第49話 気づいたら○○扱い?
食事が終わり、まわりから生暖かい目で見られながら、漸くユリアと同じテーブルん着く事を許された拓真。
彼は感涙に咽びながら、ユリアに深々と頭を下げている。
因みに現在、彼にとって最大の障害であるシェーラは、此処にはいなかった。
さっき彼女自身が言っていたとおり、後片付けのために退出している。
……チャンスであった。
因みに、チビ三人組も母親の後を追うようにぞろぞろと部屋を出ていったが、一体、何をするつもりなのだろうか?
彼女たちでは、お手伝いどころか、片付けの邪魔にしかならないような気がしたが……。
娘たちに邪魔をされてイライラしたシェーラが拓真に当たり散らす前に、此処でしっかりとユリアに謝罪をして、彼女の許しを得ておく必要がある。
そう感じた彼は、必要以上に丁寧な言葉遣いで、間違っても彼女の機嫌を損ねないように慎重に言葉を選びながら、ユリアに向かって頭を下げつつ謝罪の言葉を紡いでいった。
「この度は、大変なご迷惑をおかけして、誠に申し訳ございません。
このとおり、伏してお詫びする次第であります。
どうかユリア様におかれましては、寛大なる慈悲の心を以て、どうかお許し頂けたらと……」
「もう良いですから、やめてください」
「ははぁ~、ユリア様の御心のままに」
……考え過ぎたせいか、拓真の言葉が白々しい呪文のようになっている。
それを聞いていたユリアが、呆れたような感じでひらひらと手を振りながら、彼の謝罪の言葉を遮った。
何故か普段の彼女とは違う投げやりな感じが気になるが、それが彼女の意思ならば仕方ない、と無条件に従う事にする拓真。
その一挙一動は、まるで不細工な木偶のようであった。
どうやら、慣れない口調と所作に緊張しているのか、体が不必要な動きをしてしまっているらしい。
……ダメダメであった。
そんな彼の様子を、何か可哀想なモノでも見るような目で見守っていたユリアは、困ったようにクラウスに何かを相談している。
「あの、クラウスさん。どうしたら良いんでしょう?」
「……まぁ、一応は謝罪するつもりはあるようですし、此処から先はユリア様次第かと」
ユリアの問いかけに、クラウスは拓真の方をチラリと一瞥すると、額に手を当てながら重々しく口を開いた。
謝罪以外の何物でもないだろう、と思っていた拓真であったが、二人にはイマイチ良く伝わっていないらしい。
此処はしっかりと反省しているところを見せるためにも、軽挙妄動をせず、彼は大人しく事の成り行きを見守る事にした。
「ふざけているようにしか聞こえませんが、どうやら本人は至って真面目なようで」
拓真としては、ふざけているつもりなど全くなかったのだが、クラウスにはふざけているようにしか聞こえなかったらしい。
どうやら誤解があったようだ。
おかしい。
また、何か失敗しただろうか?
「ただ単に、相手に誠意を感じさせる事ができない、可哀想な人であると思って頂けたらよろしいかと」
ついに人格攻撃までしてくるクラウス。
まるで何処かの猫ミミメイドのように辛辣であった。
「まぁ、裸を見られたわけじゃないので、そろそろ許してあげた方が……」
何故かユリアの方が、クラウスにお伺いを立てている。
どっちが魔王なのか、良くわからなくなる光景であった。
まぁ、だからと言って、クラウスが魔王に見えるか? と言われればそんな事はないのだが……。
「ユリア様。残念ながら、それがマズいのではないでしょうか?」
「おい! 何でお前が反対してんだよ!」
クラウスの言葉に、思わず抗議する拓真。
さっきは『此処から先はユリア様次第』とか言っていたくせに、彼女が“許す”と言う言葉を口にした途端に反対するとは、一体、何を考えているのか?
彼の意図が全くわからず、混乱した拓真。
先程の沈黙が完全に無駄になってしまったが、それはこの際、どうでも良い。
このまま話が進んで行くと、自分の立場がどんどん悪くなりそうであった。
……これ以上、悪化するの? という疑問は、この際、置いておくが……。
だが、クラウスは拓真をもう一度、一瞥しただけですぐにユリアに向き直ると、彼女に自分の意見の続きを述べ始めた。
「申し訳ありませんが、タクマが此処までやらかしてしまうのは、ユリア様の優しさに甘えているのが原因かと」
「え! 私のせいなんですか!?」
「おい! 幾ら何でも、それはないだろ!?」
「タクマは黙っていてください! 貴方に発言権はありません!」
クラウスに一喝され、怯む拓真。
「他人の話を途中で遮らないように!
話はきちんと最後まで聞いてから、意見を言ってください! 良いですね!?」
「……はい」
「ごめんなさい……」
叱られたのは拓真だけのはずなのに、何故かユリアまで一緒に謝っていた。
彼女の殊勝な態度を見て、この謙虚さが半分でも拓真やシェーラにあれば、と思わずにはいられないクラウス。
世界最強と言っても過言ではないはずの魔王様なのに、彼女はどういうわけか、やたらと腰が低かった。
……気が小さいだけかもしれないが。
あまり傲慢過ぎるのもいかがなものとは思うが、彼女の立場と実力を考えれば、もう少し自信をもって強気に出ても罰は当たらないだろうと思うのだが……こればかりは本人の生まれ持った性格の問題なので、致し方のない事であった。
まぁ、彼女らしいと言えば彼女らしいのであろうが……。
因みに、シェーラについては、あれは“傲慢”ではなく“凶暴”であった。
これは、勇者パーティ四人の共通見解になっている。
もっとも、間違っても本人の耳に入れるわけにはいかなかったが……。
萎れたように小さくなってしまったユリアの姿を見て、クラウスは、一瞬、彼女に慰めの言葉のひとつでもかけようかと迷ったが……また変に話が横道に逸れる方がマズいと判断して、涙を呑んで特に何も言わずに話を再開させる。
「確かにユリア様は、優しくて公明正大な素晴らしい人格者である事に間違いはないのですが、タクマにはあくまで客人という遠慮があるのか、少し対応に甘いところがあります」
ユリアに申し訳ないと思いつつも、敢えて彼女にそれを悟られぬように、クラウスは淡々とした口調で話を続けていった。
「……逆にシェーラさんには、そんな遠慮がないよね?」
「あれはちょっと、遠慮がなさ過ぎですね」
「遠慮がないと言うより、傍若無人って言うんだ。あれは……」
「すいません。うちの者がご迷惑をおかけして……」
「足して2で割れば、丁度良いんじゃねぇの?」
「そんな単純な話ではないと思いますが……」
アランの余計なひと言に、何故か全員がそれぞれ感想を述べている。
魔王様は平謝りに謝っているが、問題は其処ではないので、クラウスは軌道修正をするように話を元に戻していった。
「失礼しました。話が逸れてしまいましたね。
それで、本来なら、タクマの方がそれ相応の振る舞いをせねばならないところなのですが、残念ながら、彼はそれができる人間ではないので……」
再び拓真をディスるクラウス。
どうやら彼の中での拓真の株は、もはやジャンク債扱いされているようであった。
「あれ? 俺って、そういう評価?」
「……クラウスの言うとおり」
「俺と一緒だ、一緒!」
「うぐぅ!」
アランはともかく、ジャスティンが軽い調子で言い放ったひと言に、まるで心臓を一突きにされたような衝撃を受けて蹲る拓真。
彼にとって“ジャスティン扱い”は相当にショックだったらしく、拓真は顔を真っ青にしたままブルブルと震えていた。
すっかりと意気消沈してしまった彼の横顔を眺めていたアランの冷たい視線が、『何を今更』と雄弁に物語っている。
ユリアとクラウスは、そんな周囲で交わされる馬鹿話を一顧だにせず、真面目な話し合いを続けていた。
「では、私はどうしたら良いんでしょうか?」
何故か人生相談のようなセリフを吐くユリア。
彼女も少し動揺しているのか、言葉に力がなかった。
「そうですね……。
礼儀作法のきちんとしたユリア様には難しいかもしれませんが、タクマを客人と思わずに、囚人扱いしてみてはいかがでしょうか?」
「いきなりとんでもない事を言いだすクラウス。
君、確か、拓真の仲間じゃなかったっけ……?
仲間(?)をあっさりと売り飛ばすような発言だが、彼は顔色ひとつ変えていない。
拓真は、いつの間にか勇者から囚人にクラスチェンジしていた。
「え! そ、そんな失礼な事、で、できるわけがないじゃないですか!」
さすがにビックリしたのか、ユリアがクラウスに向かって、珍しく声を荒げて抗議している。
何故か被害者であるはずの彼女が、加害者の仲間である彼に向かって、加害者を弁護していた。
一体、彼は何をしたいのだろうか?
「確かに難しい事は承知の上ですが、そもそもタクマの方がユリア様に失礼な事を、散々、やらかしてしまているので、罪を償わせる必要があるかと。
その方が、彼の自覚を促すためにも良いでしょうし……。
こちらも多少の事は大目に見る……と申しますか、とりあえず生きてさえいれば……場合によっては、手足の2,3本くらいなら切り落としても文句は言いませんので」
更にとんでもない事を言いだしたクラウス。
「うぉい! ちょっと待てぃ! 俺の手足は4本しかないんだぞ!」
「……タクマ、ツッコむところを間違えている」
クラウスのあまりの言いように、拓真は思わず怒鳴ってしまう。
アランの的確な指摘も、耳に入らないほどの慌てようであった。
それに対し、クラウスはあくまで涼しい顔。
それどころか、拓真に言い聞かせるように言葉を続けてきた。
「良いですか、拓真。ユリア様は魔王陛下です。
すなわち、我々人間の国でいえば、女王陛下に当たるお方です。この点は良いですね?」
「あぁ……。そのとおりだ」
クラウスの真剣な様子に、毒気を抜かれたように頷く拓真。
「考えてみてください。
王族の女性が入浴しているところに、下着一枚で突入し、捕まった変態がその後どのような処分を受けるか?」
「いや、入浴中じゃなかったんだけど……」
「だから何だと言うのですか! 脱衣場なら入っても良いと言うつもりですか!」
「……ハイ。スイマセン」
クラウスのあまりにも迫力のあった一喝に、背を縮めながら大人しく謝罪した拓真。
対面のユリアがオロオロしているが、当然のようにジャスティンとアランからフォローの言葉などない。
さすがにこの件については、フォローのしようがない事は、二人とも良くわかっているようだった。
彼等は、余計な言い訳をした拓真が悪い、とでも思っているのだろう。
或いは、余計な事を言って、自分に火の粉が降りかかるのを避けただけかもしれなかったが。
「普通、このような事があったら、間違いなく手足どころか首を切り落とされます。
いや、あっさり首を切り落とす程度では生易しい、と言われる可能性すらありますね。
仮に死罪を免れたとしても、間違いなく死んだ方がマシとしか思えないような刑罰に遭うのが目に見えていますし、どう考えても両目を抉り取られる程度では済まないでしょうからねぇ……。
今、貴方がこうして此処に五体満足で座っていられるのも、ユリア様のお慈悲以外の何物でもないんですよ! わかっているんですか!」
言葉に力を込めて、目の前の馬鹿を諭すクラウス。
彼の言っている事は間違いなく正しいので、拓真は反論のしようがなかった。
「……はい。返す言葉もございません」
「ですので、今後、貴方がユリア様に破廉恥な事をしないように、私もしっかりと監視する事にします。
もし次にそんな事をしたら……命はないものと覚悟しておいて下さい」
「……」
クラウスに五寸釘のような特大の釘を刺されて、何も言えずに項垂れる拓真。
本人的には不可抗力だと言いたい部分もあったはずだが、結果がこれでは何も言えなくなるのは当然であった。
言ったところで、クラウスのお説教が、更に長くなるだけだろうし……。
「そういう事ですので、ユリア様におかれましては、どうぞ遠慮なくこの馬鹿を扱き使ってやってください」
「……奴隷だと思って」
「そんな! 奴隷だなんて!」
拓真は、囚人から奴隷にクラスチェンジした。
どっちも変わらないような気がするが……。
ユリアはまだ抵抗があるようだが、クラウスとアランは覚悟を決めたようだった。
ジャスティン?
彼に考えなどあるはずがない。
後は此処での会話を、シェーラが聞いていない事を天に祈る拓真であったが……。
「何だか、とても素敵なお話をなされていたようで」
「シェーラ!」
「なんでも、勇者様をお嬢様の奴隷として扱って欲しいとか」
「そんな事言っていない! ダメだからね、シェーラ!」
……どうやら、バッチリと聞かれていたらしい。
皆が声のした方へと振り向くと、其処には暗黒猫ミミメイドが、恐ろしく機嫌のよさそうな微笑を浮かべていた。
彼女は、ポテポテと後ろを追いかけてくる小悪魔たちを引き連れて、こちらの方へとしずしずと歩いてくる。
ユリアは、顔を真っ赤にしてシェーラに注意をしているが、間違いなくこの女は、ユリアの隙を見ては拓真に仕掛けてくるであろう事は明白であった。
例えば、斧で首を切り落とそうとしたり、背中を踏みつけながら首筋に鋸を当ててみたり、遠赤外線で炙ろうとしたり……。
(あれ? ひょっとすると、扱いが変わらない?)
彼女からは、既に奴隷どころか、それ以下の駆除すべき害虫扱いされていた事に漸く気づいた拓真。
鈍感、まさにここに極まれり、といった感じである。
(じゃあ、今までと変わらないわけだし、ホッとひと安心……できるかぁ!)
思わず、セルフツッコミをしてしまった拓真。
そんな事をしている場合ではないと思うが……。
喜べば良いのか、落ち込めば良いのか、良くわからない複雑な気持ちになりながら、彼はユリアとシェーラの激しいやりとりを、死んだ魚のような濁った瞳で眺めていた。




