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第61話 突発性変態行動症候群

自分で書いておきながら、酷過ぎるタイトル……。

 ユリアが血の付いてしまったドレスを着替えている頃、クラウスも拓真の治療をするために彼の傍へと近づいていった。


 クラウスは正確に拓真の容態を診断するために、暫しの間、彼の顔を注意深く観察する。

 どうやら彼は、顔面の陥没骨折こそ免れていたが、やはり鼻の骨が折れてしまっているのか、なかなか鼻血が止まらないようであった。

 ……というか、このまま放置しておいたら、失血死しそうな勢いで鼻血が流れている。

 血を失い過ぎてそろそろ意識が朦朧としてきたのか、苦悶の表情を浮かべたまま目の焦点が合っていない拓真の顔に、クラウスは“重症治癒(ヘヴィ・ヒール)”の呪文をかける事にした。


 ついでに彼は、さすがに不憫になってきたのか、拓真の体を雁字搦めに拘束しているロープを解きにかかる。

 だが、水を吸って締まりが良くなってしまったのか、ロープは随分と解き難くなっていた。

 因みにジャスティンは、クラウスに指示されるがままに、壊れた天蓋の部品の後片付けを始めている。


「……生きてる?」

「えぇ、というか、勝手に殺さないように」


 ロープを解くのにてこずっているクラウスに、アランがつまらなそうな調子で話しかけてきた。

 どうやら彼は、クラウスを手伝うつもりはさっぱりないらしい。

 それどころか、まるっきり他人事のような感じで、クラウスの悪戦苦闘ぶりを観察している始末であった。

 さすがのクラウスも、アランのその態度に少しイラついたのか、彼に殆ど八つ当たりのような注意を与えている。

 もっとも、そんな小言程度の事で、彼が態度を改めるような殊勝なタマではない事は、クラウスは百も承知であったが……。


「……でも、動かない」

「さすがに色々あり過ぎましたからね。

 心の負担が過大だったところに、血を流し過ぎたので、あっさりと意識を手放してしまったのでしょう。

 もう血は止まりましたから、間もなく目を覚ますかと」


 そう言いながら、やっとの事で結び目を解く事に成功し、拓真の体からロープを引き剥がしにかかるクラウス。

 拓真は完全に気絶してしまったのか、ぐったりとしたまま動かなくなっていた。


「……タクマの事だから、ユリアちゃんの良い匂いを堪能しているだけかもしれない」

「……否定できませんな。

 もし、そのような事をしているのであれば、シェーラさんに言いつけて、皆で制裁しましょうか」


 大怪我をした挙句、気絶しているだけなのに、拓真はアランの思いつきによって再びあらぬ疑いをかけられてしまう。

 ……相変わらず、素晴らしい友情であった。

 何故かクラウスもユリアがらみの件については随分と攻撃的なようで、まるで娘を持つ父親のような形相で、苦悶の表情を浮かべたまま眠り続けている拓真の寝顔を睨みつけている。

 拓真は何もしていないのに、再びピンチを迎えていた。


「おや、お二人とも何か楽しそうなお話を、なされていたようで。

 できれば私も、その話に一口噛ませて頂きたいものです」


 二人の不穏な会話を聞きつけたのか、いつの間にかシェーラまでもが彼等の会話に加わってくる。

 拓真はピンチどころか、絶体絶命の危機を迎えていた。


「……ユリアちゃんは、着替え終わったの?」

「はい。万が一に備えて、お嬢様の着替えは持参しておりましたので」


 何でそんな物を持ち歩いていたのだろうか?

 そう疑問に思ったクラウスだが、アランも同じことを考えていたのか、首を傾げながら彼女に訊き返していた。


「……何でそんな物を?」

「それは勿論、史上最悪の種馬野郎にして、空前絶後のペ○野郎である勇者様が、お嬢様のお召し物に損傷を与える可能性を危惧したためでございます」

「「……」」


 自信満々に、拓真をディスりながらはっきりと言い切るシェーラ。

 言っている事は遠慮のない悪口であったが、現に拓真がユリアの寝台に(本人の意思ではないとはいえ)突入し、ユリアの着衣に損害を与えてしまった以上、何も言えなくなってしまったクラウスとアラン。

 ジャスティンにも彼等の話が聞こえていたのか、苦笑いをしながら無言で遠くの方を眺めている。

 自分だけは巻き込前ないように、と考えているのがバレバレであった。


「しかし、さすがの私も、まさか本当にやるとは思っていませんでした。

 やはり勇者様は、気絶していてもお嬢様に破廉恥な事をしてしまう、困った性質をお持ちのようですね」


 自分自身の事を完全に棚に上げて、本当に困ったように首を傾げているシェーラ。

 どうやら自分のやった事を、本気で忘れているような表情であった。


「……いや、今回はさすがに……」

「……タクマのせいにするのは、ちょっと可哀想な気が……」


 そんな彼女の様子に本気でドン引きしているのか、一歩二歩と後退るクラウスとアラン。

 ついさっき、彼女(悪魔)に魂を売ってしまった事を、本気で後悔し始めた二人であった。


「やはり此処は、しっかりと反省してもらうためにも、去勢手術などを検討……」

「何を検討するの? シェーラ」


 拓真のムスコに死刑判決が下されようとした寸前に、彼等の背後から、着替えを終えたユリアの声がかかる。

 どうやら拓真のムスコは、女神によって救われたようであった。

 乱れた髪を整え直し、淡い水色のドレスに着替えた彼女は、確かに女神もかくやとばかりの神々しさに溢れている。

 彼女の後ろには、女神に付き従う天使にでもなったつもりなのか、チビ娘たちが神妙な顔つきでトコトコと歩いて来ていた。


「はい、お嬢様。

 勇者様の異常性欲を抑制するためには、もはや去勢するしかないのではないか、という結論に達したところでございます」

「いえ、結論に達したどころか、そもそも話し合い自体が始まっていないのですが……」

「……クラウス。たぶん、言ってもムダ」


 クラウスが弱々しくシェーラに反論しているが、勿論、彼女は聞いていない。

 アランは最初から諦めているのか、クラウスの裾を引きながら首を左右に振っていた。


「去勢?」


『去勢』という単語の意味がわからないのか、キョトンとしているユリア。

 彼女の背後では、同じく言葉の意味がわからないチビ娘たちが、ユリアの真似をしているつもりなのか、同様に首を傾げていた。

 何処をどう考えても、思春期の女性が目覚めた直後の会話として、あまりにも不適切過ぎる内容である。

 急に頭痛でも感じているのか、クラウスとアランが額を押さえながら項垂れていた。


「はい、お嬢様。

 去勢というのは、男性のオ○○○ンを切り落とす事でございます」

「はぁ!?」


 堂々と『オ○○○ン』という単語を言い切ったシェーラに対し、ユリアは真っ赤になって奇声を上げている。

 はっきり言って……立派なセクハラであった。


「ちょっ、ちょっと待って! 切り落とすって……何を?」

「はい、お嬢様。ナニを切り落とすのです」


 ユリアが言っているのは、そういう意味の『ナニ』ではないと思うが……。

 シェーラの言葉に再びパニックに陥ったのか、ユリアが激高したように声を荒げた。


「ちょっと、シェーラ! 一体、何を言い出すの!?」

「ですが、お嬢様。

 お嬢様が御就寝中の寝台に突撃するような事をしでかした男に、御咎め無しでは、お亡くなりになった先代様に顔向けができません」

「え!? パパは関係ないでしょう!?」

「大ありです、お嬢様。

 未婚の女性の寝台に忍び込むような輩は、モぐのが相場かと」

「モぐって何!? モぐって!?」


 魔王様。

 結婚前の若い女性が、あまり『モぐ、モぐ』連呼するものじゃありません。

 そう言いたくなったクラウスであったが、さすがにこの場に割り込む勇気はなかったのか、口をパクパクさせているだけであった。


「どうやら勇者様は、性欲が異常に肥大化して、その抑制が不可能な異常性欲者のようです」

「ちょっと、シェーラ! あまり失礼な事を言わないで!」

「そうですか?

 突発性変態行動症候群を患うこの男は、初対面のお嬢様に向かってプロポーズをし、お嬢様が入浴中の浴室に突撃した挙句、今度はお休み中のお嬢様に夜這いをかけたのですよ?

 しかもそれ等全てを、一日にも満たない時間のうちにやってのけたのです。

 この国際指名手配中の性犯罪者が、己の性欲を押さえられない下衆である事は、もはや自明の理かと」

「「「「……」」」」


 あまりに完璧(に聞こえる)なシェーラの理屈に、ユリアだけでなく、クラウス以下の勇者パーティの面々までもが沈黙する。

 確かに此処までの彼の行動を振り返ってみると、色々と不幸な偶然があったとはいえ、弁解の余地が全く無さそうであった。

 勿論、拓真本人からしてみれば、文句のひとつやふたつはあるのだろうが……生憎と本人は、気絶したままである。

 彼がのんびりとお休みをしている間に、事態は取り返しのつかない事になっていた。


「このままでは、いつ性犯罪に走るかわかったものではありません。

 そして、この場合の一番効果的な治療方法が、去勢手術なのです」

「だ。だからと言って……」


 如何にも無念そうな表情を浮かべながら、ユリアを口説き落としにかかるシェーラ。

 ユリアはまだ納得できていないようであるが、シェーラの理屈(屁理屈の要素大)の前に、効果的な反論ができずに困っているようであった。


「せめて苦痛を与えないように、お嬢様自身の手で、勇者様に麻酔の魔法をかけてあげて下さい。

 これは勇者様を性犯罪者にしないための、苦渋の決断なのです。

 どうやらご理解頂けたようで、このシェーラ、大変光栄でござます」

「え!? 決定事項!?」


 いつの間にか、勝手に自分に役割が割り当てられている事に驚くユリア。

 どうやらシェーラの頭の中では、ユリアも去勢手術に賛成して、手助けしてくれる事になっているようであった。

 さすがにクラウスとアランは、薄々、その矛盾に気づいていたが……自分たちに火の粉が降りかかる事を恐れた彼等は、あっさりと拓真を見捨てるかのように沈黙を守る。

 拓真の身代わりとして、彼のムスコに死刑判決が下された瞬間であった。


「ちょっと待って!? そもそも何で、タクマさんが私のベッドに入って来たの!?

 というか、どう見ても、上から落ちてきたようにしか見えないんだけど!?」

「……気づかれてしまいましたか」

「何か言った!? シェーラ!」

「いえ、何も」


 ユリアの追及に、一瞬だけ顔を顰めるも、すぐに元のポーカーフェイスに戻ってシレッと惚けるシェーラ。

 何故か被害者であるはずのユリアが、加害者であるはずの拓真の弁護をするというおかしな事になっていた。

 客観的に見れば、確かにおかしな事ではあるが……ここ最近の魔王城では、比較的良く見られる光景でもある。

 この光景を良く見るものにしてしまった彼等の頭の中身こそが、一番、おかしいのかもしれなかった。


「その件につきましては、少し説明が長くなりますが、よろしいでしょうか?」

「良いも悪いもないでしょう!

 タクマさんのお……むにゃむにゃを切り落とすなんて話になっているんだから、最後まで聞くのが当然よ!」


 さすがに『オ○○○ン』という単語そのものを口に出すのは憚られたのか、ユリアは顔を真っ赤にしながらシェーラに言い返している。

 そんなに恥ずかしいのなら、其処まで無理をする必要はないと思うのだが……やはり羞恥心よりも正義感の方が勝ったのか、彼女は堂々と胸を張りながら従者の挑戦を受けて立っていた。

 性懲りもなくジャスティンが彼女の方を見てニヤニヤと笑っていたので、クラウスはアランとともに彼の爪先をしっかりと踏みにじっておく。

 ……当然の制裁であった。


「では、要点を掻い摘んで、手短に説明致します。

 お嬢様がお倒れになった後、勇者様がその隙を狙って夜這いをかける事が十分に予測されたため、クラウス様たちからの協力を仰いで、彼の者を城壁から吊るして手出しができないように致しました」

「……ごめんなさい。

 何で城壁から吊るす必要があるのか、私にはさっぱりわからないんだけど……」


 頭痛でも堪えているかのように、額を押さえながら呻くように答えるユリア。

 極めて常識的な疑問であった。


「城壁の上で勇者様をそのままにしておきますと、お嬢様に襲いかかる可能性が大きいと判断した故にございます。

 現に一度、お嬢様が入浴中の浴室に侵入した実績もございましたので」

「……まぁ、いいわ。続けて」


 決して良くはないと思うが……。

 その時の事を思い出したのか、ユリアの顔が再び羞恥で真っ赤になった。

 さすがに何も言えなくなってしまったのか、彼女はシェーラに話の続きを促している。

 手応えあり、と判断したシェーラの口が、更に滑らかに動き始めた。


「勇者様もさすがに反省したのか、皆に許しを乞うて来たため、力を合わせて城壁から引き上げようとしたのですが……その際に力加減を誤って、お嬢様の寝台の天蓋を破損させてしまいました。

 申し訳ございません。私の不手際でございます」

「……いや、私は別に、天蓋を壊しちゃった事を怒っているんじゃないんだけど……」


 神妙に頭を下げるシェーラに対し、何故かユリアは戸惑ったような表情で言葉の語尾を濁している。

 どうやらシェーラにとっては、拓真の命や安全などは、寝台の天蓋よりも価値が低いと看做されているようであった。


「それで、幾つか訊きたい事があるんだけど……」

「はい、何でしょうか? お嬢様」

「タクマさんが、びしょ濡れなのはどうして?」


 さすがは魔王様。

 良いところを突いてきた。

 だが、その質問に答えるのは、屁理屈女王のシェーラである。


「はい、お嬢様。

 それは勇者様が、失禁してしまったからでございます」


 その質問に対する彼女の答えは、相変わらず酷いものであった。


「はぁ!?」


 ユリアの顔が、これ以上無いくらいに驚愕の色に染まっている。


「お嬢様。

 失禁というのは、おしっこをチビる……いえ、漏らす事でございます」

「……いや、そのくらいの事は知っているけど……」


 シェーラの念押しのような言葉に、ユリアは少し戸惑ったように言葉を濁していた。


「おにいちゃん、おしっこもらしたの~?」

「おねしょしちゃったの~?」

「あたしたちといっしょらねぇ~」


 ユリアの足元では、チビ娘たちが拓真に親近感でも覚えたのか、彼の方を指さしながらニコニコと笑っている。

 そんな娘たちの愛らしい反応をとりあえず横に置いといて、シェーラは説明の続きを進めていった


「はい。ですので、とりあえず勇者様に水をぶっかけて、誤魔化す事にしたのです。

 下半身だけ水をかけたりしたら、それはそれで即座にバレてしまいますので、頭からぶっかける事にしたのですが……どうやら無駄な努力になってしまったようですね」

「……」


 聞いてはいけない事を聞いてしまった、とでも思っているのか、ユリアは無言のまま拓真の方から目を逸らす。


「……まぁ、その件については、忘れる事にしましょう。

 それで、次の質問なんだけど……タクマさんは、どうして血塗れになっていたの?」


 ついでに話題も逸らす事に決めたのか、彼女は次の質問に移っていった。


「はい。

 実は勇者様を城壁の上まで引き上げ終えた時に、足元をふらつかせた彼の者が、私の胸元に顔を埋めるように倒れ込んできたのです。

 ビックリしてしまった私は、思わず往復ビンタを喰らわせた後、ついトドメとばかりに顔面に正拳突きを入れてしまいました。

 その結果、あの変態男の体が宙を舞って天蓋を突き破り、お嬢様に覆い被さるような事態を招いてしまったのです。

 吹き飛ばす方向を見誤ってしまった事に関しては、このシェーラに全ての責任がございますが、元を質せば、全てはあの男の痴漢行為が原因でございます」

「……そう」


 何か気に入らないフレーズでもあったのか、ユリアは急に無表情になると、拓真の倒れている寝台を鋭い目つきで睨んでいる。

 何故か急に雰囲気の変わってしまった彼女の姿に、底知れぬ恐怖の感情を呼び起こされたのか、クラウス以下の三人はガタガタと小刻みに震えていた。

 ふと見てみると、チビたちにもユリアの豹変が伝わったのか、彼女たちは大急ぎで母親の後ろへと避難を始めている。

 どうやら拓真の受難は、まだまだ始まったばかりのようであった……。

次回の投稿は、おそらく5月16日頃になると思います。

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