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第109話 トイレの洗剤 エリクサー?

「……というわけで、アーサー様はあのような状態に」

「……なるほど」


 これまでに起こったことを説明しているユリアに、ウィリアムが短くひと言だけ呟いている。

 こうやって振り返ってみると、随分と色々な事が起こったような気がしないでもないが……とりあえず彼は、頭痛を耐えるように額に手をあてつつも、いつもの平静さを保っているようであった。


「まぁ、確かに目の前で見せられたらビックリするようなことかもしれないけどさ……。

 ユリア様がいるんだから、アーサーの奴もその程度のことは覚悟しておけっての!」

「……それって、どういう意味でしょうか?」


 それに対し、普段からウィリアムと比べて感情の起伏が激しいらしいロバートは、その話を聞いて感極まったように嘆いている。

 色々とやっちゃったという自覚は無きにしも非ずのユリアであったが、さすがに彼の言葉は不本意だったのか、思わず半目になって彼のことを睨んでしまった。


「……それにしても、蘇生ですか……」

「いえ、蘇生ではなく単なる時間の巻き戻しです」

「いやいや! それ、意味一緒だから!

 どっちにしたって、とんでもない奇跡だから! それ!」

「……そうなんですか? やり方は全然違うはずなんですけど……?」

「結果は一緒だよね!? どっちも人間業とは思えないほど凄いけどさぁ!」

「はぁ……?」


 真面目な顔をしてウィリアムの言葉を訂正しているユリアに対し、何を思ったのかロバートが狼狽えたようにツッコんでいる。

 どうやら二人とユリアの間には、決定的とも呼べる認識の差が存在しているようであった。


「……そうなんですか?」


 キョトンとした顔で可愛らしく首を傾げるユリア。

 その年相応の愛らしい仕草に、彼女のやること為すこと全てを思わず全肯定したくなったウィリアムとロバートであったが……その悪魔の誘惑を退けて、彼等は丁寧に彼女の勘違いを正すことにした。


「……ユリア様。

 死んだ生物を生き返らせることができる人物は、この世には存在致しません。

 少なくとも私は寡聞にして存じ上げませんし、歴史上、そのような人物の名は記載されておりません。

 私の知る限り、ということになりますが」

「まぁ、当たり前だよな。

 そんなことを成し遂げた人物がいたら、少なくとも聖人認定されて歴史に名が残っているはずだし。

 クラウスさんやアーサーみたいな神殿関係者だったら、ひょっとすると他に何か知っている可能性はあるかもしれないけどさ……」

「へぇ……」

「……ついでに言わせて頂ければ、時間を巻き戻す事ができるような人物も、この世には存在しないはずです」

「というか、そもそもそんな発想ができる奴がいないと思う。少なくとも人間には」

「そうなんですか……」


 二人のセリフに呑気に頷いているユリア。

 随分と感心しているように見受けられるが、どう見てもそれを成し遂げた当の本人が一番事態を把握していないようであった。

 彼女にとっては、息を吸うように簡単にできることなので、彼等の言葉がイマイチピンときていないようであったが……それを目の前で見せられたアーサーは堪ったものではなかったのだろう。

 彼女のあまりよくわかっていないような顔に、改めて頭痛がぶり返してきたような気がして、思わず顔を顰めてしまうウィリアムとロバートであった。


「あぁ、すいません。長々と説明させてしまって……。

 喉が渇いていませんか? よろしかったら、これをどうぞ」


 と言いながら、アイテムボックスから良く冷えたペットボトルを取り出すユリア。

 もっとも、フラジオンではペットボトルなど当然普及していないので……ウィリアムとロバートは、おそるおそるといった感じでそれを受け取ると、珍しそうにしげしげと眺めていた。


「みんなも飲む?」

「「「のむ~!」」」


 チビ娘たちの元気なお返事。


「何味がいい? オレンジ? レモン? ストロベリー? それともメロン?」

「オレンジ~!」

「ストロベリ~!」

「メロン~!」


 見事にバラバラであった。

 チビたち全員が己の欲望のまま好き勝手な事を言っているが、ユリアはそれを気にする風もなく、それぞれの希望どおりの飲み物をそれぞれの小さな手に手渡していく。

 ……完全に、その姿は優しい保母さんにしか見えなかった。


「あぁ、飲み物を飲む時には肩車から降りなさい」

「「え~!? なんれ~?」」

「お兄さんたちの頭に飲み物こぼしちゃダメでしょ」

「「……は~い」」


 どうやらこの保母さん、優しいだけではなく厳しい躾もできるようである。

 さすがに逆らえないのか、ロゼとリリィは彼女の言葉に渋々ながらも頷いていた。


「カメリアは~?」

「……一応、降りた方がいいか。

 冷たい飲み物をこぼしたりしたら、お馬さんがビックリしちゃうかもしれないし」

「は~い!」


 唯一、肩車ではなく本物の馬に乗っているカメリアからの元気なお返事。

 ユリアは彼女たちの小さな体をひとりひとり丁寧に持ち上げると、それをゆっくりと地面の上へと置いていった。


「……これはどうやって開けるんだ? ロバート、知ってるか?」

「俺だって初めて見るんだ。知ってるわけねぇだろ」

「おじちゃん、おじちゃん! リリィしってるよ!

 これはね……ココをこうやってひねると……あれ? あかない……」

「なにやってんのよ、ばかリリィ! それ、はんたい!」

「ばかってなんら! ばかっていうほうがばかなんらよ!」

「ばかをばかっていってなにがわるい!」

「こらこら! ケンカしないの!」


 いきなり足元でケンカを始めたロゼとリリィを、ユリアが慌てて引き剥がしている。

 二人は今にもツカミが狩らんばかりに睨み合っていたが、さすがにユリアの前では実力行使が躊躇われたのか、『フンッ!』とばかりに互いにソッポを向くだけで済ませていた。


「……こうするのか?」

「お、開いた」


 そんなチビたちのやりとりを参考にしながら、ウィリアムとロバートは何とか自力でペットボトルの蓋を開けることに成功する。

 彼等は暫しの間、蓋の空いたペットボトルを感心したように眺めていたが……やがて決心がついたのか、その未知の液体を喉の奥へと流し込んだ。


「……美味いな」

「普通に美味ぇ……。というか、凄く美味ぇ」

「……何だこれは? こんな美味い飲み物は初めてだ」

「レモンの柑橘水っぽいけど……。ほら、そんな感じの味と香りがするし」


 どうやら彼等が手にした飲み物は、レモン味であったようである。

 二人は良く冷えた清涼飲料水らしき飲み物の味に、殊の外感動しているようであった。

 因みにどの飲み物にも炭酸は入っていない。

 ……ユリアが炭酸嫌いであったので。


「あ、すいません。こっちで適当に味を決めちゃって……。お口に合ったでしょうか?」

「……えぇ、全く問題ありません。とても爽やかで美味しいです」

「何コレ!? とっても美味いんだけど!?」

「……お前はもう少し言葉遣いが何とかならんのか? 仮にも貴族だろうが……」

「だって、だってさ! こんな美味い飲み物は初めてなんだぜ!

 だったら気取ったセリフよりも心の底から何て言うか……こう湧き出してくる感動を、そのまま口にした方がいいだろ!?」

「……申し訳ない。不躾な奴で」

「あはははは、いいんですよ。喜んでくれて何よりです」


 ウィリアムの謝罪を鷹揚に受け流すユリア。

 まぁ、懐の広い彼女はこの程度のことでは怒ったりしないので、ウィリアムもあまり心配はしていなかったのだが……。


「それにしても美味しい飲み物ですな。これは何という飲み物ですか?」

「え? ただのエリクサーですけど」

「「ブフォ~!!」」


 吹いた。

 盛大に吹いた。

 まるで噴水のように口の中の液体を噴き出すウィリアムとロバート。


「「「……」」」


 彼等のまわりでは、チビチビとエリクサーを美味しそうに飲んでいたチビ娘たちが、盛大に嫌な顔をしていた。

 彼女たちは不躾極まりない大人たちに、突き刺さるような非難の眼差しを浴びせている。

 ……ひょっとすると、『勿体ない』と思っているだけかも知れなかったが。


「……ゴホンゴホン」

「ガホッ! 盛大に噎せた……」

「……ビックリした。あの~……どうしたんですか?」


 よく見ると、二人の前方では彼等の吹き出した霧状の液体を奇跡的に躱したらしいユリアが、何事が起こったのかと盛大に目を丸くしている。

 彼女は心配そうに彼等の顔を覗き込んでいるが……その顔には、何故こんなことが起こったのかさっぱりわからない、とはっきりと書いてあった。


 一応、説明しておくと……、

 フラジオンと言う世界には、錬金術という学問が存在する。

 いや、地球にも昔は存在したのだが……そんな詐欺のようなものではなく、フラジオン世界では主に特殊な材料と魔力を掛け合わせて魔法薬を作り出すための立派な学問であった。

 学問としてのスタンスは、ほぼ地球の薬学と同一であると言っても差し支えないが、違いがあるとすれば、其処の魔力という要素が加わることによって効能が段違いであるという点に尽きる。

 文明レベルではほぼ地球の中世ヨーロッパ程度にとどまるフラジオンという世界に於いて、数少ない地球よりも優れている技術であった(魔王城の中を除く)。


 そしてエリクサーとは、錬金術で生み出される魔法薬の中でも、神の御業とすら呼ばれるほどの究極の魔法薬である。

 その効能は凄まじく、一口飲めば瀕死の重傷患者や大病人が即座に快癒し、勢い余って42.195キロを2時間弱で完走できるほどの効果があった。

 勿論、猛毒や麻痺、石化や部位欠損といった状態異常は即座に解除され、更に生命力や魔力、或いはスタミナといった要素も一瞬にしてベストコンディションにまで回復する優れものである。

 もっとも、これらの話は全て歴史の中の産物であり、現在では実物が現存するかどうかはおろか、製法すら既に失われていると言われている幻の秘薬である……はずであった。


「あの~……何か問題でも……?」


 問題、大アリである。

 何処の世界に、エリクサーをスポーツドリンク扱いする奴がいるのか!?

 いや、確かに目の前にひとり実在するのだが……問題は其処ではない。

 伝説とすら呼ばれている秘薬のあんまりな登場シーンに、ウィリアムとロバートの二人は目も虚ろであった。


「……こんな所で幻聴が聞こえるとは、自分も随分とヤキが回ったもんだ」

「そうか、偶然だな。俺も何かあり得ない単語が耳に飛び込んできたんだが……」

「……あの……申し訳ない。どうやら耳がおかしくなったようで、できればもう一度……」

「え? なら好都合ですよ。それを飲めば耳なんてすぐ治癒できますから。

 何しろエリクサーですから、どんな病気や怪我もドンと来い、です」

「「現実だった~!!」」


 ユリアの自信満々の答えに、再びパニックに陥るウィリアムとロバート。

 何故彼等がそんなに大騒ぎするのかさっぱりわからないユリアは、暫し小考した後、何か閃いたようにポンと手を打った。


「ひょっとして……温かい飲み物の方が良かったのかしら?」

「「……」」


 ユリアのトンチンカンな結論に対するツッコミは、勿論、皆無である。


「ユリアたま、リリィ、あついのにがて」

「あんたのこのみはきいてな~い! れも、ロゼもあついのにがて」

「ふたりともけんかしな~い! あ、カメリアもにがて」


 代わりにチビ三人組から、相変わらず少しズレた答えが返ってきた。

 随分と前後の脈絡のない物言いであったが、結論としては『熱い飲み物はイヤ』ということで一致している。

 どうやら彼女たちは猫舌であるようだが……、まぁ、外見が外見なので、その程度のことは容易に想像できる範囲であった。


「それとも……実は別の味をご希望でしたか?」

「「……」」


 おそるおそる二人に尋ねるユリアであったが、既に放心状態に陥っている彼等からの返事はない。

 というか、エリクサーなら放心状態も簡単に解除できるはずであったが……何故か二人は、手に握り締めたペットボトルを凝視したままひと言も発しようとはしなかった。


「例えば……オレンジ味の方が良かった、とか」

「……ユリアたま、たぶん、それちがう」

「ストロベリーがいちばんらよ!」

「メロンさいこ~!」


 君たち……フリーダム過ぎ。

 何と言うか……彼女の周囲は、再び混沌とした空気に包まれつつあった。

 



「……それにしても、エリクサーですか……」

「そもそもエリクサーって実在するの?

 俺、見たことないから、これが本物だって言われてもわかんないんだけど……」


 伝説上のエリクサーは、少なくともペットボトルには入っていなかったと思う。


「……それは自分も一緒だが……まさかユリア様が嘘を吐くはずがないだろう。

 そもそも嘘を吐くメリットがまるでない」

「だよなぁ~……。嘘であってほしいと思っているのは俺だけ?」

「……偶然だな、自分もだ」

「何か幻の秘薬とか呼ばれてるらしいぜ……」

「……その幻の秘薬を、思わず口から吐き出しちまったんだが……」

「やべっ、俺もだ。その話を他のヤツに聞かれたりしたら……間違いなく殺される!?」

「あぁ、気にしないでください。まだまだお城にいっぱいありますし。

 何ならお代わりして頂いても結構ですよ?」


 絶賛現実逃避中のウィリアムとロバートに、ユリアの無慈悲なひと言が襲いかかった。


「……いっぱい、ですか……」

「ハハハ……、いっぱい、だってさ」

「……具体的には……どのくらいでしょうか?」

「10本かな? 20本かな? それとも……50本くらいかな?」

「そうですね……。

 先月、久し振りに棚卸して数えた時には……確か155,200ケースだったかな?

「「……は?」」


 あり得ない数字を聞かされて、思わず絶句するしかないウィリアムとロバート。

 彼女に常識を期待した彼等がバカであった。


「……あの、もう一回」

「155,200ケースです」

「155,200本!?」

「いえ、155,200ケースです」

「「?」」

「1ダース12本入りの箱が、12箱で1ケースになりますから……。

 1ケースは144本ということになります」

「「はぁ!?」」

「つまり……今魔王城の倉庫には、22,348,800本のエリクサーがあることになりますね。

 あぁ、私のアイテムボックスに入っていたヤツはカウントしていなかったので、実際はもう少し多いことになりますけど……どうしたんですか? 二人とも……」

「「……」」


 二人の精神に追い討ちをかけるように、ほぼ正確な数字を突きつけるユリア。

 というか、数が多過ぎて正確なイメージが抱けないウィリアムとロバートであった。


「というか、実際のところ、作り過ぎて置き場に困っている状態なんですよ。

 だからできれば……いえ、此処は是非ともお土産として持って帰って欲しいんです」


 ニコニコと笑いながら、無茶振り以外の何物でもない申し出を善意でなさる魔王様。


「……いや、それはさすがに……」

「そうですか? 別にご遠慮なさる必要はございませんよ?」

「というか、そんなもん持って帰ったら、確実に奪い合いで死人が出そうなんだけど……」

「何で、ですか? いっぱいありますよ?

 それこそアールセン王国の国民全部に、ただで配っても余る量なんですから」


 配ってどうするんだろう?


「毎日チビちゃんたちに、おやつ代わりに消費してもらってはいるんですけど……量が量ですし。

 最近は飲ませるだけでなく、お風呂に入れたりなんかしてるんです。

 あれ、お肌の美容に良いんですよ」

「「はぁ?」」


 どうやら魔王城では、エリクサーを入浴剤代わりに使っているらしい。


「あとは……そう言えば、シェーラがトイレの掃除に凄く便利だ、って言ってましたね。

 なんでも一発でどんな汚れや臭いも落ちるし、一緒に消毒までできるから手間が省ける、と」

「「何やっとんじゃぁ!?」」


 それは幻の秘薬に対する明白な冒涜であった。


「だから1ケース2ケースなんてケチくさいことは言いませんから……それこそひとり100ケースずつくらい持って行ってもらっても大丈夫ですよ。

 というか、持って帰ってください! 是が非でも!」


 どうやって運ぶつもりなのだろう?

 ユリアは不良在庫と化したエリクサーを処分することで頭がいっぱいになっているのか、その辺りのことをさっぱり考えていないようであったが……絶望という言葉すら生温いほどの物量の差に、二人の意識は吹き飛ばされる一歩手前であった。

 さすがにペットボトルサイズの飲み物が14,400本……間違っても馬三頭で運べる量ではない。

 その前に。どう考えても“幻の秘薬”という単語が完全に看板倒れになっていた。


「何なら半分くらい持って行きますか?

 場所を指定して頂ければ、後日、配送致しますよ?

 こっちも余計な在庫が減って万々歳ですし」


 まるでバナナの叩き売りのような提案をなさる魔王様であったが、モノがモノである。

 シェーラのハチャメチャぶりも酷かったが、ユリアの“常識知らず”ぶりも酷かった。

 もう既に回らなくなってしまったウィリアムとロバートの頭の中に、ふと浮かび上がるひとつの言葉。

 さすがに口にこそ出さなかったものの、彼等はそれを、声を大にして叫びたかった。


『『誰だ!! 魔王を討伐しろ、なんて馬鹿な命令を下したド阿呆は!!』』


 ……知らんがな。

次回の投稿は、1月1日を予定しています。

もう1年終わるんですね。はやっ……。

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