☆六月【チャラチャラ男子】
【原勇介】編
「――女好きを治してこいって、彼女に島流しにされちゃったんだ」
情けなくて、女の子の前ではあんまり話したくなかったんだけど、わっちーが嫌なこと言うから流れで言っちゃった。
「彼女は中学の同級生なんだけどね。俺っち、いつでもどこでも、女の子を見つけたらつい話しかけにいっちゃって……。怒った彼女に、高校を卒業するまでに女好きを治さないと別れるって言われちゃったんだ~」
仕方なく説明すると、さっきからずっと怖い顔をしてたオスヤマ君が突き放すように言った。
「そんなの、我慢すればよくね?」
それができたら苦労しない!
「我慢してるつもりなんだけど、女の子を見るとどうしても吸い寄せられちゃうんだよね」
「じゃあフラれろ」
「嫌だ!!」
それだけは絶対に嫌だ! 生きていけなくなるよ!
そう必死に目で訴えたのに、わっちーから返ってきた言葉もちょっと冷たかった。
「我慢してるつもりか。〝つもり〟っていうのは、相手に誠意を見せるふりをしてるだけだ。相手を騙そうとしてるだけだ。お前は、自分を棚に上げて彼女を騙そうとしてるんだよ」
「そんなわけないじゃん! 俺っちにとって一番大切な女の子なんだよ!?」
本当なの! それは本当なんだよ!
「でも、本当に彼女さんのことが好きなら我慢できるんじゃない? たくさんの女の子に優しくできるよりも、彼女一筋のほうがかっこいいって思えばいいのよ」
さすがえみりん、まともなことを言ってくれる!
「もちろん、彼女一筋だよ! でも、他の女の子ともお話くらいしたいじゃん!」
「会話がダメって言ってんじゃねぇよ。お前の場合は軽くてナンパっぽいからアウトなんだ。そう、超ウザい、目障り」
俺っちが女の子と仲良くしたってオスヤマ君には関係ないじゃん……。もしかして、嫉妬してる?
「まあ、なんとなく把握はできた。──原勇介、お前の望み、しかとこの身に刻み込んだぜ!」
わっちーはニヤリと怪しく口角を上げると、自分の胸をドンと力強く叩いた。
「明日から特訓だ!!」
意気揚々と宣言したわっちーだけど、その言葉は嘘じゃなかった。
「……お前、昼休みはなんで逃げたんだ?」
放課後になって、わっちーとオスヤマ君に教室の隅に追い込まれた。
特訓とやらを昼休みに始めようとしてたみたいだけど、あいにく俺っちには用事があった。水曜日は、二年生の先輩エンジェルに会いに行くって決めてるんだよ!
「月曜日は一年生、火曜日は先生、木曜日は地元のマダム、金曜日は三年生のエンジェルとお喋りするんだよ。それは入学当初から決めてたんだ!」
「彼女との約束を守る気ねぇだろテメェ!」
オスヤマ君に胸倉を掴まれて、首筋がキンと冷たくなった。
「とんだスケベボーイだな。俺様がせっかく心を入れ替えさせてやろうとしたのに……」
「そ、それは嬉しいんだけど……怖いのとか痛いのはヤだよ~……」
「誰がそんなことをするって言った? 簡単すぎるミッションだぞ」
ミッション?
「エミリーも協力してくれるってさ」
「言ってないわよ!」
わっちーたちの後ろでずっと眉間にしわを寄せてたえみりんは、さらに一歩下がる。
「女子が必要なら他の子をあたって」
「アッハッハ、俺たちにそんなアテがないことくらいわかってるだろ~。このミッションには女子が必要不可欠なんだ、頼む!」
わっちーが合唱して頭を下げると、えみりんは溜め息をついて呟いた。
「……まあ、ちょっとだけなら……」
えみり~ん! こんな人たちの言うことなんか聞かなくてもいいんだよ~!
「さっすがエミリー! ──よし、廊下に出ろ、スケベボーイのスケボ!」
「そんなかっこ悪い名前は嫌だ!!」
オスヤマ君に頭を掴まれそうになってしぶしぶ廊下に出ると、わっちーはテレビでしか見たことがないような鞭を振るった。どこから持ってきたんだろ……。
「お前がやらなければならないことはとても単純だ。今から目の前を通るエミリーを無視しろ」
「えっ、無視する? そんなことでいいの?」
さすがにそれくらいはできるけど……。
「何事も、はじめの一歩は小さくていい。大きな勇気が必要だからな」
ふーん……。テキトーにやってるわけじゃないんならいいんだけど……。
よくわからないまま棒立ちで待っていると、廊下の先からえみりんが歩いてきた。
片手を挙げてパタパタと近づく。
「わぁ~い、えみり~ん♪」
「あんた治す気ないでしょ!!」
背中を向けて逃げるえみりん。躊躇いもなく追いかけた。……あれ、足が勝手に……。
「テメェふざけんな!」
「ぐっ!」
後ろからオスヤマ君に首根っこを掴まれて、もう少しで届きそうだった手がへなへなと落ちる。
「何やってんだよ、スケボ。これくらいの我慢もできないのか」
「う~ん……。頭では抑えてるつもりなんだけど、女の子が一人でいるところを見るとどうしても体が……」
ああ、〝つもり〟は禁句なんだっけ……。
「じゃあ、男と二人にしてみるか。──オスヤマ、エミリーと校内デートの時間だ」
「よっしゃあぁぁぁぁぁ!!」
「歩くだけでしょ!」
仕切り直し。
えみりんの隣には明らかにガラの悪そうなオスヤマ君が立っていて、俺っちのほうにメンチを切りながら歩いてくる。
「えみりん! そんな人と一緒にいたら病気になっちゃうよ!」
「なんだとテメェ!!」
今度は正面から掴まれて、襟元を締め上げられた。──ギブ!! ギブ!!
「おお。意外と勇気あるな、不良に喧嘩を売るなんて。だが、さすがにでしゃばりだぜ」
「げほっげほっ……。だ、だって、俺っち以外の男子と一緒にいても、いいことなんてあるわけないじゃん……」
「ハハハ、地獄に葬ってやる!」
頭突きをされそうになったところで、わっちーが鞭を鳴らして間に割って入る。
「じゃあ、女子が二人以上でいる時はどうなんだ?」
「そんなの、飛び込むに決まってるじゃん!」
一番大好きな状況だよ!
「そうか……。なら、あれを試すしかないな。やるぞ、オスヤマ」
「あ?」
二人は廊下の突き当たりを曲がったところの死角に入った。たまに「やめろぉぉぉ!!」とか「ぎゃあぁぁぁ!!」とか、穏やかじゃない叫び声が聞こえてくる。
な、何してるんだろ……。
「──よし! 準備オッケーだ! いくぞ、スケボ!」
合図とともにえみりんが現れ、その隣にオスヤマ君が……──オ、オスヤマ君……!?
べっとりと塗りたくられた真っ赤な口紅に、ほんわかと入れられたさくらんぼのチーク。ラメ入りの紫アイシャドーに二重にも三重にも重ねづけされたまつ毛。スカートからはすね毛の濃い筋肉質な足が生えていた。
「うえぇ……!」
見るに耐えなくなって、目を逸らした。
「おお~! 成功したぞ!」
一人嬉しそうに跳び上がるわっちー。
ち、違うよ! えみりんを無視したんじゃなくて、その隣のゲテモノを避けたんだよ!
「……オ、オレ、モウ嫁ニ行ケナイ……」
「嫁になってどうすんのよ。ほら、お化粧落としてあげるから、こっち来て」
放心状態のオスヤマ君は、えみりんに連れられて教室の中に入っていった。……その背中はとても小さかった。
「これで、ミッションその一〝目の前を通過する女子を無視する〟はクリアだ! 明日はミッションその二の〝すれ違った時に会釈をしてくれる女子を無視する〟に挑戦するぞ!」
「う、嘘でしょ……!」
それから毎日、俺っちにとっては凄まじくスパルタの〝わっちー流女人卒業十五手〟訓練を受けさせられた。
いろんなパターンの女の子を無視する。ただそれだけなのに、すごくつらかった。
もちろん、訓練以外の時でも女の子に話しかけちゃいけない。見つかったらオスヤマ君にラリアットされるから。
その三、窓の外を眺める女の子。
その四、授業中にうたた寝をする女の子。
その五、見つめてくる女の子。
その六、笑顔で手を振ってくる女の子。
その七、目の前で怪我をしてしまった女の子。
──前半は、なんとか抑えられた。オスヤマ君に脅されたっていうのもあるけど……。
けど、後半はいろんな意味でハードなのに、ちょっと手抜きだったというか、わっちーとオスヤマ君に利用されているだけのような気もして、なんだか複雑だった……。
その八、追いかけてくる女の子(某オスヤマ君)。
「テメェのせいでこんな格好させられてんだ!! 覚悟しやがれ!!」
「ぎゃあぁぁぁぁぁ! 助けてぇぇぇぇぇ!!」
その九、階段を上がる女の子。
「ちょっとあんたたち!! スカートの中覗こうとしてるでしょ!!」
「イヤイヤ、そんなわけナイナイ」
「オレたちは脊髄を縮めているだけだ。こうやって亀みたいに首を引っ込めて低く──」
「うるさい!! このお馬鹿トリオ!!」
その十、雨に濡れた女の子。
「ねぇ、こんな土砂降りの日に外に出てどうすんの?」
「雨だから出るんだよ。ほーれ、傘なんか捨てちまえ!」
「ちょ、ちょっと! 濡れちゃうじゃない!」
「ふおおおっ! 透けてきたぁぁぁ!! 和智田ナイスぅ!!」
「あんたたちぶっ飛ばすわよ!!」
「えみりん! 風邪引いちゃうよぉ~!!」
その十一、スポーツをする女の子。
「おお、なんて激しいんだ……!」
「やっぱりバスケはいいなぁ! お前は見るんじゃねぇぞ、スケボ野郎」
「自分たちが見たいだけじゃ……。あ、ボールがこっちのほうに飛んで──」
その十二、お風呂上がりの女の子。
「オスヤマ、また鼻血出すなよ」
「昨日のは事故だろ! お前がボールを避けるから──」
「あんたたち! 脱衣所に忍び込んで何してんよ!」
「おっ、眼鏡っ子エミリーだ! 普段はコンタクトだったのか?」
「オレ、そういうのも嫌いじゃないぜ! 水も滴るイイ女! フッフゥ~!!」
「うるさい出てけぇぇぇ!!」
「覗きって、無視する以前の問題だよね……」
その十三、水着姿の女の子(某オスヤマ君)。
「……ねぇ、和智田。あの砂浜に立ってるスク水の人がオスヤマ? 金髪なのはあたしのつもり? よくオッケーしたわね、あの変態」
「やってくれたらグラビア雑誌を山ほど取り寄せてやるって言ったんだ。近くで見ると目が死ぬと思って離れてもらったんだが……。スケボ、見惚れたか?」
「俺っち、帰る」
その十四、お弁当を作ってきてくれる女の子。
「ふりだけよ、あげないんだからね」
「ほ、欲しい……! でも、俺っちには受け取れない……!」
「スケボが受け取らないんなら俺様が受け取る!!」
「いや、オレが食うんだ!!」
「あんたたちが取り合ってどうすんのよ! 返しなさいっ!」
「……わっちーとオスヤマ君は、本当に俺っちのために協力してくれてるのかな……」
その十五、告白をしてくる女の子。
「それだけは、ぜえぇぇぇぇぇたいにイヤッ!! オスヤマでいいじゃない!」
「ラストはやっぱり本物じゃないと。ほら、女はみんな女優っていうだろ。演技でいいんだって」
「演技でもイヤなものはイヤ!!」
「和智田、今回はオレも反対するぜ。なんでこんな奴にエミリーがコクんなきゃなんねぇんだ」
「スケボのためだ! クラスメイトのためなんだよ! 頼む!! エミリー!! スケッチブック拾ってやっただろう!?」
「ここでその件を持ち出すなんてサイテーね!!」
ふりだけなのに、俺っちってそんな嫌われてるのかな……。
「…………。じゃ、じゃあ……あんたたちは向こういってて……!」
「おお! やってくれるのか!」
「早まるなエミリー!! パパは許さないぞ!!」
「誰がパパよ!!」
わっちーがオスヤマ君を連れて廊下に出る。
放課後の教室で、二人だけになった。
「──あ、あたし……。あたしは、あんたのことが……。す、す……」
わっ、ふりだけなのに俺っちまで恥ずかしくなってきちゃった……!
「す……す、すっ……! ──スキー場で食べるカレーってすっごく美味しく感じるわよねっ! でもあたしが作るカレーのほうがもっと美味しいのよ! こ、今度あんたのために作ってきてあげるっ!」
えっ……。スキー場……? カレー……?
「……ご、ごめん……。俺っち、辛いの苦手だから、カレーは好きじゃない……」
舌がピリピリするし、食べた後は汗が噴き出るし、味覚はおかしくなるし、体にいいのかもしれないけど、スパイスって好きになれないんだよね……。
「え……。あたし……フラれた……?」
「──おぉぉぉぉぉぉ!! クリアだぁぁぁぁぁぁぁ!!」
廊下で覗いてたわっちーは、魔王を倒した勇者の如くこぶしを突き上げて、鞭で床をバシバシと叩いた。
「これでお前は女を断ち切った!! 見事生まれ変わったんだ!!」
そんな実感、全くないんだけど……。
「ほ、本当に変われたのかな、俺っち……」
「明日になればわかる! 朝起きた時、いつもと違う自分に出会えるはずだ!!」
高らかに笑い声を上げるわっちーに肩を組まれて、できるだけ自然に笑い返そうとした。けど、できなかった。
「あ、あたしがフラれた……。遠回しになら言えると思ったのに……。あはは……」
「元気を出せエミリー!! オレはカレーが大好きだぁぁぁ!!」
そして、誕生日当日。
「もう嫌だ!! 誕生日くらい好きなことをするんだ!!」
俺っちは逃げ出した。放課後になっても依然として女の子に話しかけようとする俺っちを、わっちーが机に縛りつけようとしたから。
あんな意味のわからない特訓をしても、当然のように治ってなんかいなかった。
いつもと違う自分に出会える? ……そうだね~、今までにないくらい憂鬱だよ。
「ちょっとは期待してたのに……」
俺っちの力になってくれる男の子が珍しかった。簡単に信用はできなかったけど、せっかく歩み寄ってきてくれる人を無下にはできなくて、ちょっとくらいなら付き合ってもいいかなって思った。……でも、やっぱりダメだった。馬鹿にされてるだけだったんだ。遊ばれてるだけだったんだ。
「──やっほ~、マダムたち~!」
島の中央に広がる段々畑。その中で腰を丸めながら土をいじっていたマダムたちに駆け寄った。
今日は木曜日。二週間ぶりに習慣を取り戻せる喜びと、マダムたちの優しげな笑みに胸を撫で下ろした。
「あっら、勇介ちゃん! 久しぶりじゃない!」
「相変わらず甘い顔してるわねぇ~!」
すぐにふわふわ笑顔のマダムたちに囲まれた。そうそうこれこれ、この安心感。
「なんかね~、変な同級生にずっと絡まれてて、遊びに来られなかったんだ~」
「変な同級生……って、勇介ちゃんの後ろにいる子たちのこと?」
「え? ──うわっ!」
振り返ると、顔スレスレのところにわっちーが立っていた。その後ろにはオスヤマ君とえみりんもいる。
「なんで逃げるんだよ、スケボ! 今日という今日は女離れしないと!」
「もういいよっ! 俺っちは自分でなんとかする! まだ時間はあるんだ! 卒業までには治るもん!」
「そんな気持ちじゃ、絶対に治らない!!」
わっちーは目くじらを立てた。突然の大声に、少しびっくりした。
「いま先延ばしにする奴は未来でも先延ばしにする!! そうやって自分を殺すんだ!!」
「やりたいことを我慢するほうが自分の首を絞めてるよ! 俺っちはこうやって生きたいんだ! こういう生き方が好きなんだもん!!」
自分でも、子供っぽいことを言ってるとは思った。それでも、どうしてもできなかった。自分に嘘をついて生きることがいいことだとは思えなかった。
「……テメェ、彼女がどんな気持ちでお前をこの島に来させたのかわかってんのか……!」
唇を固く結んでいると、オスヤマ君がこぶしをギュウッと握る音が聞こえた。
「嫌がらせか? 違うだろ! お前に変わってほしかったから、しばらく会えなくなるのを我慢して送り出したんだろうが! なんで彼女の気持ちをわかってやらねぇんだ! なんで彼女にばっか我慢させるんだ! 今のままでいるつもりなら、さっさと別れて彼女を解放してやれ! テメェみたいなクソ野郎に振り回されるなんて可哀相だろうが!!」
――! 男子特有の荒々しい声。俺っちが嫌いな怒鳴り声。思わず耳を塞ぎたくなる声なのに、心の奥に刺さって、頭の中を何度も反響した。
「……別れる……。確かに……それができたら一番いいのかもね……」
考えたことがないわけじゃなかった。こんな情けない俺っちに縛られる女の子は、確かに可哀相だ。俺っちは、そんなに価値のある男じゃない……。
「だけど、そんなことはできない……。だって、今の俺っちがあるのは、あの子のおかげだから……! 俺っちが自分を好きになれたのは……あの子のおかげだから……!」
グッと奥歯を噛み締めた。彼女と出会う前の、心も体も小さな自分。弱くて頼りなくて、いつも一歩引いたところでしかいられなかった自分……。
「俺っちは、もともと人と話すのが苦手だった……。父親の仕事の関係で転校が多かったのに、そのたびにうまく周りに馴染めなくて、転校生ってだけで疎外されて、学校が嫌いだった……」
どんなにつらくても、口下手が災いして、そのことを両親に言うこともできなかった。
「でも、中学一年生の時。転校先にいた一人の女の子が、俺っちに積極的に話しかけてくれて……。それがすごく嬉しくて……その子に早く会いたくて、走って登校したこともあった。その子と一緒にいると、次第に他の女の子たちも話しかけてくれるようになって、自分からも女の子たちに話しかけられるようになったんだ。……その代わりに、男の子からはあんまりいい顔をされなかったけど……」
調子に乗るなって、体育館裏に呼び出されたこともあった。怖かったけど、ドラマみたいだと思うと、少し笑っちゃう自分もいた。何を言われても、不思議と気丈に振る舞えた。
「俺っちのことが嫌いな人は、別にそれでいい。ただ、俺っちに優しくしてくれる女の子たちには、もっと笑っていてほしかった。だから、可愛いとか、優しいとか、そういう言葉を多く使うようになって……。あの子を……彼女を怒らせた……」
小心者だった自分の背中を押してくれた女の子。ずっと一緒にいてほしいって言ったら、恥ずかしそうにだけど、嬉しそうに笑って頷いてくれた。その顔が、今まで見た女の子の笑顔の中で一番好きだった。
「……彼女さんは、寂しかったのよ……。自分のことをもっと見てほしいのに、あんたが他の女の子のことばっか見てるから……。一番大切な人を悲しませちゃ、ダメでしょ……!」
えみりんは声をしぼって、訴えるように視線を向けた。
「俺っちは……この島に来ないほうがよかったのかも……。行ってこいって言われても、〝嫌だ、君のそばにいる!〟って、かっこよく返したほうがよかったのかも……。女の子のことに関しては結構理解できるようになったつもりだったのに、全然わかってなかった……」
はじめから間違ってたんだ。彼女の言うことを全部素直に聞くことが正しいと思ってたけど、彼女の気持ちをよく考えて、自分の意思でもよく考えて判断しなくちゃいけなかったんだ。……どうして、気づかなかったんだろう……。
「……俺っち、やっぱり本土に帰ることに──」
「ちょっと待て」
気持ちの整理をつけようと勇み足になると、腕を組んでいたわっちーが顔を上げた。
「どうやら俺は、とんだ勘違いをしていたらしい。解決策がわからないんじゃなくて、問題をちゃんと理解していなかったんだ」
「ど、どういうこと……?」
「お前が抱えていた問題はな、女好きってことじゃない。女しか好きじゃないってことだ」
「えっ……?」
女の子しか好きじゃない……? 確かに、男の子のことは故意に避けてたけど……。だって、女の子と話してると睨んでくるし、オスヤマ君みたいにすぐに机を蹴ってくるし、言葉じゃなくて力を振る。それがすごくかっこ悪いと思ったし、嫌いなんだもん……。
「無理に女離れをする必要はない。だが、代わりに男子とも仲良くする必要がある。女子だけを特別扱いするから角が立つんだ。だったら、男も女もジジイもババアも好きになって、人間大好き人間になればいい!」
に、人間大好き人間……!?
「そ、そんなの無理だよ! だって、俺っちは男子に嫌われる性格だし、俺っちが話しかけたって嫌な顔されるだけだし……!」
「確かにウザいよな、お前は」
好物と言わんばかりに食い気味に出てくるオスヤマ君。
小さく鼻で笑われて、ムッとなった。
「けど、それは女にばっか言い寄るチャラ男だからだ。男にも同じように接すれば……ウザいことには変わりねぇけど、別に嫌いになったりはしない……と、思う」
ものすごく自信なさそうだね。
「いいじゃない、人間大好き人間。誰に対しても楽しく話しかけられる人って、とても素敵だと思うわ。彼女さんも惚れ直してくれるわよ」
えみりんにそんなこと言われたら、嫌だって言えなくなっちゃうよ……。
「うちの高校は問題児であふれてるだろ? そんな素行の悪い奴らと仲良くできれば、どんな奴が目の前に立ち塞がっても、お前は負けやしない。たくましい男になれる!」
「たくましい男……」
ふわっと体が――心が浮き上がった。
そうだ、俺っちはたくましい男になりたかったんだ。助けられてばかりじゃない。彼女を守れるような、楽しませられるような、惚れ込んでもらえるような、そんな男になりたかったんだ。
「スケボ、この島に残れ! そして、この島にいる全員と分け隔てなく仲良くしろ! それがお前への最大のミッションだ! クリアできるまで卒業はさせない!」
バシッ! 鞭で打たれた音がした。実際には打たれてないけど、背筋がスッと伸びた。
「誰かに優しい言葉をかけられたり、力強い言葉で背中を押されることで、気づかなかったことに気づけたり、変われるためのきっかけがもらえるんだ! ただのお喋りでいい! でしゃばりでいい! 話しかけた全員を好きになって、みんなの心にお前の花を咲かせるんだ! そうすれば、みんながお前を欲する! みんなもお前を好きになる! ――どうだ、これでウィンウィンだろ!」
わっちーのその言葉は、まさに力だった。
俺っちが一番よくわかっていなきゃいけなかったんだ。言葉で触れ合う大切さを。誰かと繋がる大切さを。
彼女に教えてもらったはずなのに、忘れてた。
壁を作るなんて、弱っちい。世界を狭めるなんて、もったいない。
苦手なことから逃げてる場合じゃないんだ。拒絶されることを怖がってる場合じゃないんだ。
誰かの目を気にして生きるなんて小っちゃい。そんなの、もうこりごりだ――!
「俺っち……──やってみる!」
わっちーの手を強く掴んで、強く握り締めた。
わっちーは唇を大きく引き上げて、満足げに何度も頷く。
オスヤマ君もえみりんも、周りのマダムたちも微笑ましそうに笑っていた。
「じゃあ、まずはオスヤマと仲良くしような!」
「えっ……!」
いきなりラスボス!?
「なに嫌そうな顔してんだよ」
「べ、別に嫌なわけじゃないけど……。オスヤマ君、俺っちのこと嫌いでしょ……?」
「まあ……今はな。けど、お前が変わるって言うんなら、オレの考えも変わるかもしれねぇ」
相変わらず気に障るような上から目線だけど、意外と懐は深いのかも。
「ありがとう……。オスヤマ君って、最初は怖かったけど、わっちーやえみりんと話してる時は結構優しいよね。背も高いし、筋肉質でたくましいし、その髪型もよく似合ってるし、かっこいいよ!」
「お前、イイ奴だなぁ!!」
いきなり手を伸ばされて、殺されるかと思った。危なく悲鳴を上げるところだったけど、単純に肩を組まれただけだった。
「うわ、単細胞馬鹿ねぇ。ただのお世辞に乗せられちゃって」
「えみりんは、もう少し女の子らしい言葉遣いをしたほうがいいと思うよ」
「なんであたしには辛口なのよ! 辛いもの嫌いなくせにぃ!」
あれ、昨日のこと、根に持ってる……?
「その調子だぜ、スケボ! バランスは大事だ! もちろん、俺のことも褒めてくれるよな?」
「うん! わっちーは、よくわからないミッションでよくわからない行動ばかり起こしてよくわからないままミッションをクリアさせてくれてありがとう!」
「その評価がわからんわ!」
だって、本当に意味不明だったんだもん……。一つも身になった気がしない。
でも、俺っちに本当になりたい自分を教えてくれた。
「誰からも好かれるようになりたいんなら、まずは自分がみんなを好きにならなきゃダメなんだよね!」
「そうだ。お前は人気者になれる。最強の人間になれる。ま、クラスのリーダーは俺様だけどな」
「じゃあ、俺っちは学校一のムードメーカーになる! 不良ばっかりのこの学校を明るく楽しい学校にするんだ!」
「──ふーん、くだらない……」
不意に、聞き慣れない女の子の声がした。ぴくりとみんなで振り返る。
そこには、麦わら帽子を被って、手にカマを持った小さな女の子がいた。
「こらこら、小学生がそんな危ないものを持っちゃあいけないぜ」
指を怪しげに動かしながら歩み寄ったわっちーは、女の子に膝を思いっきり蹴られた。
「誰が小学生だ……!」
よほど痛かったのか、声も上げずにうずくまってる。
――あっ! よく見たら、この子見たことある!
「なんだ、同じクラスのねねちゃんじゃん! こんなところで何してるの?」
天川ねねちゃん。俺っちと同じ一番前の席だけど、正反対の窓側に座ってるクールな女の子! いくら話しかけても無視されるんだよね。喋ってるところは初めて見たかも。
「それはこっちの台詞。ウチの畑の周りでなに騒いでる、よそ者が……」
「そっか、ねねちゃんはこの島の出身だったね。畑の手伝いなんて偉い偉い!」
「用がないならさっさと帰れ、クズども……」
いつまでも地面でもがいていたわっちーをもう一度爪先で小突いてから、ねねちゃんは段々畑を上っていった。
途中、風に帽子を飛ばされて、ふわふわの栗色ショートヘアを揺らしながら追いかける姿は、無邪気に子犬と戯れる子供みたいで可愛かった。
「なんだあいつ、すっげぇ態度悪いじゃん。あんな奴クラスにいたか?」
「オスヤマ君の左隣の子だよ! ……まあ、確かに学校では静かだけどね」
「あたしも喋ったことないわ。っていうか、うちのクラスって基本的にみんな無口じゃない。あんたたち以外は」
そうなんだよね~。無視されるか変な威圧感で押し返されるかなんだよね~……女の子にしか話しかけたことないけど。
本当にみんなと仲良くできるかな? ちょっと心配になってきた。
……あっ、そういえば。
「わっちー、ねねちゃんは来月の二十一日が誕生日だよ!」
「おう、モチのロンで知ってるぜ!」
いろんな意味で立ち直ったわっちーは、元気にスピンしてから明後日の方向を指差した。
「すっげぇ手強そうだな。大丈夫なのか?」
「俺様は辞書から〝不可能〟を消し去った男だ。〝不可能〟もなければ〝可能〟もない」
何言ってんだろう……。
「やれる時にやるしかない。できるできないは行動を起こした者にしかわからないのだよ、スケートボード君」
「スケボってその略じゃないよね!?」
もう、すぐに頭のネジをどっかに飛ばしちゃうんだから……。もしかして、わっちーなりの焦り……?
「さすがオレのマブダチ! 敵が女でも……いや、女だからこそ手加減知らずだ!」
「ちょっと! 変なことしたら怒るわよ!」
「安心しろ、小学生は守備範囲外だが、攻撃範囲内ではある!」
「全然安心できない!」
本当に変な人だね、わっちー。でも、わっちーと一緒なら、立派な男になれる気がする。
わっちーがえみりんに怒られてる横で、そっと左耳のピアスに触れた。
本土を出る直前、彼女と一緒に選んで、右側のピアスは彼女に渡した。左は〝守る人〟、右は〝守られる人〟が着けるものだって、女の子たちが話してたのを聞いたことがあったから。
……そうだよね、男子は嫌いだって言ってたけど、俺っちも男じゃん。
心の持ち方で、優しい人間にも、楽しい人間にも、かっこいい人間にもなれる。みんながかっこいい人間になれるように、まずは俺っちがかっこよくなるんだ!
「わっちー、オスヤマ君、えみりん! これからも俺っちのこと、見放さないでね!」
「そんな女々しいことを言うな! こういう時は〝俺について来い!〟とか〝置いていくぞ野郎ども!〟とかでいいんだよ!」
それはなんか違う気が……。
「なんなら、オレが一発、気合い入れてやろうか?」
それだけは絶対にヤダ!
「野蛮よね。こんなお馬鹿コンビについていくなんて、後悔するわよ」
同じ穴のムジナだよ、えみりん。
気づかれないように小さく笑うと、ふとしてわっちーが片手を上げた。
「ハッピーバースデー、スケボ! 今日からは毎日がお前の生誕祭だ!!」
ギラギラ輝く瞳。メラメラ燃える瞳。どうしてそこまで闘争心剥き出しなのかはわからないけど、その熱に負けないように、パッと指先まで力を込めた手を強く打ち合わせた。
「ありがとう! 一生懸命頑張るよ!」
俺っち、立派な男になるから!
――だから、もうちょっとだけ待っててね、マイエンジェル!