表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/111

第6話 「……」

 苦労(?)の末、漸く魔王城の城門を抜けて城内に入れるようになった拓真たち。

 もっとも、彼等は何もしていないに等しいが……。


 だが、彼等は約一名を除いて、肉体的にも精神的にも今までに感じたことのないような大きな疲労感に包まれていた。

 それは、調査が空振りに終わった徒労感の為なのか。

 それとも、あのジャスティンにひとりで難題を解決されてしまった事に対する、人としてのプライドの痛みが故か。


(でも、あれはないと思う……)


 理由はわからないが、タクマ・クラウス・アランの三人は、眼の光を失ったままゾンビのような重い足取りで、ふらふらと城門を潜って行った。


『ゴゴゴゴゴゴッ』


 彼等がようやく城門を潜り抜け、門を抜けたすぐ傍に広がる広場のような場所に辿り着いた時、彼等の背後で再び門扉の動く大きな音がする。

 咄嗟に振り返った彼等が目にしたものは……誰の手にもよらず自動的に元に戻っていく城門の姿であった。


「「「……」」」


 再び目にしたオーバーテクノロジーの姿に、呆気にとられたようにポカンと口を開けたまま立ち尽くすクラウスとアラン。


「……自動ドアかよ」


 この手の技術になれているはずの拓真のツッコミにも、心なしか元気がなかった。

 どうやらこの魔王城には、フラジオンには存在しないはずの未知の技術が使われているらしい。

 でも、それにしても限度ってものがあるだろう、とボヤかずにはいられなかった拓真であった。


 だが、驚くのはまだ早い。

 虚ろな目をしたまま門を潜った彼らの目の前に広がる城内の光景は……凡そ魔王城という言葉のイメージとはかけ離れた、この世に出現した天国とも呼ぶべき美しい代物だった。


「「「「……」」」」


 彼等の現在地……仮に城門前広場と呼ぼう……の足元には、濃い茶色のタイル(?)が石畳のように敷き詰められている。

 半円状に広がった広場の端には、お洒落な白いタイル(?)が縁取りのように並べられていた。


「「「「……」」」」


 この広場からは、三方向に通路が伸びている。

 そのうちの二本は、城壁の内側に沿うようにぐるりと魔王城を一周し、残りの一本が巨大な宮殿の正面へと真っ直ぐに続いていた。

 その宮殿へと伸びる通路の上を、白猫の親子が建物の方に向かって悠然と(母ネコ)、或いは転がるように(子猫たち)歩いて行く。

 時々、母ネコは拓真たちの方をチラチラと窺っていたようだが、彼等が城内の風景に見惚れて足を止めているのを見るや否や、付き合い切れないとばかりにさっさと宮殿の中へと入って行ってしまった。


「「「「……」」」」


 正面の宮殿へと向かう幅広の通路の左右には、それぞれ6基ずつ、合わせて12基の噴水が、今も大量の水を宙に吹き上げ続けている。

 噴水の真上には、まるで四季折々の花の花束のような美しい虹が、陽光を反射しながらキラキラと七色に輝いていた。


 12基の噴水の土台は、よく見るとそれぞれの造形が全て異なっている。

 美術とか芸術のセンスが皆無である拓真は、何故そのような事をするのか理由がわからずに首を捻っていた。

 アラン曰く、それ等はフラジオンの12か月の各月のシンボルを意匠したものであるとのこと。

 どの土台にも、それぞれのテーマに応じた見事な彫刻が彫られていて、クラウスとアランがしきりに感心していた。


「「「「……」」」」


 噴水のまわりには、城外のお花畑と同様の、いや城外のものよりも豪華絢爛な花々が、季節を無視してまさに百花繚乱の言葉の如く一面に咲き誇っている。

 風に乗った花の濃厚な香りが、混ざり合いながら彼等の鼻腔を心地よく刺激していた。


「「「「……」」」」


 城門前広場から城壁沿いに左右に伸びる通路は、修道院などでよく見かけるような屋根付きの回廊になっている。

 その床には、色とりどりのタイル(?)が幾何学模様をなすように整然と填め込まれていた。

 ブ厚い石造り(?)の重そうな屋根は、等間隔に並んだ列柱にしっかりと支えられている。

 そろそろ中天に達している太陽の光が、その屋根に遮られて、彼らの足元に濃く黒い影を落としていた。


「「「「……」」」」


 壁際には、休憩用のベンチがひっそりと等間隔に置かれている。

 何気なくそのベンチのひとつに腰を下ろした拓真が、ふと目線を上に上げると……屋根の裏側の部分(天井)には見事な風景画が描かれていた。

 よく目を凝らして見てみれば、それぞれの列柱にも噴水に負けないくらいの精緻な彫刻が彫られている。

 さらに特筆するべき事柄は、これ等全ての芸術作品に汚れや風化、シミやくすみの類が一切、見当たらない事だった。


「「「「……」」」」


 それでいてこの庭園には、貴族の館にありがちな成金趣味のような嫌らしさが、一切、感じられない。

 あくまで素材(?)の良さと美しさを理解し、それを限界まで引き出したような、ある種の調和のようなものがあった。

 この城を造った者(ほぼ間違いなく魔王だが)の趣味の良さと美的センスに、彼等は尊敬を通り越して畏怖するしかない。

 ……具体的には、『此処までするか!!』という感覚であった。


「……少し休むか」

「そうですね……それが良いでしょう」

「……疲れた」

「腹減ったぁ~」


 漸く絞り出したような拓真の言葉に、全員が賛同する。

 お昼時という事で空腹感も多少あるし、『何処かの誰かさん』を除く三人は色々と疲れていたのだ……肉体的にも、精神的にも。

 それに、この世の天国のようなこの絶景を、この目にしっかりと焼き付けねばならない。

 例えそれが、魔王城の中庭のものであり、尚且つこの光景を創り出した魔王相手に、これから命を懸けた最後の戦いを挑む事になったとしても、だ。


 彼等は各々で適当な場所を選ぶと、無造作に其処に座り込む。

 そして、それぞれの背嚢から食料を取り出して、各自がてんでバラバラに食事をとり始めた。

 とはいえ、所詮は男四人の屋外での食事である。

 メニューについては、推して知るべし、であった。


 ついでに言えば、此処が純然たる敵地である魔王城の城内である事も忘れてはならない。

 此処までは何もなかったが、一応は警戒して、さっさと済ませるのが当然であった。

 煮炊きは無しにして、ビスケットと干し肉を水で流し込むだけの、日本ではとても食事とは呼べない程度の、単なる栄養補給になってしまうのも致し方のない事なのだろう。

 最初は拓真も面食らって、随分と文句を言ったものだが……慣れればこれで十分な食事になるのだから、人間の慣れというものは恐ろしいものであった。


 ゆったりとした、何処かこの世のものではないような幸せな時間が流れていく。

 四人は此処に入るまでのささくれ立った感情が少しずつ溶けていくのを感じながら、今、目の前にある絶景に出会えた幸運を神に感謝しつつ、じっくりと幸せを噛み締めていた。




 だが、どんな幸せにも終わりは訪れる。


 食事をとった後、彼等は庭のあちこちを散策したり(クラウスとアラン)、昼寝をしたり(ジャスティン)、迷子になったり(拓真)、行方不明になったり(これも拓真)、それぞれがリラックスした時間を過ごしていた。

 ……何かひとり、それどころじゃなかった人が混ざっているが。

 まるでただの観光客のようであった。

 此処が魔王城の中である事を、完全に忘れている四人。

 ……油断し過ぎであった。


 が、時間を忘れてリラックスし過ぎた結果、


「やべぇ! ボ~っとし過ぎた!」


 もうすぐ日没の時間になっていた。

 拓真の突然の大声に、ハッと我に返る他の三人。


「うっかりしていました……」

「……油断した」

「ぐ~」


 訂正、二人。

 漸く自分たちが、何者なのかを思い出したようだ。

 大丈夫か? こいつら……。


「どうしましょうか……?」

「どうしましょうか? と言われてもなぁ……どうしようか?」


 ボケェ~としていたのは拓真も一緒だから、クラウスと同様に、彼に良いアイディアなんてあるわけがなかった。

 困ったような表情で、互いの顔を見合わせる二人。

 男二人がお見合いをしたところで、気持ち悪いだけであった。


「……急に寒くなってきた」


 そう言いながらブルッと体を震わせるアラン。

 確かに今頃は、昼間は少し汗ばむ程度の心地よい陽気になるが、朝晩はまだまだ寒い季節であった。


「此処でこのまま一晩過ごすより、建物の中の方が良いに決まっている。

 けど、未探索なんだよなぁ……」

「危険があるという事ですね……」

「……寒いのは嫌い。建物に避難するに一票」


 清々しいまでの自分本位な理由で、はっきりと自分の意見を述べるアラン。

 拓真とクラウスも、そんな彼を見ながら苦笑いをしていた。


「アランもこう言ってるし、俺も進むに一票だな。

 あれだけ大きい建物なら、空き部屋のひとつやふたつはあるだろう。

 安全な所を見繕って、今夜はそこで休んだ方が良い」

「確かに、こんな目立つ所で夜を明かすのも下策ですね。進みますか」

「……賛成」

「ぐ~」

「「「……」」」


 拓真の提案は、特に異議も出されずに皆から了承される。

 ……ジャスティンのから返事は鼾であったが。

 それに気づいた三人の顔から、一斉に表情が抜け落ちる。

 彼等は、だらしのない表情で呑気に熟睡している近衛騎士を取り囲むと、黙って足を一斉に振り上げた……。




 ジャスティンを蹴り起こし、四人はいつもどおりの隊列で、巨大な宮殿へと向かって歩いて行く。

 すっかり日も沈んでしまい、辺りに夜の帳が下りる頃、魔王城の中庭もすっかり暗くなって……いなかった。

 どんな仕掛けなのか良くわからないが、いつの間にか点灯していたらしい魔法の明かりが、彼らの足元を歩く事に全く不自由しない程度に柔らかく照らしている。

 サービスが行き届いていて大変に結構だったが、何の為かまでは良くわからなかった。


 実は、ジャスティンを蹴り起こす際に、最初の一撃が強過ぎたのか、彼は目覚めるどころか気絶してしまった。

 ……手加減って大事だよね。

 そのまま此処に放置して行こう、という鬼畜な案もアランから出されたが、彼をひとりで放置した後で起こるであろう騒ぎの事を考えたのか、拓真とクラウスの両名から却下されてしまった。

 ……さすがに、ね。

 結局、クラウスが回復魔法をかける事になった。

 因みに、この光景は此処一年で比較的良く見られた光景である。

 拓真とアランは、魔力の無駄使いだと言わんばかりに渋い顔をしていたが、まさか引き摺って行くわけにもいかないので……だって、疲れるし……クラウスの行動に特に異論を挟むような事はしなかった。

 ……何処までも酷い連中である。


「便利と言っちゃ、便利だが」

「でも、こっちも目立っちゃいますね」

「……気にしてもしょうがない。相手も同じ」

「猫ちゃんたち、何処行った~?」


 通路の先は、幅広の豪華な平階段になっていた。

 平階段の左右には、高さ3メートルほどの巨大な天使の石像(?)が6対12体、それぞれ違うポーズをとりながら立っている。

 ……残念ながら、猫たちはいなかった。

 石像(?)をゴーレムの類かと警戒し、慎重に足を進めていく勇者パーティ。


 通常ならその手の魔物は、アランの探知魔法で瞬時に判別できるのだが……例の如く、此処ではその手の呪文が使えなかった。

 頼りになるのは、それぞれが築き上げてきた経験に裏打ちされた直感のみである。

 ……急に不安になってきた四人だった。


「何となくだけど、ただの石(?)の彫刻のような感じがするけど……」

「動きませんか?」

「……大丈夫。殴られるのはジャスティン」

「え? 俺?」


 天使の像は、それぞれが直径50センチくらいの球体を掲げながら立っている。

 それぞれの球体から、こちらもどのような仕組みなのか良くわからないが、まるで陽光のような明るい魔法の光が周囲に降り注いでいた。


「確かに芸術的なんだろうけどさ、此処までくるとちょっと不気味」

「あの球体から、何か飛んできたりしませんかねぇ……?」

「……そして、ジャスティンに当たる」

「え? 何で俺?」


 まるで昼間のように明るい平階段を足早に駆け上がると、何故か扉が解放されたままの宮殿の入口(エントランス)が見える。

 どうやらこちらが中に入れない可能性を考慮してくれたのか、気を利かせて開けっ放しにしておいてくれたらしい。


「……猫が?」

「……親切過ぎて、涙が出てきますね」

「……仕方ない。ジャスティンは猫以下」

「え? だから、何で俺?」


 さすがに怪しんだ彼等が、ふとまわりを確認するために自分の周囲を見回したところ……全員がとんでもない状況に気づく。

 一言で言うと……魔王城の中庭では、まるでクリスマス・イルミネーションのような光の祭典が、ただいま絶賛開催中であったからだ。


「「「「……」」」」


 全員、唖然。

 何度かコレを日本で見たことのある拓真はすぐに立ち直ったが、他の三人は声を出すことも忘れて、ただひたすら光の芸術に見惚れていた。

 

 宮殿は、まるで夜の闇から浮かび上がるかのように、幻想的にライトアップされている。

 しかも時間の経過とともに、城から青へ、青から黄色に、黄色から赤へと少しずつ変化していくという手の込みようであった。

 城壁も、さも当然のようにライトアップされ、塔の屋根では電飾のような明かりが一定のパターンで点いたり消えたりを繰り返している。

 よく見ると、今まで彼等のいた回廊の天井にも、蛍光灯のような明かりがいつの間にか灯されていた。

 噴水に目を移すと、噴き出し口に仕掛けられた光源が、吹き上げる水しぶきを数多の色に変化させながら、夜の闇を艶やかに彩っている。


「「「「……」」」」


 拓真の脳裏に、ひとつの疑問が浮かんだ。


(魔王って……暗所恐怖症?)


 違うだろ、と彼にツッコめる余裕のある人間は、残念ながら此処にはいない。

 学生時代に美術でいつも赤点をとっていた拓真は、そんな下らない事を考えつつも、光の氾濫に飲み込まれている仲間たちを静かに見つめていた……。

 














魔王城の城内の描写にばかり時間をとられてしまって、ほとんど話が進んでいません。

まぁ、話が進まないのはいつものことか……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ