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第105話 人はそれを丸投げと呼ぶ

「う~ん……ろうしよう?」


 ポヨポヨした眉を顰めながら、小首を傾げるカメリア。

 アーサーの肩の上に座りながら、彼女は自問自答するようにポツリと呟いていた。

 一丁前に腕も組んでいるが、彼に肩車をしてもらいながらなので、あまり真剣身が伝わってこない。

 まぁ、二歳児のやっている事なので、その辺は致し方のない部分もあったであろうが……。


 此処は魔王城の周囲に広がる森の奥。

 アーサーとカメリアの二人は、仲間や姉妹たちと別れ、彼の愛馬を追って此処までやって来た。

 この広大な森の中で、特定の生き物……それも、その中の特定の一頭……を探すなど、それこそ砂漠の中でダイアモンドの粒を探すよりも困難であろうと思われたのだが……どうやら彼女とその姉妹たちは、微細な匂いの違いでそれを判別できるらしい。

 しかも、かなり距離が離れていたにも拘らず、彼女は正確にその足跡を追いかけて、見事にアーサーの愛馬を探し出してみせた。


「? どうしたの、カメリアちゃん?」

「……こまった」

「? 何が困ったのかな? お兄さんに教えてくれる?」

「……おうまさん、しんれた」


 だが、世の中そうは上手くいかないらしい。

 折角探し出したはずのアーサーの愛馬は、狼たちに襲われて既に絶命していた。

 殆ど八つ当たり気味に狼たちを全滅させた二人……ではなく、ほぼカメリアひとり……であったが、だからと言って死んだ馬が生き返るわけではない。

 半分食われかけの馬の亡骸を目の前にしたまま、二人は呆然とその場に立ち竦んでいた。


「……そうだね」


 さすがに心なしか気落ちしたような様子で、彼女の言葉に応えるアーサー。


「おうまさんさがしにきたのに、おうまさんしんれた」

「う~ん……。あまりカメリアちゃんが気に病む必要はないと思うけどね」

「?『きにやむ』ってなに?」


 どうやらカメリアは『気に病む』という言葉の意味がわからないのか、彼の肩の上で可愛らしく小首を傾げていた。

 森の中での無双ぶりからは信じられないかもしれないが、彼女は歴とした幼女なので……少し難しい単語や言い回しを使われると、すぐに意味がわからなくなってしまう。

 ……それを忘れていたアーサーも大概であったが。


「そうか、意味がわかんなかったか。

『気に病む』という言葉の意味はねぇ……。う~ん……何て言い表せば良んだろう……?」


 そう言いながら、考え込むように首を捻るアーサー。

 その仕草が気に入ったのか、カメリアも彼の真似をして首を捻って考え込む素振りを見せていた。

 上下に積み重なった幼女と青年が揃って首を捻っている光景は些かシュールだが、片方はきっと何も考えていないに違いない。

 急に無言になった二人の頭上では、漸く森の中が静かになって安心した小鳥たちが、彼等にツッコミを入れているかのようにピチピチと囀っていた。


「……ひょっとして、カメリア……へんなこときいた?」

「いや、変な事じゃないけど……何て言うかな……」

「……えっちなこと?」

「違う! 断じて違う!」

「……カメリアはちいさいから、きいちゃいけないこと?」

「それ意味が変わっていないから! 違うから!」


 カメリアの的外れな勘違いを慌てて打ち消すアーサー。

 しかし『えっちなこと?』って……何処をどうやったらそんな勘違いができるのか、彼は彼女……は無理だから彼女の関係者に問い質したくなった。

 真面目な常識人に見えるユリアは、幼児の前でそんな言葉を不用意に使ったりはしないだろうから、怪しいのはカメリアの母親であるあのプッツンメイドであろう。

 ……どうやら命懸けになりそうなので、とりあえずこの案はボツにしておくアーサーであった。


「じゃあ、なに?」

「『気に病む』という言葉の意味は、カメリアちゃんがそれで悲しくなったり、泣きたくなったりする事かな……?」

「……なるほろ。らったららいじょうぶ。カメリアはげんき」


 そう言いながら、彼を安心させるためなのかニッコリと笑うカメリア。

 彼女は力強く頷きながら、景気づけとばかりに彼のヘルメットをバンバンと叩いてみせた。

 正確に言えば少し意味が違うのであろうが、とりあえず幼児であるカメリアにわかりやすく伝える事を優先したアーサーは、頭蓋に伝わる衝撃に顔を顰めている。

 暫くして手が痛くなったのか、彼女は彼の頭を叩くのを止めると、両手で彼の後頭部に抱き着いてきた。


 幼児のほんのりと温かい体温が伝わってきて、何故かそれが彼を優しい気持ちにさせてくれる。

 ……周囲は死体だらけであったが。


「そう……良かった」

「ありがと、おじちゃん!」

「……」


 相変わらず彼を『おじちゃん』と呼ぶカメリアに、思わず無言になるアーサー。

 大人げない行為であるとはわかっているものの、やはり少し傷ついているようであった。

 もっとも、彼のそんな微妙な心情に気づけるほどカメリアの人生経験は長くない。

 ……たったの二年ちょいでしかなかったので。


「れ、なんのおはなしらったっけ?」

「ん? あぁ、『気に病む』という言葉の意味かな?」

「そのまえ」

「その前? えっと……確か……。あぁ、そうだ。お馬さんが死んじゃった、って話だ」

「そうらった。おうまさんがしんじゃってこまってたんら」


 話を思い出したのか、急にアーサーのヘルメットを興奮したように再びポンポンと叩くカメリア。

 特に痛くはなかったが、それでも頭がグラグラと揺れるほどの衝撃が伝わってきた。

 彼女の口調は全然困っていないような軽いものであったが、おそらくそれは、単に彼女があまり事態の深刻さを理解していないだけかもしれない。

 もっとも、その件についてあまり深刻に捉えられてカメリアの気分が沈んで住まうのも気が滅入るので……左右に揺れ続ける視界を不快に感じながらも、彼は彼女に話の続きを促した。


「何でカメリアちゃんが困っているの?

 確かにお馬さんが死んじゃった事は残念だけど、カメリアちゃんのせいじゃないじゃない?

 何しろ僕たちが着いた時には、もう死んでいたんだし」

「カメリアのおやくめは、おじちゃんのおうまさんをいきたままつれかえることらった。

 れも、かめりあがここについたとき、おうまさんはもうしんれた」

「……うん、そうだね」

「おうまさんのしたいをもちかえってもいみがない。

 カメリアはおやくめをはたせなかった。こまる」

「御役目? でも、仕方ないんじゃないかなぁ……」


 カメリアの責任感あふれる言葉と冷静な現状認識に、驚きつつも首を縦に振るアーサー。

『御役目』なんて言葉を何処で覚えてきたんだか……と多少は呆れつつも、それでも責任を感じているらしい彼女を、彼はどうやって宥めようかと真剣に考えていた。


「おやくめをはたせないと、ロゼとリリィにわらわれる。こまった」

「……成程。そういう意味か」


 カメリアの本音を聞いて思わず納得し、そして苦笑するアーサー。

 思いっきり自己中心的な発言であったが、その素直な言葉は彼をホッとさせるのに十分であった。


「でも、どうしようもないでしょ。僕たちが来た時には既にああなっていたんだし……」

「おじちゃん、なんかいいあいでぃあはない?」

「僕? う~ん……

 確かに僕は治癒魔術を使えるけれど、それは相手が生きていればだからねぇ……。

 さすがに相手が死んじゃっていたら、治癒呪文は効果がないし……」

「……ダメ?」

「うん。残念だけど駄目だね、僕じゃ」

「……そう」


 アーサーの肩の上で、萎れたようにしょげ返るカメリア。

 アーサーは見るからに気落ちしている彼女を何とか元気づけてあげたかったが、如何せん彼には現状を打破する手札が何もなかった。

 クラウスほどではないにしろ、治癒呪文が得意なアーサーは、相手が生きてさえいればかなりの大怪我でも治療できる自信があるが……さすがに死体が相手では何もできない。

 彼にできそうな事と言えば、せいぜいこの死体が動く死体(アンデッド)にならないように、正規の手順を踏んで埋葬するくらいが関の山であった。


「しかたがない。あまりやりたくなかったけろ……さいごのしゅらん」

「え!? 何かアテがあるの? カメリアちゃん」

「ユリアたまにおねがいしよう!」


 人はそれを“丸投げ”と呼ぶ。


「ユリア様? ユリア様に頼んでどうすんの?」

「ユリアたまにたのんれ、なんとかしてもらう」

「何とかしてもらうって……何をしてもらうつもりなの? カメリアちゃん」

「いきかえらせてもらう」

「え!? 生き返らせる!? ユリア様って……そんな事が出来るの!?」

「……たぶん」

「たぶん、かよ!!」


 カメリアの投げやりなひと言に、アーサーは思わず彼女が年端もいかぬ幼女だという事も忘れてツッコんでいた。

 もっとも、アーサーのツッコミ如きで狼狽えるようなカメリアではない。


「こまったときのユリアたまらのみ」

「……何処で覚えたんだよ、そんな言葉……」


 まるっきり他力本願のセリフを堂々と言い切る彼女に、彼は思わずがっくりと項垂れていた。

 とんでもない情報を耳にしたアーサーであったが、カメリアの能天気な物言いに毒されたのか、肝心な部分を思いっ切りスルーしている。

 まぁ、幼女が簡単に“生き返らせる”という言葉を口にしたところで、それを真に受ける方がおかしいという意見もアリと言えばアリであったが……。


「でも、どうやってユリア様に知らせるの? 此処、森の奥だよ?」

「らいじょうぶ。スマホがある」

「すまほ?」

「ユリアたまとはなれていてもおはなしがれきるろうぐ。

『もし迷子になったらこれを使いなさい』といわれていた。いまがそのとき」

「迷子じゃないんだけど……まぁ、良いか」


 解決策が見つかって気を取り直したのか、ウキウキしたようにアイテムボックスからスマホを取り出すカメリア。

 ……決して何も解決していないような気がするが、上機嫌な彼女の様子に水を差すのも悪いと思ったのか、アーサーも全てを諦めたように弱々しくツッコむだけであった。

 カメリアは手慣れた仕草で画面を操作すると、そのまま頭の横にスマホを当てている。

 勿論、“すまほ”が何なのかさっぱりわからないアーサーは、ただ呆然と彼女の謎の行動を見守るだけであった。


 彼女の耳は猫ミミだから、そんな所にスマホを当てても意味がないんじゃないか? と思わずにはいられないが……どうやら特に問題はないらしい。

 猫ミミの謎は深まるばかりであった……。


「ユリアたま~! たすけて~!」


 いきなりそれかい!?

 ユリアに繋がるや否や、カメリアが第一声でとんでもない事を叫んでいた。


『え!? カメリアちゃん!? いきなりどうしたの!? 大丈夫!?

 何かあったの!? 危険はないの!?

 連絡なんて後回しで良いから、今すぐさっさと逃げてらっしゃい!

 あぁ! 今どこら辺に……わかった!

 今すぐ其処へ行くから、何処か隠れられそうなトコに隠れてなさい!』


 幼女の悲鳴に思いっ切りビックリしたユリアが、受話器の向こうで狼狽えている様子が手に取るようにわかる返事である。

 そんな彼女の様子と心境が十二分に理解できてしまったアーサーは……思わずその場で、地面にめり込むまで土下座したくなった。


「おうまさん、しんじゃった~!」

『え!?』


 受話器の向こうの慌てぶりを無視したまま、言いたい事をひたすら叫ぶカメリア。

 ユリアは話の展開がさっぱりわからなくなったのか、唖然としたままひと言だけ彼女に聞き返してきたが……。


「おうまさん、しんじゃった。カメリアがみつけたとき、おうまさん、しんれた……」

『そ、そう……。それは残念ね。

 でも、カメリアちゃんは精一杯頑張ったんでしょ?

 だったら泣かないで、堂々と胸を張ってね』


 カメリアからの悲しい知らせに、彼女を慰めるかのように優しい言葉をかけるユリア。

 もっとも、彼女に危機が迫っているわけではないと漸く理解できたのか、何処かホッとしたような口調ではあったが……。


『で、どうして欲しいの?』

「おうまさん、たすけてあげて」

『はぁ!?』

「ユリアたまのおちかられ、おうまさんをたすけてあげて」

『助けてあげてって……死んじゃってるんでしょ?」

「うん」

『意味がわかんないんだけど……』


 ……どうやら二人の間では、連絡はとれているようであるがコミュニケーションがさっぱり取れていないらしい。

 電話口からは、ユリアの困惑した様子がありありと伝わっていた。


『まぁ、良いわ。そっちに行くから、ちょっと其処で待ってなさい』

「は~い!」

『じゃあ切るからね。良い子にしてるのよ?』

「は~い!」


 ユリアの言葉に、明るくハキハキと返事をするカメリア。

 返事だけなら百点満点であったが、連絡としては赤点どころか零点であった。

 それでもカメリアは目的を果たして大満足なのか、アーサーの肩の上で満面の笑みを浮かべている。

 彼女はそそくさとスマホをアイテムボックスの中へと仕舞い込むと、ユリアの到着を今か今かと待ち望むように、落ち着きなく辺りを見回していた。


「お待たせ。で、何があったの? カメリアちゃん」

「あ! ユリアたま!」

「うぉっ!」


 突然、背後から声をかけられて、歓喜するカメリアと驚愕するアーサー。

 勿論、彼等に声をかけてきたのは、此処まで瞬間移動して来たユリアであった。

 どうして彼等の居場所が即座にわかったのか、ふと疑問に思うアーサーであったが……そんなモノ、彼女にかかってしまえば朝飯前である。

 現役の魔王様の辞書に、不可能の文字は……あるのかなぁ……?


 ユリアは腰に手を当てたまま、『仕方がないなぁ』と言った風な視線で肩車に乗ったままのカメリアを見つめている。

 もっとも、その視線は特に彼等を咎め立てるような厳しいものではなく、相変わらず慈愛に満ちた優しい目であったが……。


「で、何処? お馬さんは」

「ユリアたまだ~! ユリアたまだ~!」

「はいはい、ユリアですよ」

「ユリアたま、ありがと~!」

「はいはい、どういたしまして」

「ユリアたま、らいすき~!」

「はいはい、私もカメリアちゃんの事は大好きよ。で、そろそろ話を始めてくれる?」


 ユリアの姿を見て安心したのか、カメリアは上機嫌のまま彼女の名前を連呼する。

 彼女はアーサーの肩の上に座りながら、それはもう嬉しそうに手を叩いてユリアの登場を称えていた。

 ユリアは話がさっぱり進まない事に苦笑しながらも、カメリアを無視する事なくしっかりと彼女の言葉に対応している。

 一方のアーサーはというと……彼はカメリアが時々バランスを崩して、彼の肩から滑り落ちそうになっているので、彼女の短い脚を押さえるのに必死であった。


「ほら、カメリアちゃん。

 いつまでもアーサーさんに迷惑をかけてないで、こっちにいらっしゃい」

「は~い!」

「全く、返事だけは立派なんだから……」

「えへへへへへ……」


 全く褒められていないのに、何故か照れたように笑うカメリア。

 彼女はアーサーの肩の上からピョンと飛び降りると、そのままユリアの足元へと駆け寄っていった。

 ユリアのスカートの端を握り締めながら、自分の役目は終わったとばかりにニコニコと笑っているカメリア。

 その様子を溜息混じりに見下ろしながら、急に荷物がなくなって思わずつんのめるように前のめりになったアーサーに、ユリアが極上の鈴の音のような声がかけた。


「で、アーサー様。状況はどうなっているのでしょう?」

「ひ、ひゃい!?」


 急にユリアに話しかけられて、思わず上擦った声で応じてしまうアーサー。

 直後に『しまった!』とは思ったものの……全ては後の祭りであった。


「カメリアちゃんがこの調子なので、できればアーサー様に状況を説明して頂きたいのですが……」

「かしこまりましてございまするぅ!」


 アーサーの言葉尻が完全におかしくなっている。

 彼は究極美少女と呼んでも差し支えないユリアと一対一という、またとないシチュエーションに気づいたのか、完全にのぼせ上がって今にも顔から炎を噴き出しそうであった。


「? どうしましたか? 何処か悪い所でも……」

「い、いえ! 大丈夫れす! 何でもありまひぇん!」

「?」


 おそらく悪いのはアーサーのオツムの状態であろう。

 あからさまに挙動不審に陥ってしまった彼の態度に、ユリアが怪訝そうな顔を向けていた。


「ユリアたま~! ユリアたま~! わ~い!」

「じ、自分は大丈夫でありまふ!

 け、決しておかしなマネなどするはずもごじゃいまひぇん!


 ……アーサー君、アーサー君。

 誰もそんな事訊いていないから。


 狂ったようにユリアのまわりを走り回り始めるカメリアと、顔を真っ赤にしたまま意味不明かつ噛み噛みの言葉を吐き散らすアーサー。

 彼等に囲まれて、たったひとり取り残されたユリアは……頭痛でも感じているかのように額を押さえていた。


「……何なの、コレ……?」


 彼女の問いかけに答えてくれそうな者は、残念ながらその場には誰もいなかった……。

 

次回の投稿は、12月4日を予定しています。

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