とある追憶
「ふぅー……おい、落ち着いたかよ」
地に伏す僕に向かっておざなりに声をかける一人の男。
先程の残酷に、執拗に攻めてきた事を忘れたかのような穏やかな言葉に腹が立ち、男に向かって吠え立てた。
「おいおい、悪かったって。
俺だって望んでこんなことしてんじゃねぇからよ。」
それを飄々と受け流す男に苛立ち、一つ顔でもぶん殴ってやろうと立ち上がったが、身体中に出来た傷痕にそれを阻まれ、再び地に伏してしまう。
「おい、大丈夫か」
その声に釣られて顔を上げると、男はこちらに手を差し伸べていた。
こともあろうかソイツはこんな僕を気遣ってきたのだ。
いったいどれだけ僕を弄べば気が済むのだろう。
僕を気遣うような手つきで触れてきた手を振り払い、なんとか距離を取って立ち上がる。
それと同時に、男の顔色が引き締まった物へと変わった。
「……おい、待て、それはダメだ。今ならまだ、お前のことを救ってやれる。だが、そっちは駄目だ。そっちに行くようなら俺はもうお前を守れない………と言うか守らない。
俺だってあいつらとはヤりたく無いしな。」
初めて見せる男の狼狽えた顔にスッと胸が空くような思いがした。
やった!ざまをみろ!
精一杯の強がりにそう毒づき、ニヒルな仮面を顔に張り付けて、男が静止した方向へ走り出した。
その直後、逃げる僕の耳朶を打つのは忌々しげに呟く男の独り言だった。
「ったく。嫌なこと思い出させやがって……」
瞬間頭に走る稲妻。
何度目になるかも分からない地面との熱い包容を交わしつつ、朦朧とした視界に写ったのは、さっきまで後ろに居た筈の男の足だった。
「はぁーあ 結局助けちまったよ……まったく、人助けって難しいもんだな」
薄れゆく意識の中、男の独り言が妙に耳に響いた。
ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン
それを肯定するかのように、辺りに鐘の音が響く。
「チッ 存外気付くのが速ぇな」
そこで僕の意識は途絶えた。