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第41話 強火

やっと一段落です。

 シェーラに先導されながら、拓真たちは魔王城の城内を歩き回る。

 何回か曲がり角を曲がったところで、もう道がわからなくなってしまった拓真だが、何となく下に向かっている事だけは辛うじてわかった。

 エレベーターが下に向かったので……。

 やがて彼女は頑丈そうな扉の前で立ち止まると、彼等の方へと振り返り、その扉を開きながら軽やかに告げた。


「では、皆様。どうぞこちらにお入りください」

「「「……」」」


 シェーラに入室を促された三人であったが、何故か素直にその指示に従おうとせず、その部屋の入口に立ち止まったままジト目でシェーラを睨んでいる。

 三人の視線を一身に集める彼女であったが、やはりというか予想どおりというか、別段、彼等の視線に怯むことなく、動かなくなってしまった彼等を不思議そうに眺めていた。


「どう致しましたか? さぁ、ご遠慮なさらずに」

「なぁ、此処はどう見ても……」

「私の目の錯覚でなければ……」

「……地下牢にしか見えない」


 別に彼等は、遠慮しているわけではない。


 目の前には、ブ厚く頑丈そうな金属製の扉。

 その扉には、複雑すぎてとても専門外の拓真たちには解除できそうもない鍵が、それも複数、取り付けられている。

 更に扉の外には、ご丁寧にも閂のような装置まで用意されていた。

 少し内部の方を覗き込んでみればわかるが、内部は幾つかの小部屋に分けられていて、それぞれに頑丈そうな鉄格子が嵌っている。


 其処には……誰が何処からどう見ても、紛う事なき地下牢の姿があった。


「おや、皆様、良くおわかりで。

 ひょっとして、以前、入っていた経験でもお有りでしょうか?」

「見りゃわかるわい!」

「入った事はありませんが、拝見した事なら何度か」

「……え? 何しに行ったの?」


 クラウスの意外な反応に、アランが本気で驚いている。

 少なくとも勇者パーティの中では、このような設備とは、一番、縁がなさそうな人物であったのだが……。

 因みに、一番、縁がありそうな人物は……まぁ、言われなくてもわかるだろう。


「神殿の奉仕活動の中に、教誨という仕事がありましてね。

 それで何度か、城の地下牢まで伺った事があるのですよ」

「……教誨って……何?」


 アランの質問に、クラウスが丁寧に答えていた。

 アランでも知らない事があるのかと不思議に思っていた拓真であったが、彼の場合、特定の分野に知識が偏っているだけで、世の中全般の事を良く知っているというわけではない。

 特に一般常識という分野に於いては、彼は知らない事だらけであった。


 いや、彼だけではない。

 一般常識という点に於いては、クラウス以外の三人は知らない事だらけであった。

 本気で大丈夫か? こいつら……。


「教誨とは、罪を犯した人々に神の教えを説き、悔い改めるように促す事です」

「勇者様もそろそろ悔い改めた方が……」

「他のヤツはともかく、シェーラさんにだけは言われたくねぇ……」


 クラウスの説明が続いているが、多少なりとも疾しい気持ちのある拓真としては、シェーラの的確な悪口がとてもウザかった。


「主な仕事は、囚人たちに神の教えを説き、また彼等の相談にのる事ですが」

「勇者様も、よく説教されたり、相談なさったりしているようですが……」

「それについては確かに事実だが、このタイミングでその話を持ち出したアンタには、悪意しか感じられないんだが……」


 間違いなく、悪意100%で彼女は言っているのだろう。

 だって、彼女は……シェーラだから。


「中でも、一番、印象に残っているのは、やはり死刑囚の最後の懺悔の言葉を聞いた時の事ですかねぇ……」

「なるほど。其処で勇者様と出会われたのですね」

「おい、其処! 人を勝手に死刑囚にしないように!」


 他人の過去を勝手に作り替えないように、シェーラにしっかりと釘を刺しておく拓真。

 そのまま放置したら、彼女がどんな奇想天外なストーリーを作り上げてくれるのか、少し興味も湧いてきた彼であったが……。

 どうせロクでもない結末を用意しているであろう事はほぼ間違いないので、彼は首を振ってその好奇心を頭の中から追い出しておく事にする。


「で、牢屋の思い出話は良いとして、何故、このような場所に案内されたのでしょうか?」


 クラウスが、思い出話をするような遠い目から打って変わって、鋭い眼差しでシェーラに詰め寄った。


「はい。実は私としても、このような場所に皆様をご案内致さねばならない事は、大変、心苦しいのですが、何分、お嬢様の身に危険が及ぶ恐れがありますので……」


 彼女は珍しく憂を帯びたような表情で、彼の詰問に深刻そうな声音で答えている。


「危険?」

「ユリアちゃんに?」

「……何があるの?」


 そう言われたところで、拓真たちには全く心あたりがなかった。

 彼等の寝床とユリアの危機に、一体、何の関係があるのだろうか?


「はい。端的に言ってしまえば、勇者様がお嬢様に夜這いをかける危険性です」


 真面目な顔でふざけた事をぬかすシェーラのひと言に、何故かクラウスとアランが揃って拓真の方へと振り向いた。

 二人の顔には、『そういう事か!』と大真面目に書いてある。

 そういう事ってどういう事なのか、改めて二人に問い質したくなった拓真。

 だが、今はそんな事をやっている場合ではない。


「冤罪だ!」

「「……」」


 拓真はひとり無実を主張するが、当たり前のように無視された。

 二人の沈黙を肯定と受け取ったシェーラが、止めを刺すように念押ししてくる。


「ご理解、頂けたかと思いますが」

「「「……」」」


 理解……したくなかった。

 だが、理解せざるを得ず、何も言えずに黙ったままでいる三人。


「では、皆様。こちらへどうぞ」

「……全く、タクマのせいでこんな事に……」

「でも、シェーラさんの懸念も理解できます」

「理解するなぁ!」


 睨み合う三人に向かって、シェーラは勝ち誇るように入室を促した。

 ブツブツと、何故か拓真に対して文句を言っているクラウスとアラン。

 拓真のピント外れの抗議が、負け犬の遠吠えのように空しく地下牢の中に響いていた。




「さて、此処が勇者様のお部屋です」

「お部屋じゃなくて牢と言え。此処まで来たら取り繕う必要なんてないだろうが」


 不貞腐れたような拓真の声。

 実際、不満タラタラであるのは事実だが、こうなった以上は諦めるしかなかった。

 此処まで彼等を連れてきたシェーラに加え、クラウスやアランまで、彼を地下牢に入れる事に納得してしまっているのだから。

 

 地下牢といえば、殆どの地下牢が現実にそうであるように、薄暗く不潔なものをつい想像しがちだが、こと魔王城の地下牢に限ってはそれは事実ではなかった。


 天井には、煌々と輝く明るい照明が灯されている。

 部屋は塵ひとつなく完璧に掃除され、ベッドの代わりなのかハンモックのような寝床が牢の中空で揺れていた。

 床や壁の材質が石材のような物質なので、夜の冷えが少し厳しいかもしれないが、それでも野宿と比べたら雲泥の差があるのは事実である。

 下手な安宿の泊まるよりは、セキュリティがこれ以上なく完璧な事を考えると(何しろ牢獄である)、案外、ましかもしれなかった。


「さぁ。どうぞ」

「……」


 キィ、と金属の部品が軋む音とともに、牢の扉が開けられる。

 仕方なくその扉を潜ろうとした拓真は、何故か奇妙な違和感に捕らわれた。


「?」


 何て言うか……ひと言で言うと、この牢の床が妙にブ厚いのだ。

 廊下と部屋の間に、まるで階段を昇るかのような段差があった。


(何か特別な仕掛けでもあるのか?)


 勿論、その標的は、拓真以外はあり得ないだろう。

 脳裏を過ぎる嫌な予感に足を止めた拓真。

 何しろ今までが今までなので、何が仕掛けられていても不思議ではない。


(また何か企んでいるのか……?)


 その様子を見ていたシェーラから、いつもどおりの起伏のない声がかかった。


「いかがなさいましたか? 勇者様」

「いや、ちょっと気になったんだけど、この床、妙にブ厚くないか?」


 一応、無難な言葉を選んでシェーラに訊いてみる拓真。

 確信がないためとはいえ、小心者の彼らしい言葉の使い方であった。


「そう言われてみれば、そうですね」

「……脱走防止?」

「此処まで厚くする必要はないだろ」


 拓真に指摘され、なるほどと頷いているクラウス。

 アランは防犯のためと推測したようだが、拓真にあっさりと否定されてしまった。

 確かに、防犯という理由だけで、床石を目に見える形で此処までブ厚くする必要はない。

 三人が下を向きながらワイワイと騒いでいると、シェーラがまるで聞き分けのない悪ガキを諭す母親のような表情で、彼等に正解を教えてくれた。

 

「皆様が興味津々のところ申し訳ないですが、この床には暖房装置が付いているのです」

「「「おぉ~!」」」


 三人から上がる感嘆の声。

 まだ朝晩は冷える季節なので、暖房装置はありがたかった。

 この装置があれば、快適な睡眠が得られそうである。

 彼女らしからぬ心の籠った配慮に、勇者たちは揃って感謝の声を上げていた。


「ありがとうシェーラさん。俺、君の事を誤解していたようだ」

「いやはや、ありがたいですなぁ」

「……冷えなくて済む。ありがたい」


 口々にシェーラに感謝の言葉を述べる拓真たち。

 彼等は全員が全員、ある大切な事を忘れているようであった。

 君たち、これから牢屋に入れられるって事、忘れてないか?


「では勇者様、そのハンモックに乗ってみてください」

「その前に、このロープを解いてくれないか? あと、首輪も」

「我儘ばかりおっしゃる勇者様ですね。あとでお尻ぺんぺんですよ?」

「え? これ、我儘なの?」


 シェーラにすげなく断られてしまったので、仕方なく簀巻きのままハンモックの上に寝転がる拓真だが、どうにも釈然としなかった。

 まさか、このまま寝ろと言われてしまうのか、と不安になってくる。


 ガチャンという音とともに牢の入口が閉じられ、ガチャリという音とともに鍵がかけられた。

 その物々しい金属音に、改めて牢屋に閉じ込められた事を実感し、急に不安になる拓真。

 彼女はそのままその場にしゃがみ込むと、何やら足元でごそごそと何かを動かし始めた。


 おそらく暖房装置を動かし始めたのだろう。

 足下にある操作パネルらしきモノを弄りながら、彼女はついでとばかりにクラウスとアランにこの装置の説明を始めていた。


「お!」


 拓真が感嘆の声をあげる。

 彼の背中が、目に見えて温かくなり始めた。


「このように、この装置は直接火を使わず、遠赤外線を使って対象を暖める……」


 というより、熱くなる。

 このままでは、火傷をしてしまいそうだった。


「シェーラさん、ちょっと火を弱めてくれ。少し熱過ぎる」


 いや、控えめに言って、滅茶苦茶熱い。

 まるで火炙りにされているような気分であった。


「ちょっと、ストップ! シェーラさん!」

「ですので、表面に焦げ目を殆ど残さず、内部までしっかりと熱を浸透させる……」


 拓真は悲鳴を上げるが、当然のようにシェーラは全く聞いていない。

 クラウスとアランに対する説明に、夢中になっているようであった。

 拓真の様子に気づいたのか、二人の顔が引き攣り始めたのは、彼の見間違いだろうか?


「熱い! 熱いって! 助けて!」

「余計な脂肪を取り去り、カロリー的にも……おや? どうなさいましたか? 勇者様?」


 漸く気がついたのか、シェーラが説明を途中で打ち切って、拓真の方に向き直ってきた。


「熱過ぎるから止めてくれ! このままじゃ焼け死んじまう!」

「床暖房、お嫌いですか?」

 

 そう言いながら小首を傾げているシェーラは妙に可愛かったが、炎熱地獄真っ最中である拓真はそれどころではない。

 今すぐここから脱出しようと暴れ出したかったが、生憎と蓑虫であるため、暴れるに暴れられず口だけを必死に動かしていた。

 何とか此処から脱出せねばならないが……良く考えてみると、此処で下手に動いたら、何やら紅く輝きだした床石に落下して大惨事になってしまう。  

 進退、窮まった拓真。


(畜生!こんな事だろうと思ったよ!)


 そう思ったのなら、やらなきゃ良いだろうに……。

 本日何度目かの生命の危機であった。


 ……そもそも生命の危機って、こう頻繁に訪れるものだたっけ?


「床暖房は嫌いじゃないけど、そうじゃなくってって言うか、さっきからの説明を聞いた限りじゃ、これ、床暖房じゃなくて完全に炭火焼の道具だろ!」

「おや? 良くおわかりで」


 最後の悪足掻きとばかりに、大声で叫んだ拓真。

 彼の叫びに、シェーラはやっと気づいたかと言わんばかりの笑みを浮かべている。

 その笑みは……ひと言で言うと、とても邪悪な笑みであった。


「おや? じゃねぇ!」

「余計な脂肪が落ちて、美味しくなりますよ?」

「焼き鳥にする気かぁ!」

「いえ、焼き鳥じゃなくて焼き豚のつもりですが」

「誰が豚だ! 誰が! 訂正を求める!」

「タクマ、また話がズレています」


 殆ど錯乱状態の拓真に、クラウスが冷静な指摘をしてくるが、ただいま絶賛料理(の材料にされている途)中の彼の耳には届いていないようである。

 クラウスの隣では、アランが『……また、このパターンか』と言いたげな目をしながら、事の成り行きをじっと見守っていた。

 そろそろ助けてあげても罰が当たらないと思うのは、気のせいであろうか?




 拓真の醜態をじっくりと楽しんだらしいシェーラが、漸く炭火焼……じゃなかった、床暖房(?)の火力を落としてくれた。

 紅く染まり輝いていた床石も、元の黒い色に戻りながら、カチカチという乾いた音を立てている。

 熱せられた空気がまだ陽炎のようにユラユラと揺らめいているが、ハンモックの上でユラユラと揺れていた拓真の体には、大きな火傷は見当たらなかった。

 服に焦げ目ぐらいは付いたかもしれないが。


 もっとも、シェーラは遠赤外線を用いたと言っていたので、彼の体の内側に火が通ってしまった可能性は捨てきれなかった。

 後で、クラウスに治療を頼む必要がありそうだ。


「はぁ、はぁ、今度こそ死ぬかと思ったぜ……」

「電子レンジの方が良かったでしょうか?」

「もっと悪いわ! ていうか、電子レンジあんのかよ!」

「便利ですので重宝しております」

「フラジオンの文明レベルが、本気でわからなくなってきた……」


 まだ熱を帯びたままの床石を見下ろしながら、ハンモックに寝そべったままの拓真が、全身に大汗を流しつつ肩で息をしていた。

 流れ落ちた汗が、床石に触れた途端、『じゅう~』と愉快な音を立てながら瞬時に蒸発していく。

 本日何度目になるかわからないほど生と死の狭間を垣間見てきた彼は、まだ残っている床の熱に慄きながらも、自分が生き残っている事を確かめるように大きく息を吐いた。


「ふぅ~……」

「勇者様。何度も申し上げますが、女性の前でハァハァと息を荒げるのは慎まれた方がよろしいかと」

「誰のせいだと思ってんだよ!」

 

 シェーラが拓真に、相変わらずどうでも良い苦言を呈してくる。

 彼も漸く言い返す気力が戻ってきたのか、相変わらず蓑虫のままハンモックの上に寝そべっている珍妙な格好ではあるものの、彼女との罵り合いを再開した。


「さっきは俺をシチューにするなんて言ってたくせに、今度は焼き鳥か!?」

「焼き豚です」

「だから何で豚なんだ!? 鳥じゃなくて!」

「強いて言えば……見た目?」

「き、貴様……そ、それは俺が豚のようだと言ってるのか!?」

「そんな事は決して申し上げておりません。えぇ、勇者様がまるでオークのようだなんて、決して」

「言ってるじゃねぇかぁ!」

「誘導尋問はズルいです!」

「いや、誘導尋問のつもりは全くないんだけど……」

「強火」

「やめんかぁ!」


 くだらない言い争いを続けている二人。

 その様子を見ていたアランが、ポソリと『息ぴったり』と再び呟いているが、その呟きにクラウスが深く頷いていた。

 おしゃべり(?)に夢中な二人には、全く聞こえていないようだが……。




 床石が冷め、漸く拓真が床に下りられるようになって、本来の客間へと移動する頃には、日付が変わっていた。

 地下牢へと彼等を案内したのは、どうやらシェーラのお茶目だったらしい。

 随分と物騒なお茶目だったが、その件について色々と文句を言いたい筆頭の拓真が、相変わらずぐるぐる巻きにされた挙句、何故か猿轡までしっかりと嵌められていたため、特に問題もなく客間に到着した。

 これは拓真の自由意思を無視して、無理やり引きずって来たという事が大きいようだ。


 汗をたくさんかいたので、もう一度風呂に入りたかった拓真であったが、さすがに時間が遅すぎると告げられて諦めた。

 これから方向音痴の拓真を風呂まで案内していたら、シェーラの睡眠時間がなくなってしまうとの事。

 さすがにそう言われてしまうと、彼等も黙って引き下がるしかなかった。


 忘れそうになるが、此処は魔王城であってホテルではない。

 相手の好意で泊めてもらっているだけなので、我儘を言うわけにはいかなかった。

 ……少なくとも、外で野宿をするのと比べたら、天国のような待遇であるわけだし。

 ブツブツとまだ文句を言いながらも漸く縄を解かれ、今日一日で失った大量の水分を補充すべく、備え付けられていた水差しから水をがぶがぶと飲み干した拓真。

 トイレは客間に備え付けられているのを確認したので、夜中にトイレを探して城中を彷徨った挙句、失禁してしまう恐れがないので安心である。


 シェーラが退出した後、拓真たちは濡らしたタオルで顔と体を簡単に拭くと、他にする事もないので全員が清潔なシーツの敷かれた柔らかい寝台へと潜り込んだ。

 皆、やはり疲れていたのだろう。

 毛布に包まると、三人ともすぐに寝息を立て始めた。


 魔王城の夜が更けていく。

 なお、ジャスティンを地下牢に置き忘れてきた事に三人が気づいたのは、翌朝の事であった……。

 


作中では一日しか経っていないのに、何で書くのにひと月半もかかったんだろ……。


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