☆九月【オネエ男子】
【矢井馬博美】編
「……で、どういう意味なんだ?」
こけしのような顔で固まっていた陽平ちゃんは、顔の前で手を叩くとハッと目を覚ました。
そんなに変なことを言ったかしら?
「島の西側に児童養護施設があるでしょ? そこで演劇をしようと思ってるの」
「養護施設? ……ああ、あれ幼稚園じゃなかったのか」
やっぱり、みんな知らないのね。島に来た時に見学しなかったのかしら。
「なんで演劇なんかするんだい?」
「施設で学芸会をするそうなんだけど、子供たちから、お姉ちゃんも学校の人たちと何かやって! って言われちゃって。断れきれずにオッケーしちゃったのよ」
「軽い奴だな~。……で、誰とやるんだ?」
「だからアナタとよ。アタシがお姫様で、陽平ちゃんが王子様♪」
ドッキドキの純情ラブストーリーを熱演するわ!
「いや、俺様……演技はちょっと……。つーか、二人でやるつもりなのか?」
「勇介ちゃんもいるわよ」
一番前の席でうたた寝をしていた勇介ちゃんは、自分の名前に素早く反応して、ぴょんぴょこと跳ねながら近づいてきた。
「俺っち、頑張っちゃう!」
「頑張るって言ってもなぁ、それでもさすがに戦力不足だろ。──よし、俺のソウルメイトを召喚してやろう。バチ子、話は聞いていたな?」
「なんであたいが……。演劇なんてやったことないよ」
「大丈夫、役になりきるなんて心があれば簡単だから! 一緒に素敵なステージを作りましょ!」
一人で落語みたいなショーをやらなきゃいけないと思ってたけど、これならイケるわ。子供たちに喜んでもらえるように、頑張らなきゃ!
放課後になると、陽平ちゃんが誘ってくれたお友だちも教室に残ってくれて、七人の役者が揃った。
「みんな、協力してくれるなんて嬉しいわ!」
「オレは協力するなんて一言も言ってねぇぞ」
「いいじゃない。うちの高校には学校祭もないんだから、こういうイベントごとくらい楽しみましょうよ」
「ウチは毎年、施設の子供たちのサツマイモ掘りを手伝ってる。だから帰る」
「待ってよ、ねねちゃん! これも子供たちのためなんだよ! 子供たちの期待を裏切るの?」
瞳を潤ませながらおねねちゃんを見つめる勇介ちゃん……食べちゃいたい!
「そもそも、なんで子供たちに頼まれたんだい? 施設にはよく行ってるとか?」
「ええ、たまに服をプレゼントしに行ってるの。みんなに、小さい頃からファッションを楽しんでもらいたくて」
「さっすが、ヤバ美ちゃん! オシャレには人一倍うるさいもんね!」
それって褒めてるのかしら。
「ハハ、ヤバ美ってなんだよ。確かにいろいろとヤバいけどさ」
鼻で笑った城司ちゃんは、エミリーちゃんに肘で脇腹を突かれてうずくまる。
「いいのよ、アタシがそう呼んでって言ってるんだから。面白い呼び名のほうが子供たちに慕われやすいでしょ?」
「子供が好きなのね。素敵なことだわ」
子供が好き……。それとは、少し違うかもしれないけど。
「俺たちは島に世話になってんだ! 島の先輩である子供たちに敬意を払わなければならない! わかったか!!」
「まあ、そこまで嫌なわけじゃねぇけどよ……。本番まで二週間しかねぇんだろ? 間に合うのか?」
「大丈夫よ、シナリオは考えてあるから。タイトルはずばり、『ヤバ美のきゅんきゅんシンデレララブストーリー』!」
「却下」
即答すぎるわ、陽平ちゃん! コール&レスポンスじゃないんだから!
「まあ、主役はお前でいいんだが、俺様が王子役っていうのはやめようぜ! 姫役が男なら、王子役は女がやればいい!」
うーん……まあ、それも悪くはないけれど。
「女って言っても、このチビっこには無理だろ? できてガキ役だ」
「海に突き落とすぞカナヅチ!」
感情的になっちゃダメよ、おねねちゃん。すぐに怒るのは子供の証。クールな女は、怒るんじゃなくて叱るの。
「バチ子がいいんじゃない? 身長だって高いし、男装したらかっこいいと思うわ」
「あんた、めんどくさい役をあたいに押しつけようとしてるだろ」
「そ、そんなことないわよ」
出た、女の姑息な手段。わかりやすい社交辞令でも褒めてヨイショすれば乗ってくれると思ってる。男相手になら通じたでしょうけど、女に使っても意味がないわ。まだまだね。
「お前はそこいらの男より強ぇんだし、いいじゃねぇか。寝てばっかのぐうたらは卒業して、宝塚でも目指すつもりでやってみろよ」
城司ちゃんはさっきからデリカシーがないわね。本人は褒めてるつもりなのかもしれないけれど、〝男より強い〟だなんて野蛮なイメージがついちゃうから、普通の女の子にはNGよ。
「あんたも授業なんてまともに聞いちゃいないじゃないか。一緒にするんじゃないよ。あたいはこう見えて、ドラマや映画はよく観るほうだ。演技なんて簡単さ」
あら、意外とやる気?
「おっ! やってくれるのかバチ子! さすが名女優の卵! よっ、朝ドラ荒らし~!」
生き生きしてるわね、陽平ちゃん。そんなに嫌だったなんて憎たらしいわ。
「よ~し! お前たちのことを誰よりも理解してる俺様がシナリオを書いてやろう! きゅんきゅんラブストーリーなんて子供向けじゃない!」
「えっ、そんなの酷いわ! アタシはお姫様じゃないと嫌よ!」
「安心しろ。それは考慮してやる」
せっかく準備万端で役に入ってたのにぃ……。陽平ちゃんに任せて大丈夫かしら……。
――そんな心配がよかったのか、後日提出された陽平ちゃんの脚本は、思ったほど崩れてはいなかった。アタシとしてはもうちょっと刺激がほしいところだけど、アタシのセクシーショットなんて子供にも大人にも刺激が強すぎるものね。今度陽平ちゃんを誘惑する時のために取っておいてあ・げ・るん♪
そして、訪れる練習の日々。
「これって、オレは中ボスなのか? ラスボスなのか?」
「なんで俺っちがこんなにかっこ悪い役なの!?」
「ねぇ……これホントにやらなきゃダメ……?」
「ウチは帰る」
残りの夏休みも、学校が始まった後も、毎日体育館に集まって汗水流す。
「剣なんて無理だっつーの! 相撲でいいだろ!」
「ねぇ! せめて最初の台詞だけ変えさせてよ!」
「あたし、自分の部屋で練習するわ……」
「ウチも帰る!」
時には涙まで流す子もちらほらと。
「ヤバ美にベタ惚れとか絶対に嫌だ!!」
「もうやるしかないんだよね!! 頑張るしかないんだよね!!」
「やっぱり嫌よ!! パパとママに顔向けできない!!」
「ウチを帰せぇぇぇ!!」
みんな、不満たらたらだったけど、なんとか形にしてくれて、本当に嬉しかったわ。
まあ、あらすじ以外はほとんどアドリブだから、まだ不安もあるのだけれど。
子供たちのために、そしてアタシのために、頑張ってちょうだい♪
自由奔放な練習を見守りつつ、アタシは衣装作りもしながら役を作り込んだ。
あんなセクシーなアドリブが、こんな大胆なアドリブが、と妄想を膨らませる。快感で刺激の強い毎日はあっという間に過ぎて、本番の日はやってきた。
「──いよいよだ! 着替えを済ませた奴からステージ裏に大集合だぜ!」
九月五日。施設を訪れたアタシたちは、子供たちのステージ発表を見た後、空き部屋を二部屋借りて準備にかかった。
「今日はアタシの誕生日……今日はアタシが主役……」
パッションピンクのドレスに身を包み、手持ちのアクセサリーを組み合わせて作ったキラキラのティアラを頭に乗せて、ヒールに足を滑らせる。
「今日は薄化粧なんだね」
「アタシだってTPOはわきまえるわよ」
着替えを終えたバチ子ちゃんことハーバード王子は、髪をポニーテールにして腰に剣をさす。
スタイリッシュでかっこいいじゃない! アタシが縫ったジャケットだって、少し派手すぎたから服に着られちゃうと思ったけど、ちゃんと着こなしてるわ! 本物の男じゃないのが少し残念だけれど、これはこれで当たりね!
「さすが、スタイルがいいからさまになってるわよ。涼やかな目元がクールね」
「目つきが悪いだけさ」
そんなふうに言わないで。もったいないわ、人を惹きつけるチャームポイントなのに。
「他の二人はもう行ったのかい?」
「別の場所で着替えてるんじゃないかしら。ほら、一応男の目があるから」
「ああ、今日のあたいは王子だもんね。エミリーもチビっこも、始まる前から役に入り込んでて偉いな」
この子、天然なのかしら……。
「じゃあ、あたいたちも行こう。──エスコートしたほうがいいのか?」
「お願いするわ♪」
差し出された手にそっと重ね、今日のために夜通し手入れをした爪が光る。
まさか、こんな日が来るなんて。やっぱりこの島に来てよかった。普通の高校じゃあ、こんなことしてくれるお友だちはできないものね……。
「――おい、こっちだ! すぐに始めるぞ!」
真っ暗なステージ裏に行くと、設営の手伝いで来ていた大工のおじさんに懐中電灯で足元を照らしてもらい、陽平ちゃんの声が聞こえるほうまで駆け寄った。
「準備オッケーよ。さあ、始めましょ!」
王子から手を離し、ステージの真ん中に立ったところで、開始のブザーが鳴って幕が開いた。
「──ハーイ、皆さんこんにちは! アタシはお洋服の国のプリンセス、プリティー姫よ♪ 今日で十六歳になるの♪」
観客席に向かって挨拶をすると、子供たちは笑い、フリフリのドレスを指差して「紫キャベツだ!」と声を上げた。施設の職員さんや、観覧に来ていた地元の人たちも口元を和らげている。
オッケー、滑り出しは上々ね。
「今日はね、隣の国の王子様が、アタシの誕生日をお祝いしに来てくれるのよ♪ ほら、噂をすればいらしたわ!」
厳かな音楽とともにステージの袖から登場した王子は、アタシの前で膝をついた。
「おー、愛しのプリティー姫。会えてとても嬉しいよー!」
「アタシも会いたかったわ! ハーバード王子!」
ついに直らなかったわね、バチ子ちゃんの大根演技。
「今日は君の特別な日だー。ぜひ私とデートをしてほしいー」
「もちろん、喜んで♪」
二人で肩を並べながらステージの上を歩き、お花畑や海岸沿いの背景が入れ替わり立ち替わり流れていく。──すると、そこへ。
「──ガハハハハ! こんなところにいたのか、プリティー姫!」
黒いマントをまとった城司ちゃんが現れた。
「さあ! 今日こそはオレのもとへ来るのだ! 二人で華やかな結婚式を挙げよう!」
あら、どうしたの城司ちゃん。顔色が悪いわよ。
「また性懲りもなく現れたな、オラオラ王国のヤバン王子! プリティー姫は渡さないぞー!」
ハーバード王子は剣を抜き、ヤバン王子に斬りかかる。
「ガッハッハ! そんなもの、オレには通用しない!」
しかし、目に見えない力で止められ、弾かれる。
そして隙を突かれたアタシは、ヤバン王子に捕まってしまった。
「プリティー姫~!!」
「ハーバード王子~!!」
そうそうこれよ! これがやりたかったのよ! 悪の手によって引き裂かれる悲劇の二人!
「プリティー姫はいただいた! 貴様は一生、一人で生きていくんだな! ガッハッハッハ!」
小さなドラゴンの模型に飛び乗り、アタシとヤバン王子はそのままステージ裏へと消える。
ステージ上に残されたハーバード王子は、膝をついて床にこぶしを叩きつけた。
「くそっ! あたいがあんな不良野郎に負けるなんて……!」
バチ子ちゃん、素が出てるわよ。
「姫を助けられる力がほしい! 神よ! 私に希望の光を……!!」
ハーバード王子が天に手をかざすと、青空の背景を、一つの流れ星が横切った。
「──しゃらら~ん♪ 王子様、こんにちは。あたしは魔女っ子エミリー! どんな悩みもキラッと解決よ☆」
黄色のワンピースを来たエミリーちゃんが袖から登場すると、隣で城司ちゃんが噴き出した。
頑張ってる人を笑っちゃダメよ。……まあ、アタシもちょっと驚いたけど。
「おー、魔女っ子エミリー! 私に力を! 姫を助けるための力を授けてくれー!」
「うふふ、おまかせあれ♪ ──えいっ、しゃらら~ん☆」
魔女っ子エミリーが杖──にみえる絵筆を一振りすると、もくもくとドライアイスの煙幕がたかれ、ステージ上が白く塗り潰された。
そして、浮かび上がる三つの影。
「──はしゃぎすぎて鼻血ブー!! 元気もりもり!! 和智田レッド、参上!!」
「み、みんなに風邪をうつしちゃうぞ!? ま、枕が友だち!? 和智田ブルー、惨状!?」
「この国の畑はすべてウチのもの……野菜大好き……和智田グリーン……山上……」
陽平ちゃんを筆頭に、色違いのタイツを着た勇介ちゃんとおねねちゃんがポーズを決める。
「──我ら、お助け戦隊! 和智田レンジャー!!」
バババーン! と、大量のクラッカー音が鳴ると、観客席からは歓声が上がった。
女の子ウケと男の子ウケを考えて魔女っ子と戦隊モノを取り入れるなんて、さすが陽平ちゃんね。そのタイツはナンセンスだけど……。衣装くらいアタシが用意してあげたのに。
『スゲー! かっけ~!!』
『なんで枕持ってるの!?』
『サツマイモのお姉ちゃんだ~!』
コンセプトもよくわからないし、勇介ちゃんはキャラが混濁してるし、おねねちゃんは目が死んでるわ。
「和智田レンジャー……? よくわからないが、私に協力してくれるのか!?」
「おうよ! 一緒に姫を助けにいこうぜ!」
二人はガシッと手を握り合い、ともに山頂にそびえる城を見据えた。
「ハーバード王子にはこの聖なる剣も授けるわ♪ これがあれば、ヤバン王子の魔力なんてへっちゃらよ! ──じゃあ、頑張ってね~☆」
魔女っ子エミリーは一本の剣を渡し、手を振って去っていった。
「おお、力がみなぎってくる……! よし、これで姫を助けるぞー!」
王子が剣を掲げたところで、場面は暗転。
次にライトが照らされた時には、一行はヤバン王子の城の前に立っていた。
さあ、アタシの出番が戻ってきたわよ!
「たのもー!! 道場破りに来てやったぜー!!」
その台詞は違うでしょ。
「──あ~? 誰だようるせぇなぁ……」
アタシがヤバン王子とともにステージ上へ出ると、和智田レッドは目を丸くした。
「お、お前たちは!! 和智田ピンクに和智田ブラックじゃないか!!」
はい!?
「本当だ!? 三年前に行方不明になったピンクとブラックだ!?」
「まだ生きてたんだ……」
ちょっと待って! そんな話聞いてないわ!
「な、何を言っているのかしら! アナタたちの勘違いじゃない!?」
「いいや、間違いない! 迷子になったブラックを捜しにいったまま消えた和智田ピンクだ! どうしてお姫様なんかに……!?」
アタシに聞かれても知らないわよ!
「久しぶりだな、和智田レッド。お前を忘れたことはなかった……。よくもオレをこの山奥に置いていきやがったな!」
「お前がリーダーの座を渡せとか言うからだ。昔っから、戦隊のリーダーはレッドって相場が決まってるんだぜ!」
和智田レッドが観客席にウインクを飛ばすと、男の子たちは「おおー!!」と盛り上がった。
「ああ、そういう慣わしのようだ……。だからオレは、一から城を築き上げ、こうして一国の王子となった! 今や、世界を滅ぼすほどの力も手に入れたのだ!」
ヤバン王子が腕を振りかざすと、ドカーン! という音とともに茂みの模型が吹き飛んだ。
「……ったく、敵にすると厄介な奴だぜ、ピンクまでさらいやがって。こいつは記憶を失っているようだが、お前がやったのか?」
「ああ、そうだ。仲間を一人ずつ奪い、オレが味わった孤独をお前に味わわせるためにな!」
なんなのよそれ! アドリブを入れて盛り上げてとは言ったけど、もともとの設定を変えちゃダメじゃない!
「そんなことはさせない! ピンクもお前も、必ず取り戻してみせる! ──行くぞ!!」
レッドがヤバン王子に飛びかかり、取っ組み合いが始まる。
ちょっと! それじゃあ、ただの男くさい喧嘩じゃない! 状況を理解できていないバチ子ちゃんも棒立ちになってるわよ!
「今だ、ブルー!! 必殺技を使うんだ!!」
「貧弱キャラなのに必殺技なんてあるの!? え、えっと……マシュマロ枕アターック!」
抱き枕に突撃され、ヤバン王子は地面に押し倒される。
「続け、グリーン!! 大地の恵みを思い知らせろ!!」
「ウチが丹精込めて作ったお漬け物……食べこぼしでもしたら地獄へ送る……」
小さなタッパーを取り出したグリーンは、箸でつまみ上げたナスの漬け物をヤバン王子の口元へ近づける。
「や、やめろ!! それだけは……ナスだけはダメなんだ!! うわあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ねじ込まれ、口を塞がれ、無理やり食べさせられたヤバン王子は、息絶えた。──わけでもなく。
「あれ、意外と美味い……」
体を起こし、グッと親指を立てた。
「当然だ……我が家秘伝のぬか床を使っている……」
って、それじゃあ攻撃にならないじゃない!
「よくわかんねぇけど、みなぎってきたぁぁぁぁぁ!!」
ヤバン王子は勢いよく立ち上がり、和智田レンジャーを吹き飛ばす。
「好き嫌いのなくなったオレは、最強の男になった!! もうお前たちなど敵ではない!! この世はもらったぞ!!」
逆効果じゃない! さっきまでの茶番攻撃はなんだったのよ!
「貴様の好きにはさせない! 姫は必ず、この私が助ける!」
剣を抜き、二人の王子が睨み合い、対峙する。
あら、そういうことね。ようやくアタシのサクセスストーリーが戻ってきたわ。バチ子ちゃんが空気の読めない子でよかった!
「ふっ、お前に何ができる! 食べて寝て寝るだけの寝ぼすけ野郎が! チャンバラで鍛えたこのオレに勝てるとでも思っているのか!」
「へぇ……知らなかったのかい、押山。あたいは剣道の有段者なんだよ!」
「な、なんだと!?」
たまに素に戻るけど、気にしないでおきましょう。
「あんたなんかに負けやしないよ! さあ、覚悟しな!」
「ま、待て!! 許してくれ!!」
ハーバード王子は深く息を吐いて一点を見据え、
「ぅらあぁぁああぁぁぁぁぁぁ!! ──めぇぇぇぇぇんっ!!」
「いってぇっ!!」
今、ラーメンって言ったわよね。
「プリティー姫! さあ、早くこちらへ!」
「ハーバード王子!」
もういいわ! 細かいことは気にしない! 心臓がもたないもの!
「く、くそっ……どうしてオレがこんな目に……!」
「自分勝手で、姫のことを何も考えていなかったからだ。世界征服を企む奴に、一人の女性を愛することなんてできないのさ」
そうよ! アタシの幸せを願ってくれないアナタたちに、このステージを奪われてたまりますか!
「──しゃらら~ん♪ 魔女っ子エミリー、キラッと登場☆」
ちっ。アナタの存在を忘れていたわ、小悪魔エミリー。
「お、お前は……! 和智田イエローじゃねぇか!」
えっ!? ここも繋がるの!?
「久しぶりね、ブラック。でも、あたしはもうイエローじゃないわ、魔女っ子エミリーよ。小さい頃からの夢だった魔法使いになったの」
なんかおかしいと思ったのよね……。金髪に黄色のワンピースじゃ映えないって言ったのに、陽平ちゃんがそれでいいって頑なに折れなかったから。
「魔法使いだと……ぷふっ。お前からは魔力なんて一ミリも感じねぇけどな」
「ま、まだ見習いだからよ! 和智田レンジャーを召喚することだってできたんだから!」
「それは、レッドたちがタイミングを見計らって駆けつけたからだろ。お前の力じゃない」
「な、なんですって!?」
イエローがレッドたちを振り返ると、彼らは顔を逸らして口笛を吹いた。
「なんのことだか~……」
「ぶあっくしょん! 風邪ぶり返しちゃったかなぁ……」
「カエルが帰る……」
みんな、本気で演じているのか素でボケているのかわからないわ……。
「…………。そう、そうだったのね。せっかく、みんなの力になれると思ったのに……」
イエローがステージの中央に立つと、レッドは一歩踏み出して首を傾げた。
「俺たちの、力に……?」
「また、仲のいいあなたたちに戻ってほしかったの。ブラックが一人で寂しがっていることを知らせたかったの。……ブラックは、自分から〝寂しい〟って言うことができなかったから、あたしが手を差しのべたかったのよ」
「なっ……。オレは寂しいなんて思ったこと……!」
俯くブラック。イエローは悲しげに胸に手を当てる。
「確かにブラックは、レッドからリーダーの座を奪おうとした。でも、だからってブラックを追い出したことは間違いだわ。ブラックには他に大切な役割があるって、道を示してあげることが必要だったのよ」
ゆっくりと歩き出したイエローは、仲間一人一人に語りかけるように視線を送った。
「あたしたち一人一人に、ここにいる理由がある。レッドはみんなを笑わせてくれるし、ブルーは健康の大切さを教えてくれるし、グリーンは食べ物のありがたさを教えてくれるし、ピンクは気持ちを華やかにしてくれるし、ブラックは──誰かが困っていたら助けてくれたじゃない。たとえ主役にはなれなくても、陰で支えてくれるあなたは……とてもかっこよかったわ」
「イエロー……!」
キィー! なんなのよこの女! アタシを差し置いて好感度を上げるつもり!?
「そう、仲間というのは支え合うものさ。見ていてわかるよ、あんたたちは固い絆で結ばれている。ほころびかけた糸を、イエローが結んでくれたんだ。それは、イエローにしかない特別な魔法さ」
「ハ、ハーバード王子……!」
もはや、全員敵にしか見えないわ……。なんなのかしら……この疎外感……。アタシだけ見ているものが違う……。
「そうだな、俺が間違っていた! ブラック、一人にして悪かった。また、俺たちのもとに戻って来てくれるか!? 一緒に、この世界を平和にするんだ!」
「レッド……! ──ああ! どこまでもついていってやるぜ!」
熱い抱擁を交わすレッドとブラック。仲間たちが駆け寄ると、観客席からは拍手が沸き起こった。
「そして、ハーバード王子! お前は今日から和智田ゴールドだ! 愛と正義を貫く新しい戦士だ!」
「えっ、いいのかい……!? 嬉しいよ……!」
そこへゴールドも加わり、拍手は一際大きくなる。
もう、仕方ないわね。確かにいいお話だわ……子供たちの心にも刺さったことでしょう。アタシが口を出さなければ、今日のステージは大成功だわ。──と、思ったのに。
『──ばっかじゃねぇの! 何が固い絆だよ!』
『この世を平和にするとか、だっせぇな』
観客席の後方から、口の悪い二人の男が近づいてきた。
「な、なんだ、お前たち……」
陽平ちゃんの顔を見る限り、エキストラではないよう……。
「後輩が芝居をやるって聞いたから観に来てやったんだよ。とんだ時間の無駄だったぜ」
「ある意味面白かったけどな。ゴリゴリの男が姫役とか超ウケる」
冷やかしね。二年生か三年生か知らないけど、どこにでもいるろくでなしだわ。
「せっかくのフィナーレを邪魔しないでちょうだい」
「うっせぇブス!! キモいツラ見せんじゃねぇよ!!」
男が声を荒らげると、子供たちは怖がって職員さんたちにしがみついた。
〝ブス〟に〝キモい〟。久しぶりに聞いたわ、その言葉。この島に来てからは初めてよ。もう聞きたくなかったのに……。
「夢見てんじゃねぇよ! 化け物はいくら着飾ってても化け物なんだ!」
「神様も暇だったんだろうな。テメェみたいな人間がどれだけ醜く生きるか、暇つぶしに見たかったんだよ。お前はお遊びで作られたゴミのような──」
「黙りなっ!!」
バチ子ちゃんが一喝すると、メンチを切った男たちはステージに上がってきた。
「なんだ、オトコ女がかばうのか? マジヤバいカップル!」
「可哀相に。演技でも一応は王子役だから、本当のことは口にできねぇんだな」
バチ子ちゃんは否定も肯定もせず、おもむろに、首からネックレスを外した。
「ちょいと、これを持っててくれ」
「え……?」
ネックレスを受け取ると、バチ子ちゃんは剣を構えた。
「そんなおもちゃで俺たちに立ち向かおうってのか? 馬鹿じゃねぇの!」
「やめとけやめとけ。剣道の有段者かなんだか知らねぇけど、女が男に勝てるわけねぇだろ。怪我するだけだ」
バチ子ちゃんはうっすらと笑っていた。
「おもちゃで好都合。この剣はアルミホイルでできてる。つまり、あたいの電気を吸収して溜め込んでくれるのさ」
な、何言ってるの……。アルミホイルだなんて、子供たちが笑ってるじゃない。──でも、確かにパチパチ音が聞こえる気が……。
「来るなら来いよ! 真剣白羽取りで勝負だ!」
先輩の一人は、両手を頭の上にかざしてニッと銀歯の犬歯を光らせる。バチ子ちゃんは迷わず助走をつけて、剣を振り下ろし──バチンッ──鉄槌を下した。
「ギャアッ!?」
剣はあっけなく挟み手をすり抜け、頭に直撃する。
えっ!? いま火花が散らなかった!? 頭から煙が上がってるわよ!?
「お、おい! お前、髪が焦げてでっけぇハゲが……!」
床に倒れ込んだ連れの姿に戸惑うもう一人は、顔を上げてバチ子ちゃんを睨みつける。
「テメェ……何しやがった!! 仕込みでもしてたのか!!」
「別に何もしちゃいないよ。なんなら、素手で試してみるかい?」
バチ子ちゃんは折れた剣を捨て、指をパキポキと鳴らす。
「ちょっと陽平ちゃん! どうして止めないのよ! さすがのバチ子ちゃんでも手ぶらじゃ勝てっこないわ! 城司ちゃんでもいいから早く助けてあげないと怪我をしちゃ──」
「ウギャアッ!!」
──うこともなかった。またもやバチバチッと音を鳴らしながら、床になぎ倒す。
「さ、さっすがゴールド! 愛する者を守るために、自ら危険を冒してラスボスを倒したんだ!」
「元ライバルながらアッパレだぜ!」
レッドとブラックが慌ててこぶしを振り上げると、子供たちも元気を取り戻して歓声を上げた。
バチ子ちゃんもネックレスを着け直し、ハーバード王子に戻ってステージの真ん中に立った。
「この世の悪は、私たちが退治する! だから、みんなも怖がらずに毎日を楽しむんだ! 困った時や助けてほしい時は、和智田レンジャーを呼んでくれ! いつでもどこでも駆けつけるから!」
『おおー!!』
大きな拍手を浴びながら、幕は下りた。
気絶していた二人を警備員さんに引き渡して、再び上がった幕の前に横一列で並ぶ。
笑顔で喝采の拍手に応えながら手を振った。
「みんな! 面白かったか~!?」
『面白かったー!』
『プリティー姫、可愛かったー!』
『ハーバード王子かっこいい!』
『ぼくもお漬け物食べたーい!』
子供たちは嬉しそうに笑い、手を振り返してくれた。
……よかった、全部演出だと思っているようね。
「それじゃあ、今日の主役から一言! ──プリティー姫、どうぞ!」
「えっ、アタシ!?」
どう考えてもバチ子ちゃんか陽平ちゃんじゃない……! 仕方ないわね……。
「――皆さーん、今日はありがとうございました~! 楽しんでもらえて、お姉さんたちも嬉しいで~す!」
再びわいた拍手に両手を振り、会場の端から端まで笑顔を振りまいた。
「みんなも、寂しいことや悲しいことがたくさんあるかもしれないけど、周りのお友だちを大切にして、みんなで協力し合って、毎日を楽しく過ごしてください! 困ってる人や悩んでる人がいたら、勇気を出して声をかけてあげてください! そうすれば、きっと、みんなの心はとってもハッピーになって、寂しさも全部吹き飛んじゃうから!」
静かに聞いてくれる子供たち。みんなの心に届いてほしいと、胸に詰まった息をゆっくりと吐き出してから続けた。
「そして、やりたいことや夢があったら、怖がらずにどんどん挑戦してください! アタシたちはね、他の誰かになることはできないけど、自分が思い描いた何かにはなれるの! お姉さんも、ずっとお姫様になりたいと思っていたから、こうして夢を叶えられたの! アタシがお姫様でいられるのは今日だけかもしれないけど、今、すっごく幸せだから……! だから、みんなもいっぱい幸せになれるように、いっぱい夢を持って! プリティー姫が応援しちゃうんだから!」
はーい! と、めいっぱい手を挙げながら、いいお返事が返ってきた。
みんな、素直でいい子ね。きっと、心の綺麗な大人になれるわ。
「──よーし! それじゃあ最後に、みんなでプリティー姫にバースデーソングを歌うぞ! せ~の!」
えっ、ちょっと待っ──。
『ハッピーバースデー、トゥーユ~♪ ハッピーバースデー、トゥーユ~♪』
陽平ちゃんの言葉を合図に、突然の大合唱が始まった。会場が浮いてしまうんじゃないかと思うほどその温かい声は反響して、アタシの心を震わせた。
『ハッピーバースデー、ディア、プリティー姫~! ハッピーバースデー、トゥーユ~~~!!』
涙がぼろぼろとこぼれて、お化粧もボロボロと崩れていった。
……こんなアタシに……こんなのっ……。
「――みんな、ありがとぉぉぉ~!! 大好きよぉぉぉ~!!」
右にも、左にも、奥のほうにも感謝の気持ちが届くように、大きく両手を振った。幕が下りていき、完全に見えなくなるまで投げキッスを何度も何度も繰り返した。
「いや~、楽しかったな~!」
「超盛り上がってたじゃん!」
「俺っちは全然活躍できなかったけどね!」
「あたい、途中で何回か役を忘れちまったよ!」
「いいじゃない、大活躍だったんだから!」
「ウチはあの男の子にナス漬持ってく!」
円を作って笑い合う。その満足げな顔に、安堵の息が漏れた。
「……陽平ちゃん、城司ちゃん、勇介ちゃん、バチ子ちゃん、エミリーちゃん、おねねちゃん。本当にありがとう……。アタシの知らない展開ばかりで、勝手なことをしすぎだと思ったけど、最高に感動したわ……。ずるいわよ、アナタたち」
そして、反省した。彼らは純粋に劇を盛り上げようとしてくれていたのに、自分はついていくことを躊躇っていた。
「アタシ、自分のことしか考えていなかったわ。自分が幸せを感じられるのなら、世界なんて小さくてもいいと思っていたの……」
小さい頃から、男の子といても女の子といても馴染めない気がしてた。話したこともない人たちに、すれ違っただけで「キモい」とか言われて……。それがつらくて、はぶられないように周りに合わせることに必死になっていた時もあった。本当の自分が出せていなかった。だから、耳を塞いで、自分が思い描く世界に浸って、自分らしく生きようと思った。
「自分の人生の主役は自分なのに、モブのように生きている人が多いじゃない。アタシはそれが嫌だった。だからこの島では、自分が主役になって生きようと思ったの。……でも、それって自己中心的で、思いやりがないことなのよね……。アナタたちを見ていて、それじゃあダメなんだって痛感したわ」
目を伏せると、陽平ちゃんはすぐに首を振った。
「ダメなんかじゃないぜ。自分のことしか考えていない道を選んだって、当たる時は大当たりする。他人の幸せばかりを願っていても、外れる時は大外れする。結局、どんな生き方を選んでも、後悔するしないの確率は一緒だ」
「そうさ、自分が主役で何が悪いんだ。あたいだって、他人と接することを避けるためにこの島に来たんだ。だけど、それが当たりだった。この島に来ることを選んだからこそ、和智田たちに出会って、自分も知らない自分に出会えたんだ。自分の幸せを願う人間が、悲しい結末を迎えることなんてないんだよ」
バチ子ちゃんは腕を組んで、自ら我が意を得たりと頷く。隣の城司ちゃんが鼻で笑った。
「うちのクラスなんて自己チューばっかだしなぁ。けど、こうやって仲間にもダチにもなれる。好きな道を選べ。本当に自分のことを大切に思っていれば、自ずと正解は見えてくるもんだ」
そうね、自分を大切にしてもいいのよね。それと同じくらい、誰かのことも大切にすればいいんだわ。そう思うと、結構簡単なことなのかもしれない。だって、みんながよくやっていることなんだもの。
心の中で自分と向き合ったアタシは、ピンと腕を伸ばして陽平ちゃんに手を差し出した。
「おっ、和智田ファミリーに入るってか!」
「ええ。──アタシ、陽平ちゃんのワイフになるわ!」
「はっ!?」
踏み出してしまえば、もう怖くない。というより、とっくに飛び出していたのかも♪
「だってそれしかないじゃない! こんなイイ男、逃がす手はないわ!」
「わあ~! ヤバ美ちゃんってば大胆~!」
「や、やめろぉぉぉ!! オスヤマ、助けてくれ!!」
「オレは今それどころじゃねぇんだよ。誰か水持ってねぇか? 口の中にまだナスが残ってる感じがして気持ち悪ぃんだよ」
「何言ってるのよ。もう克服したんでしょ?」
「んなわけねぇだろ。和智田に我慢しろって言われてたから仕方なく食ったんだよ。あんなもの誰が好きになるかって──」
「埋める!!」
城司ちゃんがおねねちゃんに追いかけられている横で、アタシは陽平ちゃんをがっしりとホールドする。……こういう時、男の力って便利よね。
「ヘルプミィィィーッ!!」
「そんなに嫌がらなくてもいいじゃない。失礼しちゃう!」
本当に嫌そうね……。好きな子でもいるのかしら? そんな感じには見えないけど……。
「仕方ないわ、今日は許してあげる。ただし! これから子供たちにお洋服をプレゼントしにいくから、手伝ってちょうだい!」
「わかったわかった!! わかったから放してくれ!!」
主導権はアタシが握る! 今のうちに慣らしておかないとね♪
「わっちーは尻に敷かれるタイプだね!」
「お前には言われたくない!」
着替えを済ませ、更衣室に置いておいたダンボール箱を持って、子供たちが集まっている広間へ向かう。
一番大きなダンボール箱を持っていた城司ちゃんは、箱の中を覗きながら鼻を鳴らした。
「なんだ、もっと派手なもんばっかだと思ったが、地味な服もあるんだな。子供たちは喜ぶのか?」
「別に派手が偉いわけでも地味が悪いわけでもないでしょ。ここの子供たちにはそういうファッションの感性を教え込んであるから、問題ないわ」
「英才教育だな……。いや、スパルタ教育か」
「違うわよ。アタシが子供の頃に思いっきり楽しめなかった分、今からファッションに慣れ親しんでほしいだけ。着る服によって気分がガラリと変わるんだから!」
エンジン全開で前向きになりたい時も、冷静になって落ち着きたい時も、服を変えるだけで一歩踏み出せた気がする。アタシは、たとえ女の子用の服だったとしても、自分が着たいと思った服を着たからこそ、勇気がもらえて、自分がもっと好きになれた。
「みんな~! 好きなお洋服を持っていきなさ~い♪ 喧嘩はしちゃダメよ~!」
『わ~い!』
子供たちが駆け寄ってきて、それぞれが気になった服を手に取り、お友だちと見せ合いっこをしながら楽しむ。
やっぱり、この笑顔に勝るものはないわね。さすがに女の子ものに手を出す男の子はいないけど、まだまだこれからよ。きっと、新しい自分に気づいて目覚める子が出てくるわ!
「ヤバ美、そんなにニヤついてどうしたんだい?」
「なんでもな~い♪」
野望はそっとしまっておかないとね♪
「……あ。後ろの席の人」
バチ子ちゃんの訝しむ視線を心地よく受けていると、窓ガラス越しに外を見ていたおねねちゃんがポソリと呟いた。
視線を追うと、職員さんと話しながら施設の中へ入っていく黒髪ショートカットの女の子が一瞬だけ見えた。
「ホントだ! 有本亜里紗ちゃんだ!」
「確か、授業もよく休みがちな人よね。どうしてこんなところにいるのかしら……」
「ヤバ美みたいに何かを寄付しに来たんじゃねぇか?」
「でも、手ぶらだったわよ」
スラッと細身で、瞳がどこかはかなげで、人を寄せつけないオーラがクールビューティーって感じで、お世辞にも子供が好きそうには見えないわ。
「面白そうじゃん! 追いかけてみようぜ!」
「ちょっと、和智田!」
エミリーちゃんが止める間もなく、陽平ちゃんは広間を出ていった。
ダメよ、陽平ちゃん! プライベートに首を突っ込んじゃあ……と思いつつ、アタシも気になるからついていっちゃお♪ 他のみんなも後ろからついてきてる。
広間を出て、三階まで階段を上がって、奥のほうまで廊下を進む。……こっちって確か、併設されてる乳児院のほうよね。立入禁止って言われてた気がするけど……。
「この部屋に入っていったぞ」
他の部屋とは違って、扉に窓がついていない部屋の前まで来て、足を止める。
「陽平ちゃん、やっぱりやめたほうが──」
って、もう開けてる! 迷いがないわね……そういう大胆なところも素敵♪
わずかに開けた隙間から中を覗くと、彼女は立ったまま何かを抱えて微笑んでいた。
すると、アタシたちを追ってきたのか、アタシの顎の下で同じように中を覗いていた一人の男の子が、声を上げた。
「あっ! あかりちゃんのママだ!」
──え?
声に気づいて振り返った彼女は、切れ長めの目を見開き、胸に抱いた赤ちゃんを隠すように身を縮めた。
──これ、マジで見ちゃいけなかったんじゃないかしら……。