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第107話 ぐだぐだな後始末

 この後、ユリアはカメリアに追加のお説教をしなかった。


 何故なら……、

 彼女に怒りをぶつけるよりも、アーサーの容態を確認する事が先決であると判断した事。

 確かにカメリアの悪ふざけに原因があるとはいえ、そもそも鎧兜を身に着けた成人男性である彼が幼女に吹き飛ばされる方がおかしいし、それを幼い彼女が予測できるわけがない、という考えに至った事。

 そして何よりも、カメリアが恐怖のあまり、お漏らしをしてしまった事。

 である。


 幸いにして、アーサーの状態はそれほど悪くはなかった。


 確かに全身を強打した衝撃で気を失ってはいるものの、せいぜいが軽い打撲で済んだようで、懸念されていた骨折や大量出血といったような深刻な外傷は負っていない。

 さすがに脳や内臓のような、目に見えない体の内部の損傷についてはすぐにはわからなかったものの……これもユリアが、それこそ頭のてっぺんから爪先に至るまで念入りに魔法をかけて治癒しておいたので、特に心配はなさそうであった。

 どうやら近衛騎士団の鎧や兜が、思いの外良い仕事をしたようだ。

 上々とも言える現状にホッと一息つくと、ユリアはまだグズグズと嗚咽の声を漏らしているカメリアの傍へと歩み寄った。


「……カメリアちゃん、反省した?」

「……うん」


 ユリアに声をかけられて、全身を一度ビクンと大きく震わせた後、消え入りそうな声で頷くカメリア。

 彼女は落ち葉に埋もれた地面の上に、腰を抜かしたようにペタンと座り込んでいた。

 

「もうしない?」

「……うん」


 カメリアが腰を下ろしたあたりの地面には、小さな水溜りができている。

 小さなメイド服の腰の後ろからニョロンと伸びている真っ白な尻尾も、不安そうにブラブラと左右に揺れていた。

 普段は勢い良くピンと立ち、いつも忙しなく左右に動いているはずの猫ミミでさえも、今は真っ白な彼女の髪に埋もれるようにペタンと寝かされている。

 意気消沈して萎れてしまったようなその姿は、ユリアの罪悪感を煽るのに十分なほどの破壊力があった。


「全く、もう……」

「……ごめんなさい」


 とは言え、今後の躾という意味でも、此処はしっかりと心を鬼にしなくてはならない。

 ユリアは感情に任せて怒鳴り散らすような真似はせず、努めて冷静になるように心がけて、カメリアの心に響くように静かな口調でカメリアを窘めた。


「カメリアちゃんが一生懸命アーサーさんを起こそうとしていたのはわかったけど、アレはやり過ぎ」

「……うん」

「一生懸命にやれば良いってもんじゃないの。

 相手を怪我させるような事はしちゃダメよ? わかった?」

「……うん」

「……本当に?」

「……うん、わかった」


 ユリアの小言に、小声で返事を返すカメリア。

 どうやらまだ怯えているのか、それともお漏らしをしてしまった事が恥ずかしいのか、彼女は決してユリアと目を合わせようとはしなかった。


「わかったなら良いわ。

 アーサーさんたちを相手にする時には、今度からきちんと手加減する事」

「……てかげん?」

「“手加減”の意味がわかんない?」

「……うん」

「う~ん……。何て言い表せば良いんだろう……?」


 あっさりと小言を切り上げるユリア。

 やはりカメリアは、アーサーに対して全く手加減をしていなかったらしい。

 というか、手加減という言葉の意味すら知らなかったようである。

 ……前途多難であった。


「……ひょっとして、カメリア……またへんなこときいた?」

「いや、変な事じゃないんだけど……何て言うかな……」

「……えっちなこと?」

「違います! 断じて違います!」

「……カメリアはちいさいから、きいちゃいけないこと?」

「それ意味が変わっていないから! 違うから!」


 そして三度繰り返される悲劇。

 いや、悲劇というよりも喜劇といった方が妥当であるが……カメリアのとんでもない切り返しに、ユリアが慌ててそれを打ち消していた。


「……カメリアちゃん、さっきもそんな事を言ってなかった?」

「なんとなくきにいった」

「……ひょっとして、遊んでる?」

「おじちゃんもユリアたまとおなじようなことをいってあわててた。おもしろかった」


 そう言いながら、ユリアに向かってニコリと笑うカメリア。

 彼女は自力でその場に立ち上がると、ぷっくりとしたお尻にくっ付いた木の葉を払おうとして……手に纏わり着いた湿り気に、眉間に皺を寄せながら顔を顰めていた。

 ユリアもユリアで、相変わらずなカメリアの調子に怒る気も失せたのか、彼女と同じように顔を顰めている。

 どうやら彼女の小言は、カメリアの心にはあまり響かなかったようであった。


「全く……」

「えへへへへへ……」


 心底呆れたようなユリアの呟きを、照れ笑いで誤魔化すカメリア。

 何時如何なる時でも、己の楽しみを見出す事を忘れない彼女は、ある意味素晴らしいチャレンジャーであった。

 どうやら彼女の機嫌が直ってきたようなので、少し安堵するユリアであったが……本質的に悪戯っ子な部分は、どう足掻いても変えられないらしい。

 ホッとするやら呆れるやら、複雑な気持ちになるユリアであった……。




 ユリアはお漏らしをしてしまったカメリアに、“洗浄”と“乾燥”の魔法をかける。

 彼女は恥ずかしがっているのか、それとも猫らしくお風呂が苦手なのか、あまり良い顔はしなかったが……それでもやはり腰回りが気持ち悪いらしく、大人しく魔法に身を任せていた。

 何度も輝きながら、カメリアの小さな全身を包み込んでいくユリアの魔法。

 全てが終わった後、彼女の全身は見違えるほど綺麗になっていた。


「ユリアたま、ありがと~!」

「はいはい、カメリアちゃんも良く頑張ったわね」


 上機嫌でユリアにお礼を言うカメリア。

 魔法をかける前は随分とグズグズ言っていたようだが、さっぱりして気分が良いのか、彼女はコロリと態度を変えていた。


「さぁ、アーサーさんの所へ行くわよ」

「ユリアたま、おじちゃんもおせんたく?」

「さぁ~? どうしようかな~?」

「しゅわしゅわがとてもきもちよかった。おじちゃんにもやってあげて」


 ユリアはカメリアの手を引きながら、のんびりとアーサーの元へと歩いて行く。

 その姿は、まさに幼子の手を引いて歩く若い母親のようであった。

 もっともユリアの精神衛生上、此処は年の離れた姉妹という事にしておいた方が良いのは言うまでもない。

 ……微妙なお年頃なので。


「アーサーさんに頼まれたらね~」

「ぶくぶくはいやらったけろ」

「お! そんな事言うと、もう一度やっちゃうんだぞ?」

「きゃあ!」


 二人とも緊張感のない呑気な会話を繰り広げているが、此処は危険な肉食獣が多数うろついている危険な森である。

 彼女たちは忘れているようであったが……。

 もっともその事実は、二人には何の関係もない事かもしれない。

 どちらかというと、彼女たちの方が“狩る側”であったので……。


「アーサーさん、アーサーさん、そろそろ起きてください」

「おじちゃん、おきて~!」


 その場にしゃがみ込んで、アーサーを軽く揺さぶるユリア。

 彼女の反対側では、彼の耳元でカメリアが可愛らしい呼びかけをやっていた。

 拓真あたりが見たら血の涙を流しそうなほど羨ましいシチュエーションであるにも拘らず、アーサーは一向に目覚める気配を見せていない。

 ユリアは少し呆れ気味に、そしてカメリアは明らかにムッとした表情で、彼の呑気な寝顔を眺めていた。


「……起きないわね」

「おじちゃん、ねぼすけさんらね!」


 さっきはアーサーの胸倉を掴んで乱暴に揺さぶった挙句、彼を突き飛ばしてユリアに叱られたカメリアであったが……今回は手を触れずに、声をかけるだけにしているようである。

 どうやら一応は、学習しているようであった……。


「そうねぇ……。どうしようかしら……?」

「ユリアたまはやさしすぎ。あまやかすとろくなことがない」

「何処で覚えてきたのよ、そんな言葉……」

「ここはいっぱつ……」

「やめなさい」


 さすがにさっきと同じ展開になってはマズいと思い、ユリアは慌ててカメリアの両脇に手を突っ込んで、彼女をアーサーから引き離す。

 彼女はユリアの手の中で暫くジタバタと暴れていたが……体を動かして多少は気が済んだのか、少し経つと借りてきた猫のように大人しくなっていた。


(全く……誰に似たんだか……)


 そう心の中で嘆くユリアであったが、どう考えても心当たりはひとりだけしか思い浮かばない。

 そろそろチビたちの教育を見直すべきか、と至極真っ当な決心をするユリアであった。


 ユリアは大人しくなったカメリアを、ゆっくりと近くに地面に下ろしていく。

 そして、彼女の頭を撫でながら、言い聞かせるように指示を出した。

 

「そうねぇ……。じゃあ、カメリアちゃん、ちょっと離れていて」

「ん? ろうしたの、ユリアたま?」

「アーサーさんが確実に起きる方法を使うから、ちょっと離れていて」

「ろれくらい?」

「そうねぇ……。もうちょっと……うん、もういいわ」


 カメリアはユリアの顔を見上げながら少し不思議そうな顔をしていたが、それでも彼女の命令は絶対であると体に染みついているのか、素直に二歩三歩とその場から後退っていく

 彼女が十分にアーサーから離れた事を確認したユリアは、カメリアを安心させるように一度ニッコリと彼女に向けて微笑むと、クルリと彼の方へと向き直った。

 人差し指をアーサーに向けて、短く集中するユリア。

 すると……何処からともなく現れた蒼い光が、脳天から彼を貫いた。


「あびっ!」


 奇声を上げながら大きく背をのけぞらせ、目を見開くアーサー。

 彼はまるで蛸がダンスを踊っているかのように手足をばたつかせると、何かに縋りつくように虚空に手を彷徨わせていた。

 だが、結局バランスをとる事が出来なかったのか、そのまま勢い良く顔面から腐葉土の上へとダイブする羽目に陥ってしまう。

 顔面土塗れになったアーサーは、まだまわりの状況が掴めていないのか、泥だらけの手で寝ぼけ眼を擦りながら辺りを見回していた。


「う、う~ん……」


 どうやらユリアは、極微小な雷を発生させて彼を強制的に目覚めさせたらしい。

 アーサーとしては望んでいたような爽やかな目覚めとは程遠い目の覚まし方であったが、文句を言える筋合いではなかった。

 やっている事がカメリアと大して変わらないような気もするが、それは言わない約束である。

 彼女の場合、文字どおり“手加減というものを知らないので……。


「あれ? 此処は……?」

「アーサー様、お目覚めですか?」

「おじちゃん、おきた~?」

「あ! は、はい! 只今!」


 ズルッ!

 ドスン!


「痛てててて……」


 立ち上がろうとしたものの、すぐにバランスを崩してその場にひっくり返るアーサー。

 どうやらまだ半分夢の中であったところ、いきなり二人に声をかけられて慌ててしまったらしい。


「大丈夫ですか? アーサー様……」

「おじちゃん、らいじょ~ぶ~?」

「あ、だ、大丈夫です。ちょっと手元が狂って……」


 狂ったのは手元ではなく足元のような気がするが、それについては敢えてツッコミを入れないユリアとカメリア。

 もっともカメリアの場合は、ツッコミを入れられるほどの人生経験そのものがないだけであったが……。

 アーサーはこちらに駆け寄ろうとする二人を手で制し、フラフラと頼りない様子ながらもその場に立ち上がる。

 その原因が眠気のせいなのか、それともさっきの電気ショックの副作用なのかイマイチ判別がつかないユリアは、とりあえず彼の意思を尊重してその場に踏み止まった。


「も、もう大丈夫です、ユリア様!」

「そうですか? 何だかまだ足元がふらついている気が……」

「気のせいでしょう。いつまでも女性の前で情けない姿を見せ続けるわけにはいきませんからね!」

「……わかりました」


 明らかにただの空元気である事はバレバレであったが……それでも彼には男の子のプライドというものがあるのだろう。

 此処でいつまでも言い合いをしていても時間の無駄であると悟ったのか、ユリアはあっさりと引き下がった。

 もっとも、此処にはそんな繊細な男心など一切斟酌しない者がいる。


「おじちゃん! おうまさんのとこ、いくよ!」

「え!?」


 カメリアはアーサーの手を掴み取ると、その溢れんばかりの腕力で彼をグイグイと引っ張り始めた。


「いそげ~! いそげ~!」

「ちょっ、ちょっと待った! カメリアちゃん!?」

「ら~しゅ!」

「ちょっと引っ張んないでよ! 痛い! 痛い!」

「おじちゃん、はやく! はやく!」

「腕が取れる! そんなに強く引っ張らないで!」

「らったらさっさとはしる~! いそげ~!」

「あぁ! もぅ!」


 カメリアに引き摺られるようにして歩き出すアーサー。

 その姿はまさに休日に連れて行った遊園地で、興奮した娘に手を焼く父親の姿そのものであった。

 もっとも彼女の示した行き先に遊具などはなく、せいぜいが生き返らせた馬と狼の死体があるだけという所が地球との違いであるが……。

 何が楽しいんだろうか? と思いつつも、のんびりと彼等の後を追うユリアであった。

次回の投稿は、12月18日頃の予定です

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