Lesson1 こういう時は目を閉じる
「じゃあ、行こうか。」
「…っ、えぇ。」
「……緊張してる?」
そう言うと、黒髪の間から光る紅い目を覗かせた魔王のような男は、
私の髪の毛を一房取って口付けた。
「大丈夫、十分悪女に見えるよ。」
「も、もちろんよ!」
白くて長くて貧相…じゃなくて、背が高くほっそりとした私の身体は、
ワインレッドのタイトなドレスにしっとりと包まれている。
背中はV字に大きく開いていて、スラリとした白い背中が惜しげもなく晒されている。
スカートには大胆なスリット。
腕は同色の繊細なレースの長袖に彩られ、細く長く白い腕が透けて見えている。
そんな露出が強い服装なのに、何故かものすごく上品にまとまっているのは、ドレスが上質だからなのだろうか。
首元には繊細なシルバーとダイヤのネックレス。
サイドに流した黒髪は豊かに波打ち、口元はルビーのように艷やかだ。
これまで細長く冷たいと言われていた残念な見た目だったが、だからこそ似合うスタイルだと言われ、確かにその通りだと思う。
愛らしいとは言えない涼し気な目元も、この格好なら寧ろ適切な気がする。
さっくりイメチェンさせてくれたこの男の審美眼は確かかもしれない。
そしてこの魔王のような男は、満足そうに私の姿を見るとニヤリと笑った。
「悪女の条件、ちゃんと覚えてる?」
「当然!!!」
私はお腹に力を入れて背筋を伸ばした。
「妖艶で美しく、強く賢く屈せず堂々と。」
「いいね、それから?」
「……っ、い、いい男を自信満々に連れてる。」
そして私が連れているこの男は、少し長い黒髪の間から真紅の目をキラリと覗かせて艷やかに笑った。
「そうだね。完璧だ。じゃあ、できるよね?」
「……っここでするの!?」
城の庭園。
まだ会場には入ってないから周囲にそんなに人はいないけど。
「あんなに練習したのに実践で使わなくてどうすんだよ」
そして息遣いが聞こえそうな距離で私の目に視線を絡ませた。
「ほら」
「……っ」
私は少しぷるぷる震える手を何度かグーパーグーパーして落ち着かせると、そっと男のなめらかな白い頬にその手を添えた。
「そ、その、目を閉じなさいよ!」
「悪女はそんな細かいこと言わない」
「っ、え、ええと」
「ほら早く」
吸い込まれそうな光る紅の瞳が、とろりとした熱を持って私の思考を絡め取っていく。
やっぱりこの人、ほんとに魔王なんじゃないだろうか。
私は何だかふわふわと魅了されたような気持ちになり、そのまま魔王な男に軽く口付けた。
よし!できた!!!
達成感で胸をいっぱいにして唇を離そうとしたが、いつの間にか頭に回っていた手にぐっと押さえつけられて、動けない。
そのまま男の柔らかな口付けに翻弄される。
どうしよう、ちょっとまって……
慌てて逃げ出そうとするが、身体に力が入らない。
ふわふわと、幸せな気持ちになってきてしまった。
……一体どうしてこんなことになってしまったのか。
時は少し前に遡る。
*******
「………側室に?」
「あぁ、そうだ。悪い話ではないだろう?」
少し冷たい印象のアイスブルーの目を躊躇なく私に向けた元婚約者は、悪びれもなく首を傾げながらそう言った。
さらりとその金色の髪が流れる。
「君が側室となり、ロクサニールが我が正室となれば、隣国との繋がりも強固になり、国も安定する。この国の商業や資金面も潤うだろう。これは私の我儘ではないよ。国のためだ。」
「……はい、それはもちろん、承知しておりますが……」
「何が気になる?」
理解できない、というまさに王子な綺麗な顔が私に問いかける。
ちなみに私も全く理解できない。
「ロクサニール様がいらっしゃるのであれば、この辺境伯の娘など、婚約破棄をしたままで良いのではないですか?」
「君は傷物のままだろう?」
あけすけなく言ってのけるこの男の手は、隣に座るロクサニール様の腰に回っている。
ロクサニール様は、この男が留学から帰国したのと同時に連れ帰ってきた、隣国の姫君だ。
もちろん我儘ではなく、国のために連れ帰ってきた、という体だ。
ちなみに今日は各領地の視察……という名の旅行ついでに立ち寄ったらしい。
私はうんざりした気持ちで、昨日めでたく『元』婚約者となった男にコメントを返した。
「傷物になるぐらい、どうということはありません」
「そうか?だが、ここまで国費で王子妃教育を受けてきただろう?それを無駄にするなど国費の損失だとは思わないか?」
「国費の……損失?」
「あぁ、だから君はこのまま私との婚約を再度継続し、側妃となって政務に役立ってくれ。君の学が高いことは、私も皆も評価している」
にっこり笑うその顔は、元婚約者というより元上司だ。
就職や職場の評価面談をしていたのだっけ、という気持ちになる。
「それでは、ご正妃様となるロクサニール様のお勤めを取り上げることになってしまうのでは……?」
「あぁ、それについては」
エルナルド殿下はロクサニール様の蜂蜜色の髪をふわりと撫でた。
ロクサニール様はほんのり頬を染めてエルナルド王子を見上げる。
うん、やっぱり、私の見立てが間違っていないのなら、ロクサニール様がいれば私は不要だ。
女は見かけによらないのだから。
だが、エルナルド殿下は甘い顔でロクサニール様を見つめながら躊躇なく答えた。
「公衆の面前にでるような場面ではロクサニールに表に立ってもらおうと思っている。君はああいうのは苦手だろう?夜会等は華やかなロクサニールに任せて、君は落ち着いて側妃としての仕事をこなせばいい」
「えぇ、夜会のような人前に出るお仕事は私にお任せくださいませ」
ロクサニール様は蜂蜜のような甘い笑顔で私に微笑んだ。
確かにロクサニール様がいれば夜会も大丈夫だろう。
だが、二人が言いたいのはそういう事ではない。
要はこうだ。
絵面の悪いわたしはすっこんで書類仕事でもしてろ。
そういうことだろう。
さすがの私もムカついてきた。
……が、それどころじゃない。
お父様が憤怒の形相になってきた。
恐ろしいほどに血管の浮き出た屈強な腕がプルプルしている。
落ち着けお父様。
王子に殴りかかったらこの家はお取り潰しだ。
そっとその憤怒の手に自分の手を乗せる。
ひょろ長い手。
愛らしいロクサニール様と対象的な、長身で凹凸の少ない、細長く冷たい印象の私。
「………少し、考えさせてください」
地獄からの伝えかと思うようなお父様の声が応接室に響く。
「まぁ……いいだろう。週末の夜会ではロクサニールを皆に紹介するから、できれはそれまでに決断してほしい。あぁ、そうだ。ロクサニールを正妃とせねばならなかったと分かるよう、ロクサニールよりも劣る態度で来てくれ。見目は悪女のように冷ややかだから態度を少し変えれば問題はないだろう。じゃあ、宜しく頼むよ」
そう言って死ぬほど失礼な言葉を残し、二人は夜会の豪華な招待状をテーブルの上に残して、連れ立って帰っていった。
「……お父様………」
お父様は広くなったおでこに青筋を立てて、ギリ、と豪華な招待状を手に取り……握りつぶしている。
早くにお母様が亡くなり、男手一つで私をここまで育ててくれたのだ。
その娘が見目を悪女呼ばわりされ、愛もなくこき使われるだけの未来を提示されたのだから、憤怒の形相になるのも無理はない。
娘の涼やかな目元をより鋭くしたような精悍な顔は、今や鬼のように恐ろしい。
普段はマッチョで優しく可愛らしいお父様なのだけど。
お父様の手の中で片側が握りつぶされた豪華な招待状を見る。
年に一度の大規模な夜会。
国中の貴族が集い、美しい音楽に合わせてひらりひらりとドレスが揺れる、憧れの夜会の招待状だ。
確かに私はいつもヒソヒソと、可愛げがないとか、冷たいとか、陰口を叩かれているので全く楽しみではないのだが。
それでも、握りつぶして握力を鍛えるような招待状ではない。
私はお父様から半分握りつぶされた招待状をやんわりと回収すると、なんとなくその皺を伸ばした。
「……私に裏方の仕事はすべて任せる……ということなのでしょうね」
「………ふざけおってあの若造が!!!」
バン!とテーブルにお父様の拳が振り下ろされた。
いくつかの書類がひらひらと舞う。
昨日受理されたばかりの婚約破棄の書類の写しに、その婚約破棄を破棄するという王子のサインだけが入った新しい書類。
そして側室への婚約に変更しますという書類だ。
変更し過ぎではないか。
私はそっとため息をつくと、散らばった書類を集めてテーブルにのせた。
「……それが、この国のためになるのでしょうか……」
「なるわけ無いだろう!!」
ギリ、とお父様の歯ぎしりの音が聞こえる。
「もしかしたらエルナルド殿下の1代でみれば結果はいいかもしれない。だが、人格の伴わない王が続けば、対立や汚職がはびこり、国は腐り、やがて滅びる」
「………」
「蔑ろにされた家が増えれば、それは団結し、クーデターの種にもなる。王家は悪習に習い腐り続ける。これは、その事例の先駆けだ」
重苦しく吐き出されるお父様の声は、地響きのようだ。
手元の招待状に刻印された、王家の紋章を見る。
この国では側室は認められているものの、その多くは子が成せない場合だった。
このような事例は無い。
つまり、私が事例を生み出せば、それはまた次の、政務をこなす便利な側室を……道具となる新たな女性を生むことになる。
「次の世代のために……拒否することはできるのでしょうか……」
「……………王家に、マリエルは不要だ、と言わせられればいいんだが」
お父様は、ふぅ、と息を吐き出すと、辺境伯としてこの地を守る屈強な顔に悲しいような、優しいような、切ない笑顔をのせて、私を見た。
「お前は自慢の娘だからな。不要だと言われるような育て方はしてこなかった。見目だって、涼やかで凛として美しいのに……それを、それを……あのクズは………」
「お父様………」
「……………」
項垂れてしまったお父様を見る。
打つ手無し。
このまま、便利な側室としてあの王子と結婚するしかないのだろうか。
血税に育てられたこの身。
国のために捧げるのは構わない。
見目をけなされたって構わない。
だけど。
将来的に国のためにならないのであれば、この婚約だけでもなんとかならないだろうか。
窓の外を見る。
大好きな、辺境の美しい山々が見える。
国のためにと思ってここまで王子妃教育を頑張ってきた。
だけど。
本当は。
少しでも、好きな人に、愛されてみたかった。
雪を被った山に、蓋をした気持ちを思い出してしまって、胸に棘が刺さったような悲しさが湧き出てきて視線を落とす。
ふと目に木彫りの人形が目に止まった。
子供の頃大好きだった、物語の主人公。
自称悪女のキャサリーンが、まさに悪女の出で立ちで、腐った奴らをバッサバッサと成敗して素敵な世の中にしていく、痛快なお話。
悪女。
そうか、悪女だ。
王子も言っていたではないか。
正妃にできないような女として、見た目通りの悪女のような態度で夜会に来るようにと。
正直それがどんな態度なのか、自分がどうしたらいいのかイマイチよくわかってはいないのだが。
正妃どころじゃなく、私が、側妃にも相応しくないような、
そう、結婚したくもないような、立派な悪女になれば………
可憐なロクサリーヌ様の背後に、立派な悪女になった私が側妃としてニヤリと笑って立っている姿を想像する。
うん、これは無しだ。
間違いなく側妃として相応しくない。
「お父様!!!」
「っなんだマリエル?」
「私、ちょっと出かけてきます!!」
応接室を飛び出して、一目散に自室に向かいながら窓の外を見る。
窓の外に連なる、雪を被った山々。
私はその山を見ながら一人の男を思い出した。
山の洋館に住む、魔王と呼ばれるその男。
ルヴァイなら、そんな悪女に最短距離でなれる方法を、知っているかもしれない。
「……で、俺のところに来たと。」
「そう。教えてくれる?このまま適当に振る舞ったらただの乱暴な悪人の女になっちゃいそうだし。極悪人として我が辺境伯家がお取り潰しになったら困るのよ。だから側妃に不適切な立派な悪女を目指そうかなって。」
「…………」
黒髪に真紅の目。
故に魔王と呼ばれるこの男、ルヴァイは、何だか残念そうな目で私を見つめた。
「君さ、頭いいのにバカだよな」
「は!?」
バカとは何だバカとは。
私は真剣なのに。
立派な悪女が何たるかを教わるならこの幼馴染みの男しかいないと思ってあの後すぐにこの館にやってきたのだが。
とんだ暴言だ。
そんな私の気も知らず、ルヴァイは渋い顔をしている。
「そんなクズ男のために、なんで悪者役になるんだよ」
「国のためよ」
「……やっぱりバカだ。」
ため息をついたルヴァイは、おもむろに立ち上がった。
いや……ちょっと怒ってるかも。
なんだか雰囲気が怖い。
そして、そのままなんとなく圧のある雰囲気で、私の眼の前までやって来た。
わたしも背が高いが、やっぱり普通に背が高い男のルヴァイが目前に立つと威圧感がある。
しかもいつもと違う怪しい雰囲気。
思わず一歩後ずさる。
ルヴァイは、真紅の瞳をギラリと光らせて私の顔を覗き込んだ。
待って、怖い。
ほんとに光って見える。
思わずごくりと唾を飲む。
「まぁいいや……悪女ね。教えてやるよ。覚悟はいい?」
「……っ覚悟!?」
まさか悪女になるためには何らかの覚悟が必要だったのか。
今まで全く試みたこともなく、その知識のなさに愕然とする。
ショックを受けつつルヴァイを見上げると、
ルヴァイは怒ってるような、やれやれというような雰囲気で光る真紅の目を細め、私を見下ろした。
「当たり前だろ。今までバカ正直に真面目に頭でっかちに生きてきたんだから、その凝り固まった教科書みたいな常識捨てて、悪女になってもらわないと」
「な、なるほど……!!」
早速のレクチャーにはっと目が覚めるようだ。
教科書を熱心に読む悪女などいないはずだ。
「わかったわ!常識を捨てます。」
「いいね。じゃあ手始めに……」
そしてルヴァイはグッと近寄って私の腰を抱き寄せると、その美しい顔を私の顔に寄せた。
「俺にキスしてみて」
「………………………………………は!?」
何だろう。
何を言ってるんだろう。
もしかして。
私、疲れてるだろうか。
「……空耳じゃないからね」
ルヴァイは残念なものを見るような顔で私を一瞥すると、はぁとため息を吐いた。
「あのさ、悪女ってどんなイメージ?」
「え、ええと……」
悪女。
イメージするのは、どんな女性か……
「……お、大人っぽくて、妖艶で、綺麗で、なんだか強そうなイメージ。」
「分かってるじゃん。そう、最高の悪女は、妖艶で美しく、強く賢く屈せず堂々としているいい女だ。」
「妖艶で美しく、強く賢く屈せず堂々としているいい女……。」
「それで、大体隣にいい男を連れてる。」
「いい男を……。」
想像してみた。
確かにイケてる悪女っぽい。
こうして細かく定義していくと、悪女の姿がより具体的に想像できる気がする。
ルヴァイに相談してよかった。
さすが魔王。
「で、君に足りない悪女の条件って何?」
私に足りない条件……なんだろう。
1から考えてみて、致命的なことに気がついた。
先日婚約者の隣を他の女に奪われたばかりたった。
「隣にいい男がいません。」
ズバリ言い切った私から呆れたように視線を外したルヴァイは、またちらりと私を見た。
「………それはいいよ。とりあえず代理で俺がいい男役してやる。仕方ないから。」
「いいの!?!」
「不本意ながら悪女の隣の男が『魔王』なら完璧だろ」
「えぇ!!ありがとう!!!」
大喜びでお礼を述べると、ルヴァイはまた視線を反らして、はぁ、とため息をついた。
「………で、あと君に足りないことって?」
「………何かしら……」
妖艶で美しく、強く賢く屈せず堂々としているいい女………
「……強さ?」
「これ以上強くなってどうする」
そう言われてみればそうかもしれない。
お父様に鍛えてもらった私は、ナイフの技で言えばもはや師範代クラスだ。
今日もスカートの下の太ももには、うっかり魔獣が出てきたときに戦えるよう、愛用のナイフがくっついている。
ちなみにパワーはないものの、それなりに体術もできる。
残念な私の回答にまたしてもため息をついたルヴァイは、艷やかな黒髪の間から真紅の目を私に向けた。
「……色気だよ、色気」
「っ色気!?」
たしかにそんなものはない。
この隣国との国境に接し、魔獣と共存する辺境の地であれば、出すのは色気ではなく勝気だ。
もちろん今着ているのはオシャレなブティックのドレスではなく、丈夫で動きやすく一応上品に見える相応価格のカッチリしたワンピースである。
スラリとした高身長の自分が着ると、可憐というより立派というか、しっかりしてそうというか、仕事できそうっていう感じだ。
確か王都のバリバリ働いている女官さんはこんな雰囲気だったと思う。
自分を顧みている私の様子を見ながら、ルヴァイはやれやれと首を傾げた。
「想像してみなよ、色気のない悪女」
想像してみた。
うん、なんか違う。
ただの強そうな女の人になってしまった。
「だ、大事みたいね色気!?」
「でしょ?だから言ったんだよ。」
「え?」
「だから。俺にキスしてみ?」
「え!!???」
何を、何を言っているんだろうか。
キス?キスって、あれよね?
口と口をくっつけるやつ。
……あ。
「……ほっぺに?」
「馬鹿なの?ちゃんと口にするでしょ。」
「え!!???」
何度目か分からないため息をついて、ルヴァイは妙に色っぽい仕草で目を細めて私を見た。
「キスすらしたことない奴が、どうやって色気を出すのさ。」
「……っなるほど!!!」
確かに。
仰るとおりだ。
仰るとおりだ。
仰るとおりだけど。
「ほら、早く」
間近にルヴァイの顔が迫る。
うそ、待って。
心臓が早鐘を打つ。
信じられない。これは現実?
「……っ待って、ええと、私が、ルヴァイに?」
「他に誰がいるんだよ」
吐息がかかるような距離で囁く声に、鼓動が跳ねる。
今まで見たことの無かった幼馴染みの様子にどうしていいか分からない。
「……っでも!わ、私また求婚されたところだし……」
それを聞いたルヴァイは、すっと冷たく目を細めた。
怖い。
怖い怖い。
「……悪女ならそんなの関係ない」
「そ……そうかもしれないけど」
「目的はあのクズ男の側室になる婚約を回避することでしょ?なら他の男と関係持ったのならより有利だ」
「いや、待って!よく考えて!こちらの有責になったら我が家はお取り潰しに………」
「未契約なんだから大丈夫だろ」
確かにその通りだ。
その通りなのだけど。
ほ、本気なのだろうか。
ルヴァイの顔を見る。
綺麗な顔。
それに比べて……
自分のことを顧みて悲しい気持ちになる。
そう、私は、愛らしいロクサニール様とは違う。
ひょろ長くて塩みたいな顔の、強くて頭でっかちな残念な女だ。
悪女教育とはいえ、そこまで甘えてしまっていいのだろうか。
悲しい気持ちでルヴァイを見る。
「……ルヴァイ、嫌じゃないの?」
「別にいいけど」
「え!?」
まさかの即答だった。
むしろなかなか行動に移せない私に嫌気がさした様子で、ルヴァイは私が見たことのない色気を撒き散らせながら、少し眉をひそめた。
「ていうかさ、やる気あるの?悪女の第一歩すら進めないとか先が思いやられるんだけど。悪女目指すならキスの1つや2つ、躊躇なくポンポンやってみせろよ。」
「ち、躊躇なく……!!!」
何ということだ。
軽い気持ち……では無かったけど、安易に悪女など目指すべきでは無かったのかもしれない。
衝撃を受けていると、ルヴァイが少し身を引いた。
「……まぁ、嫌なら、無理強いできないけどね」
「そ、そんなことないわ!」
「………別の方法考えたっていいだろ」
「だ、大丈夫よ!私は……や、やれるわ……」
「……………」
嫌ではない。
嫌ではないのだ。
嫌なわけないのだ。
ただ、経験がないだけで。
私はぐっと顔を上げた。
この国の為に、便利な側妃の連鎖を断ち切るために、私は悪女となる。
覚悟を決めるのだマリエル。
あとに続く者たちの為に。
やるしかない。
ルヴァイの肩に手をかける。
滑らかな白い肌。
さらりと顔にかかる黒髪。
真紅の目。
そして、思ったより綺麗な形の唇。
「…………」
「……息してる?」
「……ふはっ……ご、ごめん……」
「…………しないの?」
「……………っだって!!!」
緊張でふるふると唇が震える。
もはやルヴァイの顔も見れない。
無理だ。
やり方すら分からない。
私は、敗北に打ちひしがれながらぎゅっと目を閉じて空を仰いだ。
「キス、したことないんだもの!!!」
瞬間、何か柔らかいものがふわりと唇に触れた。
え?と思って目を開くと、綺麗な真紅の瞳がすぐ近くでこちらを見ている。
「………あ、の……」
「……じゃあ、教えてやるよ」
ルヴァイが吐息がかかる距離で、熱を持ったような目で私を見据える。
ぐっと私を抱き寄せる腕に、自分のものとは違う男の質感を感じてどきりとする。
何だか甘い香りまでする気がする。
なんだこれ。
なに、これ。
「………こういう時は目を閉じるんだよ」
「……っは、ぃ…」
自分の声じゃないみたいな蚊の鳴くような声で返事をしてぎゅっと目を閉じた。
ふ、と少し笑ったような音が聞えて、またルヴァイの柔らかい唇が私のそれに重なる。
啄むような優しいキスになんだかふわふわしてくる。
なんでこんな、柔らかくて優しいんだろう。
しばらくしてルヴァイがそっと身体を離した。
二人の間に流れ込んだ空気が妙にひんやりとして、嫌でもさっきまでの熱を思い出させる。
「………次はマリエルからできるようにしとけよ」
「……ぅん?」
何故か身体が芯から熱くなった気がする。
私はぼんやりとルヴァイを見上げた。
ルヴァイのとろりとした真紅の瞳が、ゆらりと光って、綺麗だった。
「…………今日はもう帰れ」
そうルヴァイが囁くと、パチン!と音がして、いつの間にか屋敷の自分の部屋に帰ってきていた。
ルヴァイの古代魔法だ。
何だか色々と現実味がなくて、私はしばし、ぼんやりしながら、窓の外に見えるルヴァイが住む美しい山々の景色を眺めた。
読んで頂いてありがとうございます!
最終話まで執筆済みですので、ぜひ最後までお楽しみ下さい。
「面白い!」「続きが気になる!」「私も悪女教育されたい!!」と思ってくれた方、
ぜひブックマーク、☆下の5つ星☆から☆いくつでもいいので応援よろしくお願いします☆彡