に幸せに、仲の良い夫婦になった。


夫婦になって数年が過ぎた頃。

突然国の中に瘴気が溢れ出した。

魔界との境界が崩れ、魔族が国を乗っ取り始めた。

このままではこの国も、もしかしたらこの世界も、魔族のものになってしまうかもしれない。

俺は瘴気を止めて魔族を退けるために、瘴気が溢れ出す中心地へ向かうことにした。

腐っても国で一番の魔術師だ。

俺一人で十分だ。


そう思ったのに、出発の明け方。

君は準備万端で俺を待っていた。

まさか置いていくわけないわよね?

そう言った俺の妻は、子供の頃取っ組み合いの喧嘩をした時のような顔で、明け方の薄明かりの中、ニヤリと笑った。


瘴気は、体を蝕む。

行ったら、間違いなく帰ってこれない。

君を死地へ連れて行くわけには行かない、そう言ったけど。

私に貴方がいない地獄の世界で生きろと言うの?と言った君は、

きっちりと俺の横に並んで、さぁ行きましょう!と明るく言った。


だから、最後に魔族の長にとどめを刺した時。

もう自分の命も長くないと悟った時。

同じように瘴気で命が消えかけた君が倒れた時も。

怖いとは思わなかった。

魔界への境界は閉じ、瘴気が止まった。

国は救った。

俺の務めは終わった。

そう思ったのに。


魔族の長は自分の命と引き換えに、俺たちに呪いをかけた。

俺には国が滅びるまで死ねない呪いを。

君には何もかも忘れ、またこの国に生まれる呪いを。


辛ければ、この苦しみから逃れたければ、お前の手でこの国を滅ぼせ。

お前が育て守ったこの国を。


魔族の長はそう言って息途絶えた。


君は、俺の腕の中で言った。

また貴方に会えるなんて、魔族も粋なことするじゃない。

ルヴァイ、私のこと、見つけてね。

それで一緒に呪いを解こう。

大丈夫、何も覚えてなくたって、

貴方に出会ったら、またきっと、好きになるよ。


そうして君は目を閉じ、

瘴気が消えた荒れ地には、俺だけが残された。


俺は、国を救い、永遠の命を手に入れ、最愛の妻を失った。

身体を冒し、死に至らしめるはずの瘴気と魔族の返り血は、俺を殺す代わりに魔族の古代魔法を操る力を与え、俺の目を紅く染め上げた。


歳も取らなければ病気にもならない。

友人は、いつの間にかずっと年上の老人だ。

そして、解呪を試みた仲間たちを、一人、また一人と見送った。

気安い仲間は皆いなくなった。

心が乱れると、魔族の力が身体の中で暴れだし、理性が食われ、力が暴発する。

いつの間にか腫れ物を触るように扱われるようになった。

それもそうだ。俺が国を滅ぼそうと思えば一瞬だ。


ある時、他国が攻め込んできた。

俺は先頭に立って相手を薙ぎ払った。

あっと言う間に決着がついた。

仲間たちを振り返ったとき。

そこにあったのは、少しの安堵と称賛と、大きな畏怖だった。


魔王を怒らせてはならない。

そう呼ばれるようになるまで、長い時間はかからなかった。

俺は徐々に、人との距離を取るようになった。

永い永い、独りだけの時間。


だから。

訪れた国の辺境の街で君を見つけたとき。

思わず、そのまま吸い寄せられるように、近づいてしまった。

君は突然現れた俺にびっくりして、何かご用ですか?と訪ねた。


ふいに手の甲に黒い蔓薔薇のような模様が浮き出てきて、君は目を丸くする。

それを見た子供達が近寄ってきた。


何それ!魔法?

すごいね!

パパに見せに行こうよ、ママ!


俺は咄嗟に古代魔法を重ねがけした。

もう、呪いの模様が浮き出てこないように。

それから、俺に会ったことを忘れるように。

君にも、君にそっくりな、可愛い子供たちにも。


その後どうしたのか、あまり記憶にない。

気がついたら、もっと辺境の山奥の、変に窪んだ更地の中にいた。

ぽっかりと窪んだ、何もない場所。

多分、やったのは自分だろう。

初めて、自分が危険なものだということを実感した。

苦しみから逃れたければ、この国を滅ぼせ。

魔族が死に際に俺に言った言葉の意味が、呪いの真意が、初めて分かった。



それから。

更地にした山奥に館を建て、なるべくそこで住むようになった。

穏やかな気持ちで過ごせるように。

なるべく、君に会わないように。


だけど、呪いのせいなのか、結局出会ってしまうことがほとんどだった。


ある時は、夫と息子とパン屋を営んでいた。

ある時は、新居を構えた幸せそうな若夫婦だった。

ある時は、孫に囲まれた病床の老婆だった。

ある時は、優しい顔で赤ん坊を抱いていた。


誰のものでもない君に会うことはなかった。

そういう呪いの条件なんだろう。

そして、俺と、君の手の甲の呪いの印は繋がっている。

時が来ればいずれ出会ってしまう。

魔族の長は、随分人間のことをよく知っていたみたいだ。

残酷なことをしてくれる。


俺はそのうち諦めて、君を時々遠くから見守るようになった。

国も、最初の出来事を把握していたらしく、呪いの印を持つ女が国内で見つかったら、密かに守るようになった。

生まれ変わった妻が不幸せな姿を、俺に見せないように。

すべては、俺がこの国を破壊しないようにするために。


それでもいいと思った。

君が、幸せに、この国のどこかで生きていてくれるなら。



だけど。

ある日仕方なく訪れた王宮で見かけた君が、

真面目な顔して本のページをめくる君が、

どうしようもなくあの頃の妻の姿と被って。

王家の若い王子の婚約者だと……まだ、婚約者だと知って。


近づいてしまった。


俺は君の幼馴染みだと、

嘘のような、本当のような魔法を君にかけて。


少しでも、声が聞きたかった。

少しでも、俺の方を見て笑って欲しかった。


だから、君がルヴァイって俺の名を呼んで、笑って、嘘の幼馴染みの俺に気安く振る舞って話しかけてきて、

震えるほど、嬉しかった。


君は、昔の妻に似ているようで、少し違う、妻の魂を持つ別の人間だった。

得意なのは魔術と体術じゃなくてナイフだったし。

あの頃苦手だった法律も、今は得意みたいだ。

がさつなようで、きちんと優雅に振る舞えている。

だけど、無邪気でバカなところは変わらなくて。

俺はもちろん、あっと言う間に夢中になった。



また触れたい。

また抱きしめたい。

その願いは叶わないけど。

お気にいりの菓子を持ってきて食べたり、

ゴロゴロ本を読んでたり、

どうでもいい話で笑ったり、

そんな君を見るだけで。

それでも十分、幸せだった。


十分幸せだと、一生懸命自分に言い聞かせた。



それなのに。


婚約破棄されたのを、更に破棄されて側妃に変更になりそうだと。

こき使われそうだと。

嫌だから悪女になりたい。

なりかたを教えてくれ、と。


俺が、どんな気持ちで、君のことを諦めてきたと思ってるんだ。

どんな気持ちで、永い時を見守るだけで過ごしてきたと思ってるんだ。


気がついたら君に迫っていた。

ずっと諦めていた気持ちがタガが外れて溢れ出す。

だって。

だって今君は、誰のものでもない。


真っ赤になって目を瞑る君は、連れ添った妻じゃなくて、初めてキスした、可愛かったあの時のことを思い出させた。


俺が、幸せにしてもいいだろうか。

俺に、幸せにさせてくれるだろうか。

普通の男じゃない。

だけど、どうか。

俺を選んで欲しい。

もう一度、俺のものになって欲しい。


止まらなくなる自分が怖くて、すぐに君を部屋に送り返した。

その度、何で返してしまったんだろうと後悔した。


だから、次の日また君がやってきて、心の底からホッとした。

それと同時に、怖くなった。


近づいて拒否されたら、俺はどうなってしまうんだろう。

おもわず素っ気ないふりをして距離を取るのに。

君は遠慮なく近付いて来た。


君に触れると世界が色づいたし、他の男の話をされると目の前が紅く染まる。


好きだ。

ずっとずっと、好きなままだ。

呪いで俺が君に縛られているのかもしれないとも思った。

いっそ、その辺の誰かを好きになればいいのにとも思った。

だけど、君が老婆でも、誰かの赤ん坊を抱いていても、シワが刻まれてきた中年の女性になっても。

俺の気持ちは変わらなかった。

だから、君が俺の腕の中にいて。

頬を染めて俺を見上げてくるから。

告げてしまった。

ずっと、ずっと、好きだったと。


だけど。

君は俺が700歳を越える爺さんだなんて知らない。

呪いの印に重ねがけした魔法を解いてしまったら、君は何て言うんだろう。

酷いと、そんな爺さんだなんて知らなかったと言うだろうか。

それとも、この国が滅びないように、己を犠牲にして俺に跪くのだろうか。

畏れを抱きながら、俺のことを好きだと、その身を俺に捧げるのだろうか。


それこそ、この国を壊してしまいそうだった。


だから、せめて、一度だけでいいから。


もう一度だけでいいから。


君に、心から。

俺のことを好きだと、言ってほしかった。



だから、君が、ものすごく照れながら、好きって言ってくれた時。

ほんの少し、呪いをかけた魔族に感謝した。

700年と少し、待ってよかった。

その言葉だけで、あと100年は、心穏やかに生きていけそうだ。



そう、本当に、心からそう思ったんだ。

それなのに。


マリエルから帰ってきた魔力が、泣き叫ぶような色を帯びていた。

何度も繰り返しやってくるその俺を呼ぶ声に、居ても立っても居られなくなって、すぐに転移した。


あの男が、俺と血の繋がる王族の子孫が、マリエルを組み伏せていたのを見て。

もう何もかも滅んでしまえと思った。

目の前が紅く染まって、魔族の血の力が暴れ出す。


それからはあまり良く覚えていない。

気がついたら、マリエルの震える声が聞こえて、マリエルの優しい香りと感触がした。

頬に触れる、震える唇。


俺は、何を、している?


我に返ってマリエルを見た。

待て、なんて格好で抱きついてるんだ。

露わになった綺麗な胸元に目を奪われて力が抜け、手から何か滑り落ちた。

慌てて上着をマリエルに被せてから、あたりを見渡す。


窓ガラスやティーカップが粉々に割れた部屋。

足元で伸びている男。


自分の手を見る。

何年経っても。

何百年経っても。

変らない、破滅の力。


マリエルに、ゆっくり休みなと、その柔らかな額にキスを落とす。

その不安げに俺の様子を伺うマリエルを見て、もう、黙っていることはできないと悟った。

嘘の時間はもうお終いだ。

もう真実を告げねばならない。

なら、俺が君のためにしてあげられることは、一つだ。


伸びた男を王の前に届け、マリエルが呪の印を持つ、俺の妻の転生者だと告げる。

今まで全く気付いていなかったようだ。

王家も随分平和ボケして、弱体化してきているように感じる。

他国から攻め込まれない事だけが国を守ることじゃない。

民が豊かに幸せに暮らせるよう、全力を尽くせ。

汚い真似は許さない。

そう告げると、王は蒼白になった顔で頷いた。



そのまま山の館へ帰った。

もう真夜中だ。

何度見上げたか分からない満月が夜空に浮かんでいる。


君が。

君が、この国のどこかで。

幸せに、暮らしていてくれるなら。


それだけで。

それだけでいいんだ。


何度も何度も自分に言い聞かせた言葉が、胸を抉る。


そんな事、

今まで一度も思ったことなんてない。


できるなら、君を、ずっと、この胸に抱いていたい。


ふと、マリエルが俺を呼ぶ魔力が流れてきた。

囁くような、静かな声。



夢の終わりを、告げる声。



あなたは、誰なの?

そう言って俺を見つめる君は、月明かりの中でも凛として、美しかった。


最後に、君の手の甲にかけた魔法を解く前に。

願って重ねた口づけを、心に刻み込む。

もうこうして君を腕に抱くことは無いのかもしれない。

それでも、この国が、続く限り。

俺は君を、追い続けるんだろう。



ありがとう。

そう言って、君の手の甲の、俺たちを繋ぐ呪の印にかけた嘘の魔法を解いた。


君は目を丸くして俺を驚いたように見て。


そして、バカじゃないの!!と叫んで、俺に抱きついた。


君の温もりに。

抱きしめるその華奢な手の強さに。

震える手で、君を抱きしめ返す。


俺は700歳を越える爺さんだと。

化け物だと。

前世に縛られる必要はないと言ったんだけど。


君は一切譲らない。


それどころか、君はまた、あの時と同じように、俺の腕の中で言った。


「また貴方に会えるなんて、魔族も粋なことするじゃない。」


幻聴だろうか。

信じられない気持ちで、震える心で君を見る。


「ルヴァイ、また私のこと、見つけてくれるんでしょ?だったら、どれだけ時間かかってもいいから、何度でも出会って一緒に呪いを解こうよ。」


ニコリと笑う君の顔に、かつての妻の顔が重なる。

同じようで、少し違う、新しい君。


「大丈夫、何も覚えてなくたって、貴方に出会ったら、またきっと好きになるわよ。」


愛しくて、欲しかった許しが得られて、君を強く強く抱きしめた。


追いかけていい。

それなら。

俺は何年だって、君を追いかけて、生きていこう。

少しずつ変わる、優しくて、ちょっとバカな君を。


読んで頂いてありがとうございます。


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☆活動報告にちょこちょこおまけ話を書いています。

良かったらそちらも見て下さい!

目次の作者名「ソラ」から飛べます。


☆完結済み作品ご紹介

『森の賢者と太陽の遣い〜期間限定二人暮らしから始まる異文化恋愛〜』

番外編投稿中です。

ぜひこちららもご覧ください!

下のリンクコピペか、目次の作者名「ソラ」を押して出てくる作者ページから飛べます!

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