第4話 勇者装備
コミックやゲームに出てくる鎧って、何であんなに突起物が多いんでしょうか?
アランの仮説は、結局、パーティの士気をゼロ近くまで下げただけに終わった。
いくら正しい情報が得られたとしても、それを生かした攻略法が見つからなければ、こちら側の恐怖を煽っただけの単なる有害な情報にしかなり得ない。
結局、有効な解決策も見つからず、拓真たちはうんざりとした表情のまま、未だに森の縁のあたりに座り込んだままであった。
因みに、粕ティンの顔面や鎧の表面にいくつかの靴の跡があるのは、この件とは全く関係がない……と思う。
たぶん……きっと……そうだとイイナ。
「くそっ! これが孔明の罠というヤツか!」
「「「コウメイ?」」」
全員、考え続けるのが嫌になってしまったのだろうか?
思わず溢した拓真の戯言に、何故か皆が妙に喰いつき良く反応した。
「あ~、それは……」
失言を悟った拓真だが、もう遅い。
仕方なく、彼は三国志演義に記述されていた『空城の計』についての話を、所々うろ覚えながらも彼等に語って聞かせる羽目になった。
もっとも、この逸話は後世の創作で、歴史的事実ではないというのが学界の定説らしいが、その件については拓真のあずかり知らぬ事である。
しかし、こういう所で三国志ネタが使えないのは、彼としてもある意味とてもやりにくかった。
まぁ、当たり前と言えば当たり前なので、愚痴を言ったところでどうにかなるわけでもないのだが。
「ほほぅ、そんな事があったのですか……」
「……興味深い」
「で、その”コウメイ”ってのはどんな奴なんだ? 女か?」
は?
何故……女の話になるの?
拓真の表情が全力でそう語っていた。
よく見ると、クラウスとアランも似たような表情で、発言者の方をまじまじと見つめている。
「女じゃねぇよ、バカ! 大体1800年くらい前の男だよ!」
「何だ、つまらん。俺は男に興味はない」
「俺だってないわ! ド阿呆!」
拓真の話に不思議なほど興味を持って聞き入っていた三人のうち、どうしようもない理由でそのうちの一人があっさりと脱落した。
議論が煮詰まった時に脱線話に花が咲くのは、何も地球に限った話ではないらしい。
ついでに言えば、この話を聞いて女の話だと勘違いできるジャスティンの思考回路が一番の謎であるという事は、此処では一番、どうでも良いのだろう。
誰もその謎を解明しようなどとは、カケラも思わないのだろうから……。
「というわけで、俺としてはこのまま此処に居ても何も進まないし、慎重に前進する事を提案したい」
何が『というわけ』なのかさっぱりわからないが、考えるのが嫌になった拓真は、無謀にも前進する事を提案した。
おそらく本当の意味で、アランの話を良く理解できていないのだろう。
日本人に良くありがちな、『まさか自分に限っては……』という思考回路であった。
……そして、何かが起こってから後悔するのだ。
「なるほど。タクマとしては、相手がこの『空城の計』を使っている可能性があると言いたいのですね」
「……その可能性は考えてなかった。だからタクマはこの話をしたのか……」
アランとクラウスが、何故か拓真の話を明後日の方向に解釈して感心していた。
……完全に想定外である。
拓真としては、あの話はあくまで単なる雑談のネタであり、そんなつもりは一ミリもなかったのだが……二人の予想外の感心ぶりを見て、つい真実を口に出せなくなってしまった。
彼のなけなしの良心が、心の奥底でチクチクと痛み出す。
だが、拓真は敢えてそれを無視する事にして、何事もなかったかのようにポーカーフェイスを装いながら、首筋のあたりを伝っていく冷たい何かを感じつつも、皆に自分の主張を述べていった。
世間様ではこれを、『ええ格好しい』と呼ぶ。
「近寄って、何もなければそれで良し。
仮にあの城の防衛機構が動き出したら、即座に撤退。
無理は禁物。一か八かは避けて、安全第一で行こう。
死んじまったら元も子もないし、何より痛いのは嫌だ」
「何か勇者らしからぬセリフが聞こえてきたような気がしますが、まぁ、良いでしょう」
「……情報収集は大切だし、痛いのが嫌なのは同感」
クラウスとアランの賛同を得て、勇者パーティの作戦会議が終了した。
すると、呑気に足元の花びらを毟っていたジャスティンが結論だけを訊いてくる。
「で、どうすんの?」
「相手の様子を見ながら慎重に前進。何かあったらすぐに退却」
「了解~」
漸く魔王城突入の準備に入った勇者パーティの面々。
やはり彼等も、ウジウジと考えるよりは、とにかく行動していた方が気の晴れる人種であるらしい。
動き出した彼等の様子が、心なしか生気を取り戻したように生き生きとしているように見えた。
でも、お前ら、大切な事を忘れてないか?
此処で本当に絨毯爆撃が来たら、どうするつもりなの?
全員、何か起こってから後悔するタイプなのだろうか……。
心持ち身を屈めながら、慎重な足取りでじりじりと魔王城に近づいていく勇者たち。
その姿は傍目にも泥棒そっくりであった……などと言ってはいけない。
隊列の先頭はジャズティン。
野生的(若しくは人の皮をかぶったケダモノ)としか言いようのない人間離れした危機察知能力を持つ彼は、近衛騎士であるにも拘らず、金属製のプレートメイルではなく年季の入った古い革鎧を身に着けていた。
これは長旅が前提となる魔王討伐の旅路では、金属鎧など常時身に着けていたら、あっという間に歩くだけで体力を消耗し尽くしてしまう、というジャスティンにしては珍しい至極真っ当な理由によるものである。
いわば、防御力よりも実用性をとった結果であった。
決して金がなかったわけじゃない……と思う。
確かに、旅の途中で”賠償金”とか”示談金”とか”慰謝料”とか”迷惑料”とかの、その手の支出がやたらと多かった記憶はあるが……。
実際、冒険の旅などというものは、戦っている時間よりも移動している時間の方が遙かに長いものである。
殆ど無限とすら思えるほどの体力とスタミナを誇る彼でも、やはり無駄に疲れるのは嫌だったようだ。
また、彼自身も近衛騎士でありながら、何故か忍び足や潜伏、更には隠密や開錠などといった盗賊系技能が得意なため、軽装を好むといった事情もある。
彼を見ていると、騎士って何だろう、と思ってしまうのも無理はない事であった。
ジャスティンの右斜め後ろに続いて行くのはクラウス。
彼はいわゆる典型的な神殿騎士スタイルで、オープンヘルムと呼ばれる金属製の兜を被り、金属製の胸甲を胸に着け、右手に戦棍を、左手には小型の盾を持っていた。
細かい傷やへこみ等はあるものの、しっかりと日々の手入れを怠ってはいないようで、むしろ新品の武器防具よりも手に馴染んでいるぶん、彼にとっては信頼のおける相棒のような存在なのだろう。
余計な装飾など一切ない実用一点張りの装備品が、地味ながらも堅実な彼の性格を良く物語っていた。
その後ろに続くのはアラン。
彼は魔導士であるから当然、とんがり帽子に魔術師のローブ……などではなく、厚手で丈夫な布製防具にフードを被り、脚には頑丈なズボンとブーツを履いていた。
……全く魔術師らしくない格好である。
彼曰く、フィールドワークをするのにローブなんぞを着ていたら、裾が木の枝や草花に絡まってエライ事になる、という至極もっともな現実的理由からこの選択になったらしい。
右手に持った魔術師の杖が無ければ、盗賊と間違えられても決して不思議ではない。
……実際、何度か間違われたし。
もっともアランは、指輪に腕輪、サークレットにアミュレットなどの装飾品の類を、全身くまなくジャラジャラと身に着けている。
それら全てに強力な魔術がかかっているので、彼の装備は、見た目以上どころか並の金属鎧ですら簡単に凌駕できる程度の防御力は持っていた。
殿は拓真。
彼は異世界から召喚された勇者なので、当然、装備は勇者の剣に勇者の鎧、勇者の盾……などを身に着けているというわけではなかった。
そもそもアールセン王国には、そんな代々伝わっているような勇者装備などという物は存在していなかったのだ。
召喚された時、現代日本人であった彼は、当たり前だが魔物と戦えるような装備の持ち合わせなど何ひとつ持っていなかった。
それどころか、とても人前に出られるような格好ですらなかったのだ。
一応、王国側も気を使ってくれたようで、ささやかな衣服と(何しろトランクス一枚で現れたのだ)武器と防具一式は無償で提供してくれた。
だが、それはただの一般の兵士用の装備であったため、さすがにこのままでは魔王を倒すのに力不足だろうと判断した拓真は、結局、装備を自弁する事になった。
まぁ、その件については、彼もとやかく言うつもりはない。
トランクス一枚で放り出されなかっただけ幸運だった、とも言えるし。
問題は、その結果として拓真の現在の装備が……近世のスイス人傭兵もかくやと言わんばかりの珍妙な格好になってしまった事だった。
頭部を覆う兜には、何故か七色に染められたガチョウの羽根が、無数に風にひらめいている。
森や藪を通り抜けるのに、木の枝や蔦などに引っ掛かりまくって大変だった。
上半身を覆う鎧は、何処かのサッカーチームのユニフォームのように、紅白の縦縞模様に無意味に塗り分けられている。
おまけに、意味不明の突起やら窪みやらが多数存在するので、下手に動くとそれだけで怪我をしそうであった。
下半身を覆う鎧の脚部は、何故か左右で色が違うし、どういう法則性があるのか良くわからないがその色が毎日変化する。
おまけに、男のシンボルを強調するかのような部品(ブラケットと呼ぶらしい)まで付いていた。
ブーツは何故か、左右で長さが違っている。
その先端には、何に使うのかわからない奇妙な角のような突起が三本飛び出ていた。
左手に持っている楯からは、24時間休みなく奇妙なうめき声が聞こえてくる。
右手に持っている剣も……『全てを切り裂く魔剣』と言えば聞こえはいいが、要は硬くて細かい刃がぐるぐると回転するチェーンソ―のようなネタ武器であった。
こんな勇者と言うより大道芸人と言った方がしっくりとするような見た目の装備だが、何故か物理的にも魔術的にも防御能力はほぼ史上最高レベルの領域に達している、と鑑定したアランからお墨付きを頂いている。
他にも自己修復機能とか自動清浄機能とか保温機能などの便利機能が盛りだくさんについていた。
……何故か自爆装置もついているが。
何処の誰がどういう発想のもとで造ったのかは全く分からないが、少なくとも製作者の悪意を今でもひしひしと感じられる、質の悪いジョークとしか思えない迷装備であった。
(責任者出て来ーい!!)
拓真がそう叫んでも、決して誰も文句は言わないだろう。
事実、ジャスティンやクラウスやアランも、この装備を初めて見た時には盛大に噴き出したものだった。
ひょっとすると、今、拓真が身に着けているこの装備が、『勇者シリーズ』として後世に綿々と語り継がれるのかもしれないが……殆ど羞恥プレイの領域である。
今までに立ち寄ってきた町や村で、道行く人々がひとり残らず二度見してきたり、母親らしき女性が連れていた子供の目を塞ぎながらそそくさとその場を立ち去って行った過去を思い出しながら、ひとり目頭を熱くする拓真であった。
(あ……何だか視界がぼやけてきた……)
因みに彼が殿を務めているのは、勿論、背後を固め、不意打ちに備えるためである。
決して、先頭を任せると何処へ行くかわからないという理由ではない……はずだった。
幾ら伝説級の方向音痴でも、黙って他人の背後をついて行くくらいの事は出来るだろう、という仲間たちの配慮の結果でもない……と思いたい。
段々、言ってて空しくなってきた拓真であった……。
(たぶん……きっと……そうだとイイナ)
彼の願いが天の神々に届く日は来るのだろうか……。
漸く芝生の所まで辿り着いた勇者たち。
城の方からは、特に反応らしきものはないようだ。
どうやらアランの危惧した絨毯爆撃は杞憂だったらしい。
……残念ながら(?)
その恐怖をみっちりと聞かされていた拓真とクラウスから、あからさまにホッとした気配が窺えた。
先頭を歩くジャスティンからも、伏兵や擬態をしている魔物の気配はないようだ、というハンドサインが全員に届いている。
それでも彼等は慎重な足取りで、ゆっくりと周囲を警戒しながらじりじりと進んで行った。
……繰り返すが、決して”泥棒みたい”などと言ってはいけない。
「チッチッチッチッ」
もうすぐ城門に到着する……というあたりで、先頭のジャスティンが突然、奇妙な舌打ちを始めた。
事前の打ち合わせにない、予定外の行動である。
ピタリと足を止めた後続の三人。
そのまま手近な植え込みで間に合わせの遮蔽をとると、あたりをゆっくりと見回しながら、何事かと身構えて警戒レベルを上げていく。
「チッチッチッチッ」
ジャスティンがもう一度、同じような舌打ちをした。
彼は、いつの間にか取り出した干し肉を両手に持ち、それを目の前にいる白猫の親子に向けて、気を引くようにゆっくりと左右に振っている。
そして、彼女たちを驚かせないように慎重に歩みを進めていた。
どうやらこの男、この猫たちに餌付けをしたいらしい。
母ネコの方はまだジャスティンを警戒して身構えているようであったが、小さな三匹の子猫の視線は、既に美味しそうな干し肉に釘付けになっていた。
何処からどう見ても、お菓子で幼女を誑かす変○にしか見えない構図である。
思わず彼の後頭部目掛けて、跳び蹴りを喰らわせたくなった拓真。
だが、さすがに魔王城の目の前で、そんなコントのような事が出来るわけがない。
仕方なく、拓真はジャスティンに向かって、彼に漸く聞こえる程度の声で注意するだけにした。
何より……猫を驚かしてはいけない。
「おい、ジャスティン! ちょっと待て!」
彼の隣で、クラウスとアランがうんうんと揃って頷いている。
「そんな塩気の強い干し肉を猫に与える馬鹿がいるか!
猫に塩は毒なんだよ!
塩抜きしたヤツがあるから、こっちをやれ!」
「違うだろ!!」
彼の隣では、クラウスとアランが揃って拓真にツッコみを入れていた。
実は彼も、かなりの猫好きなのだ……。
性能重視と見た目重視の葛藤は、なかなか難しいものがありますよね……。