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第10話 魔王はボッチ?

 歴史は繰り返す。


 漸く魔王城の謁見の間に続く扉を開ける事に成功した拓真たちは、げっそりとやつれたような生気のない顔で、扉を次々と潜っていった。

 城門や扉を潜るたびに大騒ぎするのは、そろそろやめた方が良いのかもしれない。

 好きでやっているわけではなさそうであったが……。

 これから魔王との最終決戦……ではなく殺し合い……じゃなかった、話し合いに臨むというのに、これでは先が思いやられるというものだ。

 まぁ、先があれば……の話であったが。


「なぁ、もう帰っていいか?」

「何を言ってるんですか! まだ始まってもいないでしょうに!」

「……気持ちはわかる」

「凄ぇな、アランは! 俺にはさっぱりだよ!」

「さっぱりなのは、お前の頭の中身の方だと思うけど」

「そのとおりですね」

「……同意」

「お前ら全員、酷くない!?」

「「「全然!」」」

「……」


 くだらない雑談をしながら、謁見の間へと入って行く拓真たち。

 まぁ、雑談というよりは罵り合いに近いのはいつもの事であった。

 こいつ等には、もう少し緊張感というものが必要なのかもしれない。

 無駄だとはわかっていても、ついついそんな事を思ってしまうクラウスであった……。




 漸く謁見の間に足を踏み入れる拓真たち。

 さすがに魔王が待つという魔王城謁見の間は、その名にふさわしく広々とした豪華で贅を尽くした造りになっていた。

 

 床には、真紅をベースに鮮やかな黄色の幾何学模様を走らせた、毛足の長い高価そうな絨毯が、広い部屋の隅々にまで贅沢に敷き詰められている。

 壁にはカラフルなタペストリーが、壁面という壁面を全て埋め尽くさんばかりに何十枚も掛けられていた。

 天井からは、大広間にあったのと同じ巨大なシャンデリアが、眩いばかりの光を発しながらこちらを悠然と見下ろしている。

 左右の壁際には、全身を金属鎧で覆った近衛騎士が隙間なく整列して……いなかった?


「……無駄に豪華」

「それは言わない約束でしょう」

「でも、誰もいないなぁ……」

「こっちにしてみれば好都合ですが、少し不気味ですね……」


 まるで置物のように常に待機しているはずの護衛の近衛騎士の姿が、全く見当たらないのはどういう事だろうか?

 まぁ、この場合は近衛騎士ではなく、むしろ近衛魔物(?)、或いは側近とか四天王とかと呼ぶべきだったかもしれないが。

 伝統と格式とお約束(?)に従って、魔王は勇者をひとりで迎え撃つつもりらしい。


「ひょっとして……魔王はボッチ!?」

「本人(?)に訊いてくれませんか? そういう事は」

「んな事したら殺されるわ!」

「……しなくても殺されると思う」

「……帰るか」

「ひとりで帰る自信があるならどうぞ」

「……」


 さっきからやたらとくだらない事ばかりを言っている拓真を、クラウスがぞんざいにあしらっていた。

 おそらく緊張感に耐えられなくなってきたのであろうが……はっきり言って、ウザい事この上ない。

 二言目には『帰ろう、帰ろう』と煩く連呼する彼であったが、それが本気でないのは火を見るよりも明らかであった。

 ……帰ろうにも、ひとりでは帰れないので。


「なぁ、何で魔王はひとりで勇者を迎え撃たなくちゃいけないんだ?」

「知りませんよ、そんな事」

「……全くの不明。何しろ、魔王と会った事のある人間の生還例は皆無」

「……なぁ、やっぱり今のうちに帰った方が良くね?」

「だ・か・ら! 此処まで来て帰ってどうすんですか!?

 真面目にやってください! 真面目に!」


 クラウスも緊張のせいか、いつになくキレ気味であった。

 いつもこんな調子だと言われればそうかも知れないが……そろそろ拓真も口を慎んだ方が良いと思う。

 このままでいくと、魔王と戦う前に味方同士で盛大なド突き合いが始まりそうであった。

 見慣れた光景と言われたらそれまでだが……。

 それはそれで一興かもしれないが……少なくとも、まるで生産的でない事だけは明らかであった。


 実にくだらない会話をしながら、ゆっくりと歩みを進めていく勇者たち。

 彼等が潜った扉の反対側、彼等から見ればこの広い謁見室の最奥の、一段高くなった舞台のような場所の中央に、贅を尽くした立派な玉座があしらえてあった。

 そして、其処に腰掛けたまま静かに佇む漆黒の影……。


「……」


 どうやら事前の案内どおり、魔王はこの部屋で拓真たちを延々と待ってくれていたようであった。

 その姿を認めた彼等の背中に、より一層の緊張が走る。


(魔王って……ひょっとして暇なのか?)


 だが、勇者拓真はそんな失礼な事を考えていた。

 無礼極まりない男である。

 待たせたのが誰なのか、きれいさっぱり忘れてしまったようであった。

 そんな彼の内心を察したのか、クラウスがジト目で拓真を睨んでいる。


「……どうした? クラウス」

「……いえ、別に。気のせいなら良いんですが」

「言いたい事があるなら、言ってくれ」

「では言わせてもらいますが……タクマ、貴方、何か失礼な事、考えていませんでしたか?」

「……いや、別に」


 クラウスからの鋭い指摘に、思わず怯んでしまった拓真。

 彼の額に、ジワリと冷や汗が浮かんでくる。


「これから話し合いに臨むのですから、間違っても失礼な事を口にしないでくださいね」

「ハハハハ……、何の事やら」


 そう言いながら、思わずクラウスから目を逸らしてしまった拓真。

 疾しい事がある証拠である。


「誰かさんのせいで、恐れ多くも魔王様を、散々、待たせたわけですから、これ以上の無礼だけはやめてくださいね。

 むしろ土下座のひとつくらいはするのが礼儀だろう、と言われても、全く反論できそうにないんですから」


 その可能性に思い至り、急に背筋に寒気を感じ始めた拓真。

 というより、彼の仲間たちなら、嬉々としてやらせるかもしれない。

 むしろ必要ないと魔王様から言われても、彼等が拓真の後頭部を踏みつけて、無理やり土下座させる可能性が大であった。

 ……素晴らしき友情である。


 良くも悪くもそのくらいの事は手に取るようにわかってしまった拓真。

 だって……彼等は友達だから。

 今後、友達という言葉の意味を、本気で考え直す必要があると思ってしまった拓真であった……。


 勇者パーティは横一列に並んだまま、玉座のある奥へとゆっくり歩いて行く。

 当初の予定どおり話し合いで済ませるため、全員、武器は抜いていなかった。

 相手からビリビリと伝わってくる想像を超えたプレッシャーに耐えながら、それでも勇者の名に懸けて胸を張り、前を真っ直ぐに見ながら魔王に相対するように進んで行く。

 正直……おしっこチビりそうであったが。


 玉座まであと10メートル程。

 彼等が其処まで近づいたとき、それまで全く動きを見せていなかった黒い影が、ゆっくりとした動作で立ち上がった。

 そして……、


「よく来たな、勇者たちよ」


 黒い影から発せられた重低音が、巨大な圧力とともに拓真たちの歩みを止める。




「よく来たな、勇者たちよ。予が魔王である。諸君等の来訪を歓迎する」


 玉座に悠然と座っていた魔王が立ち上がり、拓真たちに向かって声をかけてきた。

 その声には嫌悪や怒りのような負の感情はなく(勿論、腐の感情もない……たぶん)、さりとて好意を寄せるような上擦った様子もない。

 淡々とした、ある意味事務的な、強いて挙げればほんの少しの好奇心が混ざっているような気がするが、互いに初めて会う間柄としては極自然な響きだった。

 時々、拓真の方をチラチラと窺っては、必死に笑いを堪えているような気配がするのは、きっと拓真の被害妄想であろう……と思いたい。


(たぶん……きっと……そうだとイイナ……)


 正直なところ、魔王が拓真の姿を見て、腹を抱えて笑い出すんじゃないか、と期待していた彼等であったが……どうやらその予想は外れてしまったらしい。

 笑われる拓真としては、堪ったものではないが……。

 魔王は特に何か仕掛けてくるような素振りも見せず、ただ悠然と勇者たちの前に立っていた。

 だが、たったそれだけの事で拓真たちの額に汗が浮かび、体は自然と小刻みに震え、背中を悪寒が駆け抜けていく。


「「「「……」」」」


 知らず知らずのうちに、拓真の口の中はカラカラに乾いていた。

 声も出せずにじっと魔王の前に立つ彼等を一瞥し、魔王が再び口を開く。


「よく来たな、勇者たちよ。此処まで来るとは思ってもみなかったぞ」

(ちょっと様子だけ見て帰るつもりだったのに……)

(それには全面的に同意します……)

(……これを敵に回すって……王様馬鹿なの?)

(いいからさっさと帰ろうぜぇ……)


 それは謙遜などではなく、全くの彼等の本音であった。

 誰が好き好んで魔王の前に立ちたいと思うのだろうか?

 自殺志願者じゃあるまいし……。


 勇者パーティなどと呼ばれているが、自分たちはもっと安易で呑気で自堕落な生活が大好きな、英雄などとは程遠いただの俗物に過ぎない。

 少なくとも彼等は、自分自身を本気でそう評価していた。

 もっとも、正真正銘そのとおりなので、誰も褒めてくれないが。


「城門を守る守護者を打ち倒し」

((((ん? そんな奴いたっけ?))))


 魔王の言葉に多少の違和感を覚え、揃って首を捻った拓真たち。

 門の前にいたのは、可愛い白猫の親子だけだったような気がするが……。

 まぁ、その『守護者』とやらは、たまたま席を外していただけだろう……たぶん。

 自分たちにそう言い聞かせながら、敢えてそれをスル―するが……。


「門を開ける秘密の鍵を見つけ出し」

((((いやいや、私たちはお宅の飼い猫様に、門を開けて頂いた身分なんですが……))))


 魔王様からのお言葉に、急に卑屈になってヘラヘラし始めた勇者パーティ一同。

 まぁ、あの体たらくを考えれば、彼等の態度の急変もわからなくはないが……。

 微妙にズレている互いの認識に、何故だか急に彼等の心に不安な気持ちがこみ上げてきた。


「数多の敵の襲撃を退けて」

((((一匹も見当たりませんでしたが……?))))


 どうやら魔王と彼等の間には、互いの認識についての重大な齟齬があるようだ。

 そのあまりの落差に、相手が何を言っているのかさっぱり意味がわからなくなり、少し混乱気味になってしまった拓真たち。

 一体、何処の誰の事を言っているのだろう?


「複雑な迷宮と化した城内を、迷う事なく走破し」

(うむ、あれは大変だった)

(いやいや、何処かの誰かさんは思いっきり迷っていたし!)

(……インフォメーションセンターのお世話になったんじゃなかったっけ?)

(あれだけのしっかりとした案内があれば、何処かの誰かさん以外はちゃんと此処まで来れますから!)


 何故か拓真が偉そうに胸を張っていたが、その勘違いを正すべく他の三人が一斉に心の中でツッコんでいた。


「幾多の罠を乗り越えて」

(うむ、あれは強力な罠だった)

(((あれは罠じゃねぇ!!)))


 ひとりだけうんうんと頷いている拓真。

 が、その後、仲間たちから念話でツッコまれたような気がして顔を顰めていたが。


「予の前に立っているのだから、誇って良いぞ」


 魔王様から本気のお褒めの言葉を頂き、さすがに背中がむず痒くなってきたのか、何だか悶えているように見える拓真たち。

 こんな風に手放しで褒められてはいるが、彼等自身は何もしていないも同然なので、急に恥ずかしくなってきたらしい。

 称賛をさも当然とばかりに受け取れるほど彼等の心は堕落していなかったらしく、むしろ彼等は魔王様からの思わぬ褒め殺しに、手痛い精神的ダメージを負っているようだ。


「ならば、そなたたちを予の前に立つ資格のある強者と認めよう」


 そのせいか、気がついたら話の流れが悪い方向に向かっていた。

 いや、最悪と言っても良いかもしれない。

 しかも余計な事を考えていたせいか、それに気づくのが遅れてしまった。

 ……致命的である。


 慌てて口を開いて弁明しようとした拓真たち。

 だが、彼等の都合などお構いなしに、魔王は破滅的な宣戦布告の言葉を……。


「ちょっ……」

「さぁ、勇者たちよ。遠慮はいらぬ。かかって来るが……」


 その時、突然に何者かがこの謁見室に乱入した。







やっとここまで来た……。

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