アドニス・マーティン
目的地に着くまでの間、私と副所長の間には沈黙が続く。しかし、カフェでの沈黙と違って、不思議と居心地は悪くなかった。
馬車が止まり、馬車の窓から外を覗くと、シェルロン国の魔法研究所ではなく、ただの屋敷が見える。
「着いたようだな」
「ここがですか?普通のお屋敷ですが…」
間違いではないのかと副所長を見ると、「ここで間違いない」と馬車を降りてしまう。
魔法研究所に来ると思っていたのに、手入れされているお庭を見るに、ここは誰かのお屋敷の様だ。
「行くぞ」
そう言って差し出された手を取り、馬車を降りた私は屋敷を見上げる。
「あの……本当に、ここにマーティン様がいるのですか?」
屋敷の玄関に向かいながら聞くと、副所長は「他に誰がいるんだ?」と足を進める。
「そうですよね…私はマーティン様に会いに来たんですものね」
思いがけず、マーティン様のお屋敷?に来る事になるなんて…。こうなるなら副所長に何処に行くのか聞けばよかったわ。
初めてお会いするのがお屋敷でなんて緊張してしまう。
緊張する私を見て。
「心配するな。マーティン卿は気難しい所もあるが、お優しい方だ」
マーティン様に会った事があるかの様に話す副所長に不思議に思った私は、「副所長はマーティン様に会った事があるのですか?」と聞こうとすると、何処からか声が聞こえてくる。
「マーティン卿だなんて、つれないじゃないか」




