第73話 焼肉弁当
「何故、俺様の席がないのだ!?」
漸く解放されたシロウマ(以下略)が、まさに天雷の如き大声で、部下たちにどうしようもない文句を言っていた。
どうやらトイレではなかったらしい。
戒めから解放された途端に、その巨体に見合わぬ俊敏さで脱兎の如くその場から逃げ出すと、もう捕まるわけにはいかない、とばかりに少し離れた所から、相変わらず脳ミソ不足のくだらない減らず口を叩いていた。
これも王城でロクでもない事をしでかしては、父親である国王や、彼から命じられた近衛の騎士たちから逃げ回ってきた成果であろうか?
少なくとも、彼以外の誰もが幸せにならない、誰ひとりとして望んでいなかった結果である事だけは確実であったが……。
それにしても、全く……浅ましい事この上ない要求である。
どうやら此処まで来ても、彼は自分がまわりの者にどう思われているのか、全くわかっていない様子であった。
これも、いつも王城のぬるま湯のような環境の中で、周囲の腰巾着のような佞臣たちから『殿下、殿下』と甘やかされて育ってきた報いなのだろうか?
三人の騎士たちの、先程のエピソードを聞いた限りでは、決してそんな事はなさそうであったが……。
「……殿下は招待されていないからです」
「殿下、常識でお考え下さい。
縛り上げられた上に猿轡まで噛まされて、其処等辺に適当に転がされていた奴なんかに、わざわざ席を用意するような物好きなんてこの世にはいませんよ」
「そんなに立っているのがキツいなら、その辺に適当に座れば良いじゃないですか。
そもそも殿下が座れるような特別に頑丈な椅子なんて、王城以外の何処にも存在するわけがないんですから」
もっとも、部下たちも負けてはいない。
席に座ったまま、彼の見上げるような巨体を、それこそ文字通り見上げるような姿勢のまま、落ち着いた口調で彼を適当にあしらっていた。
はっきり言って……とんでもなく失礼な行為であるのは事実である。
どうやら彼等も完全に吹っ切れたのか、彼を、彼のその人格と能力に相応しい待遇で相手をするつもりになったようであった。
「何故、俺様のぶんの紅茶がないのだ!?」
「……だ・か・ら! 殿下は招待されていないからです!」
相変わらず頭が悪いとしか言いようがない質問を繰り返すシロウマ(以下略)に対し、ウィリアムが少しイラついたような口調で同じセリフを繰り返す。
まさに王太子を王太子と思わない、彼にしては珍しい……そうでもないのか、最近は……不遜な態度であった。
「招待もしていない奴のぶんの紅茶なんて、あるわけがないでしょう?
そもそも殿下は、猿轡を噛まされていた状態で、どうやって紅茶を飲むつもりだったんですか?」
ニヤニヤと薄笑いを浮かべながら、挑発するようにシロウマ(以下略)に至極当たり前の事を訊き返すロバート。
言っている事自体は正論なので、更に質が悪かった。
「そもそも殿下って、そんなに紅茶が好きでしたっけ?
どちらかと言うと、酒ばかり飲んでいたようなイメージがあるんですけど……。
それに、とても紅茶の味がわかるような顔にも見えませんし……いえ、何でもありません」
最後に語尾を濁したものの、とんでもなく失礼な物言いでシロウマ(以下略)に反論するアーサー。
もう完全に彼の事を見限っているのか、まるで今までの鬱憤を晴らすかのように、相手を馬鹿にするような言葉をつらつらと並べていた。
「何故、俺様は招待されていないんだ!?」
「……私が知るわけがないでしょう?
そんな事は、ユリア様に訊いて下さい。
まぁ、理由については、何となく想像できますが……」
壊れた機械のように似たような質問を繰り返すシロウマ(以下略)に対し、堂々巡りの押し問答にいい加減飽きてきたのか、どんどん口調がぞんざいになるウィリアム。
もうまともに答える気すら起きないのか、彼の憤怒の混じった眼差しを見ようともせずに、彼から目を逸らしたまま無責任な発言を繰り返していた。
「殿下、嫌われちゃいましたからねぇ……」
まるっきり他人事のようにニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべながら、そうポツリとひと言だけ漏らすロバート。
彼にとっては、全くもってどうでも良い事のようであったが……『高貴な自分は招待されて当然』と無条件に思い込んでいたらしいシロウマ(以下略)にとっては、まさに青天の霹靂であった。
「殿下、ユリア様がこっちを睨んでいますよ。
楽しいはずの食事の時間に、口もききたくない奴の無粋なガナリ声を聞かされて、きっと腹を立てているんでしょうね。
全く……一番大事な交渉相手を怒らせてどうするんですか。
彼女が実力行使に出ないうちに、さっさと諦めて退散した方が良いと思いますけど……」
「……」
さすがに血の巡りの悪い脂肪まみれのシロウマ(以下略)の脳ミソでも、アーサーの言いたい事は十分に理解できたらしい。
彼はその不細工すぎる顔面を一瞬、茹蛸のように真っ赤にしたかと思うと、今度はまるで酸欠の金魚のように口だけをパクパクと動かしていた。
言葉にならなかった言葉を吐き出し終えたシロウマ(以下略)は、まるで気持ちを落ち着かせるかのように一度、大きく深呼吸をする。
そして、まるで攻撃の矛先を変えるかのようにウィリアムの手元に置かれたある物を指さすと、幾分か落ち着いたような口調で彼に問いかけた。
「ふぅ~……で、それは何だ?」
「……? ユリア様の御好意で御用意頂いた、昼食代わりの焼肉弁当ですが?」
「もぐもぐと咀嚼していた肉の欠片をゴクン、と名残惜し気に飲み込みながら、さも当然と言った風に答えるウィリアム。
彼の半分食べかけの焼肉弁当からは、まだ焼き立てのお肉の香ばしい芳香が上がっていた。
「結構、美味しいですね、これ。
肉は新鮮で良い物を使っているし、味付けにも香辛料がふんだんに使われているし……」
「結構どころの騒ぎじゃないでしょう、これ!
僕に言わせれば、こんな美味しい弁当を頂くのは、生まれて初めてですよ!
あ! このピクルス、コリコリしていてすごく美味しい……」
冷静に弁当の批評をしているロバートと、単純に食べた事のない美味い物を食べられて、それだけで感激しているアーサー。
彼ら二人の楽しそうな様子が、さらにシロウマ(以下略)の怒りを煽り立てた。
「……他の奴のも、そうなのか?」
「……えぇ、勿論。昼食代わりですから」
ふと彼がまわりを見回してみると、他の騎士たちや従士たち、更には傭兵たちに至るまで全員が、各々その場に座り込んで久々の美味い食事(と言うか、生まれて初めて口にするレベルの天上の美味)に、舌鼓を打つ事すら忘れて一心不乱に掻き込んでいる。
……ていうか、全員、どう見てもガッつき過ぎであった。
「シェーラさんが、人数分、用意してくれたんですよ!」
「しかし、改めて見ると凄い数ですよねぇ……。準備も大変だったろうに」
実際のところは、シェーラが作ったひとつの弁当(それでも弁当自体は、かなり手の込んだ立派な物であったが)を、ユリアが“複製”の魔法を用いて一瞬で大量に複製しただけなので、それほど大変な作業ではなかったのだが……。
勿論、そんな裏事情など知る由もない彼等全員が、彼女たちの方をキラキラと輝いた尊敬と感謝の眼差しで見つめていた。
因みにユリアも、シェーラの用意した焼肉弁当を、優雅な仕草で口元に運んでいる。
拓真たち勇者パーティの面々も、城壁の上で同じ焼肉弁当を食べながら、シェーラとともにお昼寝から目覚めたチビたちの食事の世話をしていた。
どう見ても、まるでピクニックを楽しんでいるようにしか見えない。
……何処かの誰かさんのぶんだけは、何処にも見当たらないようであったが。
「で、何で俺様のぶんがないんだよ!?」
「……知りませんよ、そんな事。
そんなに食べたいのでしたら、シェーラさんに頼んでみたら良いじゃないですか?
まぁ、用意してくれるかどうかまではわかりませんけどね……」
全く興味が無さそうに、えらく冷めた口調でそう答えるウィリアム。
彼の事など完全に見放したのか、あの恐怖の暗黒猫ミミメイドの采配に、全てを丸投げするつもりのようであった。
「きっと、殿下用にスペシャルな奴を用意してくれるんじゃないですか?
例えば……その無駄に溜め込んだ脂肪を燃焼させるためと称して、辛み成分であるカプサイシンたっぷりの激辛弁当、とか」
この世界にも、“カプサイシンダイエット”などが存在するのだろうか?
ロバートがクスクスと彼を小馬鹿にしたように笑いながら、えらく適当な言い方で、とんでもない可能性を口走っていた。
「ひょっとすると、そんな迂遠な方法など生温い! とか言い出して、もっと直接的な方法を採ってくるかもしれませんね。
例えば……殿下の弁当の中にだけ、強力な下剤を仕込んでおくとか」
如何にも彼女がやりそうな、悪質な嫌がらせである。
「或いは、もう全てが手遅れと判断して、何もかも無かった事にするかもしれませんね。
殿下の弁当の中に猛毒を入れて、殿下の存在そのものを抹消にかかる可能性も……」
其処まで来ると、完全に犯罪であったが……問題は、その可能性が非常に高い事であった。
ひょっとするとシェーラの事だから、もっと質の悪い何かを考え付いている可能性すらある。
何れにせよ、シロウマ(以下略)が地獄に突き落とされるのは、確定したようなものであった。
「もしかして、俺様だけは、その美味そうな弁当を食べない方が良いのか?」
彼等の手元に残っている弁当の空容器を未練がましく睨みながら、ポツリと寂しそうに呟くシロウマ(以下略)。
顔面の造りだけでなく、食い意地も汚い男であった。
「……そうですね。その方がよろしいかと。
殿下は我々とは立場が違うのですから、食事にも常に気を配りませんと。
特に毒を盛られるようなリスクは、万難を排して犯すべきではありません」
正論らしき言葉を口にするウィリアムであったが、半分以上、いや殆どが単なる彼への意趣返しである。
彼の諫言(らしき言葉)を聞いたシロウマ(以下略)の顔が、さすがにがっくりと来たのか、みるみるうちに生気を失っていった。
「そうだね。
殿下は僕たちのような有象無象の貴族とは違う王族の、しかも王太子なのだから、何より安全第一を心掛けないと」
こちらはまるっきり嫌味な口調を隠しもせずに、彼に向かって正論らしきものを口にするロバート。
シロウマ(以下略)がギリギリと歯を食いしばりながら彼を睨んでいるが、そんな事など知ったこっちゃない、と言わんばかりに彼の事を鼻で笑うロバートであった。
「殿下、そんなにお腹が空いたんでしたら、あっちに糧食の残りがあったはずでしたから、それでも食べたらどうですか?
僕たちのぶんが浮いたんですから、少し多めに食べても文句は言われませんよ?」
アーサーが、兵士たちの後方、輜重隊の荷物が置かれている辺りを指さしながら、シロウマ(以下略)に向かって提案する。
彼にしてみれば、殆ど悪意はなかったつもりであったのだろうが……まわりの者からしてみれば、それはこれ以上ないくらいの意地悪以外の何物でもないセリフであった。
何しろ弁当がシロウマ(以下略)を除く全員に配られたため、彼等の昼食の用意そのものが行われていないので、食材は現在、材料そのままの状態である。
そして……当然だが彼は、料理などしたことがなかった。
「……」
沈黙し、葛藤するシロウマ(以下略)。
これが美形の王子様とは言わずとも、人並み程度の見た目の青年ならば、多少は絵になる場面であったのだが……これが彼では、役不足どころか単なる“正視し難い汚物”以外の何物でもなかった。
「……殿下、いい加減に諦めてください」
「殿下! これもある意味、殿下だけの特別待遇ですね!
いやぁ~、さすが殿下です! 羨ましいったらありゃしない!」
「まぁ、確かに特別待遇と言えば特別待遇なんでしょうけど……。
僕だったら御免被りますね、そんな特別待遇」
黙ったまま何も言わなくなってしまったシロウマ(以下略)に向かって、止めを刺すように言葉をかける三人の騎士たち。
一見、真面目に対応しているように見えなくもないが……少なくともロバートとアーサーの言葉は、肝炎に彼を馬鹿にするために発せられたような言葉であった。
さすがにオイル漬けになった彼の脳ミソでも、その程度の事は理解できたのか、再びシロウマ(以下略の顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。
もっとも、三人とも彼の期限など更々気にするつもりはないのか、彼から微妙に目を逸らしながら、笑い出すのを堪えるのに必死な様子であったが……。
次回の投稿は、おそらく7月3日頃になります。




