Lesson6 魔法、解くね
屋敷中が混乱の真っ只中の頃、うっかりタイミング良く帰ってきてしまったお父様は、
グチャグチャのわたしの部屋の中、泡を吹いて伸びている王子に、あられもない姿になった私、そして若干照れつつも頗る機嫌の悪いルヴァイを見て、
顔を真っ青にして真っ白になって最後には真っ赤になって、私の部屋の壁に大穴を開けてしまった。
たまらず、これ以上私の部屋をボロボロにしないで欲しいと言ったら、お父様も、そしてルヴァイまでもがしゅんとしてしまった。
うぅん、塩梅が難しい。
お父様ははぁぁぁ……と重たいため息を吐いた。
「まさか王家がこんな人道に反したことをしてくるとは……このクズ……ではなく、クソ王子はどう致しましょう」
言い直したのに言い直せてないお父様は般若の顔で伸びている王子を睨みつけた。
ルヴァイも、ふぅ、と一息吐いて、少し気の抜けた顔でお父様を見た。
「しょうがないから俺が王のところに送り届けてくる。ついでに釘を刺してくる。」
「えっ大丈夫そんなことして……」
「大丈夫」
ルヴァイは何だか困った顔をして私の頭を撫でた。
「……後でちゃんと話そう。まずはお風呂にでも入って着替えて……ゆっくりしな」
「うん……」
ルヴァイはちゅ、と私のおでこにキスをすると、王子をグイッと掴んでお父様の方を見た。
「……王子の護衛とかもいただろう?そいつらはどうした?」
「はい。ルヴァイ様がいらして王子が伸びた後、待ってましたとばかりに家のものが引っ捕らえて文字通り我が家の豚小屋の中に捕らえております。」
「そう。後で引き取りに来るから預かっておいて。くれぐれも丁重にね」
「はいそれはもう、丁重に致します」
二人は何だか恐ろしい顔でニコリと笑うと頷いた。
怖い。
この二人何だか気が合うようだ。
「じゃあ、また後で」
そう言うとルヴァイは王子と一緒にパチンと消えた。
ボロボロの部屋に私とお父様が残される。
「……マリエル、今日は客間を使いなさい」
「うん……」
お父様は何だか疲れたような、優しい顔で笑った。
「……ごめんなさい、お父様」
「なぜ謝る。……お前が無事で良かった」
「でも………王子に手を上げてしまいました」
なんとなく窓の外を見る。
王都は見えないけど。
ルヴァイは、大丈夫だろうか。
ポンポンと、お父様が私の肩を優しく叩いた。
「ルヴァイ様なら大丈夫だ。お任せして、ゆっくり休みなさい」
「………お父様」
私はルヴァイの香りが残る男物の上着をぎゅっと掴んでお父様を見上げた。
「ルヴァイは、何者なの?」
「…………まだ思い出せないんだろう?」
首を傾げる。
つまり、私は知っているということだ。
王子妃教育で習ったと言っていた気がする。
でも、思い出せない。
「今思い出せないということは、理由があるんだろう。ルヴァイ様も後で話そうと言っていた。その時まで待っていなさい」
「……はい」
お父様は困ったように笑って、私が小さかった頃のようにワシャワシャと頭を撫でた。
「大丈夫、お前にとっては、幸せなことだと思う」
「……ルヴァイにとっては?」
「……………」
お父様はなんとも言えない顔で、ポンポンと私の背中を叩いた。
「さぁ、そんな格好じゃ風邪を引く。湯の準備をさせたから、早く入っておいで」
見ると、さっき部屋から締め出されたメイドさんが、優しい笑顔で部屋の外で待っていてくれた。
無事だったみたいで良かった。
少しホッとしつつも、優しいみんなの様子に、何だか少し違和感があった。
きっと、みんなルヴァイが何者なのか、知っているんだろう。
なんとなく、心の中に不安な気持ちを抱きながら、促されるまま部屋を出た。
客間の湯船に浸かると、何だかどっと疲れが出てきて、そのまま布団に潜り込むと泥のように眠りの世界に沈み込んだ。
目が覚めたら、真夜中だった。
カーテンの隙間から月明かりが差し込んでいる。
夕食も食べずに早い時間に寝てしまったから、変な時間に起きてしまったんだろう。
起き上がって水差しの水を飲む。
すっかり目が覚めてしまった。
グチャグチャの部屋も片付いただろうか。
枕元にあった夜用の大きくて柔らかなカーディガンを羽織って、テラスに出た。
雨があがった空は満月で、ぼんやりと街と山々を照らしている。
ルヴァイは、大丈夫だっただろうか。
真夜中だから、寝てるかな。
すっと手の甲を撫でて、魔法印を出す。
ルヴァイの屋敷へ飛べる魔法印。
これは、本当にそれだけのものなのだろうか。
「……ルヴァイ」
そっと呼びかけてみる。
小さい声にしてみたけど、飛んでいく魔力も少しになるとかあるだろうか。
……寝てたのに起こしてしまったら申し訳ないなとあとから思う。
ふぅ、とため息を吐いてまた月を見上げる。
「呼ぶの上手いね、マリエル」
「わぁ!!」
テラスの暗がりから突然ルヴァイが出てきてビックリする。
ルヴァイはイタズラが成功したのを喜ぶようにニヤリと笑った。
「呼んだのマリエルでしょ」
「そ、そうだけど、ほんとに呼べるんだね……私の魔力が飛んでくの?」
「うーん、正確にはマリエルの身体にあった俺の魔力が帰ってきてる感じかな」
「そうなんだ?」
「そう、だから俺がマリエルの名前呼んだ分、帰ってくる」
「なるほど……?」
よくわからないけどそういうものなのか、と納得する。
そういえば、普通の人は魔術を使うけど、ルヴァイは魔術だけじゃなくて、古代魔法も使う。
今まであまり疑問に思わなかったけど、どういうことだろう。
首を傾げてルヴァイのことを見ると、ルヴァイは何だか困ったような、寂しいような顔で笑った。
「………気になる?」
「……………うん。あなたは、誰なの?」
「………」
ルヴァイはそっと私の顔にかかった髪の毛を耳にかけると、頬に優しく触れた。
「その前に……キスしていい?」
寂しそうなその顔に胸が締め付けられるような気持ちになって、ルヴァイの服をキュッと掴んだ。
「そんなの、聞かなくてもいつでもしたらいいじゃない」
ルヴァイは優しく目を細めると、そのまま柔らかく私に口付けた。
確かめるような優しいキスに、なんだか胸がぎゅっとなる。
どうして、こんなに辛そうなんだろう。
どうしたら、もう少し幸せな気持ちにしてあげられる?
暫くしてゆっくりと離れたルヴァイは、月明かりの中、ほんのり紅い瞳を光らせて、私の手を取った。
「……ありがとう」
「………なんのお礼?」
「ここまで、俺に付き合ってくれたお礼。」
ルヴァイは何かを諦めたような顔で呟いた。
「………マリエルにかけた魔法、解くね」
「え?」
「……そしたら全部、分かるから。」
そうして徐に私の手を持ち上げて、魔法印のある手の甲を、優しく撫でた。
スッと身体から何かが抜けて、何かを思い出せなくしていた靄が、消えてなくなった。
「……………え?」
ルヴァイの顔を見る。
そんな。
あなたは、まさか。
「……………嘘ついてて、ごめん」
泣きそうな紅い瞳が、悲しげにこちらを見ている。
「俺は君の幼馴染みなんかじゃない。……この国の命を握る……危ない爺さんだ」
そんな。
そんな事って。
手の甲の魔法印……古代の呪の印を見る。
じゃあ、最初から、貴方は……
「……それに縛られる必要は無い。君は、新しい生を受けた、違う人だから」
「バカじゃないの!!!」
ガバリとルヴァイに抱きつく。
きつく抱きしめる。
「早く言ってよ………」
「……前世に縛られるなんて嫌だろ」
「真面目すぎるのよ」
震える手が、私を抱きしめる。
この手は、どれぐらい私のことを待っていたんだろう。
「………今、何歳?」
「……………700歳とちょっと」
「嘘でしょう」
「習ったでしょ」
「………習った」
私は王子妃教育で習った、この国の歴史の中で出てきた人物を思い出した。
黒い髪に、真紅の瞳の歴史上の人物。
この国を魔族から取り返し、魔の瘴気を払った人。
ルヴァイ・エラナリアは、遥か昔の、この国の王族だ。
700年と少し前。
この国に危機が訪れた。
突然溢れ出た瘴気、禍々しく残酷な魔族。
国を取り戻す戦いの果、ルヴァイは魔族の長を討ち取った。
だが、死ぬ間際、魔族の長はとんでもない呪いをルヴァイにかけた。
国が滅びるまで、死ねない呪い。
それから、最愛の妻が、何もかも忘れ、何度もその国に転生する呪い。
ルヴァイが妻に出会うときには、妻が他の誰かのものになった後だけだ。
魔族は死に際に言った。
この苦しみから逃れたければ、お前の手でこの国を滅ぼせばいい。
お前が死にもぐるいで救った、この国を。
ルヴァイは、魔族を倒した時浴びた返り血と長く身体を蝕んだ瘴気により、魔族の力を身体に取り込んでしまっていた。
本来なら先に己を死に至らしめる人外の力。
それは、ルヴァイを死に向かわせる代わりに、その瞳を紅く染め上げ、魔族の強大な力をルヴァイに与えた。
それは、国を滅ぼそうと思えば一瞬で終わる、人外の力だった。
こうして、ルヴァイは強い力と共に国に縛られ、国が続く限り永遠の時を生きることになった。
国は、ルヴァイを頼った。
この国は大国ではないが、ルヴァイがいる限りどこの国にも攻められない。
ルヴァイは呪いで国を出られないから、他国を攻めることもできないが。
それでも、王家はルヴァイに生きながらえ、国を支える事を求め続けた。
拒否できる訳がない。
ルヴァイは、元から国への責任を背負った、王族だったのだから。
ある時から、ルヴァイはあまり人目につかない場所で暮らすようになった。
責務は果たす。
だから。
静かに暮らさせて欲しい。
そう言って、辺境の山奥の館に籠もるようになった。
それがルヴァイという人物の歴史だ。
………幼馴染みであるわけがない。
私はまたぎゅっとルヴァイを抱きしめた。
「………なんでわざわざ魔法まで使って嘘ついて、幼馴染みなんて事にしたの」
「…………君には君の人生があるだろ」
「別にいいじゃない!」
「たとえ魂が俺の妻の魂だったとしても、違う人間なんだ。……それなのに、国のためにとか言って、俺のこと好きなふりされたら……耐えられないから」
「……そんなこと……」
身体を離してルヴァイの顔を見る。
悲しそうな瞳には、今までどんなものが写ってきたのだろう。
「………マリエルは、そんなに器用じゃないかもしれないけどさ」
「っそうよ!仰る通りだわ!!」
「でも君は、俺と血がつながる王家の子孫の、婚約者だった」
はっとした。
そう。
ルヴァイに出会ったのは、王宮の図書室だった。
私は、王子妃教育をしていた。
ふらりと現れたその人は、私に、俺は君の幼馴染みなんだ、と言ったんだ。
きっと、ルヴァイは、その時に私に魔法をかけたんだろう。
「……それでも、君に会いたかったんだ」
それは、どんな気持ちでかけられた魔法だったんだろう。
「………嘘ついて、ごめんね」
「…………ばかね」
「…………ごめん」
ルヴァイが私の頬を撫でる。
「……泣くなって」
「っばかじゃないの!」
「うん」
「優しすぎるのよ!!」
「……そうかな」
「そうよ!」
無理矢理でも私を拐ったら良かったのに。
そう思うのは、今の私達の関係があるからなのだろうか。
もう一度、ぎゅっとルヴァイを抱きしめる。
「もう、絶対、絶っっ対、離れないから」
「………こんな化け物みたいな爺さんでいいの」
「むしろこっちの台詞よ!!見た目で言えば、あっと言う間に私がババアになるんだから!!」
「それ気にするところかな」
「気にするわよ!!!」
「皺だらけでも、好きだったけどな」
「は!?」
多分長い時を経て常人の感覚ではないんだろう。
多分一生理解はできないだろうけど。
私はキッとルヴァイを見た。
「とにかく!このままお嫁さんに貰ってもらうからね!!!」
「……いいの、そんなこと言って」
「もちろんよ!」
「…………俺、700歳超えの化け物爺さんだけど」
「だから!いいってば!」
「歳も取らないし死なない」
「夫が永遠に健康でイケメンなら願ったり叶ったりだわ!」
「名前も古めかしいけど」
「一周回っておしゃれじゃない!」
「国も煩いよ」
「あら」
私は妖艶にくすりと笑っみせた。
そんなの、貴方の苦しみに比べたら、どうってことない。
「私は魔王を掌の上で転がす悪女よ。国になんて負けないわ」
ルヴァイは、ぐっと目を閉じると、私の額にに自分の額を、コツン、と当てた。
「……俺から逃げるなら今だよ」
「何言ってるの」
長い時を生きてきたこの人は、優しすぎる。
私はぐっとルヴァイの顔を覗き込んだ。
変わらない、悲しそうな紅い瞳。
ずっと、こうやって、諦めてきたのだろうか。
そんなこと、しなくていいのに。
「今だけじゃなくて、次の次の…ずーっと先の生まれ変わりまで、追いかけてきてくれるでしょ?」
「……いいの?」
「いいわよ」
私は思いを込めて、ルヴァイの頬を、優しく撫でた。
「また貴方に会えるなんて、魔族も粋なことするじゃない。」
そう、私は、何度だって貴方に会えるんだ。
こうして見ている、この姿のままの、貴方に。
「ルヴァイ、また私のこと、見つけてくれるんでしょ?だったら、どれだけ時間かかってもいいから、何度でも出会って一緒に呪いを解こうよ。」
ゆらりと光る、紅の瞳に語りかける。
私は、きっと、何度でも貴方に出会う。
記憶がなくても、きっと貴方に惹かれる。
そんな確信だけが、不思議と心に湧き上がる。
私はニコリと笑って、ルヴァイに言った。
「大丈夫、何も覚えてなくたって、貴方に出会ったら、またきっと好きになるわよ。」
ルヴァイは、ふるりと紅の瞳を揺らすと、微かに震える腕で、また私を強く、抱きしめた。
読んで頂いてありがとうございます。
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ぜひ最後までお付き合いください!
ついにルヴァイの正体がわかりました!!
「想像以上の年上だったわ!」という方も、
「化け物爺さんとか聞いてないわ!トキメキ返して!」「永遠に若い夫良いな……」「お父様マッチョ?」と思ってくれた方も、
ぜひブックマーク、
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☆活動報告もちょこちょこ書いています。
良かったらそちらも見て下さい!
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☆完結済み作品ご紹介
『森の賢者と太陽の遣い〜期間限定二人暮らしから始まる異文化恋愛〜』
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