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第97話 無邪気な悪魔たち

「「「「「「「「「……」」」」」」」」」


 辺り一帯を、奇妙な沈黙が支配していた。


 何でこんな事になってしまったのか、という後悔が彼等の頭の中を駆け巡るが、誰もこの場でその答えを見つけ出す事などできないであろう。

 何故ならこの結末は、日常に潜んでいた些細な行き違いが積み重なった結果……という訳では決してなかったからだ。

 むしろ、非常識な発想に非常識な行動を何重にも重ねた挙句、まるで綱渡りのように目の前にある着地点を考える暇もなく辿ってきたような気憶すらある。

 それを考えれば、むしろ今のこの現状は随分と穏当な結果に落ち着いた、と言えなくもない奇跡的な結果であった。


「「「「「「「「「……」」」」」」」」」


 現在、彼等は物理的に二つのグループに分かれている。

 片方は、シロウマ(以下略)の後始末に駆り出されたシェーラと彼の部下である騎士三人組、もう片方は、それを見守っている(はずであった)ユリアと拓真たち勇者パーティの面々……であった。

 因みに、シェーラの娘たちであるチビ三人組は、ユリアに用意してもらった天蓋付きベッドの上で食後のお昼寝の真っ最中である。

 何でそんな物をわざわざ屋外で用意してやるのか? と思わなくもない拓真であったが、三人に甘いユリアにしてみれば至極当然の判断であった。


「「「「「「「「「……」」」」」」」」」


 そんな理由でわかれた二つのグループの丁度真ん中辺りに、今までに見た事もないような醜悪かつ奇妙なオブジェが屹立している。

 拓真たちが魔王城に到着した時には、こんな趣味の悪い彫刻は存在しなかったはずであったが……勿論、その正体は、ユリアのうっかりで地面に激突させられてしまったシロウマ(以下略)であった。

 激突の余波で空中に巻き上げられた土や岩の欠片が、まだパラパラと小さな音を立てながら彼等の頭上から降り注いでいる。

 もっとも全員、そんな事に構っていられるような精神状態ではないのか、誰も気にしていないようであったが……。


(おい、どうすんだよ、これ……?)

(そう言われてもねぇ……)

(お前にゃ聞いとらんわ!)


 口を開きかけたジャスティンを、即座に一喝して黙らせる拓真。

 確かに彼に聞いたところで何か良い案が出て来るとは思えなかったが、それにしてもあまりに横暴な態度であった。


(クラウス、アラン、何か良いアイディアはないか!?)

(あるわけないでしょうが!

 状況の変化の激しさに、ついていくだけで精一杯ですよ!

 とてもではありませんが、この事態を収拾できるような良いアイディアを考える暇なんてありません!)

(……さすがにどうにもならないと思う。少なくとも僕たち自身の手には負えない)


 拓真の問いかけに、即座に全力で匙を放り投げるクラウスとアラン。

 彼等の言い分も尤もなので、彼は二人を無責任だと罵る事もできなかった。

 呆然としたままのユリアの背後で、コソコソと相談を交わす拓真たち。

 その話し合いが実りあるものであれば、さぞかし良かったのであろうが……彼等の口から出てきた言葉は、単なる現状への愚痴だけであった。


(こりゃ、間違いなく死んだだろ……)

(でも、こっちがそう期待した時に限って、意外と生き残っていたりするんだよね……。

 以前にもあったんだけど、殿下、こういう時には意外としぶといから……)

(『しぶとい』で済ませられるレベルを超えてますよ、それ!)

(……これで生き残っていられるのなら、間違いなく人間以外の何かだと思う)


 確かに『憎まれっ子世に憚る』という格言はあるが、さすがに限度というものがある。

 だが、拓真の()()()観測に、何故かジャスティンが異論を唱えていた。

 人並み程度の常識というものを持ち合わせているクラウスとアランは、さすがに揃ってジャスティンの言葉には懐疑的である。

 もっとも魔王城に来てからというものの、その肝心の“常識”とやらが既に半壊状態に陥っていたが……。


(何だよ、じゃあ、ジャスティンはあいつに生き残っていて欲しいのか?)

(滅相もない! けど、事実は事実だ。

 アレが殺したぐらいで死ぬようなタマなら、誰だって苦労はしないよ!)

(((……)))


 ジャスティンの熱弁に、思わず沈黙する拓真、クラウス、アランの三人。

 普段なら彼の言葉など戯言として一笑に付す三人であったが、この時の彼の熱弁は妙な説得力を持っており、彼等は全員が皆思わず納得しそうになっていた。

 確かにジャスティンの言うとおり、シロウマ(以下略)が殺しても死にそうにないというのは彼等も感じている事である。

 だが、『殺しても死にそうにない』と『殺したはずなのに死んでくれない』の間には……天地の差ほどの大きな開きがあるのも事実であった。

 

 此処までダメージを与えたはずなのに、まだシロウマ(以下略)が生き残っている、という最悪の未来に戦慄する勇者パーティ。

 ……もっと大事な事があるような気がするが。


(ひょっとすると、コイツ……本当に、特定条件が揃わないと死なない、という厄介なモンスターの類なんじゃないだろうな!?)

(何それ? そんな奴がいるの?)

(いるんですよ! 

 例えば高位のヴァンパイアの一族とか、或いは……リッチの類が有名ですね)

(……あとは力のある堕天使の一族とか、封印された邪神の中にもそんな奴がいたような気憶が……)


 勝手に最悪の事態を想像して、勝手にパニックに陥る拓真たち。

 何処からどう見ても、そんなたいそうなモノには見えなかったが……。

 大体、何処の世界にフ○チンで地面に突き刺さるような羽目に陥る邪神がいるのか、訊いてみたいものである。

 そんな想像力豊かな彼等の背後から、小さな影が近づきつつあった。


「ろしたの~?」

「おっきなおとがした~」

「ぐらぐらゆれた~}


 ただ固まって呆然としている大人たちへ、舌っ足らずな可愛らしい声がかけられる。

 ついさっきまで食後のお昼寝中であったチビ娘たちが、寝起きで眠そうな目を擦りつつ、ポテポテと短い脚を動かしながら呑気にユリアたちの方へと歩み寄って来た。

 さすがにアレだけの振動と爆音は、彼女たちを夢の世界から引き戻すのに十分な力があったらしい。

 もっとも彼女たちは何が起こったのか全くわかっていないのか、キョトンとした顔でユリアの顔を見上げていたが……。


「キャハハハハハハハ!!」

「へんなの、み~つけた!」

「なにこれ~!」


 それを見つけるや否や一瞬にして破顔すると、取る物も取り合えず奇怪な彫像のまわりに群がるチビ三人組。

 もう眠気も完全に吹き飛んでしまったのか、新しい玩具を目の前にした彼女たちはとても嬉しそうであった。

 ……まぁ、シロウマ(以下略)には玩具になった自覚はないであろうが、チビ娘たちにとってはそんな事など些細な問題である。

 彼女たちは自分のアイテムボックスからそれぞれ小振りの棒のような物を取り出すと、思い思いに目の前の不細工なオブジェを突き始めた。


(……あれ、完全に道端に落ちてるウ○コ扱いだろ……?)

(別に良いんじゃないの? 実際、本人も汚物みたいなもんだし)

(ついさっきまで本当に汚物塗れでしたから、彼女たちの行動も強ち間違っているとは言えません……)

(……)←全力で呆れている。


 未だ立ち直れない大人たちを尻目に、シロウマ(以下略)で自由奔放に遊び始めるチビ娘たち。


「つんつん、つんつん」


 有り余る脂肪でタプンタプンに弛んだ腹回りを突くロゼ。


「ウキャキャキャキャア!!」


 贅肉塗れの尻の肉を突いては嬉しそうに奇声を上げるリリィ。


「なんら、これ~?」


 そして……不思議そうに首を傾げながら、あろう事かブラブラと揺れているオ○ン○ンを突き回すカメリア。

 さすがに教育上よろしくないので、オ○ン○ンを突き回すのだけは止めさせようか悩んだ拓真であったが……彼女たちがあまりに楽しそうなので、つい言い出しそびれてしまっていた。


「ブヨブヨしてる~!」

「ブニブニしてる~!」

「ブラブラしてる~!」


 それぞれが感じた感想を、思うが侭にそれぞれに伝え合うチビ三人組。

 ふと拓真がまわりを見回してみると、何だか大人たちの視線が微笑ましいものを見守っているような優しいものに変わっていた。

 罪悪感に苛まれていたはずのユリアも、彼女たちの無邪気な笑顔に癒されたのか、ニコニコと笑いながら彼女たちに手を振っている始末である。

 そんな事をしている場合じゃないと思うけどな……。


「たたいてみる~?」

「けとばしてみる~?」

「たいあたりしてみる~?」


 ほら。


 どうやらシロウマ(以下略)を突き回すだけには飽きてきたらしいチビ娘たちが、地面に突き刺さったまま動けない彼の下半身に、更なる攻撃を加えようとしていた。

 その小さな体に流れるシェーラの血のなせる業なのか、彼女たちの発想がどんどん過激な方へと突き進んで行く。

 彼女たちはそれぞれが手にしていた棒をアイテムボックスの中に仕舞い込むと、次の悪戯に備えてそれぞれが必要な準備に取り掛かっていた。


「うむうむ。躾がちゃんと行き届いているな。さすがはユリアちゃん!」

「其処等辺に放り投げて散らかしたりせず、きちんと後片付けができるとは感心ですな」

「あれ? 母親はシェーラさんじゃなかったっけ?」

「……それはこの際、どっちでも良い事。

 シェーラさんもシェーラさんで、この件に関してはとても良いお手本になっている。

 その証拠に、城内もきちんと整理整頓されていて、掃除も行き渡っていた」


 だ・か・ら!

 感心している場合じゃないと思うけどな!

 チビたちはそれぞれが思いついた侭に、シロウマ(以下略)への攻撃(第2ラウンド)を開始した。


「キャハハハハハハハ!!」


 手にしたピコピコハンマーで、彼の腹と言わず尻と言わず滅茶苦茶に殴りつけるロゼ。

 ……勿論、何発かオ○ン○ンにも直撃していた。


「えい! えい!」


 短い脚を素早く動かして、彼の腹まわりを中心に蹴り上げるリリィ。

 ……例えか弱い幼女とはいえ手加減抜きなので、かなり痛そうであった。


「いっくよ~!」


 そして、体当たり(若しくはドロップキック?)を試みるべく、拓真のすぐ傍まで後退って来るカメリア。

 さすがにそれはマズいと判断したのか、拓真は目を爛々と輝かせ、今にもシロウマ(以下略)目掛けて飛び掛からんとしている彼女の体をヒョイと抱き上げた。


「こら、カメリアちゃん。さすがに体当たりしたらダメでしょ」

「? なんれ~?」


 拓真の言っている意味がわからないのか、可愛らしく首を傾げるカメリア。

 何で自分だけ姉妹たちと一緒に遊んじゃいけないの? とでも思っているのか、彼女の顔にはありありと不満の色が表れていた。


「そんな事をしたら、カメリアちゃん、転んで怪我しちゃうよ?」


 そっちの心配かい!

 いや、まぁ……確かに、小さな子に転んで怪我しないように、と注意するのはとても大切な事であったが……。


「けが?」

「そう、怪我。カメリアちゃん、痛いのヤでしょ?」

「や~!」

「だったら、飛び掛かるのは止めときなさい。

 もしカメリアちゃんが怪我をして、『痛い! 痛い!』って泣いちゃったりしたら、ユリアちゃんが心配するよ?」

「……は~い」


 さすがにユリアの名を出されると弱いのか、不承不承ながらも頷くカメリア。

 もう少し駄々を捏ねられるか……と心配していた拓真であったが、意外なほどの彼女の聞き分けの良さに、彼は少し拍子抜けしたような表情を浮かべていた。

 素直に頷いた彼女の言葉を信じ、拓真は抱き上げていた彼女の小さな体をゆっくりと地面の上に下ろしていく。

 母親とは違って、どうやら彼の言いつけに従うつもりなのか、カメリアはシロウマ(以下略)の傍へともう一度ゆっくりとした足取りで歩み寄っていった。


 因みに彼女の右手には、いつの間にか一度アイテムボックスに仕舞われていたはずの短い棒が再び握られている。

 それで彼女が何をするつもりなのか、拓真にはさっぱり予想がつかなかったが……。


「なかなか見事な父親ぶりですな、タクマ」

「誰が父親だ! 誰が!」


 くすくすと笑いながら拓真を揶揄うクラウスに、ムキになって言い返す拓真。


「どう見ても娘と父親にしか見えなかったけど?」

「……さすがは名付け親。もう堂々と彼女たちのパパを名乗っても良いと思う」

「誰が名乗るか! さすがに俺だって其処まで厚かましくねぇ!」


 ジャスティンとアランもクラウスに続け、とばかりに悪ノリしてくるが、拓真は頑なに彼等の言葉を否定した。

 さすがの彼も、一番楽しみな“制作過程”をすっ飛ばして父親にされるのだけは御免である。

 ……本当に下衆な男であった。


「え~! でも、格好良かったですよ、タクマさん」

「そ、そうかい? ハハハ……何か照れるな」


 だが、ユリアに褒められた途端にいきなり相好を崩す拓真。

 そんな彼の態度の急変を、仲間たちは白い目で冷ややかに見つめていた。


 彼等がそんな漫才をしているうちに、カメリアが再びシロウマ(以下略)のすぐ傍へと到着する。

 彼女のまわりでは、彼女の三つ子の姉妹であるロゼとリリィが、思うが侭に暴れ回っていた。

 カメリアは暫く奇妙なオブジェを念入りに観察した後、何か思うところでもあったのか、彼の背後の方へと移動する。

 そして……彼女は何を思ったのか、その小さな手に握られていた短い棒を、シロウマ(以下略)のお尻の中央目掛けて振り下ろした。


 そう……其処は所謂、肛門と呼ばれる場所である。

 ……全く、無邪気とは恐ろしいものであった。


「!!」


 その瞬間、奇怪なオブジェと化していたシロウマ(以下略)の下半身が大きく揺れる。

 ……その程度で済んだのは、彼の上半身が地面の下に埋まっていたからであったが。


「あ!」

「動いた!?」

「え!? 何で生きてるの!?」

「嘘!?」

「……あり得ない」


 アランの言うとおり、あり得ない光景に動揺するユリアたち。


「はぁ!?」

「……冗談だろ!?」

「ふざけんなよ!?」

「……これは夢だ。夢に違いない……」


 それは、反対側で見ていたシェーラたちも同様であった。


 彼等は一様に顔を驚愕の色に染めながら、ある者は心もち嬉しそうに、またあるものは心の底から残念そうにその光景を眺めている。

 何か深刻そうな奴がひとりいるが、大丈夫だろうか……?


「良かった~……。まだ生きていた~」


 胸を撫で下ろしながら、あからさまにホッとした表情を見せるユリア。


「いや、まだ生きていると決まったわけじゃない。単なる脊髄反射の可能性も……」

「確かにしぶといのはわかっていたけどさぁ……。何も此処まで人間離れしなくても……」

「あの人、本当に人間ですか?」

「……たぶん違うと思う。どう考えても人間が持っている生命力じゃない。

 再生能力を持っているトロールかワーウルフの可能性も……」


 それに対し、拓真たち勇者パーティは明らかに狼狽したような表情を浮かべていた。


「では、試しに私が切り刻んでみましょうか?」


 シェーラはなかなか絶命しないシロウマ(以下略)の生命力に戦意を高ぶらせているのか、両手に愛用の斧を構えて、今にも彼に飛び掛からんばかりにしている。

 ……というか、そんな事をしたら、またユリアに怒られるんじゃないだろうか?


「……それはさすがに止めて頂きたい。後始末が大変ですし」

「いや、やってみた方が良いんじゃねぇか? 

 正直言って、俺も少し興味が出てきたところだ」

「いや、やっぱりやめた方が良いでしょう。

 もしスライムみたいに切り刻んだ殿下が分裂した状態でそのまま再生したりしたら……。

 悪夢です! 

 この世の終わりです!

 しかも問題は、その可能性が無いとは言い切れない事です!」


 アーサー君、さすがにそれは言い過ぎだと思う……。


 彼女を止めるべき立場にある騎士三人組は、あまりにも現実離れした現実に魂が抜けかかっているのか、完全に捨て鉢になっていた。

 思い思いにその場で感じた事を述べ合う大人たち。


「「「キャハハハハハハハ!!」」」


 何も知らないチビ娘たちは、それどころじゃないと言わんばかりに、シロウマ(以下略)の肛門に突き刺さったままの棒を指さしながら爆笑していたが……。


「あの~……。何で皆さん、そんなに残念そうなんですか?」

「「「「「「「「「……」」」」」」」」


 どうやらシロウマ(以下略)の生存を喜んでいたのはユリアだけのようで、他の者たちは何故か全員が何処か思い詰めたような表情を浮かべている。

 彼女は不思議そうにその事を彼等に訊いてみるが、返ってきたのは沈黙だけであった。

 その事実が、彼が周囲にどう思われているかを示す何よりの証拠になっている。


「「「キャハハハハハハハ!!」」」


 チビ三人組の楽しそうな笑い声が、辺り一面に響いていた……。

次回の投稿は、10月7日頃の予定です。

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