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第15話 魔王様との晩餐会 魚料理編

 シェーラさんが次の魚料理を運んでくる。

 無言のままニコリともせずに、淡々と自身の職務を果たしている彼女だが、何故か拓真に対する視線が鋭かった。

 恨まれる心あたりもないので気のせいだと思いたいが、さっきからやらかしてばかりいる拓真にしてみれば、あながち被害妄想とも言い切れない。

 暫くの間、時折カチャカチャという皿とカトラリーの触れあう音と、料理をもぐもぐと咀嚼する音だけが部屋に響いていた。


「「「「「……」」」」」


 気まずい沈黙。

 彼女も初対面の相手に緊張しているのか、自発的に話しかけてくる様子はなかった。

 まぁ、年齢を考えれば致し方のない事である。

 拓真はそう自分を納得させながら、隣でひたすら料理を胃袋に詰め込む作業に忙しい自分の仲間たちの方を見回してみたが……。


 まず、ジャスティンには期待するだけ無駄である。

 むしろ、口を開くと何を言い出すかわからないので、黙っていてくれた方がこちらとしてもありがたいくらいであった。


 そして、クラウス。

 本来ならこのメンバーの中では、彼こそが一番、こういった状況では頼りになるはずなのだが……何やら様子見でもしているのか、積極的に話をするつもりはないようだった。


 さらに、アラン。

 彼の場合、知識は豊富だし頭の回転も速いから、一見、こういった場も得意そうに見えるが……全くの役立たずであった。

 何しろ話題の範囲が酷く限定的な上、興味のない事柄に関しては全く反応らしきものを見せない困った性格なので、こういった会談の場は、一番、不向きなタイプである。


 はっきり言って……頼りにならない連中であった。


(くそっ! お前ら何とか言えよ!)


 拓真は心の中で怨嗟の言葉を吐くが、さすがに黙りっぱなしでは失礼になってしまう。

 仕方なく彼は自分で話をする事にした。

 ついでに地雷を踏み貫く覚悟も済ませておく。

 ……勇者であった。


 いや、確かに彼は勇者であるが、そういう意味ではない。

 ……勇者と書いて生贄と読む、という意見については、考えない事にしておく拓真であった。


「そう言えば、さっきから気になっていたのですが、このお城には魔王様とシェーラさんの二人しかいらっしゃらないのですか?

 いえ、何て言うか……此処まで来る時に見かけなかったものですから」


 何かに怯えるように、言葉がついつい言い訳がましくなってしまう拓真。

 先程までの勢いなどとっくの昔に消え失せて、何やら恐る恐るまわりの様子を窺っている臆病な鼠のようであった。

 もっとも、此処までのやらかしぶりを考えたら、致し方のない事なのであろうが……。


「ん~、そうですね……。いえ、あと三人います」

「ほぅ」

「シェーラの娘さんたちです。

 三人とも小さくて、素直で、でも少しいたずらっ子で、とっても可愛いんですよ!」

「「「「へぇ~」」」」


 拓真のビビりっぷりなど全く気にせずそう語る魔王様の笑顔は、とても嬉しそうで慈愛に満ちていた。

 おそらくそのシェーラさんの娘さんたちとやらは、彼女にとって世話の焼ける可愛い妹のような存在なのだろう。

 あと、シェーラさんが人妻で、出産経験のある女性だとは意外……でもなかった。

 あの巨乳は、その結果、齎された物なのだろうし。

 言葉の節々から感じられる、ユリアの彼女たちへの愛情に癒されて、すこしほっこりとする拓真たちだった。


「でも、流石にもう夜も遅いので、あの娘たちは今頃すっかりお眠でしょう。

 三人が同じベッドで、一塊になってすやすや寝ているところも、見ていてとても可愛いんですが……起こしちゃ可哀想ですしね。

 申し訳ないのですが、お披露目は明日という事でお願いします」


 そう言いながら、話を締め括るようにペコリと頭を下げるユリア。

 明日、彼女たちのお披露目をするという事は……今晩は泊まっていけ、という事だと勝手に解釈した勇者たち。

 つまり、久し振りにまともな寝台で寝られるという事である。

 ユリアのこの一言は、彼等にとって涙が出るほど嬉しいお言葉だった。

 これがシェーラの言葉なら、笑顔で寝袋を差し出してきて、城外に叩き出される可能性を考えねばならないのだろうが……。


 思わず狂喜して、感謝の舞でも踊るべきかと考えた拓真だったが、さすがに今回は自重する事にした。

 感謝の舞って……できれば永久に自重して欲しいところである。

 おかしなマネをして危険人物認定され、温かい寝床をふいにするわけにはいかなかったからだ。

 ……もう既に認定済みであるという都合の悪い予想は、この際、考えないでおいた方が良いだろう。

 彼は何気ない風を装いながら、無難な返事を返しておいた。


「いやいや、『寝る子は育つ』という格言のとおり、小さな子供にとって睡眠時間というものは何よりも大切なものです。

 魔王様がおっしゃる事は、むしろ当然の事かと」


 ここぞ、とばかりに良い人アピールをしておく拓真。

 とっくに彼の本性を知っている仲間たちの視線が、やたらと痛く感じた今日この頃。

 いつまで持つか見ものである、とでも思っているのであろうが……。


「そう言って頂けると、とてもありがたいです。

 もっとも半年前までは、城内にはもっと沢山の人たち(?)がいて、とても賑やかだったのですが、父が亡くなってしまったので、皆いなくなってしまって……。

 正直なところ、私も少し寂しいというのが本音ですね」


 そう言いながら、今度は何故か急にしんみりとしてしまった魔王様。

 その寂しそうな横顔を見て、拓真はまた懲りずに地雷を踏んだかと思って焦ってしまう。

 何処で間違えたのかさっぱりわからずに、助けを求めて思わず隣の席を見てみるが……其処には夢中で魚料理を貪っているジャスティンの姿があるだけだった。

 ……どう考えても、根本的に見る相手を間違えているとしか言いようのない行動である。


「……あの……」

「ん? どうしました?」

「……どうして皆様がいなくなったのでしょうか?」

「あぁ、その事ですか」


 おずおずと何かに怯えるような拓真の声に、ユリアの軽い調子の返事が返ってきた。

 どうやら、特に機嫌を害したわけではないらしい。

 相変わらず、彼に向けて天使のような微笑を浮かべていらっしゃった。

 それを見て、あからさまにホッとする拓真。

 どうやら地雷は回避できたようだった。


「実は私たち魔族の、所謂……あまり好きな表現ではないのですが、上位魔族と呼ばれる者たちの殆どが、魔王である父から魔力の供給を受けていたので……。

 ですので、父が亡くなった後は、彼等は魔力の供給を受けられずに……」


 やっぱり地雷だったか、と後悔するがもう遅い。

 こういう時には、早めに詫びを入れておくに限る、と瞬時に判断した拓真。

 それが人生というものだ、と思いながら、土下座せんばかりの勢いでユリアに向かって頭を下げる。


「すいませんでしたぁ!」

「え? あぁ、少し誤解させてしまったようですね。

 かっらは別に亡くなったわけではないのですよ。

 単に、父からの魔力の供給が止まってしまったので、急に力を失ってしまって……。

 少しの間……そうですね、長くても数年ほどでしょうか……眠りについているだけなんです」


 地雷というのは、どうやら誤解だったようだ。

 再びホッと胸を撫で下ろす拓真。

 だが、こう何回も冷や冷やしたり安堵したりを繰り返すのは、どう考えても心臓に悪そうだった。

 というより、心音が自身に聞こえそうなほどの激しい動悸は、明らかに心臓に悪そうである。


(くそっ! 何で俺だけ、こんな思いをしなくちゃいけないんだよ!)


 知らんがな。


 拓真のやり場のない怒りの声に、応じてくれる者はいなかった。

 神様もそこまで暇じゃないらしい。


 強いて挙げるならば、食事中の他愛もない会話で何故このような綱渡りをしなくてはならないのかを、彼はもっとよく考えるべきだったのだが……。

 残念ながら、そこまで頭が回らない……というより、そんな余裕がないらしい。

 何しろ若い女性(姉妹を除く)と話す機会など滅多になかった人生を送っていた彼にとって、このシチュエーションは控えめに言っても荷が重いというのが実情だった。

 明らかに残念さに関しては、ジャスティンの事を言えない拓真である。


「ですので、もう少し時間が経てば、皆も目覚めてまた昔のように賑やかに……なると良いなぁ……」

「? 何で最後の所が疑問形なんですか?」


 つい、訊いてしまった拓真。

 しまった、と思うがもう遅い。


「実は……つい先ほどお伝えしたとおり、父は突然亡くなってしまったので、彼等の起こし方と言うか何と言うか……。

 そうですね……、彼等と魔力を繋ぐ方法を、父が私に伝える前に亡くなてしまったので、彼等を起こす方法が私にはわからないのです。

 ご存じありませんか?」

「知らんがな」


 ゴスッ! ゲシッ! ドゴッ! バキッ!


 つい素で答えてしまった拓真に、仲間たち三人からの容赦のない鉄拳制裁が入った。

 吹き飛ぶように椅子から転げ落ちる拓真。

 何だか一発余計に被弾したような気がするが、一体、何処から飛んできたのだろうか?


「そうですよね……え? ちょっ、ちょっとタクマさん、どうしたんですか!?」


 軽い冗談のつもりだったのだろう。

 笑いながらそのまま何事もなかったかのように話を続けようとしたユリアが、対面で起きた異常事態に顔色を変えていた。

 どうやら、彼女は未だにこのパーティのノリについていけないようである。

 まぁ……その方が彼女にとっては良いのかもしれなかったが。

 

「痛ててててて……。あ、す、すいません。ご心配をおかけしました」


 そう言いながらむくりと起き上がり、何事もなかったかのように再び席に着く拓真。

 何事もなかったと言うには、随分と無理があるようだったが……。


「あ、あの~……大丈夫ですか?」

「えぇ、少なくとも命に別状はありません」

「はい?」

「それでですね、ちょっと隣に座っている連中に、伝えなくてはならない事があるんですが。

 よろしいでしょうか?」

「え? まぁ、構いませんが……」


 拓真は正面の席で思わず立ち上がりかけたユリアに一言断ると、くるりと横を向き、礼儀正しく明後日の方向を向いている三人を低い声で威嚇する。


「てめぇら、後で覚えてろよ……}


 もっとも、この程度の恫喝で効果のある連中じゃないって事は、他ならぬ拓真自身が一番、良くわかっていたが。

 何やら向かい側で急に発生した険悪な雰囲気に呑まれた魔王様が、オロオロと心配そうにこちらを見ている。

 そんな彼女の様子を見て、つい罪悪感でいっぱいになってしまった拓真。

 無論、この恨みを忘れるつもりはないが、此処でそれ以上の追及をするのは下策だろう。

 そう考えた拓真は、仕方なく誤魔化すようにまだ手を付けていなかったはずの魚料理の皿に目を向けるが……、


 骨しか残っていなかった。


 何回見ても、何回目を擦ってみても、皿の上には綺麗に身を削ぎ落とされた魚の骨しか残っていない。

 ハッと思うところがあって隣のジャスティンの方を見てみると、何食わぬ顔で、もぐもぐとまだ魚料理を食べている彼の姿が目に入った。


 怪しい。

 凄く怪しい。

 非常に怪しい。


 拓真の知る限り、この男はとんでもない早食いであったはずだ。

 それこそ、何でも噛まずに飲み込む蛇のようだと言われるくらいに……。

 少なくとも、彼がこのメンバーの中で、一番、最後まで食事をとっているところを、拓真は一度も目にした事がなかった。

 という事は……。


「……」

「……」

「……おい」

「……」

「おい、ジャスティン」

「……」

「おい! 返事をしろ、ジャスティン!」

「……ゴクン。何、タクマ?」


 しっかりと完食して飲み込んだ後、漸く返事をしたジャスティン。

 だが、不自然に拓真の方を見ようともしない。


「……その皿……俺のだよな……?」

「? いや……し、知らない……」


 そう言いながら、露骨に目を泳がせたジャスティン。

 誰がどう見ても嘘を吐いているようにしか見えない怪しさ満点の態度だが、どうやらこの男は、最後までシラを切り通すつもりのようだ。


「……てめぇ……すり替えやがったな……」

「……そ、そんな事、するわけが……」

「とても見事な早業でしたよ。素晴らしい腕をお持ちのようですね」

「うげ……」


 なおも怪しい態度で何とか誤魔化そうとしたジャスティンだったが、こちらに向かってワゴンを押して来たシェーラさんに全てをバラされてしまった。

 どうやら彼女に、一部始終をしっかりと見られていたらしい。

 因みに、彼女が運んできたワゴンの上には、次の肉料理である美味しそうなスペアリブが人数分、ホカホカと湯気を立てながら、今か今かと出番を待っていた。


「では、他人の分を盗るような悪い子は、お肉抜きという事で」

「賛成~」

「仕方ないかと」

「……そのとおり」

「……シェーラ、それはちょっと可哀想だと思うの」


 無表情のまま、バッサリと無慈悲な判決を下すシェーラさん。

 一も二もなく賛成しているのは、勿論、拓真・クラウス・アランの三人であった。

 本当に一年の間、苦楽を共にしてきた仲間なのか疑いたくなるような反応だが、このパーティでは極日常的に見られる光景である。

 さすがに肉ナシは可哀想だと思ったユリアだけは、弱々しくジャスティンの弁護をしているが……、


「駄目です、お嬢様。それは躾に良くありません」

「……そうね。シェーラの言うとおりね」


 きっぱりとシェーラに反論されて、あっさりと意見を引っ込めてしまった。

 いつも締まりのないジャスティンの顔が、見る見るうちに絶望に染まっていく。

 やはり子育て中の母親は、なかなか躾に厳しいようであった。

 躾以前の問題のような気もするが……。


 ジャスティンとしては、ユリアがもう少し粘る事を期待していたようだが、この件については明らかに彼の所業が酷過ぎた。

 誰がどう見ても、問答無用である。


「嫌ぁ~! 肉ナシはマジで勘弁! ちょっと待って! 今吐き出すから!」

「「「やめんかぁ~!!」」」


 ジャスティンは、最後の悪足掻きとばかりにとんでもない事を言い出すが、当然の如く他の三人に全力で阻止された。

 勇者たちの醜態を、猫ミミメイドさんは氷点下の視線で暫く眺めていたが、やがてしっかりと己の職責を果たすべく、スペアリブの載った皿を各々の席の前に配膳していく。


 勿論、ジャスティンの前には……皿が置かれなかった。


 ジャスティンは泣いていた。

 男泣きに泣いていた。

 拓真は知りたくなかった。

 この世には、こんな見苦しい涙があるという事を……。

 

 


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