第62話 手術中
ほぼ女性同士の下ネタ話回です。
「では、これから勇者様の去勢手術を始めます!」
「待たんか~い!!」
勢い良く宣言したシェーラのひと言に、漸く目を覚ました拓真の絶叫が重なった。
パニックになりそうな頭の中を何とか整理して、彼は努めて現状の把握を試みる。
目を覚ました彼が最初に気づいた事は、何故か体が動かせない事であった。
何とか動かせる首だけを必死に動かして、どうやらこうなった諸悪の根源らしい猫ミミメイドの方を見てみると……いつの間に着替えたのか、彼女は手術用の術着一式を身に着けている。
……手術用のキャップがしっかりと猫ミミ対応になっていた事に、妙に感心してしまった拓真であった。
彼女の反対側では、シェーラと同じように術着一式を身に着けたユリアが、彼を冷たい目で見下ろしている。
……どうやら知らないうちに、拓真はまた彼女を怒らせてしまったらしい。
その原因にはさっぱりと心当たりがないものの、怒りと軽蔑に満ちたその冷ややかな視線を一身に受けて、何故か体の震えが止まらない拓真。
今までのピンチとは桁違いの危機が、拓真(の主に下半身)に訪れていた。
現在、拓真は手術台の上に寝かされている。
いや、より正確な表現を用いれば、手術台の上に縛り付けられていた。
両腕はバンザイをしているかのように頭上でそれぞれが縛り上げられ、両足もまたそれぞれが手術台の端に固定するかのように拘束されている。
さらに彼が暴れないようにと念を入れたのか、手術台の側面から伸びた革製の拘束具が、彼の胴体をがっちりと手術台に固定していた。
結論……脱出不能。
おまけにユリアも、拓真の去勢に反対していないようであった。
勿論、頼りになる仲間たちは、誰も助けに入る素振りすら見せない
拓真のムスコの運命は、まさに風前の灯火であった。
「では、お嬢様……」
「麻酔でしょ。今かけるから、ちょっと待……」
「それ、ナシにしましょうか?」
「はい!?」
「ちょっと待てぇ~!!」
いきなり質の悪い冗談を飛ばしてくるシェーラ。
……冗談?
その割には、目がマジであったが。
冗談……ダヨネ!?
さすがにこれはユリアも想定外だったようで、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で驚いていた。
「まず、麻酔ですが、お嬢様の手を煩わせるのも何ですし、此処はナシにしようかと……」
「いやいやいやいや! さすがにしないとマズいでしょう!」
「コラ待て! そんな理由で手抜きをするな!」
その酷過ぎる理由を耳にして、さすがにユリアと拓真は揃ってシェーラに異議を唱える。
というか、拓真は去勢手術自体を止めるように、二人を説得すべきなのであろうが……パニックに陥った彼の頭からは、そんな当たり前の事すら抜け落ちてしまっているようであった。
「どうせ苦痛を感じるのは、我々ではないですし……」
「俺は感じるぞ!」
「そんな些細な事は、気に留める必要もないでしょう」
「気に留めて! お願いだから!」
「さすがにちょっと可哀想じゃない? シェーラ……」
さっきからギャアギャアと煩い拓真であるが、当然のようにシェーラにその発言を切って捨てられている。
ユリアも少し頭が冷えてきたのか、彼の方を可哀想なモノを見る目で見下ろしていた。
「更に、切り落とす道具には、この切れ味鋭いメスや小刀ではなく、この鋸を使用したいと考えているのですが……」
「え……!?」
思わず絶句するユリア。
鋸に妙な拘りでもあるのか、シェーラが更に鬼畜な提案をしてきた。
その妖しく輝く凶悪な刃先を目にしたユリアは、手術室と化した天幕の片隅で完全にドン引きしている。
ついでにそれを、天幕の外で聞いていたクラウスたちも、青褪めた顔でドン引きしていた。
「ふざけるなぁ~!!」
拓真だけは必死に抗議の叫びを上げているが、頭の中が混乱し始めているのか、まともな抗議になっていない。
彼は何とかこの場から脱出しようと、力の限りじたばたと藻掻いてみるが、拘束はビクとも揺らぎはしなかった。
それでも諦める事なく(諦めるにはあまりにも代償が大きすぎるというのもあるだろうが)暴れ続ける拓真。
抵抗空しく、彼のムスコは、彼の身代わりとして鋸引きの刑に処される事になった。
「なにしてるの~?」
「おひるね~?」
「おやすみなさ~い」
さっきから随分と騒がしい天幕に、チビ娘たちが何事か、と勝手に入って来る。
彼女たちは、中で何が行われているのか良くわかっていないようで、拓真に向かって愛想良く手を振っている始末であった。
だが、さすがにこれから行われるであろう事を、幼い彼女たちの目に触れさせるわけにはいかないであろう。
慌てて彼女たちを追いかけるように天幕に入って来たクラウスたちが、ムズがる彼女たちを抱き上げると、まるでその場から逃げ出すように大急ぎで出て行った。
「さて、クラウス様たちが良い仕事をしたところで、我々もさっさと片付けますか」
「片付けるなぁ~! ていうか、何でこんな事になってるんだよ!? 説明を要求する!」
「却下です」
「勝手に却下するんじゃねぇ! 俺が何をしたって言うんだよ!」
「痴漢行為です」
「両手をぐるぐる巻きにされて気絶している状態で、どうやったら痴漢行為ができるんだよぉ~!」
最後の悪足掻きとばかりに、必死に叫び続ける拓真。
もっとも、その叫びもシェーラの心には全く届いていないようで、微塵も彼女の態度を変えさせる事はできなかった。
「それとも、切り落とすのは首の方がよろしいですか?
私の方としては、別段、それで構いませんが」
「俺の方は、大いに構います!」
既に半狂乱になりつつある拓真。
反論の言葉そのものが、既におかしな言葉になりつつあるが、彼にはそれに気づく余裕などありはしなかった。
「勿論、使用するのは鋸で」
「何でだよ! 何が『勿論』なんだよ!」
何故か鋸に拘るシェーラ。
拓真はもう既に、半分、涙目であった。
「……で、シェーラ。一体、どうするの?」
「申し訳ありません、お嬢様。
御覧のとおり、勇者様の説得に、少々、手を焼いております」
それ、たぶん『説得』じゃなくて、『恫喝』とか『脅迫』とか『悪ノリ』という言い方の方が相応しいと思う……。
長々と行われてきた拓真とシェーラのやりとりに、半ば置き去りにされていたようになっていたユリアに向かって、シェーラが素直に頭を下げていた。
ユリアはシェーラからの謝罪の言葉を受け取りながらも、それでも何か気になる事でもあるのか、少し考え込むような素振りを見せている。
「ねぇ、シェーラ。タクマさんも……」
「お嬢様! 準備が整いましたので、麻酔をお願い致します!」
「え? あ、ハイ……」
「待ってぇ~! お願いだから! 後生だから!」
ユリアの雰囲気が当初に比べて少し変化した事に気づいたのか、シェーラは彼女を急かすように、彼女の言いかけたセリフに割り込むようにして彼女に行動を促してきた。
シェーラの強い口調に言いくるめられて、つい素直に頷いてしまうユリア。
チェックメイトを確信した拓真の両目からは、ボロボロと大粒の涙が溢れていたが、誰も気にしてはくれなかった。
「では、勇者様。
次に目覚める時は、手術が完了した後ですので、暫しのお別れです。
勿論、下半身にくっ付いている不要かつ醜い部分については、永遠のお別れになると思いますので、楽しみにしていてください」
「何処が楽しみなんだぁ~!?」
「では、お嬢様。お願い致します!」
「……ごめんなさいね、タクマさん……」
そう言いながらユリアが右手を一振りすると、ついさっきまでギャアギャアと喧しかった拓真が、急に押し黙ったように静かになる。
もっとも、その寝顔はとても安らかとは程遠く、まるで悪夢に苛まれている真最中のような苦悶の表情を浮かべていた。
「……えっと、シェーラ? タクマさんの……その……お……むにゃむにゃを切り落とすって言っていたけど……」
「はい、お嬢様。
さすがに此処までやれば、勇者様も反省して少しは行動が慎重になるでしょうから、見逃して差し上げてもよろしいかと」
「え!? 良いの!?」
もじもじと何かを言おうとしたユリアの意を察したのか、シェーラがあっさりと前言を翻す。
ついさっきまでの、何処か執念すら感じさせるほどの態度とは打って変わった彼女の豹変ぶりに、ユリアは驚いたように声を上げていた。
「構いませんよ。
人質というものは、生きているからこそ人質としての役割を果たしてくれるのです。
ならば、勇者様のオ○○○ンには、もう少し人質としての役割を果たして頂きましょう。
私個人としても、勇者様の本気で怯えた顔が見られましたので、大変、満足でございます」
満面の笑みを浮かべながら、性格の悪そうなセリフを吐くシェーラ。
だが、そのセリフに何故か安心したのか、ユリアも頬を緩めながら笑っていた。
「……そう。まぁ、貴方らしい言葉が聞けたから、安心したわ。
タクマさんには、ちょっぴり申し訳ない気分にもなるけどね……。
あと、話は変わるけど、私やチビちゃんたちの前では、あまりオ……『オ○○○ン』なんて単語を使わないでくれる?
チビちゃんたちの教育にも良くないし、その……恥ずかしいし……」
そう言いながら俯いて、言葉の語尾を濁すユリア。
余程恥ずかしかったのか、彼女は耳まで真っ赤になっていた。
その庇護欲をそそる姿に、思わずドキッとしてしまった胸を押さえながら、此処に男性陣がいない事を天に感謝するシェーラ。
控えめに言って……破壊力抜群であった。
「かしこまりました。ですが、お嬢様……」
「……何? どうしたの?」
「まさかお嬢様の口から、『オ○○○ン』なんて単語が飛び出してくる日が来るとは思いませんでした」
「ちょっ……」
「時が経つのは早いものですねぇ……」
「そんなところで、成長を実感しないように!」
つい揶揄ってしまったシェーラを、誰も責める事はできないであろう。
ムキになって言い返してくる魔王様であったが、猫ミミメイドには愛らしい生き物にしか見えなかった。
「ところでお嬢様、ひとつ質問が」
「今度は何?」
シェーラに揶揄われた事がわかったのか、少しむくれたように答えるユリア。
そんな拗ねた表情も、とても愛らしいのであるが、彼女には言わないでおいた方が良さそうであった。
「今回、私が勝手に去勢手術の中止を決めてしまいましたが……ひょっとして、お嬢様は切り落としたかったのですか?」
「そんな訳ないじゃない!」
「それとも、一度、勇者様の局部を拝見したかったとか?」
「そ、それは……そんな訳ないでしょう! 何を言っているの、シェーラ!」
「それは失礼致しました」
更に顔を真っ赤にしながら、シェーラに向かって怒鳴り返すユリア。
その表情を見て、さすがにこれ以上揶揄うのはマズいと判断したのか、シェーラは素直に頭を下げていた。
さすがにこのあたりの引き際は、付き合いが長いせいもあるだろうが、見事なモノである。
昨日の夜は、ものの見事に失敗していたようであったが……。
「ですが、何もしないというのも少し問題ですね」
「え……? どういう事?」
「はい。
此処で脅しただけで何もしなければ、この勇者様の事ですから、また調子に乗って破廉恥な事をしてしまう可能性が大でございます。
何しろ勇者様ときたら、天下無双にして大陸中に響き渡る鳥アタマですので」
普段なら、『それはジャスティンの事だろう!』と即座に抗議する拓真であったが……生憎と現在の彼は、麻酔によってお休み中である。
特に異論も出なかったので、ジャスティンと同様に、拓真にも『天下無双にして大陸中に響き渡る鳥アタマ』のレッテルが、ペタリと貼られた瞬間であった。
「此処はひとつ、目に見える形で、何らかの処置をした方が……」
そう言いながら拓真の顔を見下ろして、何事かを考え込むかのように腕を組むシェーラ。
その物言いに少し不安になったのか、ユリアは彼女の顔を覗き込むような感じで見上げながら、何かを邪推するかのように彼女の意思を確かめようとした。
「……何を企んでいるの、シェーラ?」
「企むとは失礼な。
私はただ、この件に関する最善の行動を考えているだけです。
そうですね……。
こうやって考えているだけでは埒も開かない事ですし、少し行動を始めてみましょうか」
そう言いながら、まるで何かを思いついたかのように両手の消毒を始めるシェーラ。
まずは手始めとばかりに、彼女はとんでもない事を言いだした。
「では、去勢手術の代わりに、包○手術などは如何でしょうか?」
「包○手術って……何?」
訊き慣れない言葉の意味がわからないのか、コテンと首を傾げているユリア。
もっとも、箱入り娘である彼女が、この単語の意味を知らないという事実は、別段、大した驚きでもなかったが。
「お嬢様、包○手術というのはですね……」
シェーラはユリアに、これから行う『包○手術』というものの概要や手順を、懇切丁寧に説明していく。
それを真剣な表情で聞いていたユリアの顔が、話が進む度にドンドンと赤くなっていった。
シェーラの説明が終わる頃には、耳まで真っ赤になっている、まるで茹ダコのようになってしまった魔王様の出来上がりである。
……立派なセクハラであった。
「まず最初に……お嬢様、勇者様のズボンのベルトを外して頂けませんか?」
「え?」
「聞こえませんでしたか? お嬢様。
勇者様のズボンのベルトを外して頂きたい、と申し上げたのですが……」
「え? えぇ~!?」
何の気なしに告げられたシェーラの言葉に、思いっ切り動揺して過剰反応してしまうユリア。
彼女は瞬時にその場から飛び退ると、『何でそんな事を私にやらせるの!?』と目線で強くシェーラに訴えていた。
「お嬢様。
何も勇者様のズボンや下着を下ろせとお願いしたわけではないでしょう?
たかがベルトを外すだけではありませんか」
「そ、それはそうだけど……。で、でも……」
何が楽しいのか、くすくすと笑いながらユリアの説得にかかるシェーラ。
……彼女を揶揄って遊んでいる事は明白であった。
「勿論、後でズボンや下着も下ろしてもらうつもりですが」
「できるわけないでしょ!!」
シェーラからいきなり告げられた、とんでもない任務に、思わず絶叫するユリア。
さすがにこれは、無理難題であった。
「ですが、お嬢様。勇者様のモノを見たくはありませんか?」
「……ありません! そんな物!」
多少は迷ったのか、少し言い澱んでしまうユリア。
語るに落ちたとは、まさにこの事であった。
「では、仕方ありません。
お嬢様に無理強いするのも本意ではありませんし、ズボンと下着を下ろすのは、私自身でやりましょう」
あまり追い詰めるのも良くないと判断したのか、シェーラはあっさりと前言を翻す。
手術台を挟んだ向こう側では、ユリアが露骨にホッとした表情を浮かべていた。
勿論、寝ている拓真の意思など、この場では必要とされていない。
もっとも、それがあったところで、シェーラにガン無視されるのが関の山であったが……。
「……シェーラは平気なの?」
「お言葉ですが、お嬢様。私は既婚者ですので、男性のモノなど見慣れております」
「そ、そうなんだ……」
感心しているのか、それとも恐れを抱いているのか、良くわからない表情でシェーラの方を見つめているユリア。
完全に、シェーラの掌の上で遊ばれていた。
「では、お嬢様。クラウス様を呼んでいただけますか?
お嬢様の代わりに、傷口を塞いで頂く方が必要なので」
「……あ、そ、そうね。わかったから、ちょっと待ってくれる?」
「……やっぱり、お嬢様がやりますか?」
「やりません!!」
憤然とした口調でシェーラに言い返し、そのまま天幕から出て行くユリア。
その小さな後姿を見送るシェーラの顔は、とても上機嫌で、今にも鼻歌を歌いだしそうであった。
敬愛する主人を揶揄い尽くして、とても満足なのだろう。
……最悪の従者であった。
次回の投稿は、5月20日頃になると思います。




