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第8話 落とし穴?と勇者

切りのいいところで切ったので、今回は少し短めです。

 拓真の脳裏には、ある疑惑が浮かんでいた。

 ひょっとすると、自分たちは魔王に敵として認識されていないのではなかろうか?


(だって……こんな格好だし)


 ……それについては、大いにわからなくもないが。


 別に拓真は、魔王に舐められる事に怒りを覚えているわけではない。

 ……笑われさえしなければ、良いとすら思っていた。

 単に魔王が思い上がっていて、勇者など恐れるに足りず、と考えているなら、相手の油断を付けるぶん自分たちの勝率が上がる事になる。

 それは反って、こちらにとっては好ましい事であった。

 その程度の戦略眼なら、幾ら平和な日本育ちの彼でも持ち合わせている。

 残念ながら、方向感覚はゼロ以下であったが。


 だが、今回の場合ではそういう意味ではない。

 魔王が勇者である自分を敵ではなく、単なる訪問者(お客さんと言い換えても良いかもしれない)として認識している可能性があるという事だった。

 ……どうしよう?

 何故そんな事態になっているのか、彼等には全く見当がつかなかった。


 その場合、自分たちはどう振る舞うべきか?


 本来、勇者と魔王は、互いに相いれない不倶戴天の敵同士であるはずだった。

 それがお約束というものでもあるし、少なくともアールセン王国側の認識はそうである。

 だが、幾ら“お約束大好き”の拓真と言えど、全く敵意のない相手に『ヒャッハー!』と叫びながら切りかかれるほど精神が荒んでいるわけじゃなかった。

 ……何処かの世紀末世界じゃあるまいし。

 それは此処にいる仲間たちにも、同じ事が言えるであろうと思われた。


 そして、その疑惑が確信に変わったのは、大広間の階段を昇り切った時である。


『歓迎』勇者様御一行 この扉の先の謁見の間で、魔王様がお待ちです』

「「「「……」」」」


 其処にはこんな横断幕が、扉の上にデカデカと掲げられていた。


「……なぁ、クラウス。これは何の罠だ?」

「……わかるわけないでしょう! アラン、どう思います?」

「……完全に予想外」

「……俺の努力を返してくれ」


 ジャスティンが愚痴るのも無理はない。

 他の三人も、大体、似たような気分になっていたはずだ。

 予想の遙か斜めを行く事実の発覚に、自身の存在意義を見失いつつある彼等の戦意が、滑り落ちて行くように急降下していく。

 まるで死んだ魚のような濁った目をしながら、勇者パーティ一同は無言で扉を潜って行った。




「ぬおぉおおおおお!」


 ゴロゴロゴロゴロ!

 ドシン!


 壮絶な絶叫と壮大な騒音をまき散らしながら、拓真は落下して行った。

 此処は魔王城。

 拓真たちは仲間とともに、魔王が待つという謁見の間に向かう途中であった。

 しかし、さすがは魔王城。

 どうやら先程の立て札や横断幕は、彼を油断させるための罠であったらしい。

 そして……用意した落とし穴で彼を処分する。

 魔王らしい、実に巧妙かつ卑劣な罠であった。

 だが、其処は彼も一応は選ばれし勇者の端くれである。


「フン! この程度のちゃちな罠で始末されるほど、俺は落ちぶれちゃいないぜ!」


 誰に言うでもなく、無意味に強がったセリフを吐き散らした拓真。

 落下によるダメージは……無い。

 さすがは勇者が身に着けている防具たち、本当に良い仕事をしてくれた。

 まぁ、見た目はアレだけど……。


 その場にゆっくりと立ち上がった拓真。

 暫くすると、遠くの方から仲間たちが、慌てた様子でこちらに向かって駆け寄ってくる音がする。

 どうやら仲間たちも、拓真のピンチに駆けつけてくれたらしい。

 相変わらず素晴らしい仲間たちである。


 拓真は皆に自分の無事を知らせるべく、その場で大きな声を上げた。


「おぅ、心配かけたな! 俺は大丈夫だぜ!」

「『大丈夫だぜ!』ではありませんよ、タクマ! 何をやっているんですか!?」


 予想した反応とは違う事に戸惑いつつも、拓真は努めて冷静に答える。


「うむ。俺は不覚にもこの落とし穴に嵌って……」

「これの何処が落とし穴ですか! 唯の階段でしょう!?」

「……」


 沈黙を守りながら、フイと明後日の方角を見た拓真。

 声をかけてきたクラウスに続き、アランとジャスティンも到着したようだ。

 二人とも急いでやってきたのか、まだ少し呼吸が乱れていた。


「大体、此処は謁見の間に続くルートじゃありません!」

「……また道を間違えたの? タクマ」

「アランの背中を追っかけるだけだってのに……何で出来ないんだ?」


 アランとジャスティンは、本気で不思議そうな顔をしながら拓真を見下ろしている。

 彼の頬を、冷や汗がスッと落ちて行った。

 だが、拓真のそんな内心などお構いなしに、クラウスはまるで不出来な生徒を叱る教師のような口調で、彼に行動を促してくる。

 

「良いからさっさと上がってきてください! 魔王を待たせているんですから!」

「……はい」


 何で魔王を待たせるのが悪いのか、イマイチよくわからない拓真であったが、これ以上クラウスを怒らせるのもマズいと思った彼は、しょんぼりと項垂れながら階段を上がろうとしたが……、

 

 ズルッ!

 ガシャン!

 ゴロゴロゴロゴロ!

 ドシン!


 つま先の突起が何処かに引っ掛かったのか、再び階段を転がり落ちてしまった。


「「……」」

「……あのブーツ、外した方が良いんじゃねぇの?」


 呆れて何も言えなくなってしまったまま天を仰ぐクラウスとアラン。 

 二人に向かって、ジャスティンが珍しく真剣な顔で、珍しくまともな提案をしていた。

 三対の憐れむような、呆れるような、微妙な視線が拓真に降り注ぐ。

 どうやら肉体には殆どダメージはなかったようだが、心には大きな深手を負ってしまったらしく、彼は転がり落ちたその場でピクリとも動かなくなってしまった。


「……タクマ、良いから早く起き上がってください」

「……早くしないと置いてくよ?」

「……はい」


 クラウスとアランの激励(?)を受けて、ようやく立ち上がる拓真。

 再度の挑戦で、漸く皆とと合流する事が出来た。


「……ごめんなさい」

「良いからちゃんと前を見て、我々についてきてください。

 よそ見をしないように! わかりましたか!?」

「……はい」


 クラウスの、まるで幼稚園児に与えるような訓示の言葉に、素直に頭を下げて応じる拓真。

 其処には既に、勇者としてのプライドなどカケラも存在していなかった。

 いや、勇者どころか男としてのプライドも……ひょっとすると、人間としてのプライドすらなくなっていたかもしれない。

 、あぁ、5分もしないうちに再び行方不明になり、またクラウスたちに怒られる羽目になったのだが……。




 確かに魔王城の内部は、まさに増築に増築を重ねた日本の老舗温泉旅館のように複雑に入り組んでいた。

 だが、さっきの立て札に書いてあったとおり、各階には魔王城の案内図が現在位置とともに目立つ所に掲示されている。

 その傍には、小型のテーブルの上に持ち運び可能な携帯用小型地図まで用意されていた。

 おまけに、床には正しい順路を示す大きな矢印が目立つようにペイントされている。


「随分、品質のいい紙だな……」

「羨ましい限りですよ……」

「……これ、持って帰っていいのかな……?」

「良いんじゃないの? 其処に『ご自由に御持ち帰り下さい』って書いてあるし」

「……あり得ない」


 注目するの、其処?


「これで迷う奴がいるのかねぇ?」

「「「……(全員、ジト目で拓真の方を見ている)」」」


 まさに至れり尽くせり、魔王城の内部には出来る限り城内を進む客人が迷わないように、との配慮が十二分になされていた。

 少なくとも、拓真を除く三人はこの事に文句を言うつもりは全くない。


 それでも拓真は、道に迷ったり、降りる階段を間違えたり、階段を下りるだけでは飽き足らずに転げ落ちたり、行方不明になったりと縦横無尽の大活躍をしていた。

 まさに本領発揮というヤツである。


(((頼むからやめてくれ!!)))


 何故か他の三人には、大変、不評のようであったが。

 結局、最後は案内図の所に設置されていた魔導通信機で、インフォメーションセンターへと連絡して、彼を救出してもらう羽目になったりもしたが、おおむね順調に魔王の待つ謁見の間へ続く扉の前に来ることができたのは幸いであった。

 ……順調って何だろう?


 拓真のあまりの活躍ぶりに、他の三人は彼が今までどうやって日常生活を過ごしてきたのか、心配を通り越して興味が湧いてきた程である。

 勿論、決してああは成りたくないな、と心から思いながらではあったが。




 





 

皆さん、階段には気をつけましょう。

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