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第2話 穴あけ

「……それについては、ひとつわかった事がある。

 あくまで僕の個人的な推測だけど……聞く?」


 アランの瞳の奥で光る不気味な光に、嫌な予感をひしひしと感じる拓真とクラウス。


(……どう思う? クラウス)

(……嫌な予感しかしませんが、聞くだけ聞いてみましょうか)

(大丈夫かなぁ……)

(全く情報がない現状を鑑みると、聞かないという選択肢はないですよ……)


 拓真とクラウスが、こそこそと小声で話し合っていた。

 ついさっきまでは、それこそ縋る思いで助けを求めていたくせに、ちょっと時間が経ったと思ったらもうこの態度である。

 人間とは、実に浅ましい生き物であることを痛感させてくれるような二人の変わり身の早さだった。


 何となく気が進まない二人だったが、だからと言って彼等にこれといった代わりの良い案があるわけでもない。

 互いに顔を見合わせ、何かを悟りきったような互いの目を確認した二人は、同時にため息を吐きながら諦めたようにアランに続きを促した。


「続けてくれ、アラン」

「お願いします、アラン」

「ん」


 短く了承の返事を返す拓真とクラウス。

 アランは心なしかウキウキしたような様子で、”個人的な推測”とやらを話し始めた。

 二人の態度を特に咎めるような事をしないのは、おそらく全く気にしていないのだろう。

 相変わらずのマイペースぶりを見せる彼の鋼の神経が、少し羨ましくなる拓真であった。


「……単刀直入に言う。あの城は”呪文”で出来ている」

「「は?」」


 完全に意味不明。

 全く理解不能なアランの発言に、拓真とクラウスの声が綺麗に重なった。

 これがフラジオンの常識なのかと真剣に悩む拓真。

 その姿を横目に見ながら、クラウスが恐る恐るといった感じでアランに尋ねていた。


「……土魔術というヤツですか?」

「……違う」

「……」

「さっぱりわからん。アラン、俺たちにわかるように説明してくれ」

「……わかった。少し長くなる」


 全く説明の足りないアランの回答に沈黙してしまったクラウスに代わって、素直に白旗を上げた拓真が彼に詳しい説明を求める。

 何となくアランの策略に嵌っているような気がしないでもないが……命の危険はないだろうと無理やりに自分を納得させ、彼の好きにさせることにした。

 どうせ時間に余裕もある事だし。


「……呪文であのような建築物を造る方法は二つある。

 ひとつはさっきクラウスが言っていたとおり、土魔術を使う方法。

 石材や木材、金属などの必要な材料を用意して、人夫の代わりに魔術を使って材料を加工し、建物を作っていく。

 建物が完成したら、今度は魔術を使って建物を強化していく」

「あぁ、それは何となくイメージできるな」


 異世界人の自分でも理解できそうな話に、あからさまにホッとした表情を見せる拓真。

 要は重機の代わりに魔術を用いるという事だろう、と彼は個人的に解釈することにしたようだ。


「でも、結構大変なのでは?」

「……建設作業そのものは、それほど大変でもない。

 使う魔術のレベルがそれほど高くないから、そういった作業ができる魔術師を集める事はそれほど難しくないし、魔力もそれほど使うわけじゃない。

 むしろ大変なのは、きちんと正確な図面を用意して、材料の石材や木材を過不足なく用意する事。

 材料の切り出しから始めるとなると、結構、大変」

「そりゃそうか」


 そう言いながら納得する拓真。

 その辺の事情は、地球でもフラジオンでも変わらないようだった。


「……この方法の問題は、魔術のレベルや魔力の消費量が比較的低く済む反面、物理的にも魔術的にも防御力があまり高くならない事。

 あとは……時間がかかる事も欠点かな。

 一般的な建築物……例えば家屋や商店などではそれほど問題にはならないけど、お城とか砦のような建築スピードと頑丈さが要求される建築物では結構、大きな問題になる」

「え? 頑丈さって……魔術で強化するって、さっき言ったばかりじゃねぇか?」


 アランの発言に矛盾を感じ、よく考えもせずにそれを指摘する拓真。

 だが、そんな彼の言うことなどお見通しなのだろう。

 アランは特に口調を変えることもなく、淡々と説明を続けていった。


「……確かに魔術で強化した城や砦は、魔術をかけていないそれらよりも城壁の硬さや耐衝撃性、風化に対する耐久性が比べものにならないほど上昇する。

 けど、”穴あけ(トンネル)”という土魔術に分類される呪文に対しては殆ど無防備」

「”穴あけ(トンネル)”?」

「……”穴あけ(トンネル)”という呪文は、一言でいえば……地面や城壁に穴をあける魔術」


 そんな便利な呪文があるのか、と思わず感心してしまう拓真。

 是非とも日本に持って帰りたいが、間違いなく無理であった。

 もっとも、彼自身も日本に帰る事にそれほど拘っているわけではないので、大した落胆もしていないが。


「じゃあ、その”穴あけ(トンネル)”だっけ?

 その呪文を邪魔するような呪文で防げばいいんじゃねぇの?」

「……残念だけど、魔術防御力を上げるような呪文は、常に魔力を供給しないと呪文を維持できないという大原則がある。

 代わりに”穴あけ(トンネル)”の呪文を防ぐために、土の精霊力を妨害するような呪文を使ったりすると、今度は石そのものが酷く脆くなって物理的な防御力が低下してしまう。

 具体的に言えば……石が脆い岩や砂に変化してしまうらしい。

 それでは城や砦としての意味をなさない」


 魔術の素人の拓真にはイマイチよくわからない理屈であった。 

 まぁ、世の中そうそう都合良くはいかないらしい。


「う~ん、わかったような、わからないような……」

「……なるほど。

 細かい理論的な部分は良くわかりませんが、何となく言っている意味は分かりました」


 異世界からの来訪者であるためか、この世界の魔術というものが根本的に理解できていない拓真は、今ひとつ納得できていないような顔をしているが、フラジオン生まれで自身も優秀な神聖魔術の使い手であるクラウスは、アランの言葉に理解の色を示した。

 アランの方も、拓真が自分の話を理解できるとは期待もしていなかったらしく、クラウスの反応を見て説明は十分だと判断したのか、そのまま言葉を続けていく。


「……そして、もうひとつの方法。 

 それは、魔力そのものを物質化して建築物にしてしまう方法」

「魔力の物質化? 何だ、そりゃ?」

「そのような事が可能なのですか? アラン」

「……可能。少しだったら僕でもできる。例えば”魔力の盾(マジックシールド)”」

「あぁ、あれか~」


 拍子抜けしたように言葉を漏らす拓真だったが、アランの”魔力の盾(マジックシールド)”はかなり強力な代物であった。

 どのくらい強力か、と言うと、『狂猪(マッドボア)(全長5メートルほどの超大型の猪)』の文字どおりの猪突猛進を、苦もなく完全に止めてしまえるほどである。

 因みに、お肉はとても美味しかった。


「え? ちょっと待ってください。

 確か、あれも長時間の持続は出来ない、と他ならぬアラン自身が言っていませんでしたか?」

「……クラウスの言うとおり」

「じゃあ、それで城を造るなんて最初から不可能ではありませんか!」


 焦ったようなクラウスの言葉に、そりゃそうだと思わず納得してしまう拓真。

 だが、アランはそんな彼の反論を一顧だにせず、淡々と説明を続けていった。


「……それは呪文の使い手が、僕程度の人間の場合。

 より保有魔力の多い高次の存在ならば、ぼくの言っているような事は可能。

 こちらの方法のメリットは、事前の準備が必要なく、時間もかからない事。

 お手軽で簡単」

「お手軽で簡単って……」


 冷凍食品のCMじゃあるまいし。


「……欠点はさっきもクラウスが言ったとおり、建物を造るにしろ、それを維持するにしろ、莫大な魔力が必要な事。

 おそらく、僕どころか魔術学院の理事長やエルフの大長老程度の存在では、建物サイズの魔力の物質化自体が不可能だと思う。

 ましてや、それの維持など夢のまた夢」

「おいおい」

「何だ? そりゃ……」

「……」


 アランの説明が殆ど理解できていない拓真とジャスティンは、苦笑いを浮かべたり肩を竦めていたりする程度で、気持ちにも随分と余裕があるようだが、話が徐々に理解できるようになってきたクラウスの顔色がどんどんと悪くなっていった。

 鞭でいられる事は幸せな事である、という典型的な例である。


「……そして、僕が魔術で調べたところ、間違いなくあの城は後者の方法で造られている。

 おそらく此処のお花畑も、あの城から発せられる魔力の影響を受けている。

 それはまるで……」

「神話の中の、神々が住む神界そのものですね……」

「「?」」


 アランの説明を引き取るように告げられたクラウスの呟きに、無言で首を縦に振って頷いたアラン。

 そして、二人の言葉が理解できずに頭に疑問符を浮かべながら首を傾げる拓真とジャスティン。

 頭脳労働担当と肉体労働担当の、とても対照的な姿が其処にはあった。

 さすがに馬鹿二人の様子を見かねたのか、アランが彼等に簡潔な説明をする。


「……つまり、敵である魔王の実力は神様レベル」

「「はぁ?」」


 簡潔過ぎて、かえって訳がわからなくなってしまった二人。

 まぁ、確かにいきなり結論だけを聞かされても、言われた方はちんぷんかんぷんだろう。

 そんな愚者二人の様子を見て、アランは助けを求めるようにクラウスの方を振り返った。

 その顔には、はっきりと書いてある……”面倒臭い”と。


 クラウスもアランの意図を察したのか、一瞬、とても嫌そうな表情を浮かべたものの、彼にはもう説明する意思が全くないのが何となくわかったのだろう。

 仕方なくアランに代わって、お馬鹿さん二人への説明(授業?)を引き受ける。

 何時でも何処でも何処までも、貧乏くじを延々と引き続ける安定のクラウスクオリティは健在であった。


「アランの説明を簡単に要約しますと……まず、あの魔王城は魔力を物質化した素材(?)で出来ています」

「え? それは不可能じゃないかって、さっきお前は言っていなかったか?」

「えぇ、言いました。

 ですが、アランの説明によると、それは『人間には不可能だ』という事だそうです。

 つまり、それ以上の実力を持つ者……例えば神なら可能であるという事らしいです」

「つまり……魔王城は神様が造った?}


 出来の悪い生徒(拓真)の珍回答に、思わず顔を顰める苦労人のクラウス先生。


「どうしてそうなるんですか!? 魔王城は魔王が造ったに決まっているでしょう!」

「……そりゃそうか」

「あの城を造るには、神様レベルの実力が必要です。

 そして、あの城を造ったのは魔王です。

 ですから、魔王は神様レベルの実力の持ち主であるという結論が導かれます」


 所謂、三段論法というヤツである。

 これを理解できない相手は……目の前にいた。


「……タクマわかった?」

「……何となく。要は、魔王は神様と変わらないくらいの実力の持ち主だと」


 拓真がようやくわかってくれたか、とほっと一安心するクラウス。

 因みに、ジャスティンには最初から誰も期待してはいなかった。

 とうの昔に、全員が見捨て済みである。


「ん? 俺たちこれから其処へ乗り込んで、魔王って奴と戦うんじゃなかったっけ?」

「そうだな……って、呑気にしている場合じゃねぇ!」

「?」


 未だにその事を良く理解できていないジャスティンの呑気な一言で、ようやく事の重大さに気づいた拓真。

 ……鈍過ぎであった。

 大声を上げて頭を抱える彼を、発言をした当の本人は不思議そうな顔で眺めていた。

 いっそ此処まで無知でいられるのなら、ある意味幸せなのだろうが……。

 どちらにせよ、自分ではとても出来そうにない荒業である事に間違いはないので、クラウスはこの件についてこれ以上考えることを放棄した。


 どうしたものか……と考えたクラウスは、細かい部分の解説を諦める。

 具体的に言えば、中学生レベルであった説明の内容を幼稚園児レベルに切り替えて、脳筋騎士(ジャスティン)に理解させることにした。

 さすがのクラウスも、赤ちゃんレベルの説明は……不可能である。


「ジャスティン。貴方はこれだけを理解しておいてください。

 あの城に住む魔王は、とっても、凄く、想像できないくらい強い。以上です」

「わかった! 魔王はすっげぇ強ぇんだな!」

「はい、それがわかって頂けたら十分です。油断しないように」

「おう! 任せてくれ!」


 急にとても嬉しそうになったジャスティン。

 彼は所謂、戦闘民族というヤツなのだろうか?

 上手く脳筋騎士をやる気にさせたクラウスを、アランがパチパチと手を叩きながら出迎えた。


「……ん、上等」

「疲れました……。アラン、間違いはないのですね?」

「……今、話した事については、ほぼ確信レベルで間違いはない。

 で、これを前提にして、僕は此処からいくつかの仮説を立ててみたんだけど……聞く?」


 ついさっき、似たようなアランのセリフを聞いた覚えのあるクラウスは、嫌な予感をひしひしと感じながらも、何故か抗い切れない運命のようなものを感じて、こっそりため息を吐きながら天を仰いだのだった。


 



因みに、サブタイトルについては全く意味はありません。

話の内容とも関係ない事が多いです。

作者がてきとーな性格なので。

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