第82話 フリ○ンとオムツ
ブゥン!
シェーラが手にした巨大なハンマー(棘なし)を、何の躊躇いもなくシロウマ(以下略)の脳天目掛けて振り下ろす。
彼はあまりの恐怖に足が竦んで動けなくなっていたのか、まるで避けようとする素振りすら見せなかった。
ゴン!
「あぶっ!」
シロウマ(以下略)の脳天に、寸分の狂いもなくシェーラの巨大なハンマー(棘なし)が命中する。
どうやらハンマーはしっかりとクリティカルヒットしたようで、何やら鈍い打撃音が、彼の脳天の辺りから聞こえてきた。
振り下ろされた暴力の象徴のようなハンマーの勢いのままに、そのままぶっ倒れて地面と熱烈な口づけを交わすシロウマ(以下略)。
ピクピクと手足が無様に痙攣しているところを見ると、どうやら即死だけは免れたようであったが、ブクブクと口から汚い泡を吹いているところを見ると、どうやら意識の方は完全に飛んでいるようであった。
ピカッ!
バチィイイン!
あっさりと意識を手放して気持ち良く(?)寝ていたはずのシロウマ(以下略)に向かって、彼の頭上で待機してきた巨大な雷雲から、一条のまばゆい光が収束していく。
「のひょおおお!?」
突然、奇声を上げながら跳ね起きたシロウマ(以下略)であったが、勿論、その目覚めはとてもではないが快適と呼べるようなものではなかった。
ピカッ!
バチィイイン!
再び落雷が、彼の巨体を貫くように着地する。
「ひゃれぇば!?」
シロウマ(以下略)は予期せぬ電流が全身を駆け巡る度に、奇声を発しながらその巨体を震わせつつ、まるで天井から吊り下げられた生ハムのような手足をデタラメに動かしていた。
その動きは何処かコミカルで、まるで彼が不格好なダンスを踊っているようにも見える。
いや、まわりの者たちの目には、とてもダンスとすら呼べないような……あたかも糸の切れたマリオネットを、チビ娘たちがデタラメに動かしているようにしか見えなかった。
ピカッ!
バチィイイン!
勿論、其処にシロウマ(以下略)自身の意思の入る余地などないのであろう。
「のぶれっ!?」
全ては魔王(の娘と自称している)ユリアの御心のままであった。
ピカッ!
バチィイイン!
どうやら彼女は、シロウマ(以下略)を殺すつもりはないらしい。
ユリアの実力なら、彼を一撃で炭化させてしまうような超強力な雷撃を、それこそ数百本単位で放つ事すら朝飯前のはずであったが……そのレベルの雷撃を用いていない事が、何よりの証拠であった。
「あびしゅ!?」
ただ、それが彼女の優しさからきたものであると考えるのは、まだ早計であろう。
どう見ても、死んだ方がマシなんじゃないかと思えるような、はっきり言って拷問としか思えないような仕打ちであったので……。
ゴォオオオオオオ……。
何度かの雷撃がシロウマ(以下略)を打ち据えた後、今度は渦巻く炎が彼を包み込む。
その姿はまるで、全身に炎を纏って天から降臨した巨大な火炎龍のようであった。
とてもこの世のモノとは思えない荘厳な美しさを目の前にして、言葉を失ったように固唾を飲んでその成り行きを見守るユリアとシロウマ(以下略)以外の者たち。
ボケッと見守っていられるような場合じゃないとは思うのだが……。
「ギャアアアアアアア!!」
だが、そんな感想を抱いていられるのは、自分が当事者ではないものだけの特権である。
そんなモノに巻き込まれた者にとっては……堪ったものではなかった。
ごうごうと渦巻く炎の中心付近から、シロウマ(以下略)のこの世のモノとは思えない断末魔の叫びが辺りに響き渡る。
さすがにこの状況ではおちおち寝ているわけにもいかないのか、彼は喉も裂けんばかりに絶叫していた。
「ギャアアアアアアア!! 熱い!! 熱い!! 熱い!! 助けて~!!」
シロウマ(以下略)は地面をのたうち回って、何とか炎の渦から逃れようとするが……まるで炎自体が明確な意思でも持っているのか、紅蓮の地獄は彼をその中心に捕らえて離さない。
そのあまりの高温に、どうやら地面そのものが液化している(マグマと化している)ようで……周囲の者たちには、まるでシロウマ(以下略)が地面の上で溺れているようにしか見えなかった。
何でそんな高温の中で彼がまだ生きていられるのか全く理解できないが、おそらくユリアが何かをしているのであろう。
それがシロウマ(以下略)にとって、幸運な事であるとは口が裂けても言えなかったが……。
ズドドドドドッ!
紅蓮の龍が漸く姿を消したと思ったら、今度は天から数百本の氷の柱が降り注いでくる。
ジュオゥ!
ブシュゥ~!
ブワッ!
それらは辺り一面に充満していた熱気と混ざり合うと、辺り一面が見えなくなるほどの濃密な水蒸気を盛大に撒き散らした。
「……」
これだけの現象を眉一つ動かさず引き起こしたユリアであったが、彼女の顔はまるで何事もなかったかのように無表情のまま張り付いたように動かない。
その端正な能面のような横顔を、チラリと横目で覗き込んだ三人の騎士たちであったが……もう何も言えなくなってしまったのか、拓真たちにもわかるくらいに盛大に顔を引き攣らせていた。
「ぐえっ! ぼぐっ! がぼっ!」
……どうやら氷柱は、何発かシロウマ(以下略)に直撃したらしい。
白一色に染まった幻想的な世界のその奥から、何やらそれをぶち壊しにしかねない彼の悲鳴らしき声が漏れ聞こえていた。
これまでの経緯から(それでも、とんでもない威力の魔法の連続行使であったが)、おそらくユリアにはシロウマ(以下略)への殺意がないであろうと判断した騎士たちは、誰も進んであの無駄肉王太子を助け出そうとするアクションを起こさない。
それ以前に、足が竦んで動けない、というのが正直な感想であった……。
「ううう……、チベたい……」
春の心地よい風が吹き抜けた後、漸く晴れた霧の向こう側に、地面に半分埋まったような格好で横たわっているシロウマ(以下略)の見苦しい巨体が見える。
良く見ると、その巨体の表面には、うっすらと氷の膜のようなモノが貼り付いていた。
どうやらユリアは、炎熱地獄に苦しんだ彼の体表を、あれで冷やしているつもりらしい。
正直なところ、其処まで気を使わなくても良いんじゃないか? と拓真は思わなくもなかったが……。
「か、体が動かない……寒い……助けて……」
まだ意識があるのか、シロウマ(以下略)の助けを求める声が騎士たちの元まで届く。
本音を言えば、彼の事などあっさりと無視して、ユリアの御機嫌取りにでも励みたいところであったが……さすがに建前だけとは言え、一応は彼の部下なのだから、その選択肢はあり得なかった。
彼等は盛大に溜息を洩らしつつもシロウマ(以下略)の傍に歩み寄ると、彼の容態を一応、確認する。
すると……不思議な事に、何故かこの馬鹿王太子、全く怪我らしい怪我を負っていない事が判明した。
確かに彼の身に着けていた着衣は盛大にボロボロになっているし、特に下半身の着衣については……間違えてそのまま立ち上がったら、間違いなくフリ○ンになるんじゃないかって言うくらいに布地が殆どなくなっていたりする。
だが、その脂ぎった肌には、シェーラの作ったタンコブを除いては、毛ほどの傷や火傷の跡も残ってはいなかった。
どうやらユリアは、シロウマ(以下略)を殺さないようにという配慮だけではなく、彼を傷つけないように慎重に魔法をコントロールしてくれたらしい。
……とんでもない魔法制御能力であった。
騎士たちは、とりあえず恐れていた最悪一歩手前の事態(因みに最悪の事態とは、自分たちまで巻き込まれてしまう事である)に陥らずに済んだ事にホッと胸を撫で下ろす。
そして、彼女の配慮に感謝するとともに、このような事態を引き起こした張本人を冷たい目で見下ろしながら、硬い声音のまま口を開いた。
「……殿下、土下座のお時間です」
「な、何だと!?」
ウィリアムがシロウマ(以下略)に、ユリアに対する土下座を要求している。
その言葉は口調こそ丁寧ではあるものの、拒否を許さぬ力強さに満ちていた。
「ほら、殿下。さっさとユリア様に謝ってください。
殿下があまりにも自分勝手な事ばかり言うもんだから、ユリア様、完全におカンムリですよ?」
「え!? そ、それは……」
さすがについさっきまでの殴打からの雷撃、炎熱、氷結のトリプル地獄の事を思い出したのか、彼は顔色を真っ青にしながら言葉を失ったように言い澱む。
ロバートも、まるで親の仇を睨むような目でシロウマ(以下略)を見下ろしながら、しっかりと彼を恫喝していた。
「そうですよ、殿下。
殿下の勝手な行動で、ユリア様には取り返しのつかないようなご迷惑をおかけしてしまったのですから、さっさと土下座するなり、腹を切るなり、首を差し出すなりして謝罪しないと」
「おい、アーサー!
貴様、ドサクサに紛れて、俺様を亡き者にしようとしていないか!?」
その可能性は極めて高い。
少なくとも、もしそれが叶うのであれば、どんなにすばらしい事であろう、と考えている奴が大半であった。
アーサーがつい口を滑らせた滅茶苦茶な要求に、さすがにそれに気づいたシロウマ(以下略)が、口から泡を飛ばして抗議している。
確かに最初のヤツはともかくとして、後の二つはちょっと酷過ぎるような気が……。
「……そんな事はどうでも良いですから、殿下、さっさと謝罪してください」
「ど、どうでも良くはないだろが!?」
「ほら、殿下。何をやってるんですか? さっさと謝ってください」
「え!? 無視!? 無視なの!?」
「早くしないと、またユリア様に御仕置されますよ!?
殿下、それでも良いんですか?」
「ちょっと待て! 貴様がそれを言うか!? アーサー!」
何故かシロウマ(以下略)の部下であるはずの三人の騎士たちが、揃って彼にユリアへの謝罪を要求している。
ユリアとしては、、魔法を使って少しはスッキリとした後であったので、もうこれ以上、彼等に何かを要求するつもりは全くなかったのだが……どうやら彼女の魔法の威力とその制御能力に完璧にビビった騎士たちが、その矛先が自分たちに向かうのは御免とばかりに、シロウマ(以下略)に全ての責任を押し付けようとしているらしい。
彼等にしてみれば、まかり間違ってもユリアに“敵認定”されて王太子と一緒に御仕置される事だけは避けねばならなかったので……要は、都合の良い生贄役であった。
「……言っておきますけれど、この場面で殿下に見たするような奇特な人間は、さすがに此処にはいませんからね?」
確かにウィリアムの言うとおり、味方どころか敵しか見当たらないし、しかもそれにしっかりと包囲されてしまっている状況である。
「俺たち以外の騎士たちや傭兵たちは、もう絶対にユリア様には敵わないと観念して、さっさと森の外を目指して一目散に逃げだしちゃった後ですから」
確かにロバートの言うとおり、彼が率いて来たはずの軍勢は、もう影も形もなく胡散霧消していた。
「ユリア様はお優しい方ですから、素直に頭を下げればきっと許してもらえますよ。
あと、シェーラさんについては……まぁ、きっと命まではとられる事はないでしょうから、彼女の気が済むまで殴られてきてください」
そして確かにアーサーの言うとおり、ユリアならばきちんと謝ればきっと許してくれるだろう。
まぁ、シェーラについては……相変わらず無責任な事を言い放つアーサーであった。
「……」
「……ほら、殿下。何をしているんですか?」
「殿下……。
悪い事をした時にはきちんと謝りなさいって、国王陛下も王妃陛下も、口を酸っぱくしてあれほど言っていたではないですか」
「そうですよ、殿下。
自分の誤りを認められないような者は、王たる資質に欠ける、と他ならぬ陛下から、散々、言われていたじゃないですか。
さぁ、さっさとユリア様に謝って、お城に帰りましょう」
「……わかった」
漸く観念したのか、彼等の言葉に力なく頷くシロウマ(以下略)。
内心ではかなり迷っていたみたいであったが、少し考えてみれば他に選択肢が全くないので、当然と言えば当然の判断であった。
それでも悔しい思いを隠し切れないのか、彼は顔を真っ赤にしてありありと周囲に不満をぶちまけている。
この男が塵も残さずに消滅しなかったのは、完全にユリアの慈悲によるものであったが……どうやら彼には、その辺りの事がさっぱりとわかっていないようであった。
「……でも、起き上がれない」
「もう! 面倒臭い殿下ですね!」
シロウマ(以下略)の情けない告白に、盛大にブチ切れるロバート。
「でも、このまま殿下を起き上がらせるわけにもいかないのは事実ですよ?
殿下の下半身、殆ど布地が残っていませんから、このまま起き上がったら間違いなくフリ○ンです」
アーサーはアーサーで、皆に余計な報告をしては、シロウマ(以下略)の羞恥心を不必要に刺激していた。
「全く……レディの前で恥ずかしくないんですか? 殿下は……」
その原因を作ったのは、確かユリアであったはずだが……そんな事はもうとっくの昔に、皆の記憶から綺麗さっぱりと忘れ去られてしまっているらしい。
「殿下がアホな事は良くわかっていたつもりでしたが、さすがに此処までアホだとは思っていませんでした」
全ての悪事が、全て自分のせいにされてしまう、不幸な星の元に生まれたシロウマ(以下略)に愛の手を……誰も差し伸べてはくれなかった。
「……仕方ない。俺のマントを使うか」
ガヤガヤと愚痴を溢しつつ、仕方なくシロウマ(以下略)を取り囲む騎士たち。
ウィリアムは自身の背に背負ったマントを手早く外すと、まだ寝転がったままのシロウマ(以下略)の下半身にそれを巻きつけようとした。
が……サイズが足りないのか、それともシロウマ(以下略)の腰回りが規格外過ぎるのか、マント一枚では彼の下半身を覆い切れない事が判明する。
「……おい、ロバート。何かロープのような物はないか?」
「ベルトはあるけどさ。そんなもん使ったら、今度は俺がフリ○ンだよ」
「殿下! ちょっとは自力で足を持ち上げてください!
全く……生まれたての赤ん坊じゃないんだから!」
彼等はシロウマ(以下略)のまわりでワイワイと騒ぎながら、彼の下半身を覆い隠そうと悪戦苦闘していた。
「あの~、ウィリアムさん?」
「……何でしょう? ユリア様」
いつの間に彼等の傍に近寄って来たのか、彼等にとっては謝罪の対象であるはずのユリアが、いつもの控えめな態度でおずおずとウィリアムに話しかけてくる。
ていうか、此処には下半身丸出しのシロウマ(以下略)が横たわっているのだが……彼女、そんなモノに近づいて大丈夫だったのだろうか?
「大きめの布地があれば良いんですよね? 提供しましょうか?」
「……それは……さすがに其処までしてもらうのは……」
ユリアの申し出に、暫し逡巡するウィリアム。
「おい、ウィリアム。此処はユリア様の御好意に甘えようぜ。
お前だって自分のマントを殿下のオムツにするのは嫌だろうし、何よりいつまでも此処でこんな事をしているわけにはいかないだろう?」
それに対し、ロバートが彼女の提案に乗るように、強く彼を促していた。
「ぷっ……。オムツって……」
「! ……」
ロバートの“オムツ”という単語が心の琴線に引っ掛かったのか、アーサーが一応は顔を横に逸らしながら、それでも耐え切れずに盛大に噴き出している。
シロウマ(以下略)は怒りと恥ずかしさで顔を真っ赤にしていたが、それでもこのまま立ち上がるわけにはいかないという人間としての最低限の羞恥心は残っていたのか、黙ったまま静かに彼等の会話に耳を欹てていた。
「じゃあ、ちょっと大きめのサイズで出しておきますね。
これならどうでしょう?
布地は木綿ですから頑丈ですし、肌触りもなかなか悪くはないはずです」
「……何から何までありがとうございます、ユリア様」
ユリアの取り出した大きな布地を、手早くシロウマ(以下略)の下半身に巻き付けていくウィリアム。
まるでベテランの母親ですら真っ青になりそうな、見事なオムツ交換の手際であった。
ところで一体、彼は何処でこんな技術を身につけたのであろうか?
確かウィリアムは、裕福な伯爵家の、それも跡継ぎであったはずだが……?
彼女はさすがにシロウマ(以下略)の下半身を見るわけにはいかないと思ったのか(そもそも間違っても見たくはない代物であったが)、ウィリアムに布地を手渡すと、さっさとその場を後にする。
「本当にご迷惑ばかりをお掛けして、誠に申し訳ありませんでした」
「今後、このような事が起こらないようにしっかりと注意と監視を致しますので、どうかこの場では御容赦を……」
急ぎ足で去っていくユリアの後姿に、ロバートとアーサーが改めて深々と頭を下げていた。
「……ユリア様、この御恩は一生、忘れません。
ほら、殿下もさっさと謝って」
ウィリアムはマントの恩人であるユリアに改めて謝意を表すとともに、シロウマ(以下略)に向かって早く彼女に謝罪をするように強く促す。
その横では、ロバートとアーサーが何処か座ったような目で彼の事を見下ろしていた。
そんな彼等の様子に何となく背筋の寒くなるような感覚を抱いたシロウマ(以下略)は、さすがにフリ○ンの危機を救ってくれたユリアに対し何か言葉をかけねばならぬという義務感でも生まれたのか、渋々ながらもその身を起こして立ち上がる。
そして、立ち去っていく彼女の後姿に向かって……、
「……くっ! こ、今回だけは見逃してやる! あ、ありがたく思え!」
と言い放った。
馬鹿である。
やはり彼は、正真正銘の馬鹿であった。
一瞬、何を言われたのか良くわからなかったのか、ユリアはぽかんとした表情のまま背後のシロウマ(以下略)の方を見つめている。
そして、その恩知らずの破廉恥漢の横では……三人の騎士たちが、揃って県の柄を握り締めたまま、ブルブルと体を震わせていた。
次回の投稿は、8月8日頃になります。




