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第17話 魔王様との晩餐会 後始末編

 結局、ユリアからの『さすがにもう反省は十分だろうから、そろそろ許してあげた方が良い』とか、『変な物が目の前でぶらぶらしていると、落ち着いて食事ができない』という強い要望もあり、フェンリルの快挙もあって幾分か気の晴れた拓真は、渋々といった感じを装いながらもジャスティンを天井から下ろす事に同意した。

 確かに彼としては、彼女の意見には深く同意できるところではある。

 ……“変な物”という部分に限っての話だったが。


 下ろす前に、何やら思うところでもあるのか、拓真は残念そうに逆さ蓑虫を思いっ切りくるくる回転させて遊んでいる。

 その際に、何やら『モグゥ!』とか『モゴモゴゴ!』などと言う雑音が足元から聞こえてきたような気がするが、彼はきっぱりと無視する事にした。

 ……やっぱり、食べ物の恨みは恐ろしいのだ。


 最初は、天井から吊るしてあるロープをそのまま切るだけにしようという意見が大勢を占めていたのだが、何故かユリアだけが強硬に反対したため、この方法は没になった。


 何故だろう? と首を傾げる拓真。

 やはり、床に刃物を並べておいたのがマズかったのだろうか?


 いつになく強硬に主張するユリアの迫力に押されて、渋々ながらシェーラと二人で刃物を片付ける拓真。


 結局、クラウスやアランだけでなく、シェーラさんにまで手伝ってもらいながら、泥棒蓑虫を床にゆっくりと下ろす事になってしまった。

 拓真としては、甚だ不本意な結末である。

 ロープを切り落とす事による落下ダメージを期待していた彼としては、これは完全に計算外であった。

 もっとも、逆さ吊りでジャスティンの頭の位置が低いぶん、それほど期待していたわけではないのだが。


 ついでに言えば、下ろす前にクラウスに『清浄(ピュリフィケーション)』の呪文を彼にかけてもらう事も忘れてはならなかった。

 ……色々と、漏らしている可能性があるので。


 何故かシェーラさんがとても残念そうな顔をしていたが、此処では敢えて気にしない方が良いだろう。

 下ろす際に2,3発蹴りが入ってしまったのは、単なる不幸な事故というヤツであった。


 だが、拓真は結局、この時の決断を後々まで後悔する羽目になる。

『やっぱり、あの時、殺っておけば良かった』と……。




「ありがとうございます、ユリアちゃん!」

「は? はぁ~……」

「貴方は命の恩人です! 天使様です! 女神様です!」

「いえ、べ、別に大したことはしていないので、そう大げさにされても……」


 床に土下座しながら吐き出されたジャスティンの言葉に、少し顔を引き攣らせて答えているユリア。

 原因が原因だけに、彼女も素直にその言葉を受ける気にはならなかったようだ。

 ……ひょっとすると、フェンリルのあの一撃が効いているのかもしれないが。

 一応は、クラウスの魔法で綺麗にしたとはいえ、気分としてはわからなくもない、と何となく理解した拓真であった。


「いいから顔を拭け。汚ねぇぞ」

「誰のせいだ! 誰の!」


 ジャスティンの顔は、涙と涎と鼻水でぐちゃぐちゃになっている。

 唯一の取り柄であるイケメンが、まるっきり台無しであった。

 その原因が、逆さ吊りにされた事によるものなのか、それとも死の恐怖から解放された安堵と感謝によるものなのか定かではないが、身だしなみくらいはキチンとしていて欲しいものである。

 ……無理か。

 彼女がさっき引き気味に対応していたのは、そのせいなのかもしれないのだから。


「全く……ユリア様のお慈悲に感謝しろよ! ジャスティン」

「てめぇに言われる筋合いはねぇ! もう少しで死ぬところだったんだぞ!」

「それは惜しい事をした」

「やかましい! 俺のスペアリブを返せ!」


 当惑気味のユリアに代わって、何故か拓真がジャスティンに偉そうな言葉をかけるが、当然の事ながら完全に逆効果になってしまった。

 当たり前だ。

 ジャスティンにとっては、これ以上ない挑発になっていたのだから。


「はっはっは、吐き出して返そうか?」

「ふざけんじゃねぇよ!」

「さっきのてめぇと同じセリフを返しただけだ!」


 勿論、拓真もそんな事は百も承知である。

 彼はさらにジャスティンを煽り、罵倒しようと彼の胸倉を掴み上げたが……、


 ゴン! ガン! ドスッ! ゲシッ!


 罵り合い、互いに胸ぐらを掴み合う拓真とジャスティンを、クラウスとアランが実力行使で黙らせた。

 何故か二人の右手には、何やら鈍器のようなモノがしっかりと握られているが、これ等はシェーラさんが二人に手渡した物である。

 彼女がこれを何処から持ってきたのかはイマイチ不明だが……丁度良かったので特に気にする事なく利用させてもらった二人だった。


「「ぐぉおおおおお……」」

「二人とも見苦しいです! 魔王様の御前ですよ! 何をやってるんですか!」

「……いっぺん死体になってみる?」


 ふかふか絨毯の上で、頭を押さえて転げ回る馬鹿コンビ。

 顔を真っ赤にして憤怒の表情を浮かべたクラウスも怖かったが、完全に目の座ったアランの吐き出したセリフも十分に怖かった。

 そのセリフが嘘でないのは、さっきの手加減抜きの一撃で既に証明済みである。

 あまりにもドスが効き過ぎていたせいか、ユリアが完全に怯えていた。


 その事を察知したクラウスは慌てて居住まいを正し、シェーラに貸してもらった鈍器を彼女に返却すると、ひとつコホンとわざとらしい咳ばらいを挟んだ後、ユリアに向かって深々と頭を下げる。

 彼の様子に気づいたアランも、慌ててシェーラに手元の鈍器を渡すと、クラウスに倣うようにしおらしく頭を下げた。

 それに気づいた魔王様も、何かやらかしたわけでもないのに慌てて頭を下げる。

 ……随分と、腰の低い魔王様であった。

 

 その傍では、未だに絨毯の上を転げ回っている馬鹿二人の姿を、二人から返却された鈍器を手にしたままのシェーラが、汚物を見るような視線で見下ろしている。

 はっきり言って……とっても怖かった。


「うちの馬鹿どもが本当に申し訳ありません、ユリア様。

 如何なる処罰でも甘んじて受ける覚悟でございます」

「いえいえ、クラウスさんが悪いわけじゃないので、処罰だなんて……」

「……こいつ等が」

「え! そっち!?」


 クラウスがユリアに向かって、真摯な謝罪の言葉を述べる。

 其処までは問題なかったのだが……アランのポツリと呟くような一言に、ついついツッコみを入れてしまったユリア。

 そう言えば、さっきも似たようなやりとりをしたっけなぁ、などと思い出しながら。


「当然です。

 さすがに私も、こいつ等の罪を自分で償おうと思うほど、人間が出来ているわけではありませんので。

 ですが、敢えてこちら側の希望を言わせてもらえるのであれば……」

「何でしょう?」

「……ひとおもいに殺すのは下策」


 ズルッ。


 アランの一言に、何故かユリアが椅子からずり落ちた。


 礼儀作法がしっかりしているはずの彼女が、こんな凡ミスを犯すとは珍しい。

 或いは体が勝手に動いてしまったのか……。

 彼女も随分と、勇者パーティのノリに毒されつつあるようだ。

 非常に良くない傾向であった。


「じわじわ嬲り殺しにするのが良いと思う」

「……何で死刑確定なんですか……?」


 席に座り直し、疲れたように訊き返す魔王様。

 その姿は、とても十代前半の少女には見えなかった。

 彼女は、まるで何か著しい心労でも抱えているかのように左手で額を押さえながら、まるで心外だと言う風に言葉を続けていく。


「私は別に、あなた方を処罰するつもりはありません」

「「「「「え!?」」」」」


 ユリアの宣言に、大人五人の声が重なった。

 ……五人?


「……シェーラ、何故あなたまで混ざっているの?」

「失礼しました。少々、意外でしたので」


 少し不穏な声で、背後に立つシェーラを問い詰めるユリア。

 もっとも、シェーラもその程度の事には慣れているのか、彼女はあっさりと自分の非を認めると、何事もなかったかのように再び主人の背後に控えた。

 いつの間に片づけたのかわからないが、彼女の手元にあったはずの鈍器が、既に何処かへと消えている。

 ユリアはもう一言二言言いたそうにしていたが……無理にそれ以上追及する必要はないと判断したのか、フゥとひとつ溜息を吐くと、改めて拓真たちに向き直った。


「失礼しました。

 繰り返しますが、今回の事で私が皆様を罰する事はありません。

 確かにジャスティンさんの行いは誉められたものではありませんが、既に厳しい処罰が行われた以上、私からは特に何も言いません」


 厳しい処罰って……フェンリルのあれか?


「……厳しい?」

「あれで?」

「……一応は自重して、追加の踵落としはやめといたんだけど」

「……あなた方は本当に仲間同士なんですか?」


 クラウスとアランから寄せられた答えに、本気で呆れたような表情になったユリア。

 ……まぁ、気持ちはわからなくもないが。

 この中では一番の最年少……見た目どおりの年齢なら……のはずだが、言っている事は間違いなく一番の大人であった。

 というより、まわりの(一応)大人たちが、子供っぽいだけなのかもしれない。

 ひょっとすると、幼稚園児以下の可能性も……。


「ですので、私からは特に処罰をするつもりはありません」

「おぉ! 女神だ!」

「ありがとうございます」

「……ありがたや、ありがたや」

「ありがとう! ユリアちゃんはまるで天使のようだ!」

「……この程度で此処まで言われるって……。

 皆さん、今まで一体、どういう環境で過ごしてきたんですか?」


 言葉だけなら手放しで褒められているはずなのに、何故かあまり嬉しくなさそうな表情で、ユリアがぼやくように訊き返す。

 あまりに色々な事が起こり過ぎたので、随分とお疲れのようであった。


「あぁ、そうですね……ジャスティンさん。

 タクマさんに料理を盗んだ事を謝罪してください。

 それで終わりにしましょう」

「えぇ~!」


 ついさっきまで天使だ女神だとユリアの事を、散々、持ち上げていたくせに、急に彼女の言葉に不満そうに異議を唱えるジャスティン。

 どうやらこいつは、彼女が魔王であるという事を忘れているようだった。

 ……失礼にも程がある発言である。

 まぁ、ついさっきまで皆に逆さ吊りにされて、死線を彷徨ってきたばかりなので、更に謝る事で何か損をさせられたような気分になっているのかもしれないが……そんな事は、他の者の知った事ではなかった。


「ちゃんと謝る事ができたら、スペアリブを出してあげます」

「タクマごめん! 俺が悪かった! 許してくれ! このとおりだ!」

「お? おぅ……」


 ユリアの一言で、掌を返すように拓真に向かって頭を下げながら、謝罪を始めるジャスティン。

 この短い時間で、彼を完全に掌の上で転がすようにコントロールする方法を編み出すとは……さすが生まれついての支配者たる魔王様であった。

 ……子供に甘いお母さんに見えなくもないが。

 彼の豹変ぶりを生暖かい目で見ながら、ユリアがもうこれで終わりにしてくれ、と言わんばかりに皆に告げた。


「……とにかくこれ以上の騒動は御免です。

 お茶とお菓子を用意しますから、仕切り直しにしましょう。

 シェーラ、皆様にお茶とお菓子を。

 あと、ジャスティンさんにはスペアリブも出してあげて」

「かしこまりました」


 大きく溜息を吐きながら、てきぱきとメイドに指示を出していく魔王様。

 その姿には、まさに女主人としての風格があった。


 魔王であるユリアの機転と忍耐のおかげで、何とかこの場を収める事に成功した勇者たち。

 彼等の能力不足が露呈した瞬間でもあった。

 

 その能力の名は……常識。

 致命的であった……。


まぁ、こんなバカ話がダラダラと続く作品です。

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