第24話 魔術と魔法
前回、前々回に続く説明回です。
「あぁ、あれですか。
あれはひと言で言えば、魔術とは異なる魔法というものです」
「……魔法?」
「ん? ユリアちゃん、魔術と魔法って違うもんなの?」
聞き慣れない“魔法”という言葉に首を傾げたアラン。
どうやらこのフラジオンでは、“魔術”と“魔法”の間に明確な区別があるらしい。
拓真の素朴かつ根本的な質問に、柔らかい笑顔を浮かべながら答えていたユリア。
まともな会話になった事で、どうやら少し機嫌が直ったようである。
その様子は、いかにも出来の悪い生徒を優しく見守る女教……ゲフンゲフン。
「そう、別物です。
魔術というのは、真語という魔力を乗せる事のできる単語を、呪文という特定の規則に則って組み合わせた言葉に変換し、特定の事象を現実に引き起こす技術の事ですが、魔法とは、呪文を使用せずにただ自分の意思に魔力を乗せて、現実を直接、改変してしまう能力の事です。
わかりましたか?」
「……ごめんなさい、さっぱりわかりません……」
拓真、早々にギブアップ。
あまりに抽象的な言葉の羅列に、恥も外聞もなく白旗を上げた。
彼は今にも頭から煙を噴き出しそうで、真っ赤になったまま机に突っ伏している。
その様子を見かねたのだろうか?
アランが珍しくフォローをしてくれた。
やはり持つべきものは友人だ、と少し感激する拓真だが……。
「ユリア様。話が高度過ぎてタクマには理解できそうにない。
彼に理解させようと思ったら、もう少し具体的でわかりやすくした方が良い。
そう……サルにでも教えるつもりで」
……全然、フォローじゃなかったらしい。
ガバッと勢いよく起き上がった拓真が、アランに向かって抗議するが……、
「おい! 幾ら何でもサルは酷くないか!?」
「……全然、酷くない。事実は事実。スライムと言われないだけマシ」
拓真の抗議は、アランにバッサリと斬り捨てられる。
「事実……」
「……魔術という分野については、タクマは子供以下。
魔術学院の初等生クラスの、まだ見習いにもなっていない子供の方が、まだタクマよりも魔術の事を良く理解している」
「子供以下……」
「……何回も、魔王様の手を煩わせる事の方が、よっぽど酷い事。
タクマにも理解させようと思ったら、それこそサルにでも理解できるレベルで、もう一度わかりやすく教えてもらった方が良い」
「サル……」
容赦のないアランの言葉にとどめを刺され、うっすらと涙を浮かべながら沈黙した拓真。
確かにそれは事実かもしれないが、彼としては、もう少し言い方というものがあるだろう、と思わずにはいられない。
少し離れたところでは、シェーラが何故か感心したように大きく頷いているが、余計なお世話だと思わず怒鳴りそうになった。
ユリアもフォローの言葉が見つからないのか、心配そうな目で彼の方を見ているだけである。
「そうですね……」
「……じゃあ、僕の方から質問する形にしよう」
「良いんですか?」
「……全く問題はない。僕も訊きたい事がきける」
どう説明したものか、と考え込む素振りを見せたユリアに、そう提案しながらにっこりと笑ったアラン。
おそらく、自分の知的好奇心を満足させたいだけであろう。
彼の隣では、滅多に見られない珍しいものを見せられたクラウスが、椅子からずり落ちそうになるほど驚いていた。
失礼極まりない行為であったが、それだけ珍しかったのもこれまた事実である。
因みにジャスティンは、自分には理解できそうもない話であるという事を早々に察したのか、クッキーと紅茶を胃袋に詰め込む作業に専念していた。
「……では、最初の質問。魔術と魔法は違うもの。これは間違いない?」
「えぇ、間違いありません」
「どのあたりに違いがある?」
「そうですね……。一番大きな違いは、真語や呪文を使わない事でしょうか」
次々と浴びせられるアランの質問に、しっかりと考えながら簡潔に答えていくユリア。
誤解を招かないようにとの配慮の表れか、慎重に言葉を選んでいる様子が窺えた。
「……無詠唱とは違う?」
「えぇ、違います。
呪文の無詠唱は、音として口に出さなくても、頭の中ではしっかりと言葉……真語を使って呪文の詠唱をしているはずです」
「……そのとおり」
「ですが、私が使う魔法は、真語そのものが必要ないんです。
パッと私の頭の中に浮かんだ情景……或いはイメージを、そのまま現実にしてしまう能力……とでも言えば良いんですかねぇ……」
「……ふむ、なるほど。言いたい事は、大体、わかった」
新しい羊皮紙を取り出して、何やら忙しそうにペンを動かしているアラン。
相変わらずその姿は精力的で、表情は真剣そのものであった。
全く意味不明の会話をされている拓真にとっては、睡魔と戦うだけの苦痛な時間なのだが、アランにとっては至福の時間なのだろう。
その目も、拓真が今までに見たこともないくらいに生き生きと輝いていた。
……拓真の死んだ魚のような目とは、実に対照的である。
「……その魔法は、僕にも習得できる?」
「……申し訳ありませんが、間違いなく無理でしょう」
アランの期待に満ち溢れた目をしっかりと見据えながら、ユリアが少し躊躇うように、それでも彼には残酷過ぎる事実を、勇気を奮って突きつけた。
「……何故?」
「簡単に言ってしまえば……失礼な事を言うようで申し訳ないですが、才能の問題です」
「……」
さすがに“才能の問題”と言われて少しはショックを受けたのか、押し黙ったまま羊皮紙の上のペンの動きを止めてしまうアラン。
今までずっと天才と持て囃されてきた彼にとって、この言葉は相当な屈辱であるはずだった。
だが、別段、怒る様子も見せず、アランはユリアの次の言葉を待っている。
さすがに魔王様相手に才能云々を語る愚かさには、彼も気づいているようだった。
「実は、“魔法を使用できる事”が、人間とさっきお話した魔族を区別する大きな境界線になっているのです。
あぁ、この場合の“魔族”とは、当然ながら狭い意味での魔族のことを指しています」
「……つまり、僕は魔族じゃないから魔法は使えない。この解釈で合ってる?」
アランの問いに、無言で頷くユリア。
さすがにこればかりはどうにもならないと思ったのか、彼は無念そうに天を仰いだ。
そんな彼の内心を慮ったのか、ユリアは極めて真面目な顔つきで、ある意味事務的な淡々とした口調で魔術と魔法の差異についての自身の解釈を語り始める。
「魔術というものは、真語と印の使い方を学び、それを適切に組み合わせる事によって呪文としての効果を得る、いわば学問としての側面が非常に強い分野です。
そもそも魔術というものが、一部の魔法を魔族以外の者にも使えるように、真語と印という代替手段を用いて再現したものですから……。
父なんかは、魔術の事を“劣化コピー”と呼んでいましたね。
意味は良くわかりませんでしたが……。
あぁ、すいません。話が逸れてしまいましたね。
例えば魔術理論という学問は、真語と印という道具の使い方を体系化し、汎用化する事によって法則性を見出して、呪文として使いやすくするための学問と言い換えても良いでしょう。
そうですね……、分野としては、数学や物理学に似ているのかもしれません」
ユリアの解説に、何度も頷きながら再びペンを動かし始めたアラン。
どうやらショックからは立ち直ったようである。
「それに対し、魔法の方は完全に特殊な才能の分野です。
どんなに努力したところで、『頭の中のイメージをそのまま現実に変換する能力』がなければ、魔法を使う上でのスタートラインにも立てません。
勿論、魔法を使いこなすには、多少の努力は必要ですが……。
そうですね……、魔術が真語を組み合わせて使いこなすモノだとすれば、魔法は真語そのものを作り出して使うモノであると考えれば良いでしょう。
ある意味、才能が全てとも言える世界ですから、音楽や美術などの芸術分野に似ていますね」
ユリアは“才能”と呼んでいるが、“特殊能力”と言い換えた方がわかりやすかったかもしれない。
それで理解できれば良いのだが……。
「ふぅむ……」
「……なるほど」
「え? 今の説明でわかったの? 俺にはさっぱりだよ」
「……君と一緒にしないでほしい」
「……」
明らかに馬鹿を見る目で、アランは拓真を見下すような眼差しでチラリと一瞥した。
クラウスまでもが、何処か可哀想な者を見る目で彼の方を見ている。
いつの間にか、扱いが完全にジャスティンと同列になっている事にショックを受けた拓真。
今更である……。
さすがに可哀想になったのか、ユリアがもう少しわかりやすく彼に説明してくれた。
その目は、クラウスと同様に哀れな子羊を見る目になっているが……。
「そうですね……正確かどうかわかりませんが、少し例え話をしましょう。
魔術というのは、楽器の演奏のようなものです。
時間をかけてきちんと練習すれば、程度の差はあれ上手になります。
それに対し、魔法というものは作曲に似ているのかもしれません。
どんなに演奏技術が高くても、良い曲が作れるとは限りませんし、逆に演奏技術は大した事がなくても、名曲を次々と作り出す人もいるでしょう?
名曲の作り方なんて他人に教えられるものではない、というところも、魔法に通じる部分がありますね。
事実、魔法の行使に於いても個々のイメージというのはとても大切で、やり方なんて個人個人で千差万別ですから。
「なるほど、ありがとうございます」
「……タクマわかった?」
「ごめん、イマイチ良くわかんない……」
絶望的な顔をして項垂れてしまった拓真を見て、ユリアは本当に申し訳なさそうな顔をしているが、アランは完全に呆れ果てたように首を振っていた。
もともと楽器の演奏なんてできない拓真の貧相な脳ミソが、あまり興味のない分野の話を例えに使われた瞬間に理解を拒んでしまうらしい。
既に末期症状であった……。
彼のあまりにも強い理屈アレルギーを目の当たりにして、彼女は困ったようにアランの方を見る。
「どうしましょうか……?」
「……別に魔王様が悩む必要はない。悪いのは拓真の頭」
「おい!」
身も蓋もない言い方でユリアを慰めたアラン。
拓真にとっては、何の慰めにもならないが。
事実なだけに、アランの言葉は余計に質が悪かった。
いつもの事ではあるが……。
あっさりと仲間(?)たちから見捨てられた拓真を哀れに思ったのか、魔王様がもう一度、彼にもわかるようにと努力の跡が窺える解説をしてくれた。
随分と熱心で、面倒見の良い女教……おっと、この先はイケナイ。
こんな性分だからこそ、彼女は彼等に慈愛の女神とか天使とかと呼ばれてしまったのだろう。
本人は、その称号をかなり嫌がっているようだが。
「わかりました。では、より簡単な例え話で。
魔術というのは、そうですね……例えばこのテーブルの上の光景を、『白いテーブルクロスが敷かれていて、同じく白い色のティーカップとソーサーが五組、その上に置かれていて……』という感じで、魔力さんに言葉だけで伝えるものだと思ってください。
それに対して、魔法というものは、同じ光景を瞬間的にパッと絵に写し出して、その絵を魔力さんにそのまま渡して伝えるような感じですかねぇ……う~ん、難しいです」
「写真って事か?」
「「「「「シャシン?」」」」」
拓真がつい何気なく漏らした聞き慣れない言葉に、その場にいた全員が反応した。
失言を悟った拓真だが、もう遅い。
全員からの注目を、どういうわけか一身に浴びてしまっていた。
ジッと彼を見つめる目・目・目……。
何とか表情には出さずに済ませたものの、彼の内心では暴風雨が吹き荒れていた。
(自動ドアはあるくせに、写真はねぇのかよ! 訳わかんねぇよ、この世界!)
心の中で悪態をついたところで、事態が何か改善するわけがない。
心なしか、ユリアも年相応の好奇心いっぱいの視線を向けてきているような気がした。
ジャスティンも、何故かワクワクしながら彼の方を見ているが、それは比較的どうでも良い。
事情を知っているクラウスやアランはともかくとして、ユリアとシェーラをどう誤魔化すかだが……。
「シャシンって何ですか?」
ユリアが拓真に、弾んだような声で尋ねてくる。
ついに来た。
キラキラした彼女の視線を一身に浴びながら、彼はどう言い繕うか、と無い脳ミソをフル回転させて言葉を探す。
「……」
が。
そんなもの、すぐに見つかるはずがなかった。
拓真が“異世界から来た勇者”であるという事は、彼女たちには絶対に秘密にしなくてはならない。
何故なら、“異世界から来た勇者”には“魔王を倒すために呼ばれし者”という別名があるからであった。
さすがにコレが彼女たちの耳に入るのはマズい。
その程度の事は、いくら他人の機微に疎いと言われる彼でもわかっていた。
だが……。
ユリアのきらきらとした好奇心いっぱいの純粋な瞳に射抜かれてしまうと、彼女に隠し事をしなくてはならない自分が、まるで天下の大罪人にでもなったような気持ちにさせられてしまうのも、これまた事実である。
それに、この慈愛の女神のような彼女ならば、その事を知られたとしても許してくれるんじゃないか、という淡い希望もあった。
「……」
沈黙の時間が過ぎていく。
さすがにそろそろ限界になってきた。
結局、疾しさも手伝って、タクマは正直に事実を白状する。
勿論、一番マズい部分は伏せたままであったが。
「あぁ、写真っていうものはさ、カメラとかスマホとかという道具を使って、目の前の光景をそのまま紙に写し出した物さ」
「カメラ? スマホ?」
「……念写の事?」
「あ! そうそう。それが出来る道具だと思ってくれれば良い」
「へぇ~、そんな物があるんですか」
ユリアが感心したように頷いている。
微妙過ぎるアランのアシストを受けて、何とかこの場を誤魔化したと思ってホッとした拓真であったが……、
「あぁ……そういえば、タクマって異世界から来たんだっけ。忘れてたわ」
わざわざ伏せていた部分をジャスティンにピンポイントで暴露されて、全てが台無しになった。
思わず机に突っ伏す拓真。
クラウスは『あちゃあ~』と言わんばかりに額を手で押さえているし、アランも不機嫌そうに暴露した犯人を睨んでいた。
当の本人は、相変わらず間抜けな顔で拓真の方を見ているが。
「ん? もしかして、俺、また何かやっちゃった?」
「『やっちゃった?』じゃねぇだろぉ! この馬鹿野郎ぉ!!」
「ごぶぅ!」
拓真の拳が、ジャスティンの鳩尾に綺麗にめり込んだ。
手加減無しの一撃を受けて、床に崩れ落ちるように倒れ伏すジャスティン。
突然の暴力沙汰に、ユリアは呆然としているが、彼女の背後に控えるシェーラの目が怪しくキラリと輝いた。
稀にみる会心の一撃だったが、何故か素直に喜べない拓真。
「あぁ……畜生、やってらんねぇ……」
口から呪詛の言葉を吐き出しつつも、これから起こる難題の数々を思い、憂鬱な顔で全身から大量の冷や汗を垂れ流す拓真であった……。
次回、ついにどっかの誰かさんが尻尾を出します。
いや、尻尾自体はもう出ているんですが……。
スイマセン。ナンバリング打ち間違えていました。修正させてもらいます。 3/24
早めに気づいて良かった……。




