第14話 魔王様との晩餐会 オードブルとスープ編
約一時間後、勇者たちは漸くダイニングルームへと戻って来た。
この部屋を出ていく時は、まるで葬送の列のような重い足取りであった彼等だが、やはり久しぶりに入った風呂は格別であったらしい。
薄汚く、まるでスラムの住人のようであった印象は、きれいさっぱりと何処かへと飛んでいき、身綺麗な普段着に装いも変えてきた。
勿論、とても正式なパーティに出られるような服装ではないのだが、さすがに魔王様やシェーラもそこまでは求めてはこない。
というより、この場に正式な礼装で現れたりしたら、そっちの方がびっくりであった。
『あんた、何考えてんの?』という意味で。
魔王様もお召し物を変えられていた。
ドレスの色合いは相変わらずブルー系統であったが、さっき着ていた物よりも若干、色が薄く、少し濃い目の水色と言った方がわかりやすいかもしれない。
謁見の間で愛犬を追い回した時に乱れてしまった黒髪も、綺麗に整え直されていた。
相変わらず化粧等は殆どしていないようだが、艶々に輝く肌と整い切った容貌の前では、化粧など単なる蛇足以外の何物でもないというのが拓真たちの共通見解である。
どうやら魔王ユリアは、世界中の女性を敵に回してしまったようだった。
勿論、そんな大事に気づいた様子のない魔王様は、部屋の奥側に一脚だけ用意されていた席にふわりと座る。
部屋に戻って来た拓真たちは、それぞれシェーラに案内されながら手前側の席についた。
彼女は皆を案内し終えると、すでに用意されてあったグラスに食前酒を注いでいく。
そして、入口から見て反対側にあった別の扉の近くまで下がり、一度深く頭を下げて礼をした後、そのまま部屋を出て行ってしまった。
おそらく次の料理の準備をしに行ったのだろう。
猫ミミメイドの姿が消えたのを見届けた魔王様は、椅子から立ち上がって丁寧に一礼すると、もう一度最初から自己紹介を始めた。
「皆様初めまして。
私が現在、魔王の名を襲名しているユリア・ベネロペ・フロレンティア・アム・サレード・ストレイトンと申します。
不束者ですが宜しくお願い致します。
(それは嫁入りの時のご挨拶です。魔王様)
思わず口まで出かかったツッコミを喉の奥に飲み込んで、拓真はこのユリアと名乗った自称魔王様の姿をもう一度しっかりと観察するが……、
(どっちかって言うと、魔王に攫われたお姫様の方が、配役としてぴったりなんだけどなぁ……)
どう考えても、そっちの方がしっくりくる。
どう見ても、彼女は世間様一般の『魔王』というイメージからかけ離れ過ぎていた。
(むしろ、アールセン王国にいるお姫様の方が魔王に相応しいような気が……おっと、これ以上はマズいか)
そんな事を思いつつ拓真は立ち上がると、日本での社畜時代の接待を思い出しながら、彼女に先程とは違うきちんとした挨拶を返す。
「これはご丁寧なご挨拶、誠に心に染み入ります。
改めて名乗らせていただきます。私はタクマ サイトウと申します。
どうぞお気軽にタクマとお呼びください。
隣に座っている者は、ジャスティン・フィッツジェラルド・クリスタ―。
アールセン王国のクリスタ―侯爵家の三男で、現在は王国の近衛騎士を拝命致している者にございます。
その隣が、クラウス・ラガーフェルド。
同じくアールセン王国王都アールパレスのスーリャ神殿で、司祭として奉職しております。
その奥がアラン・カニンガム。
同じくアールセン王国の王立魔術学院に所属する魔術士で、現在は準教官として後進の指導に当たっている者です。
本日のご招待、改めて感謝致します。ありがとうございました」
「やればできるじゃないですか。いつもそうしていてくれると私も楽なんですが」
「……びっくりした」
「タクマ、キモい」
「全くです。そのセリフをさっきまでの格好で言われたりしたら、間違いなく皆様が飲み物を噴き出すところでした」
「おい! 人が珍しく真面目にやってんのに、余計な茶々入れすんな!」
我ながら上手くいったと心の中でガッツポーズまで決めていた拓真であったが、横から次々と放たれた心無い仲間たちの言葉に、全てが台無しにされてしまった。
思わず素でツッコんでしまった彼だが、もう遅い。
自分で珍しくと言っている時点で、全てが手遅れであった。
というか、横槍が一本多かったような気がするのは気のせいであろうか?
茶々入れしてきた連中を鋭い目つきで睨みつける拓真であったが、図ったように四人ともタイミング良く目を逸らしていた。
よく見ると、向こう側に座っている魔王様が、肩を震わせながら下を向いて笑いを堪えている。
失礼をぶちかますよりは大分ましなのだろうが、かと言って笑いを取るつもりもなかった拓真は、何だか不本意な気分でいっぱいになっていた。
八つ当たり気味に、とりあえず手近に座っていたジャスティンの足を蹴飛ばしておく拓真。
そのままブスッと膨れた様子で椅子に座った彼の姿を見て、ユリアは漸く笑いの波が収まったのか、再び何事もなかったかのように明るい調子で客人たちに声をかけてきた。
「皆様は冒険者様ですか?」
((((冒険者様?))))
あまり聞き慣れない言葉だが、彼女なりの誠意と思って受け取っておく拓真たち。
彼等も、いちいち揚げ足をとって彼女の機嫌を損ねるつもりはないので、そのままスルーする事にした。
しかし、冒険者如きに“様”をつけるなんて……。
人間の世界では、それこそ“盗賊一歩手前の無法者”とか“素性の怪しい放浪者”とか“便利に使える日雇い労働者”とかのイメージが強いので、ある意味新鮮な響きに少しだけ感動したのは秘密であった。
「はい、そうです」
「では、堅苦しい気遣いやマナーなどは無しにしましょう。言葉も普段通りで結構ですよ。
私に気を使う必要はありません。食事は楽しいのが一番ですから」
「は! 魔王様の御心のままに」
「だから、そういう堅苦しいのはナシです!」
そう言いながらコロコロと笑う魔王様。
その笑顔は、まるで天使のようであった。
女神かもしれない。
その屈託のない笑顔に、思わず全員で見惚れてしまった勇者たち。
その様子を主人の後ろに控えていたシェーラが、生暖かい視線で見守っている。
それに気づいた者は、残念ながら彼等の中にはひとりもいなかったが……。
どうやら全員、彼女にロ○コン認定されてしまったようである……。
「それでは、乾杯!」
ユリアのこの一言で、魔王と勇者パーティの晩餐会が始まった。
グラスを軽く上げて、注がれたワインを一気に飲み干していく拓真。
ワインは口当たりがよく、喉の奥にスッと入って行くような錯覚すら覚えるほどの逸品だった。
(うめぇ~!)
日本人で、尚且つ貧乏舌の拓真には、当然だがワインの良し悪し等わかるわけがない。
彼の頭には、そんな安易な感想しか思い浮かばなかった。
もっとも、魔王様との晩餐で安物のワインが出てくるはずがないので、おそらくフラジオン中でも最高の品のひとつである事は間違いないのだろう。
間違っても、飲み過ぎないように気をつけねばならなかった。
泥酔して醜態を晒すようでは大惨事である。
(残念だけど、あまり飲まない方が良いか……)
名残惜し気にグラスを置いた拓真。
因みに、魔王様はワインではなく、別の果物ジュースのような飲み物を口にしている。
まぁ、見た目どおりまだ未成年なのか、それともアルコールが苦手なのか定かではないが、まさかこの疑問を確かめるわけにもいかなかった。
仮に、彼女に無理にアルコールを飲ませて暴れられたりしたら、大惨事どころか正真正銘の世界滅亡の危機が訪れてしまう。
「皆さん、どうぞご遠慮なくお召し上がりください」
出てきた前菜は、ハムと春野菜のマリネだった。
はっきり言って……とても美味い。
酸味と塩気のバランスが絶妙で、野菜のシャキシャキとした歯ごたえも程よく残っていた。
思わずお代わりを頼みそうになった拓真だが、次々と料理の出てくるコース料理の形式である事が推測されたため、涙を呑んで諦める。
……そこまで?
さすがに彼女の前で本性を現して、久しぶりの美味い食事をふいにするわけにはいかない。
仕方なく、次のスープが出てくるまでの間、彼は魔王様との他愛もない世間話で時間を潰す事にした。
「ところでユリア様、この城の造形や彫刻などはとても素晴らしい物でしたが、これはユリア様がお造りになられたので?」
芸術のセンスがゼロどころかマイナスの評価を受けてきた拓真でも、さすがにこの城が見事な造形をしている事くらいは良くわかる。
……屋根の色については、少し趣味が悪いと内心では思っていたが。
此処は無難に、この美しい城を誉めちぎる事で彼女の好感度を稼ぐのが最善であろう。
……セコい男であった。
だが、相手は世界最強を誇るであろう魔王様。
間違っても機嫌を損ねて良い相手ではなかった。
拓真の顔にも、お得意先を接待中の営業マンのような、貼り付いたような卑屈な笑みが浮かんでいる。
「いえ、この城を造ったのは、先代の魔王である私の父でした。
彫刻や壁画も父の趣味で、私は全くと言って良いほど関与していません。
そのあたりの事は、まだまだ良くわからないので……。
精々、お城の屋根を私好みに塗り直したくらいですね」
どうやら、原色ピンクの屋根は彼女の趣味らしかった。
『ラ○ホみたい』などと言った奴は、すぐにでも地面に首まで埋まって反省すべきであろう。
「あと、夜間のライトアップでしたっけ?
あれも父の仕業で、幼かった私を喜ばせるために始めたと聞いています」
どうやら先代の魔王様は、随分と娘煩悩であったらしい。
もっとも、これだけ可愛い娘であれば、誰だってそうなってしまうであろう事は容易に想像できるが。
しかも、ひとり娘だし……。
「もっとも、半年前に亡くなってしまいましたが……」
いきなり地雷を踏んだような気がして、青ざめる拓真。
他の三人から非難めいた視線が飛んでくるが、そんなものに構っている余裕などなかった。
下手をすれば、即座に命を消し飛ばされる危機である。
(マズい! しくじったぁ~!)
心の中で絶叫しながら、恐る恐る魔王様の表情を窺う拓真であったが……何故か彼女は少し遠い目をしながら、まるで何かを離そうか話すまいか迷っているような微妙な表情で、彼が心配しているような悲しげな様子だとか怒っているような様子だとかは微塵も感じられなかった。
「……?」
不思議に思った拓真が、彼女の次の言葉を待っていると、矢形彼女は何かを決心したのか、少し呆れたような調子で言葉を続ける。
「父は……半年前に、滑って転んで頭を打って死にました」
「「「「はぁ?」」」」
魔王様からいきなり告げられた想定の斜め上の発言に、揃って不躾な声を上げてしまった勇者パーティの面々。
揃いも揃って、とんでもなく失礼な連中である。
まぁ、気分はわからなくもなかったが……。
「正確に言うと、私の父である先代魔王は、半年前に、滑って転んで階段を転げ落ちて、頭を打って死にました」
「「「「……」」」」
魔王様、わざわざ二回繰り返していただいて、大変ありがとうございます。
ですが、わざわざ言い直す必要が、何処にもなかったような気がいたしますが……。
「ビックリしましたでしょ?」
(えぇ、確かにビックリしましたとも)
(ですが、それだけで済まして良い事じゃないような気がするのですが……)
(……そもそも魔王って、階段から落ちたくらいであっさり死ぬような生き物なの?)
(結構、痛ぇんだよなぁ……あれ)
そう言えば、ついさっき階段から転げ落ちていた奴が、此処にもひとりいるような気が……。
魔王様の自嘲めいた問いかけに、どう答えていいかわからず、何も言えなくなってしまった拓真たち。
何だかひとり、全く別の事を考えている奴がいるが……。
様々な疑問(?)が彼等の頭の中を駆け巡るが、少なくとも彼女の口調には嘘を吐いている感じが1ミリもしなかった。
そもそも嘘を吐くならば、もう少しまともな嘘を吐くはずだ。
その前に、わざわざこんな事実を暴露する必要はなかったし、正確に言い直す必要もなかったはずだ。
という事は……。
『事実は小説より奇なり』というが、あまりに荒唐無稽な真実に、口をポカンと開けて呆けるしかない四人だった。
「まさか魔王たる者が、階段から落ちたくらいであっさり死んでしまうなんて、誰も思わなかったでしょうねぇ……。
私だって、未だに信じられないくらいなんですから……。
人(?)ってあっけなく死んじゃうものなんですねぇ……はぁ~……」
「「「「……」」」」
溜息とともに話を終えるユリア。
拓真はそんな彼女にかける言葉がまるで見つからず、どうしていいのかわからずに目を宙に泳がせるばかりであった。
このあたりがきちんとできれば、この男にも嫁や彼女のひとりくらいはできたのかもしれないが……それは言わぬが花と言うヤツであろう。
さりげなく横を見てみても、全員が俯いたように下を向いたままで、誰も彼女に気の利いた言葉のひとつもかけられないようだった。
どうやら此処にいる男どもは全員、拓真と同類の“ヘタレ”ばかりのようである。
ユリアとシェーラにとって、それは幸運なのか、それとも不幸なのかはわからなかったが。
誰も彼もが無言になってしまった重苦しい雰囲気の中で、メイドのシェーラさんが一礼とともに静かに入室し、これまた無表情のままスープをひとりひとりに無言でサーブしていく。
拓真は、彼女が何か明るい話題でも振ってくれるのではないかと淡い期待を寄せていたが、彼女は無言で前菜の皿を回収すると、再び一礼してそのまま部屋から出て行ってしまった。
確かにメイドの鏡ではあるが……こんな状況では全く嬉しくない御行儀の良さである。
いつまでも黙っているわけにもいかないので、拓真は仕方なく自分で次の話題を探す事にした。
「しかし、ユリア様は本当にお美しいですね。
今は亡き先代様にとっても、さぞかし御自慢のお嬢様であった事でしょう。
ところでユリア様はお父様似ですか? それともお母様似でしょうか?」
汚名返上とばかりに、ユリア自身をヨイショしまくる拓真。
この話題が少々危険であるのは、彼も承知の上であった。
だが、この魔王城のような閉鎖された環境では、シンプルにいく事が意外な効果を上げる事も多い。
冒頭でいきなり失点をした彼は、名誉挽回とばかりに賭けに出た。
「あははは、ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです」
「いやいや、お世辞だなんてとんでもない」
ユリアは口元に手を当てながら、照れたように笑いながら礼を述べるがこれは決してお世辞ではない。
まるっきり、見たまんまの、拓真の心からの本音であった。
おそらくジャスティンやクラウスやアランでも、同じ事を言うはずだ。
だって、事実は事実だし。
むしろ、本当に思った事をそのまま喋っていればいいぶん、心理的にはとても楽である。
例えペ○野郎と呼ばれても、任務を遂行しようとする武士の姿が其処にはあった。
……本当に呼ばないでね?
「そう言わないでください。照れ臭いです。
そうですね……この瞳と髪の色は父譲りですが、顔つきなどは母に良く似ていると言われていましたね」
過去形注意!
“言われていましたね”である。
“言われています”ではない。
だが、焦っている拓真は、そんな微妙なニュアンスの変化に気づかず、破滅への道のりをひた走ってしまった。
「ほう……、では、お母様はさぞかしお美しい方なんでしょうね?」
「そうですね……そう聞いています」
「?」
話の結末が、マズい方向へと向かっている事にようやく気づく鈍感男。
彼の首筋を、ツツゥーと冷たいものが流れ落ちていった。
「実は、母は私がまだ小さかった頃に亡くなってしまったので、私は母の記憶が殆ど無いんです……」
「そ、それは……大変、失礼致しました……」
再び地雷を踏み貫いてしまう拓真。
賭けは大失敗どころか、更なる追加点を相手に献上してしまった。
思わず頭を抱えて天を仰ぎそうになるが、まだ晩餐の途中である事を思い出して何とか踏みとどまるものの、ただあたりに目を虚ろに彷徨わせる事くらいしか出来そうにない。
間を取り繕うかのようにスープに手を出してみたものの、どういう訳か、さっきまであんなに美味しかったはずのスープの味が、何故か全く感じられなくなっていた。
敢えて言うと……砂味?
(地雷原の中で飯を食うと、こんな味になるのかなぁ……。
ていうか、晩餐の席に、彼女のお母様が出て来なかった時点で気づくべきだろ!
何やってんだ、俺は!)
自身の状況判断の甘さに思い至り、拓真はついさっきまでの愚かな自分をブン殴りたくなる。
ジャスティンと違って、一応、反省はできるのだ。
反省だけは……。
それを次の機会に生かせないので、全く意味がないのだが……。
彼がふと虚ろな目で隣を見れば、ジャスティンがスープのお代わりを頼みながら、最初からテーブルに置かれていた大きめのパンにも遠慮なく齧り付いていた。
豪華で美味しい食事を、普通に満喫している彼が、無性に妬ましくなる拓真。
相変わらず、心の狭い男であった……。
料理の部分の描写は、ほぼ作者の妄想です。
ツッコミどころだらけと思いますが、どうかご容赦願います。