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第7話 インフォメーションセンター?

 漸く再起動を果たした仲間たちを引き連れ、拓真は魔王城へと入って行く。


「ごめんくださ~い」


 拓真の大声が、広々としたエントランスホールに響き渡った。

 敵の本拠地に乗り込むのに、わざわざ入口で挨拶する必要など全くないのだが……むしろ愚行と弾劾されて然るべきである……、相手の意図を図りかねている彼等は、静かに侵入するのではなく、敢えて自分たちの存在を誇示する方法を採って相手の出方を窺うことにする。

 拓真曰く、威力偵察というヤツであった。

 たぶん、言葉の意味を間違っていると思うけど……。


「出て来ませんね……」

「……おかしい」

「う~ん、気配はないようだぜ……」


 もっとも、そんな拓真の挑発(?)も空しく、彼の声に反応するものはいなかった。

 部屋に何の変化のない様子を確認した勇者たちは、それぞれが身構えていた武器を下ろす。

 フゥと小さく息を吐いた拓真。


 それは安堵の溜息か?

 それとも失望の溜息か?

 或いは便意でも我慢しているのであろうか?


(んな訳あるかぁ~!!)


 つい先ほどまでの、自分たちの事を思い出してみる。

 彼等には油断があった。

 いや、そんな生易しいものではない。

 はっきり言って、だらけていた。


 ダラダラと無防備に惰眠を貪るジャスティン、まるっきり観光地にでも来たような気分になって、城内を見物し散策していたクラウスとアラン、ひとりでふらふらと歩き回った挙句、道に迷って行方不明になった者(拓真)……。


 もし魔王がその気なら、それぞれ各個撃破されて、拓真たちはとっくの昔に全滅していたはずであった。

 だが、現実としてそのような事は起こっていない。

 それどころか、魔王城に近づいたあたりから魔物の姿すら見かけていなかった。

 それが意味するものは、一体、何なのか?


 魔物の襲撃が脅威である事は間違いはなかった。

 だが、魔物の姿が全く見当たらない事も、別の意味で彼等の不安と恐怖を煽り立てている。

 相手の意図が見えない……その事実が、必要以上に拓真たちの神経を擦り減らしていた。


「「「「……」」」」


 互いに顔を見合わせながら、それぞれの顔に浮かぶ困惑の表情に、結局、互いに何も言えなくなってしまう勇者たち。

 四人のうちの誰もが、最初の一歩を踏み出せずにいた。


「なぁ、本当に入っちゃって大丈夫か?」

「そう言えば、入った途端に中に閉じ込められるパターンの罠もありましたね……」

「……一歩踏み出した途端、落とし穴に落ちる」

「それ、拓真が前に引っ掛かったヤツ!」

「うるせぇ! 笑いながら他人(ひと)の古傷を掻き毟るんじゃねぇ!」


 いきなり罵り合いが展開されるが、それでも魔物が近寄ってくる気配はない。

 大騒ぎをしている彼等の声だけが、エントランスだけでなく魔王城全部に響いているかのようであった。

 そろそろ真面目にやった方が良いと思うが……。

 天井から吊るされている大きくて豪華なシャンデリアからの柔らかい光だけが、静かに彼等を包み込むように降り注いでいた……。




 漸く気を取り直した勇者たちは、意を決して魔王城の心臓部である(ハズの)宮殿へと足を踏み入れる。

 慎重に罠がないか確認を繰り返し、真剣に辺りの様子を窺いながら、エントランスホールをゆっくりと進んで行った。

 エントランスホールを通り抜けると、正面に巨大な扉が現れる。

 だが、その扉は既に開け放たれていた。


「誰が開けてくれたんでしょうか?」

「……猫?」

「猫に開けられるような大きさじゃないんだけど……」

「そもそもあの猫、本当に猫なのか?」


 扉を開けてくれた人物(?)候補の一番手が猫である時点で、既に何か大事な物を失くしているような気がする拓真。

 その大事なものの名は……“常識”

 だが、他に誰も思い浮かばない時点で、もう何かが激しく間違っているような気もするが。


 不毛な猫論争に終止符を打った拓真たちがぞろぞろと扉を潜って行くと、まるで城の大広間のような大きな部屋に出た。

 一言で言うと……超デカい。

 王城や神殿といった、巨大な建築物に慣れているはずのジャスティンやクラウスまでもが、ぽかんとした表情を浮かべながら部屋中を見回していた。

 正直に言って……これ、外観と内部の縮尺がズレてないか?


「なぁ、これ……ひょっとすると、王城の大広間の十倍近い広さがあるんじゃねぇの?」

「「……」」

「……タクマ、皆、聞こえていない」


 おまけに吹き抜けの構造になっているせいか、天井は細かい所が良く見えなくなってしまうほどの高さがあった。

 とんでもなく高い天井からは、エントランスと同じ型のシャンデリアが、無言のまま光を放ちながら彼等を見下ろしている。


「……1,2,3……」

「何してんだ? アラン」

「……シャンデリアの数を数えている」

「……そうか、ご苦労さん」


 拓真は微妙な顔でアランを労った。

 彼から見れば、アランの行動も全く意味不明の行動にしか見えないが、おそらく彼も落ち着きを取り戻すのに必死なのであろう。

 少なくとも、入口の真ん中で呆然と突っ立っている他の二人よりはマシな気がするので、とりあえず気にしない事にした拓真。

 改めてもう一度、巨大ホール(仮称)の中をしっかりと観察してみる事にする。


 エントランスの向かい側正面には、赤絨毯の敷かれた大階段があり、中二階になっている正面の踊り場を抜けると、左右に分かれて二階へと続く構造になっていた。

 床には赤と黒の幾何学模様があしらわれた豪華な絨毯が、部屋の隅から隅までびっしりと敷き詰められている。

 遙か彼方にあるように錯覚してしまいそうになるほど遠くにあるホールの左右の壁には、次の部屋へと続くであろう大きなドアがそれぞれに鎮座していた。

 もっとも、当然ながらそのドアは閉められていて、奥の様子を窺うことは出来なかったが。


「「「「……」」」」


 でも、誰もいない。

 何も聞こえない。

 装飾品や家具の類もなく、ただひたすら広いだけの空間が其処にはあった。


「この部屋だけで、俺の家が何軒くらい入るかなぁ……」

「大聖堂がそのまま入りそうですね……」

「……魔術学院がすっぽり入りそう……」

「下手すりゃ王城がそのまま入っちまうんじゃねぇの?」


 拓真の比較対象が、一番みみっちいのは気のせいではない。

 単なる悲しきウサギ小屋育ちの悲哀、というだけであった。

 だが、これだけ大きな部屋に誰もいないと、どれだけ豪華な部屋であっても寒々しさを感じてしまうのは仕方のない事だろう。

 不気味さすら漂う静寂と、白々しさすら感じる明るさの中で、拓真は魔王の元へと続く道がどれなのかを必死に考えていた。


(右か、左か、それとも二階か……)


 手掛かりらしきものは何ひとつない。

 手当たり次第に調べていく、という方法が彼等の頭にふと浮かぶが、拓真以外の皆は、揃って首を振ってそれを否定した。

 片端から部屋をひとつひとつ調べていくのは、堅実ではあるものの、これだけ城が大きいと大変だし効率が非常に悪いだろう。

 何より最大の問題として……これは拓真以外の全員の共通認識だが……拓真が迷子になる可能性があった。


 ……いや、可能性どころの騒ぎではない。

 間違いなく迷子になる。

 仲間たちにそう確信させる程の実績(?)を、彼は持っていた。

 ……嫌な実績である。

 最悪、彼が別の意味で魔王城から生きて出て来られなくなる可能性があった。

 拓真本人は、全く自覚がないので更に質が悪い。

 勇者パーティの前途には、濃過ぎるほどの暗雲が漂っていた。


「タクマ、あれを見てください」


 そうやって頭の中で思考をぐるぐる回しながら悩んでいた拓真たちの耳に、クラウスの緊張した声が届く。

 彼の指し示した方向を、全員でじっと目を凝らして見てみると……階段の踊り場ほぼ中央に、何やら立札のようなものが立っていた。


(怪しい……)

(絶対、怪しい……)

(罠だ……)

(絶対、罠だ……)


 彼等の冒険者としての勘が、うるさいくらいに警報を鳴らしている。

 これを罠だと疑わない人間なら、はっきり言って冒険者に向いていない……というか、人間社会そのものに向いていない可能性すらあった。

 誰があんなものに引っ掛かるというのだろうか?

 そのくらい、あの立て札は怪しさ満点であった。


 だが、手掛かりが全く無いのも事実である。

 せっかくの相手からのアプローチを、罠を恐れて無視するのは得策ではなかった。

 此処は罠がある事を前提にして、相手の意図を窺うべく慎重に近づくのもひとつの方法である。

 というより、それ以外の選択肢がない事は明白だった。


「「「「……」」」」


 暫しの逡巡の後、拓真は他の三人とアイコンタクトをとる。

 そして、互いが互いに頷き合ったのを確認すると、そのままゆっくりと怪しい立札に近づいて行った。

 それは一筋の光明か? それとも地獄への片道切符か?

 まさかこんな所で、ゴ○ブリホ○ホイに近づいて行くゴ○ブリの気分を味わうとは思いもよらなかった拓真であった。




 ダンジョンや遺跡などで使い古された罠の配置のひとつに、わざと相手に目立つような場所に囮のオブジェクトを置き、それを目にして近づいてくる相手の進路の途中に罠を設置しておくという方法が存在する。

 故に、拓真たちはそのまままっすぐ進んだりはせず、いつもの使い慣れたフォーメーションで、大広間の壁際を散開しながらゆっくりと進んで行く方法を採った。


「全員、壁には不用意に触れるなよ。何があるかわからんから」

「……いきなり倒れてきたりして」

「アラン、そのジョークは笑えませんからやめてください」

「少し静かにしてくれ! 気が散るから!」


 何時になく真面目な顔つきのジャスティンから、緊張感が不足気味の他の三人に向かって注意が飛ぶ。

 とんでもなく広いこの部屋でこの方法を採るのは、はっきり言って時間のかけ過ぎのような気がしないでもないが、命や安全の為ならば致し方のない事もまた事実であった。

 繰り返すが、此処は魔王の本拠地の魔王城。

 何が起こっても不思議ではないのだ。

 足下に最大限の注意を払いながら、落とし穴や圧力版の類を警戒するジャスティン。

 時々顔を上げて、二階からの狙撃や奇襲を警戒しながら、四人は慎重な足取りで進んで行った。


「上は?」

「何もいませんね」

「……シャンデリアから一斉攻撃」

「だからアラン、全く笑えないのでやめてください」

「そういうのをフラグって言うんだ。フラグって」

「だから、少し静かにしてろっての!」


 じりじりと焼けつくような緊張感の中、拓真たちは何とか大階段まで辿り着く。

 ……さすがの拓真も、迷子になるような事はなかったようだ。

 ホッと一息つく勇者たちだが、むしろ此処からが最大の難所と言っても良い。

 何しろ階段というオブジェクトは、罠を仕掛けるには絶好のポイントだったからだ。


 もう一度、気合を入れ直すように真面目な顔つきに戻る勇者たち。

 あの不真面目帝王であるジャスティンですら、真剣な目で床を小刻みに指で叩きながら、微妙な音の変化で罠を見破ろうと必死になっていた。


「ジャスティン、どうだ?」

「大丈夫だと思うけれど……自信ない」

「……では、漢解除で」

「酷ぇ!」

「さすがにそれはやめた方が……」


 アランの冗談(……だよね?)を、さすがに窘めるクラウス。

 何も何もなかったのでついつい忘れそうになるが、此処は魔王城。

 敵の本拠地であった。

 本来なら、どんな強い魔物が出てきてもおかしくはないし、どんな凶悪で卑怯な罠が仕掛けられていても不思議ではないのだ。


 ……そう思っていた時もありました。


 やがて、幸運にも罠にかかる事なく立札の文字が読めそうな距離にまで近づいた彼等の目に、流麗かつ丁寧な文字が映し出される。

 そして……其処にはこう書いてあった。


「順路のご案内。

 此処から向かって左手の階段を上がり、突き当りの扉を潜ると、魔王様がお待ちの謁見の間に続く通路へと出る事が出来ます。

 その先の案内については、各階に魔王城の全体図を掲示しておりますので、そちらをご参照下さい。

 なお、ご不明な点につきましては、各階備え付けの魔導通信機から、インフォメーションセンターまでご連絡ください」


「「「「インフォメーションセンター?」」」」


 四人の声が不思議と一斉に揃ったが、ツッコミどころは其処ではないと思う。

 もっとも、其処には誰ひとりその事を指摘できる奴はいなかったが。


 揃いも揃って、口をポカンと開けたまま、呆けたようにその場に立ち尽くす勇者たち。

 全員、意味がわからなかった。

 いや、文章としての意味は分かる。

 文章としても簡潔で、文意を取り違える心配はなさそうであった。


 此処には文字の読めない奴は、ひとりもいない。

 異世界人であるはずの拓真ですら、クラウスとアランに猛勉強させられて、フラジオンの文字を読めるようになっていた。

 インフォメーションセンターという単語の意味がわからない奴には、拓真が教えてあげれば済む事であるし。


 ついでに言えば、文字にも全くと言って良いほど癖が無かった。

 まるで印刷されたような……いや、よく見ると本当に印刷されたモノらしい。


「何処のお役所だよ……」


 拓真のボソリと漏らした呟きが、彼等の想いを全て表していた。

 まさか、艱難辛苦の末に辿り着き、神経を擦り減らして罠や魔物を警戒しまくっていた魔王城で、こんな対応をされるとは……想定外もいいところである。

 彼等の目が点になるのも無理はなかった。


「確か此処、魔王城だよな……?」

「そのはずですが……」

「……訳がわからなくなってきた……」

「お! 偶然だな、アラン! 俺もだよ!」

「「「お前と一緒にするな!!」」」

「……」


 何故か嬉しそうなジャスティンを、三人は協力して黙らせる。

 とはいえ、これでは何の解決にもならない事も、これまた事実であった。


 四人は何回も何回も読み返してみる。

 その姿は、まるで自分の勘違いを期待するかのようであった。

 だが、何回も同じ文面を読み直したところで、文面の文字が変化する事などあり得ない。

 なので、彼等は文章を読み終わっては再び読み返す、という無駄な作業を、四人が四人とも延々と何度も繰り返していた。

 まるで何かの奇跡を願うかのように……。


「「「「……」」」」


 どうやら彼等が魔王と相見えるのは、まだまだ先のようであった……。




 



 

 

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