第5話 魔王城の城門の開け方がわかりません
此処は魔王城の正面入口、巨大な双塔城門の目の前である。
「どうやら歓迎のご挨拶はなかったようだな。良かった、良かった」
「確かに良かったかもしれませんが、もう少し真面目にやってください」
まだ多少の緊張感は残っているものの、厳戒態勢を解いた拓真が大きく背伸びをしながら努めて明るくまわりの仲間に声をかけたが、クラウスの声は冷たかった。
「悪い、悪い。でも、緊張は解れただろ?」
「解れ過ぎです」
「……不謹慎」
「……申し訳ありませんでした」
アランの声も冷たかった。
二人に冷たくあしらわれて、素直にその場で土下座する拓真。
勇者の威厳などカケラも感じさせぬ、実に殊勝な態度であった。
「……でも、まぁ、良いでしょう。あっちに比べたら……」
クラウスはそう言いながら、まるで錆の浮いたブリキの玩具のような首の動きで視線を巡らせる。
その先には……子猫たちを餌付けしてご満悦の騎士様がいた。
おそらく、此処に来た目的など完全に忘れているのだろう。
猫団子になって拓真特製の塩抜き済み干し肉を奪い合う子猫たちを見下ろしながら、彼は満足そうに小鼻を膨らませていた。
そんな残念騎士の様子を呆れたような、或いは諦めたような目で見ながらボソリと呟くクラウス。
「……放っときましょうか」
「……だな」
拓真としては未練いっぱいだが、さすがにジャスティン扱いは避けねばならなかった。
涙を呑んでクラウスに同意する事にする。
「……ああなったジャスティンは役に立たないし」
「では、我々だけでこの城門を調査しましょう」
「そうだな。勿論、調査が終わった後で俺もモフらせてもらうが」
「「……」」
余計な一言を漏らした拓真を、クラウスとアランがジト目で睨んでいた。
「だ・か・ら! 終わった後だ!」
「……まぁ、良いでしょう」
「……終わった後なら」
失言に気づいた彼は、慌てて言い繕うように真っ赤になって弁解する。
つい先ほどの醜態を思い出したのか、二人は諦めたように肩を竦めていた。
「あいつはいっそ、このまま城外に放り出しておくか」
「悪くないアイディアです」
「……異議なし」
さすがにそろそろ真面目にやらないとマズいと思ったのだろう。
ジャスティンの活躍(?)を横目に見ながら、拓真が悪魔のような決定を下していた。
仲間を見捨てる決断だけは、異常なほどに早い彼等である。
本案は全会一致で可決された。
慎重に罠を警戒しながら、城門の調査を進める拓真・クラウス・アランの三人。
拓真の担当は、城門の扉そのものの調査であった。
石や金属以上の硬さが有りながら、継ぎ目らしい継ぎ目というものが全く見当たらないこの不思議な物質は、やはりアランの言ったとおり魔力を物質化した物なのだろう。
この城の正面入口になる城門の扉の表面には、開けるヒントになりそうな取手や窪みの類は、一切、見当たらなかった。
……勇者の鎧が、取手や窪みだらけにも関わらず、だ。
つるりとした表面には傷ひとつなく、まるで鏡のように彼の姿を映し出していた。
珍妙な……拓真の姿を。
コンコン。
何か思うところでもあったのか、心持ちしょんぼりとした表情の拓真が2、3度扉の表面を軽く叩いてみる。
……反応ナシ。
何か罠のようなものが作動するのではないかと警戒していた彼であったが、どうやら杞憂に終わったらしい。
もう一度、見たくない物をなるべく視界に入れないようにして、拓真はジッと扉を見上げてみる。
もう少し扉に触れて調べてみようかと思った彼であったが、綺麗に磨き上げられたその表面を見てしまうと、ついつい罪悪感に怯んでしまった。
何て言うか……簡単に言えば、綺麗に映っている鏡の表面に、指紋をべったりと付けてしまうような……そんな忌避感に囚われるのだ。
別に証拠隠滅とかそういう類のつもりはないのだが……結局、彼はこれ以上の調査を断念し、クラウスとアランに相談する事にした。
クラウスは、扉の横に建つ双塔の表面を丹念に調べている。
やはりこちらも継ぎ目らしい継ぎ目が見当たらないので、さすがの彼も、何処から調べたらいいのかわからずに戸惑っていた。
ならば、と彼は罠を恐れず手当たり次第にあちこち触ってみるものの、どうにも手応えらしきものが見当たらない。
何か隠し扉のようなものでもあればと彼は考えたようだが、それらしい手掛かりが全く見当たらず、辛抱強い彼も途方に暮れていた。
アランは全体を見回しながら、魔術で城の表面の魔力パターンのわずかな差異を探っている。
だが、魔力反応の大きさが桁違い過ぎるのか、探索は困難を極めていた。
ならば、と地面や植え込み、果てはジャスティンと遊んでいる猫たちの足元まで範囲に入れて探してみるが、結局、徒労に終わってしまう。
もっとも、どさくさに紛れて猫たちを撫でる事は忘れなかったが。
この辺の要領の良さが、彼が”ちゃっかり者”と呼ばれる所以である。
どういうわけか知らないが、猫たちは逃げようともしなかった。
随分と人に慣れているようだ。
それどころか、『もっと食べ物を寄越せ!』と言わんばかりにジャスティンに纏わりついている始末だった。
そんな一コマを交えつつ、調査を始めてから30分。
結果は……手掛かりなしであった。
もっとも、この程度の調査が徒労に終わったところで絶望するような奴は、冒険者の世界では一流と呼ばれない。
彼等のような人間にとっては、むしろここからが本番であった。
何しろ世の中には……もっと質の悪い仕掛けがたくさんあるのだから。
洞窟の入口から最初の一歩を踏み出した途端に、いきなり落とし穴に落とされたこともあった。
(思いっきり引っ掛かって、皆に大笑いされたっけ……)
昔を思い出しながら、遠い目をする拓真。
彼にとっては、既に懐かしい思い出になっている記憶であった。
笑って済ませられる事じゃないと思うが……。
他にも、とある遺跡で、入口から入って行ったら魔物だらけの部屋に辿り着き、苦労して魔物たちを全滅させたらその部屋は行き止まりになっていて、その部屋で一生懸命隠し扉を探したら、入口そのものがダミーだったという悪意満載の(というより悪意しかない)仕掛けも乗り越えてきた。
……因みに、その遺跡にはダミーの入口のすぐ横の壁に隠し扉があって、実は其処が正しい遺跡の入口だったというオチまでついていた。
(どういう設計なんだよ、ありゃ……)
また、それとは別の遺跡の探索をしていた時の事だが、扉の前にレバーが設置されていて、一見、左右に倒すようにしか見えないそのレバーを、右に倒してみたら、地面から炎が噴き出してきて拓真が火だるまになり、左に倒してみたら、今度は天井から雷撃が飛んできて拓真が感電死寸前になった事もあった。
結局、頭にきた拓真がそのレバーを怒りに任せて思いっきり蹴飛ばしたら、何故かそれが正解だったようで、あっさりと扉が開いてしまった。
……どうやら『レバーそのものを動かさずに、土台ごと向こう側へ押し倒す』が正解だったらしい。
その時は、ふざけた仕掛けに、随分とやさぐれたものだった。
(だれだ! あんな仕掛けを考えた奴は!)
そんな過去を振り返りつつ、城門を睨みつける拓真。
被害がないだけ、今回はまだまだマシだと思っていた。
ひょっとすると、罠で酷い目に遭っているのは自分だけじゃないか……という疑念が頭を擡げてくるが、とりあえず今は、それは横に置いておく。
彼も一流冒険者の名にふさわしく、まだ大した疲労の気配も見せてはいなかった。
門の手前ではジャスティンが、今度は何処からともなく三個の猫用の玩具を取り出すと、子猫たち三匹と同時に遊ぶという離れ業を見せている。
やはり彼も一流の……。
一流の……何だろう?
そんな残念騎士の超絶技巧(というより、それと戯れている子猫たち)を横目に見ながら、拓真が他の二人に声をかけた。
「何か見つかったか?」
「いえ。何も」
「……やっぱりわからない」
「なぁ、アラン。空を飛べるような魔術で城壁を越えられるとか……」
「……それが出来れば苦労はしない。
見たところ、城壁の上に”魔力の盾”に近い結界が張ってある。飛び越えるのは無理」
「……楽はできないか」
「まぁ、そうでしょうね。我々でも思いつく事ですから」
そう言いながら苦笑いするクラウスだが、特に気落ちした様子は見られない。
拓真は猫たちと遊べないので、顰め面をしたままだが。
「では、今度は捜索範囲を広げて、それこそ城壁を一周する覚悟で地面の方も調べてみましょうか。例の遺跡の時みたいに、外に隠された入口があるかもしれませんから。
最悪の場合は、此処で一泊する覚悟で行きましょう。
中に入れなければ何も始まりませんし」
「……わかった」
「……おう」
拓真の返事が一拍だけ遅れる
一泊するのに託けて、子猫たちと何をして遊ぼうか、などと考えていた事は秘密であった。
クラウスの提案をとりあえず了承し、それぞれに散っていく三人。
拓真は城門から城壁沿いの地面を右回りに、クラウスは反対に左回りに、アランは少し離れた芝生の上を慎重に調べていた。
彼等はそれこそ地面に這いつくばるかのようにして、秘密の通路の痕跡を探し始める。
確かにクラウスの言うとおり、城の中に入れなければ何も始まらないからだった。
何処かの騎士様は、未だに子猫と遊んでいる。
(俺と替われぇ~!!)
拓真の心の叫びは届かなかった……。
探索は一時間ほどで終了した。
この魔王城という建物は、側面の城壁が崖のギリギリの所まで迫っているので、横に回り込む事自体が不可能になっている。
とてもではないが、隠し通路を作るスペース自体がありそうになかったし、崖の中腹にもそれらしき物は何も見つからなかった。
結局、何も手掛かりが無いまま、時間だけが過ぎていく。
さすがの三人も疲労を隠せなくなってきたようだ。
確かに、いつ来るかもわからない魔物を警戒し地面に注意を払いながらわずかな手掛かりを探すという作業が相当に神経を使うという事実に疑いの余地はない。
拓真は明らかにイライラしているのか、ブツブツと独り言を漏らしながら足元の小石を蹴っ飛ばしていた。
クラウスとアランも、明らかに落胆したように視線を地面に落としている。
そんな彼等の様子などお構いなしの能天気な声が、まるで耳障りな騒音のように三人の耳に届いた。
「よぉ! お仕事は終わったかい?」
勿論、声の主はジャスティンである。
この男、他の三人が一生懸命に城への入り方を模索している間中ずっと、猫たちと遊んでいたらしい。
殺意の籠った彼等の視線などどこ吹く風。
妙に艶々としたとても良い笑顔を浮かべながら、明らかに挑発としか思えないようなセリフを投げかけてきた。
「お前が遊んでいる間中、城への入り方を探してみたが、手掛かりなしで入れない」
拓真がイヤミ十分の答えを返すが、ジャスティンにまるで気にする素振りは見られなかった。
たぶん、全くイヤミが通じていないのだろう。
彼は満足しきったような笑顔のまま、想定の斜め上の珍妙な事を言い出した。
「そっかぁ~。じゃあ、知ってる人に訊いてみればいいんじゃね?」
「「「知ってる人?」」」
そんな奴、いるの?
勿論、三人とも心あたりのあろうはずがなかった。
ジャスティンは『あぁ、またこの男はわけのわからない事を言い出したな』と胡乱気な目で彼を見つめている彼等をそのまま置き去りにすると、もう一度猫たちの元へと戻っていく。
そしてその場にしゃがみ込み、何故か拝むようにして猫たちに話しかけた。
「なぁ、俺たちあの城に入りたいんだけど、案内してくんない?」
「にゃあ!」
何故か母ネコが、ジャスティンの頼みに応えるように返事をする。
彼女はその場にスクッと立ち上がると、城門の方へと向かって足取り軽く歩き出した。
その姿を、声も出せぬまま呆然と見守った三人。
満腹になってウトウトしていたらしい三匹の子猫たちが、慌てて母親の後ろを一生懸命に追いかけていく姿がなかなか愛らしいのだが、そんな微笑ましい光景を温かく見守る余裕すら、今の彼等にはなかった。
(((何が始まるの?)))
母ネコは、何事かと思って不躾な視線を投げかけてくる拓真たちの足元を器用にすり抜けて行く。
そして、扉の表面にペタリと前足を置くと、そのまま撫でるように何度か動かした。
すると……、
ブゥウウウウン。
という音とともに扉の表面の色が暗転し、其処に数字が浮かび上がる。
さらに、浮かび上がった数字の幾つかに、母ネコがリズミカルに前足を当てていくと……、
『ゴゴゴゴゴゴッ!』
という大きな音を立てながら、あれだけ調べても開け方の分からなかった城門の扉が、ゆっくりと地面の方へと沈み込んでいった。
「「「……」」」
何が起こったのかわからずに、唖然としたまま立ち尽くす拓真たち。
母ネコはそんな彼等を一瞥すると、子供たち(あと、ついでにジャスティン。どうやら子猫と同レベルに思われているらしい)を呼び寄せるようにもう一度『にゃあ!』とひと声鳴くと、そのまま彼等を引き連れて悠々と城門を潜って行った。
ぴゅう~……。
呆然と立ち尽くしたままの三人の間を、一陣の風が吹き抜けていく。
(あれ? 何で……)
さっき拓真がノックした時は、何も変化が起きなかったはずだが……。
思わず真っ白になりそうになる頭をフル回転させ、拓真は両者の違いを探してみる。
その違いは……。
(しっかりと触らないとダメって事か……?)
漸く原因らしきものに思い至った拓真。
おそらく先程のノックに扉が反応しなかったのは、接触時間が短すぎたのが原因らしい。
要は、省電力(省魔力?)モードが解除されなかった、という事だった。
母ネコの動きを見ていた拓真の脳裏に、地球に存在するある電子機器の姿が思い浮かぶ。
(何でフラジオンにタッチパネルが存在するのぉ~!?)
まぁ、操作方法を知っていたところで、肝心の暗証番号の方がわからなければ、どうにもならなかったが……。
というより、猫がタッチパネルをきちんと操作していた事に驚くべきなのか、それとも城門にタッチパネルのような壊れやすそうな精密機器を設置している非常識さを憂慮すべきなのか、訳がわからなくなってしまった拓真はその場で頭を抱えたまま蹲ってしまう。
クラウスとアランは、初めて見るオーバーテクノロジーに暫く呆然と立ち尽くしていた。
ぴゅう~……。
もう一度、呆然としたまま立ち尽くす三人の間を、一陣の風が吹き抜けていく。
暫しの時間が経った後、漸くクラウスとアランの二人が復活した。
「……は!」
「……ゴメン。ちょっとショックを受けていた」
「それなら私も一緒です。一体、何が起こったのでしょう?」
「……信じられないかも知れないけれど、猫が扉を開けてくれた」
「はぁ?」
アランの発言の真意がわからず、珍しく混乱した声を上げるクラウス。
だが、アランは努めて冷静を装いながら、目の前で起こった事実をクラウスに告げた。
「……もう一度繰り返す。信じられないかも知れないけれど、猫が扉を開けてくれた」
「……冗談ですよね……」
「……冗談だったらどんなに良いか。でも、事実を捻じ曲げるのは僕の流儀じゃない。
怒った事を順番に話していくと、猫が扉に触れたら扉に数字が浮かび上がってきて、その浮かび上がった数字の幾つかに猫が触れたら門が開いた。
猫たちとジャスティンは、一緒になって門を潜って行った。以上」
「……」
アランの状況説明を受けて、額に手を当てながら考え込むクラウス。
するとその視線の先に、蹲ったままの拓真の姿が見えた。
クラウスの頭の中を、天啓のような閃きが走り抜ける。
こうなった原因は……誰のせいだ?
「……確か此処は、拓真の担当だったはずですが……」
「……そのとおり」
「すると、全ては拓真の見落としが原因である、と」
「……クラウスの言ってる事は正しい」
「我々の今までの苦労は何だったのですか……?」
「……僕たちの苦労を返せ」
「ごめんなさい」
拓真を恨めし気な目で見ながら、恨み言をぶつけるクラウスとアラン。
拓真はその場で素直に土下座した。
いろいろと言いたい事もある拓真だったが、彼の見落としが原因である事に間違いはない。
ならばさっさと謝ってしまえ、という彼の決断は正しかったようだ。
「お説教のひとつでもしたいところですが、扉が閉まる前に中に入らなくてはなりません。
さっさと行きましょう、アラン」
「……わかった」
素直に土下座した拓真を見ろしている二人は、それ以上の追及を止めてその場で身を翻すと、憤懣やるかたないといった表情で、さっさと拓真を置き去りにしたまま門を潜って行く。
その場にぽつんと土下座をしたまま、ひとり取り残された拓真。
彼の頭上を、一陣の風が吹き抜けていく。
(……あれ? 確かフラジオンって……剣と魔法の世界だよね……?)
……ノーコメントで。
この世界の根本の設定に疑問を抱きながら、彼は土下座の姿勢から立ち上がると、二人の後を追うようにトボトボと城門を潜って行った。
猫が城門を開けるシーンの記述が二転三転して、結構大変でした。
これで良かったのかなぁ……?