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サインと気持ち

「それは…」


 副所長をチラッと見て笑ったマーティン様は言葉を続ける。


「研究所の者が優秀な人材をラミア国に取られたと嘆いていてね。実際に会ってみると、君が魔塔に所属しているのが本当に惜しいよ。今からでもシェルロン国に帰ってきて、働いてみないか?」


 

 マーティン様の言葉に私は驚く。


 エドワードの件があって、シェルロン国から逃げる様にラミア国に行った私は、学校に通いながら研修として魔塔に入った。


 学校を卒業して正式に魔塔に所属した後も、実家に帰る事もなく、がむしゃらに目の前の仕事をやってきた。


 その結果、マーティン様に名前を知ってもらえるなんて…。

 

 今までの努力が認められたようで胸が熱くなった。



「嬉しいです。でも、シェルロン国に帰ってくるのは……」



 言葉を濁した私は、どう答えたらいいのか考える。


 尊敬していた人の下で仕事が出来るのは嬉しい。


 でも、エドワードと婚約破棄をしても、エドワードのゴシップ誌のせいで私はこの国にいる事に居心地の悪さを感じる。


 昔の私とは違う。「周りの人が言うことなんて気にしない」と強がったことを言いたいけど、私はそこまで強くなれていない……。

 

 悩んでいると、副所長が言った。



「今日は物を届けに来ただけで、勧誘されに来たんじゃないぞ」


「あぁ。そうだったね」



 副所長がマーティン様に包みを渡すと、「マーティン卿のサインが欲しかったんじゃないのか?」と聞いてくる。


 副所長の言葉にハッとする。



 そうだったわ!緊張して忘れてしまっていたけど、本を持ってきていたんだった。



「あの、マーティン様の論文から著書まで全て読ませて頂きました。以前からファン…いいえ、尊敬しています。宜しければ、サインを頂けませんか?」


 私は鞄から本を取り出して、本を差し出した。


「勿論だよ」


 サインをしてくださった本を受け取ると、マーティン様が不思議そうに聞いてくる。


「この本でよかったのかい?学生時代に発表した論文をまとめた本ではなく、他にもあったと思うけど」


「この本がいいんです。この本にはゲートの魔法陣の基礎になっている研究が書かれているので」

 

 そう言って私は本をギュッと胸に抱いた。


 マーティン様の本には他にも有名なのがあるけど、この本は私にとって他の本に比べられないほど価値のある物だ。

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