Lesson5 ちゃんと前閉めて
「じゃあ、夕方には帰るから」
「わかりました。気をつけてね、お父様」
今日はお父様は国境の視察があるということで、雨の中出かけていった。
お天気だったら良かったのに、あいにくの天気。
国境は道が悪いから馬車も通常のと違い頑丈な軍事用の馬車だ。
辺境の馬もガッチリとしていて猛々しい。
お父様を送り出した私は、自室でふぅ、と一息ついた。
今日もルヴァイのところに行きたかったけど。
お父様がいないので、屋敷でお留守番をすることにした。
数日後には夜会があるから、その準備をしておかないと。
カタン、とクローゼットを開けて気がついた。
そうだった。
今回は……全部準備させてと、ルヴァイに言われたんだった。
昨日のことを思い出してしまって顔が熱くなる。
我ながら思い切った気がする。
ちなみにあの後、ちょっとお腹すいたねって街に降りてアイスクリームを食べたのだが。
ルヴァイが思ったより甘い雰囲気を漂わせていて、頭から湯気が出るかと思った。
濃い暗い色のメガネで紅い目を隠し、街の人に見えるようにシンプルなシャツを着崩したルヴァイがなんだか妙にカッコよくて。
その上、私のアイスを横からパクリと食べたのだ。
口をつけて食べるものをシェアするなんていう頭が無かったから驚愕してしまったんだけど。
ルヴァイはニヤリとして、あんだけキスしたんだし、今更でしょ?と笑った。
あの男!!
恥ずかしい。
恥ずかしすぎる。
恥ずかしすぎる!!!
クッションをひっつかんでソファーの上でゴロゴロ悶て恥ずかしさを逃がそうとするが、治まらない。
私は一体どうしてしまったというのだ。
大体どういうことなんだ。
私ばっかり振り回されて。
全然知らなかったんだけど、ルヴァイは……過去にも恋人になった人がいたんだろうか。
思えばいてもおかしくない。
そういうことかと思いながら、この遊び人め、と睨んだら、逆にビックリした顔して、俺は長い人生の中で不誠実なことなんてしたことないぞと言っていたけど。
じゃあ何でこんなに色々慣れてるのよ、大体私達まだ若いしょ!とむくれながら問い詰めたら、
今度は何だか妙に切ない顔で、また今度説明するよ、と話を終わらせられてしまった。
さっきの恥ずかしさから一転、今度は何だかモヤモヤしてきてしまった。
つまり、本気の相手がいたということじゃないか。
ハッキリ言わないのが何だか頭にくる。
どうせ私は愛されもせず王子妃教育だけを必死で頑張ってきた頭でっかちだ。
過去の女などどうでもいいんだけど、なんか悔しい。
はぁ、とため息をつく。
私は結局立派な悪女にはなれなかった。
それなりの悪女風……というところだろうか。
ルヴァイは大丈夫と言っていたが、こんな有様で、ちゃんとこの国の王家にお前は不要だと言ってもらえるのだろうか。
そして、ルヴァイが何者なのかは、結局よくわからないままだ。
雨に煙る窓の外を眺める。
ルヴァイが住む山々は、今日は雨の中霞んで見えない。
「……ルヴァイ、何してるかな」
ぽつりと呟いた声が部屋に響く。
少しして、ふわっと身体が熱くなった。
「え……これって離れてても名前呼ぶと魔力流れるの?」
であれば余計恥ずかしい。
割と魔力の流れ方でどんな気分なのかも分かるのだ。
多分ちょっと寂しいな、みたいなのが分かっちゃったんじゃないだろうか。
最悪だ。
今後気をつけなければ。
……というか、今までたくさんルヴァイの名前呼んできたけど、私の魔力は流れまくりだったのだろうか。
そんなバカな。
後で問い詰めよう。
イラッとしながらもう一度「ルヴァイ!」と呼んでみた。
少ししてまた身体が温まる。
……笑ってるようだ。むかつく。
私は頭にきながら部屋を出て図書室へ向かった。
……通りがかったメイドに、何かいいことありました?って笑われたのはなぜだろう。
解せない。
そんなはずないわ。
私はなんだか妙にふわふわと浮いたような気持ちのまま、一心不乱に本を読んだ。
あまり、内容は頭に入ってこなかった。
「ふふ、ちょっとお疲れなんじゃないですか?」
長年勤めてくれている割と年長者のメイドさんが、笑いながら紅茶とクッキーを出してくれた。
包み込むような優しさのあるメイドさんで、大好きな人だ。
丸い眼鏡越しの笑顔に癒やされる。
「……なんだか気持ちが落ち着かなかったんだけど、この紅茶飲んだら元気出たわ。ありがとう。」
「まぁ、それは良かったです」
お互い顔を見合わせて笑う。
しとしとと降る雨の音が心地良い。
……が、何だか違和感のある音が聞こえた。
誰か来たのだろうか。
「何かしら?今日って、お客様は来ない日よね?」
「えぇ、そうですが……ちょっと様子見てきましょうか」
メイドさんがドアノブに手を掛けようとした時だった。
ガチャリと男が部屋に入ってくる。
男は私がいるのを見て少し目を細めて満足そうに笑うと、メイドさんをひねり上げてドアの外に突き飛ばし、部屋の鍵をガチャリと閉めた。
きゃあ、とメイドさんの痛そうな声が聞こえる。
「ちょっと!何をなさるのですか!!」
「……君に会いたくなってね」
金髪に、冷たいアイスブルーの目の男。
エルナルド殿下は整った顔に薄笑いを浮かべた。
「どういうおつもりですか……今、私は貴方の婚約者ではありません。このように私室に押し入るなど、いくら殿下でも見過ごされませんよ」
「父上からのご指示だよ」
エルナルド殿下はコツコツと、私の方へ近寄ってきた。
私は警戒しつつも後ずさる。
「ご指示とは何でしょう」
「伯爵が君を側室にするのに難色を示していたからね。やはり君には私の側妃として働いてもらう必要があるから、確実に手に入れてくるようにと言われたよ」
「……そう言われましても、お父様から考えさせて欲しいとお話していますよね?私の一存ではなんともお答えできませんわ」
「あぁ、そうだろうね」
まだ薄笑いを浮かべるエルナルド殿下は、詰め襟に指をかけて緩めると、今まで見たことのない、絡みつくような笑顔で首を傾げた。
「だから、君が私の側妃になりやすいようにして来いとのご指示だ」
「それは、どういう……」
はっとした。
まさか。
「……っ」
テラスの窓を開けて逃げようとしたが、一歩遅かった。
エルナルド殿下の魔術で拘束される。
エルナルド殿下は、光の魔術が得意だ。
私の腕や手足に、金の鎖が巻き付いて、動きが封じられる。
「さすが、伯爵の娘だね。この3階から飛び降りるのなんて簡単だろう?」
コツコツとエルナルド殿下が距離を縮め、息のかかるところまで距離を詰められる。
「……光の魔術が得意で良かったよ。どうせここにナイフを持ってるんだろう?物理で君に勝つことはできないからね。」
そう言うと、ガッと抱えられて、ドサリとソファーに押し倒された。
「………このような事をして許されるとでも……」
「父上の指示であれば許される」
プツリ、と胸もとのボタンが一つ外された。
「それに、王家の血を受け継ぐ子を持つことは、私の大切な仕事の一つだ。……君だってよく言ってただろう?血税に育てられた身であれば、国の役に立たねばならないと。」
王子の足の間を蹴り上げようとして防がれる。
両手両足は無惨に広げさせられたまま、身動きが取れない。
プツリ、プツリとまたボタンが外されていく。
「………諦めなよ。王家の子が腹にいるかもしれないとわかれば、君はこのまま私の側室になる以外無い。大丈夫、あっという間だ。……どうせなら楽しまないか?」
アイスブルーの目を細めて笑う美しい顔に、ドロリとした何かが宿った。
怖い。
こんな顔の殿下は見たことがない。
ぐっと手を動かす。
ギシリと手首に絡まった金の鎖はびくともしない。
どうしよう、私は、魔術はほとんど使えない。
両手両足が使えない今できることは……?
必死で頭を巡らす。
「………なんだ、そんな顔もできるのか。もっと早く見せてくれよ。正直仕方なかったが……悪くない」
パサ、とスカートが捲られて、隠していたナイフを奪われる。
カラン、と床に響く音に心が冷える。
体術も、ナイフも使えない。
お父様はいない。
叫んでも、家の者は王子に手出しなどできない。
じゃあ、じゃあ……
後、私にできることは、何?
ギシ、とエルナルド殿下が私に覆いかぶさってきた。
嫌だ、嫌だ、触れていいのはあなたじゃない。
私は……
「……泣き顔なんてできたのか。大丈夫だ、すぐよくなる」
「……っ触らないで」
「その言葉、逆に男を煽る言葉だと知ってるのか?」
ぎゅっと目を瞑る。
嫌だ。嫌だ嫌だ。
不快な気持ちが全身を支配する。
どうせなら、ルヴァイにもらってもらえば良かった。
不覚にも、涙が溢れ出す。
もう、あなたのものにはなれないのだろうか。
ルヴァイの顔が頭をよぎって……ハッとした。
手の甲の魔法印を撫でて転移して………いや、今は拘束されているから無理だ。
じゃあ……
「………ルヴァイ」
「……なんだ、他の男の名か?」
「ルヴァイっ」
ガッと頬を掴まれる。
「……っル、ヴァイ」
「やめろ、不快だ。しかも魔王と同じ名など……」
瞬間、パンッと窓が粉々に砕け散った。
「………貴様」
ルヴァイの地を這うような声が聞こえて、パリンパリンと、花瓶やティーカップが壊れていく。
「マリエルに、何をした」
目の前のエルナルド殿下がアイスブルーの目を丸くしたと思ったら、凄い勢いで私の身体から吹き飛んで行った。
ガッという苦しそうな声が聞こえる。
「…っルヴァイ!」
身動きの取れない身体でルヴァイの声がした方を見ると、ルヴァイは恐ろしく冷たい顔をしていた。
紅い瞳が、薄暗くなった部屋の中で爛々と光っている。
「……ま、おう…だと……!?」
エルナルド殿下がヒュっと光の魔術を放ったが、ルヴァイの手の一振りで暗闇の中に霧散していった。
「俺に刃を向けるのがどういう意味か分かっているのか?」
ルヴァイがガッとエルナルド殿下の首を掴み、持ち上げる。
「お前たちはもう、滅びるか……?」
「が、はっ……」
エルナルド殿下が苦しそうな声を出す。
待って、これでは、死んでしまう。
「ルヴァイ!待って、やめて!死んじゃう!」
「死ねばいい」
「……っ」
まずい、これは本気だ。
いくらルヴァイでも王子殺しは……
焦ったところで、手足の拘束がなくなった。
エルナルド殿下の魔術が切れたんだろう。
ガバリと起き上がってルヴァイに抱きつく。
「お願い、やめて!私は大丈夫だから!」
「大丈夫じゃない」
まずい、エルナルド殿下が泡を吹き始めた。
何か、何か手は………
私はハッと気がついた。
今こそ!
悪女教育の成果を!!!
「………ねぇルヴァイ」
若干震えた声で、でもなんとか艶っぽい気もしないでもない声で囁く。
「私ね、本当に怖かったから……このクズ男のことはいいから、先に抱きしめてほしい」
ほっぺにチュッとキスもしてみる。
「ね、お願い。早く……」
だ、だめだろうか。
声が震える。
恐る恐るルヴァイの様子を伺うと、ドサリと王子がルヴァイの手から落ちた。
そしてルヴァイが真っ赤な顔でこちらを見ている。
そしてバサリと上着を被せられた。
「……っぐふ!」
「………ちゃんと前閉めて」
「え?」
見下ろすと、申し訳ない程度の可愛らしい胸が、ほとんど見えていた。
グチャグチャになった屋敷の中に、私の、ひゃあーー!という、情けない声が響いた。
読んで頂いてありがとうございます。
いいねブックマーク、ご評価頂いた方、ありがとうございます!
二日目にしてご評価頂けてびっくりです。
とても嬉しいです!最後までよろしくおねがいします。
「面白い!」「続きが気になる!」と思ってくれた方も、
「悪女なのに前閉めるのね?ふふふ……」と思ってくれた方も、
ぜひブックマーク、
☆下の評価を5つ星☆から応援よろしくお願いします☆彡!!!