第13話 晩餐会が……始まらない?
「さてお嬢様、こんな所で立ち話もなんですし、皆様を夕食にご招待するのはいかがでしょうか?
お嬢様の戯れに付き合って頂いた恩もございますし、何より用意したお料理が冷めてしまいます。
此処は場所を変えて、ゆっくりと落ち着いてお話をなさった方が、お互いのためになると愚考致しますが」
「そうね……皆さん、よろしいですか?」
シェーラさんから、とても素晴らしい提案がなされた。
漸く機嫌を直してくれた魔王様(?)の気が変わらぬうちに、とでも思ったのだろうが、そんな相手の事情など拓真の知った事ではない。
ついでに言えば、少し気になるフレーズも無きにしも非ずだが、美味しい食事の魅力の前では些細な事であった。
特にここ最近の彼等の食糧事情といったら……口にすることも憚られるほど悲惨であったと言っても過言ではない。
それを考えれば、この魔王様からの夕食のご招待は、どれだけ感謝してもしきれないほどの大変嬉しい申し出であった。
「はい。ご招待いただけるのであれば、大変光栄です」
「良かった。じゃあ、シェーラ、お願いね」
「かしこまりました」
何でこんな連中の為に、という不機嫌なオーラを全身から溢れさせながらも、シェーラと呼ばれた猫ミミメイドは、綺麗なお辞儀をしながら主人の命令を了承する。
彼女から発せられる不穏な気配に、若干、ビビりながらも……それでも降って湧いたような美味しい食事を逃してなるものか、と一も二もなく飛びついた拓真たちは、不自然なくらいに丁寧な受け答えをしながらユリアの好意に甘える事にした。
もし彼女から『感謝のしるしとして土下座しろ』と言われたら、躊躇なく土下座するつもりだった拓真だが……幸いにして、彼女はそんな無体な要求をするような人間(?)ではないようだ。
……あの猫ミミメイドなら、嬉々としてやらせそうな気が何となくするので、決して油断はできなかったが。
どうやら美味しい食事に対する情熱は、多少の恐怖など簡単に凌駕するものらしい。
……単に食い意地が張っているだけという真実は、聞かなかった事にして欲しい拓真であった。
「それでは皆さん、こちらへどうぞ」
「……ジャスティン、拓真を捕まえておいて」
「了解~」
「私が反対側の腕を拘束しましょう」
ジャスティン、クラウス、アランの三人が、手慣れた手つきで拓真を手早く拘束していく。
「拘束具が必要でしたら、用意致しますが?」
「大丈夫です。用意してありますので」
「さすがでございます、クラウス様」
妙なところでシェーラに感心されたクラウス。
何故、彼等が拘束具を持っているのか? という肝心なところについては、見事にスルーされてしまう。
それどころか、そもそも何故、拓真が拘束されるのか? という根本的な疑問まで見事に無視されていた。
「おい! 何しやがる!」
「これ以上、時間を無駄にしないための非常措置です」
「……非情措置とも言う」
「それがわかってんなら、やめんかぁ!」
「だったら、いきなり迷子になるのを止めてもらえませんか?」
「くっ……」
拓真は抵抗する素振りを見せるが、クラウスの一言にあえなく撃沈されてしまう。
ようやくおとなしくなった拓真を、四人がぐるぐる巻きにしていった。
……四人?
まぁ、深く考えない方が良さそうである。
魔王様は再び蓑虫のようにぐるぐる巻きにされてしまった拓真を驚いたような視線で見ながら、何故そんな事をするのか、クラウスに事情説明を求めていた。
「……えっと、タクマさんがぐるぐる巻きにされていますけど、どうしたんですか?」
「迷子防止の為ですが、それが何か?」
ユリアからの問いに、真顔で答えるクラウス。
自分のやっている事の正当性を、微塵も疑っていない男の顔に、魔王様が少し引いていた。
……いや、少しどころではなかったかもしれない。
完全に、ドン引きしていた。
しかし、魔王をドン引きさせるって……。
ある意味、彼は世界初の偉業を成し遂げたのかもしれなかった。
本人、全く気づいていないけど……。
「迷子防止って……ぐるぐる巻きにする必要があるんですか?」
「はい。
この男は酷い方向音痴のくせに、何故かその事実を認めたがらない頑固なところがありまして……。
以前、両手を縛り上げて腰にロープを結んでおいたところ、器用に縄抜けをした挙句、迷子になった事がありましたので、それ以来、手を動かせないようにぐるぐる巻きにすることにしております」
「……」
それを聞いて、何も言えなくなってしまったのか、彼女は可哀そうな者を見る目で拓真の方を見ていた。
その憐れむような視線に居た堪れなくなったのか、彼女から目を逸らす拓真。
何処をどう考えても、非が彼にあったので、必要な処置だとわかってもらえたようだった。
拓真としては、わかってもらいたくなかったであろうが……。
ユリアは、ふと思った疑問をクラウスにぶつけてみが……、
「……ダンジョンの中とか、どうやっていたんですか?」
「さすがにその場合は、首に縄を付ける程度で済ませていましたが、それでも結局、最後は迷子になるのがオチでして……。
緊張感を維持できている時はそうでもないのですが、目的を果たした後……例えば、ダンジョンからの帰り道などでは、ほぼ毎回のように行方不明になっていました。」
「……そうですか」
返ってきた答えは、想像以上に酷いものであった。
少し頭痛でも感じているのか、額に手を当てるユリア。
自分の黒歴史を、よりによってユリアの前でばらされた拓真が、何やらぎゃあぎゃあ騒いでいるが、その声は彼女の耳には届いていないようだった。
ひょっとすると、自分はとんでもない過ちを犯したのではないか?
頭を抱えながら、そう思い悩む魔王様であった……。
シェーラに先導されながら廊下を暫く歩くと(約一名は強制連行されていたが)、拓真たちはやや小ぶりなダイニングルームへと案内される。
拓真たち一行に何か思うところはあるようだが、それを殆ど表に出さずに職務に忠実に行動するところなどは、なかなかできるメイドさんであった。
その部屋の中央には、少し大きめのしっかりとしたダイニングテーブルが鎮座し、入口から見て左側の席には椅子が一脚、右側の席には椅子が四脚置かれている。
それぞれの椅子の前には、白い皿とカトラリー一式と綺麗に折りたたまれた真っ白なナプキンが、それぞれ一組ずつ整然と並べられていた。
「「「「おぉ~!」」」」
勇者パーティ一行から感嘆の声が上がる。
どうやら彼女たちは、最初から彼等を夕食に招待するつもりで準備を進めていたらしい。
招待される理由がさっぱり見当もつかないが、未知なる美食に心を奪われて、そんな事など全く気にも留めていない拓真たち。
……危機感無さ過ぎであった。
三人は入室するとすぐに拓真の拘束を解き始める。
何故かシェーラが随分と名残惜しそうな顔をしていたが、どういうつもりだったのだろうか?
さすがに蓑虫のままでは、食事など出来るわけがないのだが……。
「ぐぅ~……」
美味しい料理に対する期待感の表れのつもりなのか、ジャスティンの腹の虫がさっそく大きな音を立てて鳴き始めた。
……恥ずかしい男である。
魔王様は笑っていたが、これは世間様一般で言う失笑というヤツであった。
とりあえずクラウスとアランで両脇から肘でド突きながら両足を踏むという制裁を実行しておいたが、少々、手緩かったかもしれない。
……さすがに魔王様の御前で、問答無用で彼の後頭部を貼り倒すわけにもいかなかったので。
「では、皆さん。そちら側の席に……」
「お待ちください、お嬢様」
「ん? どうしたの、シェーラ?」
自ら席の案内をしようとしたユリアを、何故か押し止めるシェーラ。
主君の発言を遮るという無礼をしたわけだが、魔王様は特にその事を咎めるつもりはないようだった。
その証拠に、何となく軽さすら感じられるような調子で、シェーラに理由を訊いている。
どうやらこの二人、かなり互いに信頼を寄せ合っている気安い主従のようであった。
「はい。どうやら皆様は長旅でお疲れのご様子。
旅の赤を落とすためにも、まずは先に御入浴の方をお勧めした方がよろしいかと」
意訳 こいつ等バッチいから、先に体を洗って来て欲しい。
何か不愉快な電波が聞こえたような気がするが、とりあえず無視する事にした拓真たち。
ついさっきは『食事が冷める』とか言っていたくせに、見事なまでの掌返しである。
シェーラの意見に、魔王様はそのほっそりとした顎の下に手を当てて、何事かを考える素振りを見せた。
「う~ん……。でも、ジャスティンさんは大丈夫かしら……」
「俺はむぎゅぅ……」
「「「大丈夫です!」」」
ついさっき腹の虫が鳴いたばかりのジャスティンの事を気遣って、悩む様子を見せる魔王様に対し、余計な事を言いかけたジャスティンの口を塞ぎながら、拓真たちはシェーラの提案に賛意を示す。
確かに汚い格好のまま、魔王様の御前で食事をとるのは憚られた
何しろ最後の村からこの城に至るまで、一週間も森の中を彷徨っていたのだ。
一応、毎日濡れたタオルで体を拭いてはいたものの……さすがに少し臭っている可能性も捨て切れなかった。
「それに……」
「それに、何?」
何故か言い難そうにしているシェーラに、言葉の続きを促すユリア。
「はい。他の方は、まぁ、特に問題はないと思うのですが……。
出来ればタクマ様には着替えて頂きたいかと」
「「「「「……」」」」」
シェーラの提言に、何故か全員が押し黙ってしまった。
彼女が何を言いたいのか、皆が即座に理解できてしまった事がとても悲しい拓真。
「私もタクマ様のお姿を拝見した瞬間、噴き出さないようにするのが大変でしたし」
「「「「「……」」」」」
シェーラの追い打ちのような独白に、誰からも否定の言葉が上がらなかった事にとてもショックを受けた拓真。
容赦のない口撃に、彼のライフがどんどん削られていく。
「それに、お嬢様がお食事中にスープや飲み物を噴き出すおそれが……」
「そ、それは大丈夫だと思うよ……たぶん」
何故か視線を宙に舞わせたユリア。
小声で付け足した『たぶん』の一言に、目の前が真っ暗になったかのように打ちのめされる拓真。
「……すいません。そろそろ拓真が持ちそうにないんで、風呂場に案内してもらえませんか?」
「かしこまりました。こちらでございます」
シェーラに向かって深々と頭を下げ、案内をお願いしたクラウス。
彼のその心遣いが身に沁みたのか、拓真がますます落ち込んでいく。
既に彼のライフは……ゼロであった。
「ほら、タクマ、行きますよ」
「……ジャスティン、そっちの手を持って。手を引っ張って行った方が良い」
「あぁ~もう! 手がかかるなぁ~」
シェーラに先導され、その後ろをトボトボとついて行く勇者たち。
まるで燃え尽きた残骸のような拓真の両手を、ジャスティンとアランがそれぞれ無理やり引っ張って行った。
その後ろ姿を茫然と見送る魔王様。
彼女は後に、その時の事を『まるでゾンビの行進のようだった』と術懐していた。
ゾンビって……。