第12話 史上最悪の敵 登場?
続いてメイドさんの登場回です。
「う、う、う、……」
「いや、ごめん。そんなつもりで言ったわけじゃないんだ」
「すいません。少し配慮が足りませんでした」
「……失敗した」
「あぁあああ! ごめん! お兄さんが悪かったぁ!」
すっかり涙目になって下を向いてしまったラスボス(?)を、何とか宥めるべく平謝りに謝る勇者たち。
その姿は、どう見ても泣き出した美少女を取り囲ムサい野郎どもにしか見えなかった。
……確実に通報案件である。
(クソッ! どうしてこうなった……!?)
拓真がヤケクソ気味に心の中で問いかけるが、彼の問いかけに答えてくれるような奇特な神はいなかった。
ならば、自分たちで何とかするしかないのだが……こいつらときたら、揃いも揃って女の子の相手が苦手らしい。
理不尽とは思いつつも、彼等は幼気な美少女を涙目にさせてしまった罪悪感を、どうにも拭う事が出来ないでいた。
オロオロと拙い言葉で、何とかご機嫌を取れないものかと必死になっている拓真たちの姿は、滑稽を通り越して哀れと言うほかない。
(マズい! マズいマズいマズい~!)
泣きそうな美少女を目の当たりにして、完全にパニックに陥ってしまった拓真。
家族の女性たち(母、姉、妹)から植え付けられた昔のトラウマが、まるで最恐の大蛇のように鎌首を擡げてくる。
彼女いない歴=年齢の彼にとっては、難しすぎるミッションであった。
「……大丈夫。次は上手くいく」
「次あるのか? おげふっ!」
どげし!
アランの微妙過ぎる慰めの言葉に、思わず素でツッコんでしまった拓真が、クラウスからの肘鉄を喰らって悶絶する。
正確に鳩尾を撃ち抜いた一撃が、想像以上に痛かったらしい。
崩れ落ちるように絨毯の上に這いつくばるダメ勇者を絶対零度の視線で見下ろしながら、今度はクラウスが少女に向かって慰めの言葉をかける。
「失敗は誰にでもありますから、あまり気にしないように……」
「そう! 悪いのはお嬢ちゃんじゃない! あのバカワンコだがふぅ!」
ゴスッ!
つい口を滑らせて、彼女の愛犬の悪口を言ってしまったジャスティンの脳天に、アランの杖の先端がめり込んだ。
確かにこんな時に、彼女の家族同然である愛犬の悪口を言うのはダメだが……アランよ、杖の使い方を間違えてないか?
躊躇とか遠慮とかを何処かに置き忘れてきたような手加減無しの一撃に、頑丈さに定評のあるジャスティンもさすがに耐えられなかったようだ。
高価そうな絨毯の上で転げ回って、苦しそうに悶絶している拓真とジャスティン。
敢えて言わせてもらえれば……最低の生き物であった。
そんな彼等の醜態を目の当たりにして、少女はびっくりしたように大きく目を見開きながら、立っている残りの二人におずおずと話しかけてきた。
「あ、あの~、二人とも大丈夫ですか?」
「ご心配ありません。ただの馬鹿に対する躾ですから」
「……いつもの事」
「むしろ指を指して大笑いをして下さっても結構です」
「……笑う門には福来る」
「は? はぁ~……?」
二人の言っている事の要領が良く掴めないのか、困ったように首を傾げている少女。
というか、アランの発言は、おそらく用法が間違っていると思う。
とてつもなく乱暴なやり方だが、何とか彼女の気を逸らす事には成功したようだ。
目尻の端の辺りがまだ薄らと光っているような気がするが、驚いた拍子に涙も引っ込んでしまったらしい。
何とか泣き止んでくれたようなので、拓真にとっても喜ばしい事のはずなのだが……何故か素直に喜べない心の狭い勇者君。
次は何とか、仲間内で殴り合わずに問題を解決したいものだ、と淡い期待を抱かずにはいられなかった彼であった……。
味方同士で殴り合うのは、勇者パーティでは日常的によく見られる光景なのだが……それはそれで困ったものだが……初めて見る彼女にとっては、少々、刺激が強過ぎたようだ。
……少々?
あるいは、仲間を殴り倒して平然としているこの二人に、得も知れぬ恐怖を感じているのかもしれない。
どう反応すればいいのかわからずに、目を白黒させながらまごまごしている少女が一歩後ずさった。
その時、舞台袖の方から、別の女性の涼やかな声が響く。
「お嬢様、いかがなさいましたか?」
そう言いながら姿を現したのは、20代半ば程の美しい大人の女性だった。
瞳の色は淡いブルー。
髪の色は白というよりもやや銀に近い。
その髪の色のせいで少し大人びて見えるから、実際の年齢はもう少し下かもしれないが、さすがにこのくらいの年の女性に年齢を尋ねるわけにはいかなかった。
……何しろ昔、散々、痛い目に遭ったので。
少し釣り目がちの目がやや気の強そうな印象を与えるが、少女を見る眼差しはまるで母親のようにとても優しげであった。
この少女とは顔立ちはあまり似ていないが、それでもかなりの美女と言っても良い。
身長は、大体、160台の半ばくらいだろうか。
その優雅な肢体を、クラシカルなメイド服に包んでいた。
おそらく、この城に仕えているメイドさんであろう。
確かにこれだけ大きな城ならば、メイドの一人や二人はいてもおかしくなかった。
いや、むしろいない方がおかしいというか、もっとウジャウジャといるのが普通である。
そして彼女の頭部には、ボンネの代わりに可愛い猫ミミがぴょこんと載っていた。
……猫ミミである。
それが時々ピクピクと動くので、猫ミミカチューシャなどではなく、本物の猫ミミが白金の髪を掻き分けて生えているのが嫌でもわかった。
(おぉ~、猫ミミだ! 猫ミミ!)
本物の猫ミミメイドの登場に、意味もなく感動する拓真。
彼は、思わず拝みそうになる自分の体を懸命に押さえていた。
暫しの後、彼は、あの時の感動を返せ、と彼女に理不尽な要求をする羽目になるのだが、その事は別にどうでも良いだろう。
所詮は、彼の勝手な思い込みから出た事なので……。
さらに付け加えれば、彼女は胸元が……とても豊かだった。
有り体に言えば巨乳だった。
爆乳かも知れない。
はっきり言って……四人の目が釘付けだった。
……最低である。
健全な男の子(男の子と呼ぶにはやや問題がある年齢の奴もいるが)である彼等は、もうその事しか目に入らなくなってしまっていた。
「「「……」」」
「オッパイでけぇ……」
ゴスッ! ドスッ! メキョ!
思わずといった感じで漏れてしまったジャスティンのセクハラ発言を、他の三人が実力行使で黙らせる。
確かにそれは、男ども全員の共通した感想であったのだろうが、決して口に出していいものではなかった。
その様子に気づいたらしい少女の顔が、自分の胸元に目を落とした後、少し膨れたように見えたのは、おそらく目の錯覚でも何でもないだろう。
そんな男どもの醜態など一切気にせずに、巨乳猫ミミメイドは自分の主の元へ歩み寄ると、にっこりと笑いながら少し不機嫌になてしまった少女に声をかけた。
「お嬢様、上手くいきましたか?」
「うわ~ん、シェーラァ~……大失敗でした~」
優しそうな声で首尾を尋ねるシェーラと呼ばれたメイドに向かって、少女はその母性溢れる大きな胸に飛び込むと、甘えるような声で結果を告げる。
見ず知らずのむさ苦しい男どもに囲まれて、やはり彼女も不安だったのだろう。
拓真の姿を見て笑わなかったのが、何よりの証拠であった。
まぁ、それは置いといて……ついさっきまでの茶番は、どうやら二人で計画した物らしい。
一体、何のためにそんな事をしたのかまでは、部外者である拓真たちには見当もつかなかったが。
「やっぱり、ダメでした。私には才能がないんです……」
「そんな事ありません。お嬢様には十分にその資格がございます」
「でも、でも」
「今回はたまたま運がなかっただけの事。次に頑張ればいいのです」
次あるのか? というさっきも拓真が思った疑問は置いといて。
「うぅ~、フェンリルのバカぁ~……」
「まぁ、あの子がまた何かやったんですね?
罰として、あの子の今夜のエサは抜きにしましょう」
……あの暴走ワンコの、夕御飯抜きが決定した。
「おまけに、勇者様の手に噛みついたりして……」
「あら、あの子はあの子なりに、お嬢様に近づく不審者を排除したのですね?
噛みつくのは(手緩くて)ダメですが、努力賞としてエサ抜きはナシにしてあげましょう」
……暴走ワンコの夕御飯抜きは、取り消しになった。
何やら不審者扱いされた挙句、聞き捨てならない猫ミミメイドの心の声が聞こえたような気がして、微妙に彼女の言葉が引っ掛かる拓真であったが、考えてみれば一応は立派な不法侵入である。
此処で抗議するのも筋違いであろうと判断した彼は、二人の気の済むまで放っておく事にした。
すると、ゆっくりと少女の頭を撫でながらしっかりと彼女を抱き締めていたシェーラと呼ばれた猫ミミメイドが、ボケっと突っ立ったままバカ面を晒している男四人に今頃気づいたのか、にこりと笑いながら彼等に向き直る。
とりあえずにこりと笑う程度で、拓真を見た瞬間に噴き出さなかったのだから、只者ではない事だけは明白であった。
「おや、そちらの方々は見ない顔ですね。
何処のどなたか存じ上げませんが、私はこの城でお嬢様にお仕えしているメイドのシェーラと申します。よろしくお見知りおきの程をお願い申し上げます。
ところで、どちら様でしょうか?」
先に自己紹介を終えて優雅に一礼した後、改めて拓真たちを誰何するシェーラ。
よほどしっかりと教育を受けたのか、『こちらの事を訊く前に、そちらから名乗ったらどうだ?』などと言うテンプレどおりのやりとりを許すつもりはないようだった。
もっとも、拓真の姿から微妙に視線を逸らし続けているのは……理由はわかるだろう。
彼女の頬の辺りの筋肉が、微妙にピクピクと動いているのを見て、大笑いされるより傷ついた気がする拓真だった。
「え?」
「そ、そうだ……自己紹介がまだだったな。俺の名前はタクマだ。よろしく」
「失礼いたしました。私の名前はクラウスと申します」
「……アランです。よろしく」
「あ、俺はジャスティンね。よろしくお嬢さんたち」
慌てて自己紹介をする勇者パーティ御一行。
ジャスティンなんかは、ついでとばかりに彼女たちに向かってウィンクを飛ばしていた。
もっとも、少女の方は彼の仕草の意味がわからなかったのか、不思議そうな顔をして首を傾げているし、メイドさんの方はまるで鬱陶しいハエを見るような視線に変わったところを見ると、全く効果はなかった……どころか、むしろ心証が悪化したような雰囲気すらある。
余計な事をしやがって……と内心、臍を噛む拓真だったが、全ては後の祭りであった。
「あ……すいません。初めまして、ユリアと申します」
少女が突然、思い出したように名乗りを上げる。
どうやら今まで自己紹介していなかった事を、他の皆がそれぞれ名を告げたことで思い出したのか、少しばつが悪そうに小さな声で自分の名を告げた。
漸く彼女の名前を知る事ができて少し満足した拓真たちだが、よくよく考えてみると、確か此処は魔王の待つ魔王城謁見の間のはずである。
肝心の魔王様は、一体、何処へ行ってしまったのだろうか?
相手がいなくては、話し合いそのものが出来そうにない。
不思議に思った拓真は、この二人にその辺の事を訊いてみる事にした。
「え~と、それでさ……。
俺たち魔王様に会いに来たんだけど、魔王様って何処行っちゃったのかな?」
「魔王は……私です」
「「「「はい?」」」」
少女の蚊の鳴くような声で告げられた想定外の言葉が理解できず、全員揃って訊き返すという無礼をぶちかましてしまう勇者一行。
端的に言って……大失態であった。
おそらく魔王の娘あたりだろうと勝手に推測し、出来れば良い感じで取り次いでもらえないかと淡い期待を寄せていた彼等であったが……まさか当の本人だとは全員が微塵も思っていなかったらしい。
すると、彼等の返答を聞いた魔王様の目に、再びうっすらと涙が浮かび始めた。
「そうですよね……全然そう見えませんよね……やっぱり私には……」
「ごめん! ごめん! そういう意味じゃなくて!」
「……威厳なんて全然ないし……」
「そうじゃなくって……あぁ、もう! どうすりゃ良いんだよ!」
「大変、失礼いたしました!」
「……マズい」
「あ? え? お?」
何故か再び自虐モードに入ってしまった美少女魔王に、慌てて謝罪して何とか取り繕おうと必死になる勇者たち。
……なんでこうなったかは全く不明であるが、少なくとも彼等の想定外である事は明白だった。
ジャスティンなんぞは、何を言っていいかわからずに、彼の方が混乱して訳のわからない事を言っている。
勿論、誰にも相手にされていなかったが。
シェーラも再び魔王様を抱き締めながら、『大丈夫ですよ。大丈夫ですよ』と盛んに繰り返している。
どうやら彼女に声をかけながら、何とか宥めようとしてくれているようだった。
拓真たちとしてはとてもありがたかったが……時折、自分の努力をパァにしてくれた無能な連中を、殺意の籠った鋭い目つきで睨んでいるような気がする。
正直に言って……とても怖かった。