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☆八月【スケバン女子】

羽場(はば)真知子(まちこ)】編

 ──小さい頃は、かっこいいと思っていた。

 触るたびにバチバチと静電気を起こすあたいを、みんなが怖がって、それでも面白がって近づいてきて、つかず離れずの距離がちょうどいいと思っていた。

 けど、中学に上がって知らない子が増えると、小学校の同級生でさえ一緒になってあたいを避けるようになって、あたいに触ることが罰ゲームになって、次第に孤立するようになって……。かっこいいと思っていた自分が一番かっこ悪かったんだと気づいた。

 もっと早くに気づいていれば、あんなにイキがったり、喧嘩を吹っかけられることもなかったかもしれないのに。男子たちから泥まみれの靴で蹴られ、思わずやり返してしまった時から、あたいの人生は真っ黒になっちまった。

 戻ろうとしても戻れない、この体がある限り。どうしてこんな体に生まれてしまったのだろうと考えるたびに、無駄な時間だけが過ぎた。だから、もう受け入れようと、考えることをやめようと思った。自分のことを知っている人間が誰もいないところにいって、誰にも自分のことを知られないようにすれば、二度と惨めな気持ちにならなくて済む。

 そう思って、この島に来たのに……。

『バチ子ぉぉぉぉぉ!! バチ子ぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!』

 部屋の外から、誰かがあたいを呼んでいる。

『バチ子ぉぉぉぉぉ!! ばっちこぉぉぉぉぉぉ~~い!!』

 いや、誰かなんてわかってる。なんなんだあいつは。

『開けてくれぇぇぇ!! 俺が警備員に捕まる前にぃぃぃぃぃ!!』

 自称、クラスのリーダー兼和平の使者、和智田陽平……だっけか。

『──ちょっと和智田! なんであんたが女子寮にいるのよ! ホントうるさい! まだ朝の五時よ!』

『夏休みといえばラジオ体操だろうが! ラジオ体操といえば朝早いだろうが! 朝早いといえばいつも授業中に寝てる奴が遅刻の常習犯になるだろうが! ……だから迎えに来た』

 行かねーよ。

『ラジオ体操なんて誰も行かないわよ! いいから帰りなさい! ──警備員さ~ん! こっちで~す!』

『や、やめろ!! 俺様を誰だと思ってる!! 子供からも奥様方からも大人気の体操のお兄さんだぞ!!』

『黙ってお縄につきなさい!』

 バタバタと一悶着あって、何かを壊す物音を立てながら和智田はさらわれていった。

 迷惑な奴だな……。

 それから少しだけ二度寝をして、朝食を食べに学食へ向かった。夏休み期間でも朝昼晩の食事を用意してくれるのはありがたいけど、時間が決まっているのは窮屈だ。購買はすぐに売り切れるし。

「ちょっと、なんで制服なのよ。しかも冬服のままだし」

 なぜかサービスで特盛にされた海鮮丼を食べていると、目の前に金髪が降臨した。確か……エミリーとか呼ばれてたっけ。お盆に乗せた目玉焼き定食をテーブルに置いて、正面に座った。

「私服がない」

「体操服でいいじゃない」

「それは部屋着」

「何も持ってきてないの?」

「邪魔になる」

「まあ、確かに部屋は狭いけど……」

 あんたみたいに腕も足も出してたら、どこかにぶつかるたびにビリビリくるんだよ。肌が乾燥したらもっと酷くなるし。

「そういえば、今朝はごめんなさいね。うるさかったでしょ。でも、今は地下の牢獄に閉じ込められてるから安心して」

 牢獄……!? この学校にそんなものがあったのか……!?

「冗談よ。警備員さんにお説教されてるだけ。そんなに驚かなくてもいいじゃない」

 この金髪、和智田に似てきてないか?

「それを言うためだけにあたいに話しかけてきたのかい」

「違うわよ。あたし、普段は自炊なんだけど、島の特産品が食べられるって聞いたから、一度学食を使ってみようと思って。そしたらあなたがいたから……なんとなく」

 この海藻サラダがそうなのかしらと、箸を伸ばして味わうその顔を、無意識のうちに見つめていた。

 それを睨まれたと思ったらしく、金髪は小さく息をついて手を止めた。

「何よ、ギャルに話しかけられるのは不愉快?」

「……? あんた、ギャルじゃないだろ」

「えっ、わかるの……!?」

 中学時代に周りのギャル化が激しかったせいか、そのくらいの見分けはつく。

「毛色が違うというか、そんなニオイがしない」

「ホントに……!? うっそ、嬉しいこと言ってくれるじゃない!」

 本当に嬉しそうに笑う。そんなに大したこと言ったか……?

「……エミリーって、ギャルじゃなかったの?」

 不意に真横から声が聞こえた。こっちは座っているはずなのに、白い三角巾とエプロンをつけたその小さい食堂のお嬢ちゃんは、仁王立ちで目の高さが合っていた。

「おねねじゃない。ここで何してるの? あなたは寮生じゃないでしょ?」

「手伝い。学食で使うオクラを卸しに来たついで」

 言って、金髪に顔を近づけた。

「……確かに、不快な香水の匂いがしない。シャンプーのいい匂いがする。すごい、何これ」

「そういう意味の匂いじゃないと思うんだけど……。ママが愛用してるフランスのシャンプーよ。ママがフランス人なの」

「へぇ……。じゃあ、ハーフなんだ……」

 焦るように逸らされたチビっこの目は、どこか遠くへ飛んでいく。

「うわっ、お前ら何やってんだ……。気味の悪い組み合わせだな……」

 正面に向き直ると、金髪の後ろで、くたくたのTシャツにジャージを履いた赤髪の生徒が目を細めていた。──押山城司(おしやまじょうじ)。そう、こいつがいたせいであたいの計画は狂ってしまった。まさか、こんなところで顔見知りに会うとは……。

「失礼ね、ちゃんとしたクラスメイトじゃない」

「まあ、そうだけどよ……。女ってのは、集団でいると今にも喧嘩を起こしそうに見えるんだよな。緊迫した空気が流れてるっつーか……。喧嘩の女王バチ子もいるわけだし」

 押山は金髪の隣に座り、カツカレーをむさぼり始めた。そのマヌケな顔が癪に障る。

「あんたみたいな男があたいに喧嘩を売るからだろ」

「オレは喧嘩は好きじゃねぇ。売られたって、お前みたいにすぐ飛びついたりしねぇよ」

「あたいだって好きで買ってるわけじゃない!」

 ドンッ──思わず握りこぶしをテーブルを振り下ろした。

「ちょ、ちょっと! やめなさいよ、二人とも!」

「事実を言っただけだろうが」

「学校をサボってばかりいたあんたに何がわかる……!」

「学校の中でも外でも噂になってたんだぜ、嫌でも耳に入ってくるんだよ。……だいたい、自分の体がどういうものかわかってるんなら、対策でもなんでもすればいいだろうが。いつも寝てばっかでぐうたらしやがって、挙げ句の果てには、水を取られたくらいでカチキレる? 子供じゃねぇんだからよ」

「っ!!」

 水を取られたくらいで? 何も知らないくせに……! ヘラヘラ笑いやがって……!

「あんた、一発ぶん殴って──」

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!! ──クロスチョップ!!」

「ぶふっ!!」

 突如カットインした黒い影は、胸の前で腕を交差させて押山に突進した。椅子もろとも吹き飛ばす。

「な、何やってんのよ和智田!?」

「不届き者は大成敗!! ――和平の使者、和智田レッド参上!!」

 和智田は天井を指差してウインクを飛ばした。

「ウチは正直、今ほど和智田を待ちわびた時はない」

「おっ! ついに和智田グリーンになる決意をしたか! 野菜担当隊員ねねっこ!」

「消えろ」

 素早く繰り出された蹴りを片手で制す。アホ面は意外にも反射神経がいいらしい。

「……いってぇな! なんでオレだけやられるんだよ!」

「和智田レッドの赤はラブの赤だ。女性を傷つけるわけにはいかない」

「男も女も関係ねぇ! この世は力のあるものが強いんだよ! フハハハハ!」

「オスヤマ、和智田の世界に引きずり込まれてるわよ」

「はっ、しまったつい……!」

 ここだけ次元が歪んでいるのか……?

「とにかく、喧嘩は俺様が許さん! ほら、さっさと仲直りの握手をしろ!」

「嫌だ!! 殺される!!」

 体を縮こませてチビっこの後ろへ隠れる押山。チビっこが汚いものを見る目でスネを蹴飛ばすと、短くうめき声を上げた。

「だらしないわね……さっきまでの威勢はどこへいったのよ」

「じゃあ、エミリーが代わりに……」

「そ、それはおかしいでしょ!」

 やっぱり、この金髪も本当はあたいに近づきたくなかったんだね。和智田と一緒に何を企んでるのかは知らないけど、無理してやってたんだ。

「……もういい」

 食欲もなくなり、食べきれなかった海鮮丼を持って立ち上がる。

「待て待てーい!! お残しは許しませんべーい!!」

 あたいからお盆をかっさらい、テーブルの上に置き直した和智田は、コンコンと指の関節で椅子を叩いた。

「座れ、バチ子。お前がバチ子である限り、状況は何も変わらない」

「もういいんだよ。あたいだって、今まで何もしてこなかったわけじゃない。だからこそ、何をしたって変わらないってわかったのさ。生まれ持ったものを受け入れて、静かに暮らそうって決めたんだ」

「現状維持は、時間に取り残されて後退していくことだ。逃げなんだよ。問題を解決しようとするよりも、問題から逃げようとする人間のほうが多いのは、み~んな諦めるのが早いからだ。俺は立ち止まったまま死ぬのを待つだけなんて、絶対に嫌だぜ」

 ったく、お節介だね……。一度ちゃんと言い聞かせたほうがいいんだろうか……。

「いろいろ試したって言っただろ。それでもダメなんだよ」

「だから! 俺がやるって言ってんだよ! お前みたいな頭の悪そうな奴が一人で知恵をしぼったって、俺様のハイテックな脳ミソに勝てるわけないだろ!」

 まともに話したこともないのに失礼だな、こいつ。

「……和智田、一応言っておくが、バチ子は授業中に寝ていてもテストでは良い点を取りまくる才女だぞ。だから不良でも中学を卒業できたんだ」

「な、なんだと!?」

 まあ、寝てるっていうか、目を閉じたほうが集中しやすくて顔を伏せてるだけなんだけどね。

「ま、まあいい! 俺様だって負けてはいない! ──エミリー、パソコンを持ってこい!」

「ネットで調べる気!? ハイテックな脳ミソはどこにいったのよ! っていうか、この島はけ・ん・が・い!」

「な、ななななんだとぉぉぉ!?」

 和智田は開いた左手を前に突き出し、首を回して睨みを利かせる。歌舞伎役者か、あんたは。

「……それなら、図書室で調べればいい」

 和智田がアホしてる横で、ガン無視のチビっこは澄ました顔で続ける。

「この学校の図書室は島の書庫。年代物の書物がいっぱいある。こういう時は昔の人の知恵を借りるべき」

 昔の人の……。そういえば、あたいも最新の情報を取り入れただけで、古い情報なんて調べようともしなかったな……。温故知新、か。

「それだ、ねねっこ! よし、そうと決まれば急いでメシを食うぞ! お前らも残すな!」

 スキップをしながら和智田は朝食を取りにいく。

 その忙しない後ろ姿を見て、あたいも椅子に座り直した。

 別に期待してるわけじゃない。……けど、気にはなる。

 道がないのなら行く当てもないが、道があるのなら行くしかない。

 ……あたいだって、今の生き方は嫌いなんだ……。



 島の書庫といわれるだけあって、確かにデカかった。

 学校の一階にあって、いつも目の前を通っていたはずなのに入るのは初めてだ。

 放課後だから誰もいないと思っていたが、本当に司書すらいない。

「この中から探すのか……大変だな!」

「科学とかの本に絞ればいいんじゃね?」

「生活の知恵の本とかにも載っていそうね」

「ウチは帰る」

 踵を返したチビっこの首裏を、和智田は素早くつまんだ。

「ノンノン、人手は多いほうがいい!」

「畑の手伝いがある!」

「そう言うと思って、昼間にお前のじいちゃんから許可をもらっておいた。畑は一段落ついたからオッケーだと!」

「おじいちゃんの馬鹿ー!」

 足をジタバタさせる姿は、やっぱり子供にしか見えない。

「そういえば、スケボの調子はどうなの?」

「ただの風邪だ。さっきオレがメシを持っていった時は、鼻水を垂らしながら窓の外にいるマダムとやらを見つめてたぜ」

 違う意味で重症だ。

「じゃあ、俺とオスヤマは奥のほうを探す。お前ら女子は手前のほうから探してくれ」

 それから、静電気関連の本を手分けして探し、それっぽい記述のある本を机の上に積んでいった。三十冊程度溜まったところで、中を確認してみる。

「――まず~、静電気は乾燥してると起きやすい」

「そんなことは基本中の基本さ。乾燥しないように部屋に加湿器はあるし、手にはハンドクリーム、髪にはトリートメントを惜しみなく使ってる」

「だからなのね! 肌が赤ちゃんみたいにしっとりプルプルしてると思ってたのよ! 髪もくせ毛なのにツヤツヤしてるし!」

 いきなり興奮するなよ、金髪。

「それから~、体が酸性化してるとダメらしいから、アルカリイオン水をいっぱい飲むといい」

「まさか……お前がいつも飲んでた水って……」

「そうさ、そのための水だよ。乾燥しないためにも、毎日二リットルは飲むようにしてる」

 ようやく気づいたか、馬鹿山。そんな申し訳ないふりをしたって遅いよ。

「あと~、コレステロール値が高いのもダメなんだと。お前、血液ドロドロになってないか?」

「そんなはずはない。ミネラルも摂取するために、マグロやアジ、イワシや昆布をよく食べてる」

「海に囲まれたこの島に感謝するべき」

 何を威張っているのか、チビっこは胸を反らした。

「ふむ、体に問題はないようだな。じゃあ、あとは身につけるものだ。重ね着は要注意だぞ。服の摩擦で静電気が起きる」

「セーラー服はウール、中のシャツはコットン素材だから電気を溜めにくい。洗濯の時にも柔軟剤を使って、摩擦が軽減するようにしてる」

「でもやっぱり、もうちょっと薄着でもいいんじゃない? そんな肌を隠すようにしなくても……」

「汗をかけば保湿にもなるからさ」

 正直暑い。ものすごく暑い。けど、そんなに動かなければいいだけだし、腹は出してるし。

「お前、完璧だな!!」

 だから言っただろ。

「だが、もっと高みを目指すなら、電気を通さないゴムやプラスチックで全身をぐるぐる巻きにして──」

「馬鹿言わないの!」

 金髪に小突かれ、和智田は唇を尖らせた。

「じょ~だんじゃないかぁ。さすがの俺様もそんな酷なことは言わない」

 本を閉じ、腕を組む。

 自分でも何冊か手に取ってみたが、内容はどれも同じようなものだった。……やっぱり、昔の知恵も今の知恵も変わんないんだね。

「おうっ? 誰だよ、宝石の本なんか持ってきたのは」

「あ、それあたし。最近よく流行ってるじゃない、静電気防止グッズ。その中にパワーストーンとかもあるから、参考になるかと思って」

「グッズ系もいろいろ試したよ。スプレーとか、シートとか、キーホルダーとか……。山ほどつけても、効果は微々たるものさ」

 それはもうジャラジャラつけた。服で見えないだろうけど、今も両手首と両足首につけてる。

「静電気に効くのは……トルマリンか」

「おいおい、電気を帯びてる電気石って書いてあるぞ。逆効果なんじゃねぇのか?」

「その電気が流れる時に発生するマイナスイオンが効果的なんですって」

「でも、静電気を完全に抑制するのは難しいとも書いてある……」

 背伸びをしながら読んでいたチビっこは、続けて下の行も読み上げる。

「七色集めると、奇跡が起こるらしい」

「七色全部となると……。和智田、お金持ってるの?」

「もちろん無一文だぜ!」

 まあ、言っても宝石だからね。色によっては高い価値がつくだろし、さすがにそこまでしてもらうわけにはいかない。

「トルマリン……七色……電気石……。……──あれ?」

 小首を傾げたチビっこは、図書室の奥にある書庫へ駆け込んでいく。

しばらくすると、小さな巻物を持って咳き込みながら戻ってきた。

「なんだ、それ?」

 ホコリを噴きながら机の上に広げられた巻物は、所々黄ばんでいて破れてもいた。

 舞ったホコリの一部が手に吸いつく。

「昔、おじいちゃんに見せてもらった書物。島の秘宝について書かれてる」

「島の秘宝……!? なーんかワクワクすっぞ!」

「字が崩れすぎてて読めねぇんだけど……。古人は未来人に優しくないぜ」

 押山が唇をひん曲げると、チビっこは小さく鼻で笑って指で文字をなぞり始めた。

「……むかーしむかし、島を隅から隅まで探検した超イケメンボーイがいました」

「めちゃくちゃ今風じゃねぇか!」

「わかりやすく訳すとそんな感じになる。黙って聞け」

 今のはチビっこ独自の解釈なのか。

「ある日、そのハンサムダンディーは島の北東にある洞窟の奥を探検し、麗しい絶世の美人……のような輝きを放つ石の塊を見つけました」

 ボーイなのかダンディーなのか……。

「光のない洞窟の中でも七色に輝くその石に触れた瞬間、ビビッと雷に撃たれたような衝撃が走りました。――俺は運命の女神に出会った」

 書いてるのが本人かよ。

「瞬く間に惹かれ合った二人だが、悲しきかな。俺は人間、あなたは女神……のような電気石。あなたの強すぎる愛を俺は受け止めきれなかった。せめてもの償いとして、俺はひと時も離れず、あなたのそばに一生寄り添って最期の時を迎えんと深く誓った。──めでたしめでたし」

「いや、これを書いてるってことは、一度は地上に戻ってきてるってことでしょ」

「それ以前にただの妄想話だろ。これくらいオレにも書けるぜ」

「俺様は感動したぁぁぁぁぁぁ!!」

 うおぉぉぉっ!! と泣き散らす和智田を尻目に、チビっこは巻物を巻き直す。

「ちょっと盛ってあるけど、実話だって聞いた。洞窟の奥には七色に輝く電気石──レインボートルマリンがあるって」

「レインボートルマリンなんて聞いたこともないわ。……ああ、だから秘宝なのね」

「本当に存在するなら、バチ子の体にも効くかもしれねぇな」

「イエス!! これは取りにいくしかない!!」

 今の話を信じるのか?

「何言ってんだい、無駄足になるだけさ」

「行ってみないとわからないだろ。真実は、踏み出す勇気を出せた者にだけ見えるんだぜ! ──あ、もちろん、お前は来なくていいぞ。俺様からのプレゼントだからな!」

 すっとんきょうにおどけた顔で笑う和智田。楽しそうにも馬鹿にしているようにも見えた。

 本気なのか、嘘なのか。本気なら隠す必要なんてない。

 どうしてこんなに軽い調子でいられるのか……。見極めるには、時間が短すぎた。

「あたいは自分の目で見たものしか信じない。そこいらに転がってる石を拾って渡されたらたまったもんじゃないよ。だから、本当に行く気なら――あたいも行く」

「おっ、チャレンジャーだな!」

 煽るように見下げる視線。……わざわざ背伸びをするほどのものか。

「も・ち・ろ・ん、お前らも行くよな!」

「冒険みたいで面白そうだし、オレは行ってやるぜ!」

「危なくなった時に身代わりになってくれるのなら行くわよ」

「ウチは帰る」

 やっぱりか。逃げようとした細い腕は掴まれる。

「そう言うなよ、ねねっこ。洞窟を案内してくれる人間が必要だろ?」

「嫌だ! この書物に書かれてるのは、引き潮の時にだけ現れる海の洞窟のこと! ウチだって行ったことない!」

「じゃあ、じいちゃんに詳しく聞いてきてくれよ。場所とか中の構造とかがわかれば、お前は留守番でいい」

 チビっこには見えていないだろうが、和智田は悪知恵を働かせたガキ大将の笑みを浮かべている。多分……嘘だ。

 だが、それに気づいていた押山と金髪が何も言わなかったせいで(あたいも言わなかったけど)、チビっこは渋々承諾してしまった。

 あたいが変な奴らに巻き込まれたと思ってたけど、本当はあたいの変な体のせいで、みんなが巻き込まれているだけなんだよね……。



 八月九日。引き潮のタイミングを考え、それが決行の日になった。

 あらかじめ作っておいたイカダに乗って、島の北東へ向かう。

「おい! なんで引き潮なのにこんなに水があるんだ! 穴の半分くらいまで浸ってるじゃねぇか! こんなイカダで大丈夫なのか!?」

 洞窟の入口に差しかかったところで、左側でオールを漕いでいた押山は顔色を悪くする。

「奥に進むにつれて水かさが下がるんですって」

 金髪ハーフは涼しげに髪を揺らし、日傘を閉じた。

「わあ~! 俺っちドキドキしてきた~!」

 完全復帰した原勇介も、右側で元気にオールを漕いでいる。

「じゃあウチは帰る」

 シュノーケルをつけて海に飛び込もうとしたチビっこは、お決まりのコントで和智田に服をつままれ、暴れた。

「泳いで帰る気か? お前みたいなチビはすぐに流されちまうぞ」

「泳ぎは得意だ! 離せ!」

「袖振り合うも多生の縁! ここまで来たら一生を共にする仲だろ!」

「死んだら呪ってやるぅぅぅ!!」

「呪い返してやるぜアッハッハッハ!!」

「ヲイ揺らすな馬鹿野郎ぉぉぉ!!」

 耳が痛い! ずっとこんなテンションで行くつもりか!?

 ……というのは杞憂で、中に入ってしまえば興味深そうに壁を、天井を見渡し、石灰岩のつららやラメのようにキラキラと細かく光る岩壁に見入っていた。

「すっげぇ……魔法の世界に入ったみたいだな……!」

「それ、オスヤマ君じゃなくて女の子に言ってほしかったよ……」

 同感だ。

 ゆっくりと奥へ進み、やがて岩場に乗り上げると、イカダから下りて足並みを揃えながら先を目指した。

「ここから分かれ道が増える……。足場も悪いから気をつけろ」

「うげっ! 足がはまった!!」

 言ってるそばから片足を取られて身動きが取れなくなる和智田。

「…………。今のうちに行こう」

 ランプを持ったチビっこは足早に進んでいく。あたいと金髪も続いた。

「見捨てるな~!! 薄情者~!!」

 底なし沼だったのか、押山と原の二人がかりで引っ張ってもなかなか抜けない様子。

 道案内をしてくれるだけありがたいと思いなよ。

「おねね、迷子になっちゃうわよ、あいつら」

「早く行けば早く帰れる。ただそれだけ」

「クールねぇ……。もしかして、怖いの?」

「全然。全く。皆無。暗いところなんか慣れてるし。自然の中にいるだけだし。オバケなんか出るわけないし」

 怖いんだ。

「──まあぁぁぁぁてえぇぇぇぇぇ……!!」

 低くただれた声に後ろを振り返ると、泥まみれの状態で両手をぶらぶらとさせた三つの影が迫ってきた。

「ぎゃあああぁぁぁあああぁぁぁぁぁっ!!」

 えっ!? 今のチビっこの声!? 

「ちょ、ちょっと! なんなのよその格好!!」

「和智田を助けようとしたら……足場が崩れてドボンと……」

「前が見えないよぉ~……助けてぇ~……!」

 気持ち悪っ……。とりあえず、チビっこを見失わないようにしないと……。

 全力疾走で駆けていった小さな背中を、右へ左へと曲がりながら追いかける。

「呪ってやるぅぅぅ~……呪ってやるぅぅぅぅぅ~……!!」

 まだ死んでないだろ。そういうことを言うから嫌われるんだ。

 しばらく走り続けていると、天井が大きくひらけた場所に出た。寒いほどにひんやりとしていて、足元にはエメラルドグリーンの泉が広がり、幻想的な空間になっていた。

「綺麗……! まさに神秘の泉ね!」

 のん気な金髪が感動に浸っていたのも束の間。

 野郎三人がバシャバシャと泉に飛び込み、碧の泉は一瞬で灰の泉に変わった。

「サイテーだわ……」

 少しだけ同情する。

「ぷはぁ~! 生き返ったぜ~!」

「目が痛ぇ! なんか入ってる!」

「びしょびしょだよ~……」

 そこまで深くはないらしい。三人の中で一番背の低い原は、立ちながら半身浴をしている。

「普段の行いが悪いからだ。ざまあみろ」

 破壊的な悲鳴を上げたのが別人だったかのように、白い目を細めたチビっこはゆっくりと折り返してきた。

「ねねちゃんや~、そんな言葉を使っちゃいかんよ~」

「おじいちゃんのマネをするな!」

 げしっ! よたよたと這い上がり、チビっこに近づいた和智田の膝に蹴りが入る。

「……あれ? もしかして、行き止まり?」

「なんだ、意外と近かったな」

 続けて上がってきた原と押山は、服を絞りながら辺りを見回す。……結構走ったけどな。

「でも、レインボートルマリンなんてなさそうよ」

 確かに、当然のように生えている石灰岩の柱以外にめぼしいものはなく、入ってきたところ以外に続く道はなかった。

「道を間違えたんじゃねぇのか?」

「そんなことない。ちゃんと聞いた通りの道順で来た」

「じゃあ、やっぱり……嘘だったってこと? 俺っち、悲しい……」

 …………。

 誰もが沈黙した。ここまで来て、嘘に踊らされていただけだなんて思いたくはなかった。

 救いなのは、光の入らない洞窟の奥で、淡くきらめく珍しい泉が見られたことに価値があったと思えること。

「……? ちょっと待て……」

 光がないのに、どうしてこの泉は光っている……? 高い天井まで届くほどのほのかな光は、何の力で光っている……?

「まさか……」

 そっと、水面に指を近づける。すると、かすかにピリッと痺れを感じた。

「――! ここだ……。この中にある……!」

「えっ、泉の中に……!?」

 思いきって入ってみた。ヘソの辺りで、波打つはずの水面は体に吸いついてくる。

「……間違いない。静電気みたいな……さわさわと感じる」

「オレたちは何も感じなかったぞ……?」

 気のせいかもしれない。けど、何かはある。何かを感じる。それは、あたいの体が教えてくれた。引き寄せられるように、泉の中心に近づいていく。

 すると、足元に何かがぶつかった。腕を伸ばして手でなぞると、目には見えないが、泉の底から固い岩石のようなものが生えているのがわかった。

「……くっ」

 塊の頭部を掴み、手に力を込める。しかし、壊すことはできなかった。

「おーい、何やってんだー?」

 不思議そうに首を傾げた和智田が、押山とともに近づいてくる。

 一度手を離し、目で水中を指した。

「ここに、レインボートルマリンがあるかもしれない」

「マジか!? じゃあ、早く取っちまえよ! ユー、やっちゃいなよ!」

「無理だ。さすがに根っこからは取れないし、欠片を取るのも難しそうだ……」

 水の中ならハンマーも使えないし、石を手で掴み剥がすなんて不可能だろう。

「なら、力を合わせていくか!」

「よっしゃあ! 腕が鳴るぜぇ!」

 二人はあたいの正面に回り、両手を泉の中に沈み込ませる。

「おっ、ホントだ! 石の塊みたいなものがあるな!」

「こいつは、ちょっとやそっとじゃ壊れそうにねぇぞ!」

「無理だって! 人間の素手じゃ、歯が立たないさ!」

 どうしようもないと首を振ると、和智田はニッと歯を見せて目を据えた。

「なーに言ってんだよ。怪力が三人もいれば、不可能なんてないだろうが!」

 あたいはそこまで怪力じゃないんだが。

「力を見せてみろよ! 百戦錬磨、負けなしの羽場真知子!」

 電気の力がなかったら大したことないってことくらい知ってるだろ、押山……。

 ――けど、ここまで来たのなら。

 自分のためにも……こいつらのためにも……やってやろうじゃないか!

「くそっ、相手になってやる!」

 両手でわし掴み、指先を立てて力を入れる。──こんちくしょう!!

「うりゃあぁぁああぁぁぁぁぁあ!!」

「ぬおぉぉぉおぉおおおぉぉぉぉ!!」

「ぐぬうぅぅぅぅううぅぅぅうぅ!!」

 う、腕がつるっ……!! 神経がぶち切れそうだ……!!

「ちゅわあぁぁぁぁああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!」

「ほおぉぉぉぉぉおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉ!!」

「ふんぬぅぅぅぅぅぅぅううううううぅぅぅぅぅ!!」

 それでも、諦めるわけにはいかない……。絶対にできる……! 絶対にやる……!!

 ――割れろぉぉおぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!


 ────バリーンッ!


 水中で鈍い音が弾けて、ふわっと軽くなった手のひらに何かがゴロリと乗った。

「!」

 ゆっくりと両手を引き上げると、そこには文字通り、七色に輝く石があった。

 大小様々な欠片だが、見る角度によって赤・青・緑・オレンジへと色を変えていく。

「これが……レインボートルマリン……!」

「す、すっげぇ……めちゃくちゃ綺麗じゃん……!」

 思わず見とれてしまった。まるで虹を吸い込んだような、あたたかい光……。

 あたいと同じ、静電気を帯びた電気石の光……。呼応するように手が震えた。

「わっちーたち、何してるの~!?」

「なんかキラキラ光ってない?」

「レインボートルマリンだ……」

 泉から上がって、待っていた原たちにも見せると、三人も声を揃えて驚いた。

 和智田と押山が掴み取った分も受け取り、優しい光が両手いっぱいに広がる。

「あんたは、あたいと違って綺麗なんだね……」

 その光は、優しく見つめてきているようにも見えた。

 そっと握り締め、後ろを振り返る。

 多少壊してしまったが、レインボートルマリンはまだその底に眠っている。泉はまだ、エメラルドグリーンに輝いていた。

 和智田たちも互いに顔を見合わせ、笑みをこぼしている。

 ……なんだろう、体が軽い……。

 さっそく石の効果が出ているのか、胸の辺りがふわふわする。……いや、それだけじゃない。和智田たちが協力してくれたから、一緒に笑ってくれたから、心が弾むんだ。

 ――ありがとう……。

 最後にもう一度だけ泉を振り返り、あたいたちはその場をあとにした。



 翌日の昼時になって、昨日のうちに加工場へ持ち込まれていたレインボートルマリンは、和智田の手を介して戻ってきた。

 学食前に集まり、数珠繋ぎのネックレスに変わったそれを差し出される。

「本当にいいのかい? あたいがもらっちまって……」

「あったり前だろ! お前への誕生日プレゼントなんだぜ! あれだけ苦労したのに受け取ってもらえなかったら、俺様泣いちゃう!」

 売ればかなりの値がつくだろうに。お金よりも人の縁を大事にするってのかい。

「それじゃあ……」

 そっと広げた手のひらに、ネックレスが乗せられた。玉の一つ一つが違う色を放ち、語りかけてくるように変化している。

 一度留め具を外し、首に着ける。密着するように重く、吸いつくように軽い。

「ほれ、来てみろ!」

 和智田は右手を差し出し、ニヤリと笑った。

 ……やるさ、やってやるさ。ここまで来たからには。

 その手を見つめ、左手を伸した。

「……あたいは左利きなんだ」

 和智田は銃口を突きつけられたように目を見開き、短く笑った。

「ハハッ! そいつは失礼!!」

 そして左手を伸ばし、両手であたいの手をパシッと挟み込んだ。

「!」

 ──痛かった。でも、それは和智田が勢いよくはたいたから。

「静電気が……起きない……!?」

「ほれ見ろ! 奇跡は起きたぜ~!!」

 一度手を離し、ハイタッチをさせられた。それでも電気は起きない。

「な、なんだこれ……」

「なんだこれって、それがお前の体だろ。ようやく解放されたな!」

 何度も何度も結んで開いてを繰り返した。久しぶりに触れた他人の肌。初めて経験した静電気の起きない感覚。

「やったじゃない! これで思う存分、高校生活を楽しめるわね!」

「俺っちも仲良くしちゃう~!」

 金髪と原ともハイタッチをして、続いて近づいてきたチビっこには手を下にして出した。

「子供扱いするな!」

 気を遣ったつもりが、逆鱗に触れたようで叩き落とされた。謝ろうと口を開くと、それよりも早くチビっこは腰の辺りに抱きついてきて、ボソッと呟いた。

「……いい匂いがする」

 匂いフェチにでも目覚めたのだろうか。

「ほら、オスヤマ。あんたも言わなきゃいけないことがあるでしょ」

「……ったく、仕方ねぇな」

 足取り重く前に進み出た押山は、気乗りしないと言わんばかりに視線を落とした。

「……悪かったよ。お前が陰で努力してたことも知らずに、馬鹿にするようなこと言って」

 男が情けないねぇ、女に頭を垂れるなんて。……っていうのは、しまっておいて。

「別にいいさ。あたいだって、中学の頃からあんたのことは、問題児のクソガキだと思ってたから」

「テ、テメェ……!」

 からかうように言うと、押山は振り切ったように顔を上げた。

「――ま、これで帳消しってことだな」

「ああ。もうあたいを怖がるんじゃないよ」

 手を打ち合わせ、互いに鼻先で笑った。

「イエ~イ!! ハッピーバースデー!! 羽場真知子!! 今日からお前も和智田ファミリーだ~!!」

 ファミリーって……なんだいそりゃ。まあ、別にいいけど。

 こいつの恐ろしい行動力のおかげで、あたいは自分の殻を破ることができた。なんで自分だけって思って、毎日塞ぎ込んでいたのが間違いだったのかもしれない。そんな自分だから、周りをよく見ていなくて、せっかく差しのべてくれていた手にも気づかなかったのかもしれない。

 他人と違うからオンリーワンなんじゃない。自分を受け入れた人間だけがオンリーワンになれるんだ。そのことにようやく気がつけた。

 これからは、もっと自分が好きになれそうだ。

「……あ、おじいちゃん」

 トマトとキュウリを卸しに来ていたじいさんは、こちらに気づくとやわらかく微笑んだ。

「おやおや皆さん、いつもねねちゃんがお世話になっております」

「別に世話になんてなってないし。──ねぇ見て、これがレインボートルマリンだよ」

 チビっこがあたいの首元を指差すと、じいさんはたるんだ瞼を持ち上げ、瞳をカッと見開いた。

「おお……! これは懐かしき輝き……!」

「懐かしき?」

「ああ、いや……死ぬまでに一度は見てみたかった輝きじゃ……!」

 言い直して、大きく咳き込む。……ははん、やっぱりそうなのかい。

「人間の体も自然の産物。人間は自然と一体になれる。相性のよいものは互いに惹かれ合い、やがて運命の出会いを果たすものじゃ。……お嬢さんの体には合っていたようじゃな。めでたしめでたし」

 あんな書物を書いたり〝運命の出会い〟とか言ったり、ロマンチストなボーイだねぇ。

「──こら、じいさん! 早く帰って畑の手入れをするよっ!」

「ああ~はいはい、今行くよ」

 ばあさんに呼ばれ、渋々と踵を返す。

 その後ろ姿がとてもこじんまりとしていて、最後に何気なくと声をかけた。

「……素敵な奥さんに出会えたようで、よかったですね」

「はっはっは、そうじゃな。とても美しい女性じゃよ……五十年前はな」

 慰めのつもりで言ったのに、嫌味に聞こえちまったかな。……あ、秘宝を教えてくれたお礼、言うの忘れちまった。

「そんじゃあ、ねねっこのじいちゃんが丹精込めて作ってくれた野菜でも食べてやりますか!」

「俺っち、トマトはちょっと……」

「なんでも食わねぇとオレみたいになれねぇぞ」

「あんただってナスとかニンジンとか嫌いじゃない。……あたしは何を食べようかしら♪」

「エミリー、すっかり学食にハマってる」

 食堂に入り、各々が好きなものを選んで席につく。

 あたいはいつもの海鮮丼を封印して、親子丼を食べた。

 ──変な感じだ。こんなふうにつるみながらご飯を食べるのは何年ぶりだろう。こうして周りに溶け込んでいると、足がムズムズする。けど、悪い気分じゃない。

 そして、それは誕生日だけの特別な時間じゃなかった。

 次の日も、その次の日も、毎日朝から誘いがくる。釣りをしたり、虫採りをしたり、花火をしたり、肝試しをしたり、いつからかやらなくなって、もう二度とやらないと思っていたことばかりしている。小学生みたいにはしゃいでいる。

 今までで一番楽しくて、一番笑った夏休みだった。



 宿題をまともにやらないまま、八月二十二日、登校日になった。

 エミリーたちと朝食を食べた後、教室へ向かい、ねねっこに一声かけてから席に着く。

 すると、右隣りから「ウフッ」と低めの声が漏れた。

「……あ~ら、イイモノつけてるじゃない。男からの貢ぎ物?」

 緑色のアイシャドウに真っ赤なグロスの口紅がベトベトと光っているそいつは、紫色のおかっぱ頭から提がるトライアングルのイヤリングを揺らし、あたいのネックレスを見つめていた。

 ……夏休みデビューか。ド派手だな。

「貢ぎ物とか言うんじゃないよ。大事な友人にもらったものさ」

「なによ~、つまらないわね。せっかくのJKサマーバケーションなんだから、もっとはっちゃけてもいいじゃない」

「そういうあんたは、少しはっちゃけすぎなんじゃないのかい。JKにしちゃあ、インパクトのありすぎる顔だよ」

「まあ、おかしなことを言うのね。アタシは入学当初からこの顔よ」

 へー、そうだったかい。周りを避けてたせいか、隣の席の奴もまともに見てなかったな。

 ……って、ちょっと待て。

「あんた、男……!?」

 スカーフをつけていないのは邪魔だからだと思ったけど、学ランのズボン履いてるじゃん!

「いま気づいたの? ――アタシは矢井馬博美(やいばひろみ)。九月五日生まれのおとめ座、十五歳。ピッチピチの男子高校生よ♪ 見間違えるほど可愛かったかしら♪」

 可愛くはない。

「本当にいろんな奴がいるな、この高校は」

「アナタだって人のこと言えないじゃない。そんな古くさいスケバンスタイルを着こなしちゃって」

 これが落ち着くんだよ。もう肌を守る必要なんてなくなったけど、短いスカートはスースーして気持ち悪い。

「でも、夏休み前よりはワントーン明るくなったわね、素敵よ。アタシももっと輝きたいわ!」

 十分輝いてると思うんだが。いや、輝くと目立つは別物か。

「──というわけで、アタシのことも変身させてちょうだいな、陽平ちゃん♪」

「あ?」

 矢井馬は後ろの席を振り返り、椅子をゆらゆらと揺らしていた和智田にウインクを飛ばした。 

「噂には聞いてるわよ。みんなの願いを叶えてくれるスーパーヒーローなんですってね」

 誰もそんなふうには呼んでいない。

「おう! 道理に反することじゃなかったらなんでも叶えてやってるぜ! ……そういえば、来月はお前だったな。夏休みを満喫しすぎて忘れるところだったぜ。ハッハッハ!」

「ひっどーい! 二度と忘れられないようにしちゃうわよぉ!」

 瞳を細めて舌なめずりをした矢井馬に、和智田は珍しく怯えていた。

「じょ、じょじょじょ冗談だよ冗談!! 冗談に決まってるだろうがアハハハハ! ほ、ほら、さっさと望みを言ってみろ!」

 すげー、冷や汗が床に垂れてる。

「アタシの望みはただ一つ! ──そう、アタシをお姫様にしてちょうだい!」

「は……?」

 お姫様……? 何言ってんだ……。

「よし! わかった! 極上のプリンセスにしてやる!」

 えっ!? そんな簡単に聞き入れていいのか!?

「やったぁ、嬉しいわ♪ じゃあ、陽平ちゃんがプリンスになるんだからね♪」


 ──このあと、和智田が顔面蒼白になったことは言うまでもない。


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