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第1話 ピンク色の屋根

勇者パーティの人物紹介の回です。

野郎ばっかりで華がない……。

 話は少し遡る。


 前述のとおり、拓真たち勇者パーティは、幾多の苦難を乗り越えて最終目的地である魔王城を目の前にしていた。


「なぁ……俺たち……目的地を間違ってはいないよなぁ……」

「そのはずですが……」


 ……訂正。

 魔王城と思わしき石造りの建築物を目の前にしていた。


 鬱蒼とした『古代の森』と呼ばれる森の中の道なき道を、一週間彷徨った挙句に漸く抜けた彼らの目の前に突然現れたのは、百花繚乱という言葉そのままに無数の花々が咲き誇る美しいお花畑。

 そして、その奥に聳え立つ三方を切り立った崖に囲まれた美しい白亜の城であった。


(あれが……魔王城?)


 中央には無数の尖塔をまわりに従えた巨大かつ豪華な宮殿が鎮座し、それを一定間隔に配置された塔と高く堅固な城壁が取り囲んでいる。

 外側の城壁の真下には、満々と水を湛えた深そうな水堀があり、その上には現在は下ろされたままになっている跳ね橋が渡してあった。

 正面には攻め寄せる全ての敵を跳ね返すべく、重厚かつ雄大な双塔城門がこちらを威圧するかのように聳え立っているが、何故か屋根という屋根に塗られている原色ピンクが全てをぶち壊しにしている。


(何故……ピンク?)


 双塔城門の正面は、一転して芝生が一面に生えたシンプルながらもよく手入れのされた庭園が広がっていた。

 門の手前からこちらに向かって、綺麗な円錐形に刈り込まれた木々が、来客を歓迎する儀仗兵のように綺麗に二列に並んで整列している。

 よく見ると、一番奥、城門すぐ手前の木の下では、ポカポカ陽気に誘われたのか白猫の親子がのんびりと日向ぼっこをしていた。


(……猫?)


 どう見ても全人類の敵、奇怪かつ邪悪な魔物の長、世界に混沌と恐怖を振りまく魔王の本拠地とは思えない。

 まるで旅先から送られてきた一枚の絵ハガキのような牧歌的な風景が、まだ肌寒い朝の爽やかな空気とともに其処には広がっていた。


「なぁ……、本当に間違っていないよなぁ……?」

「……おそらくは……」


 拓真の困惑に満ちた問いかけに、仲間の司祭であるクラウスが自信なさそうに答えている。

 珍しい事もあるものだ。

 頑固で真面目で自信家で説教好きな彼が、こんな風に言葉を濁すところなど滅多に見られるものではなかったからだ。


 クラウス・ラガーフェルドというのが彼のフルネームになる。

 年齢は20台半ばほど。

 アールセン王国王都アールパレスの、太陽神スーリヤの神殿に所属している司祭様だ。


 濃い茶色の短く刈り上げた髪と薄いブラウンの瞳を持つ彼は、なかなかの男前なのだが、何故か浮いた話のひとつも聞こえてこない不思議な男であった。

 まぁ、本人はそれをさっぱり気にしていないようだし、一応、そっちの趣味ではないという弁明が当の本人の口から語られているので、腐の方々は過度の期待をしない方が良いだろう。

 ……本当かどうかは不明だが。

 他の三人が常に暴走しがちなため、ただひとりの勇者パーティの良識担当として、今日も真面目に自分の職務を淡々とこなしていく地味だが大切な役割を持った男だった。

 後始末担当とも呼ばれるが……。


 拓真の意味不明の愚痴は続く。


「なぁ、これは俺の勝手な想像に過ぎないのかもしれないが……」

「何でしょう?」

「魔王城ってのはさぁ、いつも漆黒の闇の中にあってさ……」

「もう朝になりましたけど」

「いつも真っ黒な雨雲がどんよりと浮かんでいて、ものすごい雨が降っていてさ……」

「いい天気ですねぇ」

「一瞬の切り裂くような稲光に照らされて、ぼんやりとシルエットが浮かび上がる……」

「雷雲など、何処にも見当たりませんが」

「まるで意味不明の前衛芸術のようなさ、機能性皆無の不気味で真っ黒な城だと思ってたんだけど……」

「前衛芸術というものが何かはわかりませんが、少なくとも私には、目の前のお城はとても美しい白亜の城に見えますね」

「……」


 わかっている。

 他k間の抱いている魔王城のイメージは、所詮、昔に見たアニメのワンシーンの記憶でしかない事を。

 本物の異世界に、そんな気の利いた演出などされているはずがないという事を。

 ごく当たり前の話なのだが、何故か悔しくて堪らない拓真。

 要は……単なる八つ当たりであった。


 それにいちいち付き合ってくれるクラウスも、優しいのか辛辣なのかは置いといて、面倒見が良い事だけは確かだろう。

 それが彼の、単なる暇潰しだとしても……。


「なぁ、地図を読み間違えたんじゃねぇの?」

「それはないでしょう。タクマじゃないんですから」

「……」


 クラウスにさも当然の如く言い返されて、無言のまま下を向く拓真。

 彼自身、自覚がない(あるいは認めていない)ようだが、彼は重度の方向音痴であった。

 確かに日本にいる時も、『地図の天敵』とか、『店を出た途端に行方不明になる男』とか、『彼に社員証(もしくは学生証)の代わりに迷子札を持たせるべきだ』などと称賛の嵐を浴びていた記憶のある彼であったが、謙虚を美徳とする日本人の端くれとして、そのような言葉には耳を傾けるわけにはいかなかった過去の持ち主である。

 ……称賛?


 とはいえ、此処でその事についてクラウスと議論したところで、拓真に不利であるのは明白であった。

 何故なら、此処が彼にとって異世界のフラジオンである以上、現地の地理はフラジオンで生まれ育ったクラウスに一日の長があることは疑いの余地がないからだ。

 いや、例え拓真がフラジオン育ちであったとしても、結果は変わらないような気もするが……。


 自らの不利を悟った拓真は、涙を呑んで話題を変えることにした。


「ラ○ホにしか見えねぇ……」


 汚れた大人である拓真の、魔王城に対する第一印象である。

 因みに、恋人など居たためしのなかった拓真であったが何度かその手の施設を利用した経験はあった。

 相手はデ○ヘル嬢だったけど……。


 とりあえず、彼には男四人でラ○ホに入る趣味はないし(他の奴も、おそらくそうだろう……たぶん)、『こんなにデカくて豪華なラ○ホがあるか!』と彼にツッコめるような貴重な人材もこの場にはいない。

 勇者パーティの人材不足は深刻だった。

 ……人罪には事足りているようであったが。


「何ですか? ラ○ホって……」

「……いや、いい」

「……?」


 哀しい思い出に打ちひしがれて沈黙する拓真。

 まさか真実を語るわけにもいかなかったし……。

 その様子を不思議そうな顔で見守っていたクラウスであったが、異世界人である彼が偶におかしな事を言い出すのはいつもの事だと思い出したのか、一瞬で普段の真面目な顔つきに戻っていく。


 そんな風に頭を抱えてしまった拓真と、いつものように眉間に皺を寄せていたクラウスの背後から、気の抜けたような明るい声がかかった。


「なぁ、ひととおり見て回ったんだけど、魔物の姿が何処にも見当たらんぞ? 休憩中か?」


 休憩中って……。

 どうやらラ○ホ(魔王城)従業員(魔物)の方々は不在らしい。

 ヘラヘラとだらしのない笑顔を浮かべながら、そんな呑気なセリフを言っているのは、ジャスティン・フィッツジェラルド・クリスタ―。

 アールセン王国の近衛騎士団に所属する、現役の近衛騎士であった。

 ……一応は。

 いわば騎士団の中の、エリート中のエリートなのだ。

 ……とても信じられないが。


 年のころは20歳を過ぎたあたりか。

 そのフルネームが示しているとおり、王国中にその名を知られている名門貴族であるクリスタ―侯爵家の三男坊であった。

 美しい金髪碧眼の、まるで物語の主人公のような整った顔立ちをした貴公子然とした美青年だが……口を開くと全てが台無しになる。

 ついたあだ名が『残念騎士』

 因みに命名者は拓真であった。


 拓真たちとともに、もう一年ほど一緒に旅を続けている勇者パーティの一員である。

 その間、拓真たちは何度も彼に迷惑を掛けられたり、彼のせいで余計なトラブルに巻き込まれたり、彼のおかげで謂れのない濡れ衣を着せられたりしてきた。

 魔王と関係のない苦難の殆どは、この男のトンデモ発言や珍行動が引き起こしたと言っても過言ではない。

 どうにかしてこの男を上手く亡き者にできないか、他の仲間たちと真剣かつ激しい議論を交わした事も一度や二度ではなかった。

 今では立派なパーティのサンドバッグとしての役割を、十分に果たせるまでに成長している。

 ……サンドバッグの役割って何だろう?


 ジャスティンは基本的に、人間としてはとても好人物であることに疑いはなかった。

 特に捻くれたところもなく真っ直ぐで素直な性格だし(何も考えていないとも言う)、高位貴族にありがちな身分の差を楯に他の仲間を見下すようなこともない(馴れ馴れしいだけとも言う)。

 ある意味、全くアールセン王国貴族らしくないさっぱりとした性格をしていた。

 もっとも、知識とか常識といった部分もさっぱりなのが困ったところなのだが……。


 きっと、彼の頭には脳みそ以外の何かが入っているに違いない、と彼の仲間たちの間では確信めいた結論が導かれていた。

 ……本人はさっぱりと気にしていないようだが。

 因みに、一度、頭蓋骨をカチ割って中身を見てみよう、という挑戦的な意見も出されたが、さすがに今まで実行されたことはなかった。

 ……だって、本当だったら怖いし、というのが理由である。


 ジャスティンからの報告を受けて、拓真はもうひとりの仲間に何か気になったところがないか訊いてみた。


「アラン、何かあるか?」

「……別に」


 何処かの引退した某女優のような答えを返してきたのは、魔導士のアラン・カニンガム。

 年齢は確か18歳だったか。

 アールセン王国の魔術学院では、天才の二つ名を恣にする若き実力者である。


 その実態は……興味のある事なら寝食を忘れて努力をするくせに、興味のない事に関してはとことん冷淡な態度をとる、平たく言えば極度の魔術オタクであった。

 ついでに言えば、しっかりと物事を考えているようで、実は何も考えていない事も多い。

 頼りになるのかならないのか、イマイチ良くわからない男であった。


「なぁ、アラン。敵の姿や数がわかる便利な呪文はないか?」

「……もう使った」

「そうだったのか。それは済まない……で、結果は?」

「城の魔力反応が強すぎて、良くわからない」

「……そうか」

「……」


 拓真の問いかけに、あくまで無表情のまま事務的に答えるアラン。

 そして、否応なしに訪れた気まずい沈黙。

 はっきり言って、拓真はアランがどうにも苦手であった。

 それを察してくれたのか、クラウスが二人に割り込むように声をかけてきた。


「タクマ、それは良いですが、これからどうしますか?

 此処が魔王城であるのは幾つかの証拠からほぼ間違いがなさそうですが、魔物の姿が全く見当たらないのが不気味過ぎます。

 これから我々はどうするべきか、しっかりと考えないと」

「とは言ってもなぁ……。情報が全くないんじゃ判断のしようがないだろ。

 そもそも、何で魔王城の屋根が全部ショッキングピンクなんだ?」

「知りませんよ、そんな事は……。私だって意外なんですから」

「……何かあの色に魔術的な意味が?

 それとも、何かの呪文の効果で我々にそう見えているだけという可能性も……」


 ブツブツと呟きながら考え込んでしまったアランを横目に見ながら、逆ギレした拓真を宥めるクラウス。

 彼の苦労人ぶりが良く窺える光景であった。

 屋根の色について、アランが何やら魔術的な考察をしているようだが、単に魔王の個人的な趣味という可能性も……。

 そんな思いつきを振り払うかのように、首を振りながら目を閉じるクラウスであった。


「まぁ、それは置いといて……。何で魔物が一匹も見当たらないんだ?」

「何故でしょうね? ジャスティンが見落とすとは思えませんし……」


 視力や動物的な勘については、彼等の中でも絶対的な信頼を獲得しているジャスティン。

 勿論、オツムの方は全く信用されていなかった。


「駄目だ……。何も思い浮かばねぇ……」

「何と言うか……不気味ですね……」


 真面目に考える拓真とクラウスだが、やはりこれといった良いアイディアが思い浮かばない。

 助けを求めてアランの方を見てみる二人だが、彼は何事かを考え込んでいる途中なのか、まるで彼等の助けを求める視線に気づいた様子は見られなかった。

 勿論、二人ともジャスティンが自分の意見を述べることなど期待していない。

 そんな事は、そもそも期待してはならないという程度の常識はわきまえているつもりであった。

 ……どうせロクな事を言わないのだから。


「「「……」」」


 暫し待つこと数分。

 頭の中を満たしていた考え事に、漸く一定の結論が出たのであろう。

 アランがふと今気づいたような調子で、拓真とクラウスに話しかけてきた。


「……それについては、ひとつわかった事がある。

 あくまで僕の個人的な推測だけど……聞く?」


 アランの瞳の奥で光る不気味な光に、嫌な予感を覚える拓真とクラウスであった……。





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