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第110話 常識という名の非常識 非常識という名の日常

あけましておめでとうございます。

何がめでたいのかさっぱりわかりませんが、とりあえず新年の定型文ということで……。

「そうですか……要らないんですか……」


 すっかり気落ちした様子で俯いてしまうユリア。

 彼女はいい機会だとばかりに、不良在庫と化したエリクサーをウィリアムとロバートに押し付けようと画策したが、ものの見事に断られてしょんぼりと落胆していた。

 ユリアとしては、ちょっとしたお裾分け程度のつもりであったのだろうが、さすがにモノがモノである。

 それを巡って王国どころか大陸中が戦乱になる……その想像があながち妄想とは言い切れないだけに、二人としては彼女の申し出を断るより他なかった。


「あの……本当に要りません?」


 余程諦めきれないのか、珍しく二人に食い下がるユリア。


「……はい、結構です。

 さすがにそのような物を持って帰ったら、間違いなく収拾がつかなくなります」

「他の物ならともかく、エリクサーとなると……さすがに言い訳ができなくなるからな。

 俺としてはお守り代わりに一本くらいなら、とは思わなくもないんだけど、そもそもソレのせいで命を狙われたりしたら本末転倒だし」

「そうですか……」


 それに対し、ウィリアムとロバートの二人はもっともらしい言い訳をスラスラと並べて、彼女からの申し出を頑として断った。

 勿論、彼女が100%の善意で申し出てくれている事はわかっている。

 彼等からの返答を聞いて、見るからにシュンとした顔になったユリア。

 その物憂げな表情に、罪悪感がじんじんと刺激される二人であるが……、


「いいですか、ユリア様。

 エリクサーという存在は、先程我々が告げたとおり、人間の世界では実在が確認されただけでも大発見と呼ばれるほどの幻の秘薬なのです」


 此処は敢えて心を鬼にしなくてはならない。

 ユリアの認識を改めさせようと、ウィリアムは世間一般の常識というものを語り出した。

 その隣では、珍しく真面目な顔つきをしたロバートまでもが、彼の言葉にうんうんと頷いている。

 これが上手くいけばいいのだが……、


「そうなんですか? 

 少し前に、ちょっと調子に乗って、城の倉庫に収まりきらないほどエリクサーを作っちゃったことがあったものですから……そんな希少な物とは知りませんでした」

「……」

「倉庫に収まり切れないほどのエリクサー……」


 ほら、無駄だった。

 思わず叫び出したくなる衝動を何とか押し殺し、無言のままこめかみを揉み解しながら精神の安定を図るウィリアム。

 彼の隣では、彼女の発言を耳にしたロバートが、何処か遠い目をしながらポツリと呟いていた。


「……倉庫? 宝物庫ではなくて?」

「ええ、倉庫です。

 何しろそんな希少な物とは知らなかったものですから、城の一番奥にある普段使われていない倉庫に、適当に積んであります。

 どうしても倉庫に入りきらなかった分は、仕方なく他の物と一緒に倉庫の前の廊下に適当に平積みにしてあるんですが……」

「酷ぇ!」


 思わず大声を上げてしまったロバート君であるが、彼は決して悪くないと思う。


「そうですか? 外で露天積みにするよりはマシだと思ったんですけど……」

「「当たり前です!」」

「そうですよね。

 さすがに直射日光に当ててしまうと、味が変わってしまう可能性がありますし……」

「「問題はそっちじゃありません!」」

「は? はぁ……」


 二人揃ってのツッコミに、何が問題なのかさっぱり理解していないユリアが、しきりに首を傾げていた。


「材料さえ揃えば、結構、簡単にできるんですけど……」

「……いや、その材料を揃えることが難しい……というか、殆ど不可能なんですが……」

「そうでしたっけ?」


 ウィリアムの殆ど呻き声のような言葉に、本気の目で疑問を呈しているユリア。

 いや、エリクサーが『幻の秘薬』と呼ばれる以上、その材料の入手難度が高いのは当たり前だと二人は思っていたが……何故かユリアには、そのことが全く理解できていないようであった。


「そもそもエリクサーの材料って何だったっけ?

 俺も錬金術はサッパリだから、全く覚えていないんだけど……」

「……学院の授業でやっただろ」

「その授業はいつも寝てたから」

「……自慢になるか、馬鹿」


 ロバートの告白に、本気で呆れるウィリアム。

 それでもきちんと卒業したのだから、ある意味、大したものであった。


「……確か『不死鳥の卵』と……」

「不死鳥なら、シェーラが鳥小屋を作って其処で何十羽か飼っていますよ」

「「はぁ!?」」

「毎朝、新鮮な卵を産んでくれるんで、とても重宝しています。

 私としては、シンプルに目玉焼きも良いんですが……やはり一番の好物は、たっぷり卵を使ったオムレツですね」


 誰もそんなことは訊いていない。

 それよりも、不死鳥が完全にニワトリ扱いされている方が大問題であった。

 もっとも、生まれる前からそういう環境で過ごしてきたユリアにとっては、そのことは当たり前過ぎて全く疑問を挟む余地がないらしい。


「鳥小屋だと運動不足にならないか?」

「晴れた日の昼間は庭で放し飼いにしているので大丈夫だ、と言っていましたよ」

「なら心配ないか……」

「……問題は其処か?」


 何故か不死鳥たちの運動不足を心配しているロバートに、ウィリアムが的確なツッコミを入れていた。


「たまごやき、おいし~よ! らいすき!」

「らから、たまごひろい、がんばるよ!」

「カメリアたちがひろうの。えらいれしょ!」

「「「偉い、偉い」」」


 どうやら毎朝卵を拾うのは、チビ娘たちの仕事らしい。

 時々、彼女たちのご褒美代わりに不死鳥のフライドチキンが並ぶ魔王城の食卓であった。


「……あと、『氷狼の体毛』も必要なんですが……」

「氷狼なら、うちのお城で番犬代わりに飼っていますよ。

 まぁ、誰もお城に来たりしないので、ほぼペット扱いですけど」


 最近では、逆さ吊りにされたジャスティンにマーキングするなど、活躍する場面も増えているようだが。


「……見たか?」

「いや。でも、俺たちはまだ城の中に入ったわけじゃないし……」

「……確か、とてつもなく巨大で獰猛な狼だと聞いたが……」

「あれだけの大きな城なら、いてもおかしくはないか……」


 まさか伝説の氷狼が中型犬サイズであるとは想像だにしていない二人であった。


「たぶん、今頃は城の外へと勝手に冒険に出かけている頃でしょう。

 まぁ、何だかんだ言って夕方には戻ってきますよ。意外と食い意地が張っているので」


 本人(本犬?)不在のまま、こっそりとユリアにディスられる可哀想なフェンリル。

 サイズは小さくとも伝説の氷狼だけあって、彼女は彼が他の魔物に襲われる心配は全くしていなかった。

 勿論、彼が他の魔物を狩り尽くす可能性までは否定できないが……。

 安全、安心、快適な森の中ライフを満喫しているフェンリルであった。


「そう言えば、もうちょっと経つと毛替わりの時期ですね。

 毎年、ブラッシングが大変で大変で……」


 フェンリル、春のブラッシング祭り……間もなく開催。

 ユリアの呑気な発言に、ウィリアムとロバートの魂が飛びかけていた。


「……あとは『世界樹の実』と……」

「世界樹なら、私の部屋に鉢植えがありますよ。

 去年、漸く株分けに成功して……よろしかったら、一鉢持って帰ります?」

「……いえ、結構です」

「さすがにそれは……まかり間違って枯らしたりしたら、天罰が降りかかってきそうだし」


 世界樹を盆栽にして楽しんでいる渋い趣味の魔王様。

 勿論、そんな貴重な物を持ち帰ったりしたら、エリクサー以上の大惨事が起こりそうなので……ウィリアムとロバートの二人は、丁寧に彼女の申し出を辞退した。


「……あとは『水霊仙の球根』ですが……」

「水霊仙のお花なら、お城の庭の池の周りにたくさん生えています。

 毎年、初夏の頃になると綺麗な蒼い花を咲かせてくれるんですよ!

 ちょうど季節も良い頃なので、其処でお昼を頂いた後にお昼寝するのが最高なんです!」

「さいこ~!」

「おひるね、らいすき!」

「きもちい~よ!」

「「そうですか……」」


 もはやかける言葉もなく呆然とするより他ないウィリアムとロバート。

 その代わりに『お昼寝』という単語に反応したのか、チビ娘たちが一斉に騒ぎ出していた。


「もしよかったら、それも持って帰ってください。

 ただ最近……偶にフェンリルがマーキングしている奴があるので、その点だけが要注意ですが」

「「……」」


 フェンリル君は、今日も今日とてナワバリの維持に忙しいらしい。

 随分と罰当たりな行為にしか思えなかったが……無論、彼がそんなことを気にしているはずがなかった。


「……あとは……何でしたっけ?」

「ふっ……バカにするなよ、ウィリアム。俺がそんなこと知ってるわけがないだろう」

「……威張って言うことか!?」


 確かに威張って言うことではない。


「必要な材料の残りは、『闇香樹の樹液』と『黄金の林檎』ですね」

「……さすがはユリア様。よくご存じで」

「そりゃエリクサーを実際に作っているんだから、知ってて当然だろ?」

「……だから、何でお前が威張ってるんだ!?」

「まぁまぁ……二人とも落ち着いて」


 一瞬、険悪になりかけたウィリアムとロバートの間を、何故かユリアが取り持っていた。


「闇香樹の巨木なら、この森に何本か生えています。

 巨木に拘る必要がないのであれば、それこそ数百本単位で……。

 夏の夜になると、大きなカブトムシやクワガタが集まって来て、それはもう賑やかなんですよ!」

「「それ、キラービートルの類じゃありませんか?」」


 ユリアの相変わらず何処かズレた発言に、さすがにツッコむ彼等であったが……よくよく考えてみると、彼女の前ではキラービートルもただのカブトムシと変わらない気がする。

 今年の夏は、チビ娘たちが彼等を乱獲しそうな胸騒ぎのする二人であった。


「あと、闇香樹の樹液には特別な秘密がありまして……」

「……何でしょう?」

「何だろう? ユリア様にそう言われると、妙に気になるな」

「実は、黄金の林檎のジャムに闇香樹の樹液を少し入れると、香りと甘みが増すんです!

 特に樹齢を重ねた闇香樹の巨木の樹液は、とても効果が高くて……。

 しかも、そのジャムならいくら食べても太らないんですよ! 凄くないですか!?」


 まるで何処かの通販番組のようなノリで、自慢の商品を売り込むユリア。


「……はぁ」

「……確かに凄いな。世の中の女性全員の垂涎の品だわ、それ」

「そうでしょう! よろしかったら是非、持って帰ってください!

 ご家族の女性に差し上げれば、大変喜ばれること請け合いです!」


 何が嬉しいのか、あからさまにテンションが振り切れているユリアに対し、何故か男性陣からの反応はイマイチだった。

 確かにこれなら、(エリクサーに比べれば)そう値が張るものでもなさそうだし、女性に喜ばれることは間違いないであろう。

 だが、別の意味で血で血を洗う争いが起こりそうで……どうしてもその気になれない二人であった。


「……まぁ、そのジャムのことは一先ず置いておきましょう。

 で、エリクサーはその材料を『賢者の石』を触媒にして作ると聞きましたが……」

「あぁ、あれね。俺でもその名前くらいは聞いたことがあるほどの有名な石だわ。

 でも、それって作成に随分と手間がかかるんだろ?」

「……そうだな。

 さすがに錬金術協会の幹部クラスでも、材料が揃ったところでその石を作成するのは殆ど不可能な状態らしい。

 主に魔力の質と量の問題で……」


 賢者の石の作成には、大量の素材と膨大な手間と莫大な魔力が必要とされるらしいが、さすがにスペースがないので此処では割愛させて頂く。


「そうなんですか。でしたら……少しお裾分けしましょうか?」

「「はぁ!?」」

「実は以前、私の父が見境なく量産した賢者の石が、まだまだ山ほど残っているので……」

「「パパ、何やってんの!?」」


 少し呆れ顔で紡がれたユリアの言葉に、二人の騎士から総ツッコミが入っていた。


「私も一応、作り方は知っているので作ろうと思えばいくつでも作れますし……。

 というか、そもそも私がエリクサー作りを始めたきっかけが、倉庫いっぱいにあった賢者の石を消費するためだったので……。

 あれ、なかなか減らないんですよ……」

「「……もうヤダ」」


 実は、きっかけは恐ろしいほど後ろ向きな理由であったりする。

 錬金術師の究極の夢とすら呼ばれる賢者の石を、まるで無用の長物と言わんばかりのユリアの発言に、思わず天を仰ぐウィリアムとロバートであった。


「なんてこった! 材料が全部揃ってんじゃねぇか! そりゃ作るよな、エリクサー……」

「……確か、作る時に良質の魔力を大量に消費すると聞いたが……」

「ユリアちゃんなら問題ないだろ。

 それこそ魔術学院の講師連中全員以上はおろか、世界中の魔力の半分くらいを保有していてもおかしくないんだから」

「……それもそうか」

「いえ、さすがに世界中の魔力の半分は言い過ぎかと……」


 ロバートの大げさな物言いに、さすがに謙遜するユリア。


「実際のところは、どれくらい?」

「……おい、訊くな! 絶対後悔するぞ!」

「そうですね……大体その半分……二割前後といったところでしょうか」

「「……」」


 ほら、後悔する羽目になった。

 さすがに想像がつかないのか、口をあんぐりと開けたまま呆然と彼女の美しい顔を見つめるウィリアムとロバート。


「まぁ実際のところ、私はエリクサーを制作時に、特に魔力の不足を感じたことはありませんし……。

 さすがに懲りたので最近は作っていませんけど、その気になれば一日当たり一万本くらいは……」

「「はい!?」」


 彼等の予想の遙か斜め上の方向に、更にとんでもない事を言い出した魔王様。


「あれ? 少なかったですか?

 じゃあ、もう少し頑張って……十万本くらいでしょうか」


 増やしてどうする。


「エリクサーというものは、材料そのものをそれほど消費しませんので、結構量産が利くんです。

 まぁ、その際に大量の魔力を用意できれば、の話ですが。

 逆に魔力の都合さえつけば、割と簡単に数は増やせるんですよ……ってあれ?

 どうしたんですか、お二人とも……?」

「「……」」


 再び勘違いしたらしいユリアが、彼等を更なる絶望の淵へと突き落としていた。

次回の投稿は、1月8日を予定しています。

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