第40話 ドナドナ
やっとここまで来ました……。
「さて、そろそろ客間へとご案内いたしますが、よろしいでしょうか?」
「えぇ、お願い致します」
「……眠い」
「はぁはぁ……、何とか生き延びた……」
「勇者様……、女性の前でハァハァと息を荒げるのは、いかがなものかと存じ上げますが」
「誰のせいだと思ってるんだよ!」
いい加減、拓真をいびるのも飽きたのだろうか?
漸く刃を収めてくれたシェーラが、勇者パーティの面々に、ある意味、当然の提案を寄越してきた。
もっとも、拓真に対する不条理な発言を止めるつもりはないようだが。
そろそろ肉体的にも精神的にも完全に限界を突破してしまっている彼と比べると、彼女は相変わらず涼しい顔のままであった。
(腕力も計り知れないが、体力も底なしかよ……)
どうやら理不尽なのは、口だけではないらしい。
肩で息をしながら、そのあまりの差に愕然となってしまった拓真。
種族の差と言われればそれまでかも知れないが、隔絶したその差を目の当たりにした今となっては、神に呪詛を吐いても許されるのではないか、と彼は本気で思ってしまう。
無論、実行はしないし、できないし、しようとも思わなかったが。
(万が一、神様に聞かれて、変な呪いでもかけられたら困るからなぁ……)
もう既に呪われている可能性も捨てきれないが……。
忘れているかもしれないが、このフラジオンという世界には、神という存在が実在した。
彼等に気まぐれに聞き耳を立てられていたりしたら、えらい事になってしまう。
神も其処まで暇ではないと思うが、相変わらず偉そうな相手に逆らえない、小市民的メンタリティから抜け出せない拓真であった。
「では、まずこちらの品をどうぞ」
そう言いながら、シェーラがクラウスとアランに手渡した物は、革製の首輪と頑丈そうな麻のロープである。
彼女は二人にはそれぞれ物を渡したものの、拓真には何も渡してこなかった。
何故だろうか?
(今から犬の散歩でもするのか? 外は真っ暗……じゃなかったんだっけ)
そんな場違いな感想を抱きながら、首を傾げている拓真に、クラウスとアランからの憐れむような視線が突き刺さった。
どうやらこの二人には、この道具が何に使われるのか、心当たりがあるらしい。
おそらくその心当たりに拓真も関係しているようだが、彼には何の事やらサッパリとわかっていなかった。
(何でそんな目で俺を見る?)
拓真の脳裏に、何故かドナドナのメロディーが流れ出す。
嫌な予感がビンビンするが、その理由がわからなかった。
何となく此処にはいてはいけないような気がするので、彼はその場をそろりそろりと離れようとするが……、
ガシッ!
ガチャ!
「な!」
いつの間にか拓真の背後に回り込んでいたシェーラに、両手を捻り上げるようにして後ろ手に拘束されると、同じように回り込んできたアランに、ガチャリと手錠をかけられてしまった。
いきなりタイーホされた拓真。
完全に犯罪者扱いであった。
心当たりは……あれ?
「な! 何を……」
「さぁ、クラウス様、お願いします!」
拓真の抗議を完全に無視したシェーラがそう叫ぶや否や、今度はクラウスが彼の傍まで走り寄ってくる。
クラウスは彼女から手渡された首輪を拓真の首に素早く装着すると、今度はロープで彼の体をぐるぐる巻きにし始めた。
「て、てめぇら、何しやがる!」
「暴れないでください! これもタクマのためにやっている事なんですから」
突然の拘束に、必死にもがく拓真。
だが、シェーラにしっかりと拘束された両腕は、全く動かせそうになかった。
そうこうしているうちに、彼は本日何度目かの蓑虫にされる。
やがて彼を拘束し終えたクラウスが、ロープの締まり具合をあちこち確認しながら、本当に申し訳なさそうに告げてきた。
「申し訳ありませんが、拘束させてもらいました」
「だから、何で理由も言わずに拘束するんだ! 裏切者!」
不満タラタラの拓真の罵声に、クラウスの横に立つアランから答えが返ってくる。
「……これは裏切りではない」
「あん? じゃあ、何だってんだ!?」
「……敢えて言うなら……保護?」
「何故、其処が疑問形なんだよ!?」
意味がわからず、どうでもいいところにツッコんだ拓真。
もっと聞かなくてはならない事が、いっぱいあると思うんだが……。
「おい! 俺を拘束してどうするつもりだ!」
「勿論、これから客間に案内するためでございます」
相変わらず表情ひとつ変えないシェーラだが、言っている事が良くわからないのも相変わらずであった。
いつもの事とはいえ、少しづつ不安になっていく拓真。
「この城では、客を案内するのにわざわざ拘束したりするのか?」
「いいえ、勇者様のみでございます」
イヤミたっぷりの拓真の言葉にも、シェーラは焦ったり怒り出したりする素振りすら見せず、事務的に淡々と告げてきた。
それどころか、口角を少し上げて、笑いを堪えているような感じすらある。
「……特別扱い」
「良かったですね、タクマ」
「良くねぇよ!」
クラウスとアランが白々しい祝福の言葉をかけてくるが、幾ら拓真でもそれを真に受けたりはしなかった。
二人の言う“特別扱い”とは、一体、どういう事だろうか?
「さて、準備の方も整ったところで、お部屋までご案内致します」
拓真に何も知らせないまま、何処か妙に晴れ晴れとした表情で、シェーラが浮かれたような声音で宣言した。
「おい! 特別扱いってどういう事だ!?」
「……そのまんま」
「タクマ、そうしておかないと、貴方はまた迷子になるでしょう?」
「……」
「……図星」
「迷子になった挙句、ユリア様の寝室に突撃でもされたら困るんです。
良いからさっさと行きますよ」
拓真の当然の疑問に、何故かシェーラでなくクラウスとアランが答えている。
どうやらこのあたりの認識は、しっかりと三人に共有されてしまっているようだった。
がっくりと項垂れる拓真。
理由が理由だけに、全く反論できそうもないところが、とても恨めしかった。
「……ジャスティン、どうしよう?」
「「「……」」」
そのままぞろぞろと部屋から出ようとした四人だが、アランの今気づいたようなひと言に、全員が再び足を止めたまま沈黙する。
彼の呟きの内容に、特におかしな点は見当たらなかったし、普通ならジャスティンを蹴り起こして連れて行くというのが当然の判断になるわけだが……、
「「「「……」」」」
何故か全員、押し黙ったままであった
それぞれの顔には、はっきりと『面倒臭い』と書いてある。
……相変わらず、酷い連中であった。
互いが互いに、責任を擦り付け合うかのように、お互いの顔を見やる四人。
やがて諦めたようにクラウスが、皆を代表して口を開いた。
「……置いて行きますか」
「……それが良いと思う」
「ま、ジャスティンの事だから、風邪なんてひきやしないだろ」
因みにフラジオンにも、何とかは風邪をひかないという迷信は存在する。
「いっその事、身ぐるみ剥いで城外に放り出すか」
「確かにそれでも風邪なんて引きそうにないですが、誰が城外まで運ぶんですか?」
「……わざわざ身ぐるみ剥ぐのも面倒臭い」
「貴方たちの血の色は何色ですか?」
彼等の鬼畜な議論に、珍しくシェーラが引いていた。
「じゃあ、やっぱりこの場に放置という事で」
「異議なし」
「……賛成~」
即座にジャスティンを見捨てる選択をする拓真たち。
相変わらず、こういう時の決断の速さは目を見張るものがあった。
特に外道な判断をする場合の速さに於いては、他の追随を許さないものがある。
三人の意見は見事に一致したが、シェーラの方から反対意見が出された。
「それは困ります。掃除の邪魔なので」
「それは……そうですね」
そう言いながら眉間に皺を寄せるクラウス。
確かに、言われてみると彼女の言うとおりであった。
多数決では三対一でも、客の立場では家主側の意向を無視するわけにはいかない。
誰もジャスティンの体の事を全く心配していないが、それこそ今更の話であった。
「……でも、運ぶの大変」
「俺は無理だからな。この状態だし」
アランのぼやくような呟きに、拓真が素早く反応する。
これ幸いとばかりに、彼はその場でくるりと回って見せた。
どうやら自分は運べないと言いたいらしい。
クラウスとアランの顔に、苦いものを無理やり飲み込んだような表情が浮かんでいた。
(こんな所でこの仕打ちが役に立つとは……世の中わからないものだな)
心中で秘かに笑う拓真だが、見た目が果てしなく間抜けなのは、すっかりと忘れているようである。
クラウスとアランは、まだ呑気に寝たままのジャスティンの間抜けそうな寝顔を、憎々しげに見下ろしていた。
「彼、結構、重いんですよね……」
「……鎧がないだけ、まだマシだけど」
何しろジャスティンは、殆どの騎士の例に漏れず体格が良い。
また、しっかりと厳しい訓練をしているせいか、筋肉質でもあった。
はっきり言って……重いのだ。
一応は前衛職である勇者の拓真ですら彼を持ち上げるのがキツいのに、それが後衛職の司祭であるクラウスと魔術師のアランでは……二人がかりでも大変そうであった。
「……起こす?」
「それはマズいですね。
自然に目覚めた場合は良いんですが、私の魔術で無理やり起こしたりすると、今度は夜中じゅう寝てくれない可能性が高いかと。
所謂、魔術の副作用というヤツでして……」
アランの極当たり前に聞こえる意見は、クラウスによって否定されてしまう。
どうやらクラウスの呪文の中に、眠りの魔術に巻き込まれた対象者を無理やり起こす呪文が存在するらしいが、この状況では使わない方が良いとの事だった。
どうやら魔術にも、薬のような副作用というものが存在するらしい。
因みに、蹴り起こすという案は、即座に全員から却下された。
加減を間違えて黄泉送りにしそうだ、というもっともな理由からである。
もっともな理由って……。
その理由に、特に疑問を差し挟むような輩はこの場にはいない。
どうやら全員、彼に対する鬱憤が溜まっているようであった……。
いずれにせよ、ジャスティンを蹴り起こして、彼に自分の足で歩いてもらうという案はボツになってしまう。
そうすると……。
「……引き摺って行く?」
「それはやめてください。絨毯が痛みます」
ジャスティンの価値、絨毯以下。
アランの外道な提案は、シェーラの冷酷なひと言にあっさりと断られてしまった。
「……タクマに括りつける?」
「それは良いアイディアです!」
「無茶言うな! 潰れるわ!」
アランの冗談みたいなアイディアは、シェーラの絶賛を浴びるものの、さすがに拓真に無理だと撥ね付けられてしまう。
一体、どんな風に括りつけるつもりだったのだろうか……?
とんでもない絵面になりそうだったので、拓真は想像する事自体を止めておく事にする。
「シェーラさん、何か担架みたいなものはないのかい?」
「担架ですか……。探してみれば何処かにあるとは思いますが、何処にあるやら……」
「倉庫自体も広いでしょうしね……」
拓真の極当たり前の提案に、シェーラが難しそうな顔をしながら答えていた。
一応は城なので、その手の道具も準備されているようだが、普段はあまり使う事もないのだろう。
彼女はそれが何処にあるのか、すぐには思い出せないようであった。
まぁ、無理もあるまい。
「……担架をどうするの?」
「クラウスとお前の二人で運ぶに決まっているだろ」
「……え~」
拓真の言い分にアランは大いに不満を表明するが、彼としては、それ以外に何か良い方法でもあるのなら是非とも教えて欲しかったし、それを採用する事もやぶさかではなかった。
要は、ジャスティンを運べれば良いのだから。
「……吊るしとく?」
「邪魔です」
「……疲れるのは嫌」
肉体労働をとことん嫌うアランが、更におかしな事を言いだしたが、シェーラにあっさりと断られてしまった。
当たり前である。
彼は膨れるように文句を言っているが、この件については明らかに彼女の方が正しいので、拓真もクラウスも苦笑いのままであった。
「……シェーラさんに運んでもらう」
「か弱い女性に、何をさせるおつもりですか!」
「……か弱い?」
本気で不思議そうな表情で首を傾げているアランだが、それは禁句というものである。
シェーラのこめかみの辺りに、青筋のようなものが浮かんでいた。
超重量級の斧を二刀流で縦横無尽に振り回そうが、太刀を軽々と使いこなそうが、彼女がそう主張した以上、女性とはそういうものとして扱わねばならない。
拓真はこの教えを、家族の女性陣から嫌というほど叩き込まれてきた。
クラウスも彼女の主張に何か理不尽なものを感じているようだが、また話が拗れるのを嫌ったのか、敢えて此処では何も言う事なく自重するつもりのようである。
「……まぁ、その点については置いといて。
シェーラさん、何か台車のようなものはないかい?
ほら、さっき使ってたワゴンみたいなヤツ」
「何か言いたい事があるようですが、まぁ、良いでしょう。
そうですね……。台車でしたら……あぁ、あれが良いですね。
少々、お待ちください。只今、持って参ります」
そう言いながらキッチンの方へと退出していったシェーラは、やがて大きな台車を転がしてきた。
これなら大柄なジャスティンでも……少し体を丸める必要はあるが……運べそうである。
「俺も一緒に乗せてくれ」
「ふざけないでください。ただでさえ重いんですから」
「……むしろタクマに引っ張らせよう」
「そうしますか」
「それは素晴らしいアイディアですね!」
「ごめんなさい! 調子に乗りましたぁ!」
拓真の頼みは即刻、却下された。
のみならず、馬車馬のように台車に繋がれてしまう。
慌てて謝罪する彼であったが、当然のように許されるはずもなかった。
(雉も鳴かずば撃たれまい……)
まさに、これぞ多数決の暴力。
猫ミミメイドに先導されながら、涙目で台車を引っ張る羽目になった勇者の姿が、其処にはあった……。
次回で一応、一区切りです。




