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第103話 いないいないばぁ!

 さて……、


『反対側の茂みから、何かが急に襲いかかって来た』と作者は書いたものの、所詮はこんなしょうもない物語である。

 此処で手に汗握る戦闘シーンなどに、なるわけがないのだ。


「「ばぁ!」」


 勿論、その場に姿を現したのはロゼとリリィの二人である。

 正確に言えば、彼女たちは『襲いかかって来た』のではなく、『脅かしに来た』だけであった。

 ロゼはすぐ近くの茂みから。 

 そしてリリィは……あろう事か、頭上に生い茂る巨木の枝から。

 ……落下する際に盛大にスカートが捲れ上がっていたが、イタズラに全てを懸けていた彼女に全く気にした様子は見られなかった。


「……なっ!」

「……おいおい」


 急に飛び出してきた二人を見て、呆気にとられるウィリアムとロバート。

 もっとも、彼等の内心は全くの正反対なのか、二人の表情は見るからに対照的であった。


「……!」


 完全に不意を打たれたためか、本気で驚愕に体を硬直させているウィリアム。


「……何してるんですか、君たちは……?」


 それに対し、彼女たちの突飛な行動に本気で呆れたらしいロバートは、脱力したようにその場にへたり込んでしまっていた。


 それでも一応は剣の柄に手を当てているあたり、騎士としての訓練はサボらずにきちんと受けていたようである。

 剣すらまともに握った事のないシロウマ(以下略)とは違い、その辺りについては真面目な二人であった。

 もっとも、魔王城に来てから今までに、その訓練の成果が発揮された場面は皆無である。


「まぁ、そんなモンない方が良いに決まってるけどな」

「……? 誰に向かって話をしているんだ? ロバート」

「いや、こっちの話」


 ブツブツと己に言い聞かせるように呟いたロバートの独り言を、それに気づいたウィリアムが聞き咎めていた。


「「キャハハハハハハハ!!」」


 イタズラが大成功に終わった事に舞い上がっているのか、腹を抱えてバカ笑いを上げるチビ娘たち。

 上機嫌で笑い転げる彼女たちに対し、騎士たちは全身をブルブルと震わせていた。

 だが、彼等は別段、怒りに震えているわけではない。


「……何だ!? 全く気づかなかったぞ!?」

「安心しろ。俺もだ」

「……安心できるか!」

「だったら何て言えば良いんだよ!」

「……スマン。言い過ぎた」

「まぁ、良いけどさ……。しかし、凄ぇ隠密能力だよなぁ……全く」


 チビたちの実力に恐怖しているだけであった。


「……茂みに隠れたのは、まぁ、わかる。

 確かに物音ひとつ立てなかったその手際は見事だったが、発想自体はごく普通だ。

 如何にも小さな女の子がやりそうな事でもある。

 だが……一体、どうやったら我々に気取られずにあの木に登れるんだ!?」


 ウィリアムは少しパニックに陥っているのか、彼女たちの脅威(驚異?)を声高らかに力説している。


「知らん。本人に訊いてくれ」

「……まさか、ジャンプ一発であの高さまで到達したと言うのか!? 信じられん!」

「いや、さすがにそれは……。でも、“ない”とも言い切れないのか……?」


 それに対し、呆れながら彼の主張を却下しようとしたロバートであったが……確かに目の前で起こった事実の不可思議さに、彼は考え込むようにして頭を抱えてしまっていた。


「……それ以上に大丈夫なのか!? あの高さから飛び降りて!?」

「知らねぇよ! だから本人に訊いてくれ!

 まぁ、あのケロッとした様子なら、全く問題ないように見えるけどな……」

「……どれだけ足腰が丈夫なんだ!? もう身体能力がどうとか言う問題じゃないぞ!?」

「そう言われてみると、確かに……。受け身をとった様子もなかったしな」


 そう言いながら、リリィが飛び降りてきたと思しき木の枝を見上げるウィリアムとロバート。

 まだユラユラと揺れているその枝までの高さは……どう見ても、建物三階分ほどの高さがあった。

 

「……それどころか、彼女は着地の時に、しっかり決めポーズまで取っていたんだぞ!?

 どんだけ余裕があったと言うんだ!?」

「いいから落ち着け、ウィリアム! そのシーンは俺も見ていたから!」


 確かに自分の身長の5倍以上の高さから、躊躇わずに飛び降りるリリィの度胸は大したものである。

 ……それで済ませて良い物かどうかは、誰にもわからなかったが。


「……普通はよろけたり転んだりするはずだろうが!」

「いや、その前に怪我するだろ。どう考えても」

「……あ、そうか」

「何しろあの高さだ。下手をすれば死ぬ可能性だってあっただろうに……」

「……何を考えてるんだ、彼女たちは……?」

「知らん。それこそ『本人たちに訊いてくれ』だ。

 まぁ……たぶん、何も考えていなかったと思うけど……」


 どこか遠くを見るような目で、そう呟くロバート。

 彼の推測は……はっきり言って、大正解であった。


「……彼女たちは猫ミミが生えているから、猫と同じように高いところから飛び降りても平気なのかも知れん」

「そうかぁ……? う~ん、確かにそう言われてみれば……。

 でも、体つきとかは全然違うから、根拠としては弱いような気がする」

「……或いは、体重が軽いから大丈夫、とか」

「それはあまり関係ないだろ、幾ら何でも……。

 確かに体が軽ければ、地面に落ちた時の衝撃自体も少なくなるけど、だからと言ってあこまで微動だにしない着地を決めるのは無理だろう」

「……ひょっとして、弾んで落下の衝撃を和らげた、とか」

「んな訳あるか! 殿下じゃあるまいし!」


 ……なぜ其処でシロウマ(以下略)の名前が出るのだろうか……?

 どんどんとおかしな方向へとズレていくウィリアムの推測に、呆れたロバートが力の限りにツッコんでいた。


「……いや、以前殿下が城壁から落っこちた時に、無傷で生還した例があったから……」

「あぁ、あの時か。アレは惜しい事をしたよな……」

「……うむ。

 あの時は、漸くこの生産性などカケラも感じられないこの無駄な仕事から解放されると狂喜乱舞したものだが……」

「まさか無傷で生き残るとは想像もできなかったよな、確かに……」

「……あり得ないだろ、普通は!」

「全く……あの時の俺の喜びを返して欲しいもんだ」

「……あぁ、そのとおりだ。

 大体、他人に殺意を抱かせるしか能がないくせに、何で生存能力だけは化物じみているんだ!?

 それこそあり得ないだろうが!」

「世の中って理不尽だよな……」


 いつの間にか、シロウマ(以下略)への悪口で盛り上がるウィリアムとロバート。

 現役の近衛騎士とは思えない発言の連続であったが、この場に……と言うか、王宮内にも……それを咎めるような者はいなかった。


「で、何の話だったっけ?」

「……いや、殿下にもできた事だったから、彼女たちにもできるんじゃないかと思っただけなんだが……」

「あんなのと一緒にするな! 彼女たちに失礼だろうが!

 確かに彼女たちの体型は、典型的な幼児体型……と言うか、ちょっとコロコロしてるけど、殿下とは根本的に違うだろうが!

 二歳とか三歳くらいの子供の体型なんて、大体があんなもんだ!」


 君も十分失礼だと思うよ、ロバート君。

 何か深い拘りでもあるのか、彼は幼児の体型について熱く語っていた。


「それに……」

「……? それに?」

「殿下が木に登れるわけがないだろうが!

 アレの体重に耐えられる木の枝なんて、想像つかんわ!」


 吐き捨てるようにウィリアムを一喝するロバート。

 確かに彼の言うとおり、シロウマ(以下略)の体重なら世界樹(ユグドラシル)の枝ですらへし折れそうであった。

 段々と冷静さを失いつつあるのか、ツッコんでいるはずのロバートのセリフさえ、何やらドンドンとおかしな方向へと転がり落ちつつある。

 目の前で笑い転げている不思議生物の謎に、彼等の平常心は決壊寸前であった。


「……確かに、そう言われてみると……。

 殿下が木の枝に登っている姿なぞ、想像する事が出来ないな……」

「大体、殿下には木登り自体が無理だろうが!

 城内の階段の上り下りでさえ、ヒイコラ言ってるようなタマなんだぞ!?」

「……じゃあ、彼女たちは一体、どうやって我々に気づかれずに木をよじ登ったんだ?」

 さすがに我々も警戒していたから、目の前で呑気に木に登っている奴を見落とす事などあり得ないと思うが……」

「……あまり想像したくないが……。

 ひょっとすると、リリィちゃんは少し離れた所の木によじ登って、其処から枝伝いにこっちまで移動して来たのかも知れないな」

「……猿?」


 随分と失礼な奴である。


「いや、猫だろ」

「……ピューマみたいなもんか?」

「いや、木を揺らさないで移動できるぶん、ピューマなんかよりも遙かに上だな」

「……我々を狙った暗殺者じゃなくて良かったな」

「あぁ、俺もそう思う。

 見た目が無垢な幼女に見えるぶん、ピューマどころか下手な暗殺者より質が悪い」


 こっちもこっちで、随分と失礼な話であった。

 実はチビ娘たちにとっては、森の中であの程度の高さまでよじ登ったり、其処から飛び降りる事など日常茶飯事である。

 今日出会ったばかりのウィリアムとロバートは、そんな事など露ほども知らなかったが……。


「……この森の中で狙われなくて良かったな」

「絶対に気づけない自信があるぞ、俺……」


 青い顔をしながら、互いに頷き合うウィリアムとロバート。

 そんな彼等の様子を、ロゼとリリィは不思議なモノを見上げるような目で、首を傾げながら見守っていた。


「……ついでに言わせてもらえれば、獣にも襲われなくて良かった」

「……まぁな。確かに俺たちは襲われなかった」

「……好き勝手に森の中を走り回っているけれど、全然、怖がっている様子はないし」

「……そのとおりだな。うん」

「……出会った危険な獣は、片っ端から蹴散らしているし」

「……あぁ、それは俺もこの目で見ている」

「……この娘たち、一体、何者?」

「……知らん。もう、想像もつかない」

「「……」」


 一応、付け加えておくと、この森はチビ娘たちにとって庭のようなものである。

 時々どころかほぼ毎日と言っても良いくらいに、彼女たちは森の中で自由に遊び回っていた。

 勿論、狼やクマやサーベルキャットのような猛獣を片っ端から蹴散らして、食物連鎖の頂点……即ち森の絶対王者として君臨しつつ、である。

 そんな事情など全く知らなかった(薄々、気がつき始めているが)ウィリアムとロバートは……どんな魔物や猛獣を目の前にした時にも表に出さなかった恐怖に満ちた目を、目の前で無邪気に微笑んでいる幼女たちに向けるのであった。




 ひとしきり大笑いを終えたロゼとリリィは、彼等の内心に渦巻く恐怖など露知らず、ポテポテと短い脚を動かして二人の騎士の傍まで歩み寄って来る。

 そして、彼女たちは人受けの良い満面の笑みを浮かべながら、揃って二人に両腕を突き出した。


「だっこ~」

「つかれた~」


 そりゃ疲れるだろう、と内心で思うウィリアムとロバートであったが、勿論、そんな事を口に出せるはずがない。


「たのしかった~」

「あんなにはしったのはひさしぶり~」


 口々に訊かれもしない感想を述べながら、チビ娘たちは両手を上げて騎士たちに縋りついてきた。

 しかし、此処に来て『抱っこ』の要求である。

『人見知りをしない素直な良い子』なのか、それとも『周囲の人間の気持ちになど無頓着な図々しい子』なのか測りかねた二人であったが、何れにせよ彼等には彼女たちのこの要求を拒む事はできそうになかった。


 ウィリアムとロバートは死んだ魚のような虚ろな目で、まるで木偶人形のようなノロノロとした動きでチビたちを抱き上げる。

 一見、まるで愛娘を抱き上げる父親のような構図であったが、それを楽しめるような心の余裕は、残念ながら今の彼等は持ち合わせていなかった。


「……そうか。お疲れさん」

「……ありがとうな。二人とも」

「「えへへへへへ……」」


 礼を言われてうれしいのか、照れたようにはにかむチビ娘たち。

 ほんのりと温かい彼女たちの体温を感じながら、ロバートはもうこれ以上の騒動は勘弁とばかりに、まるで以前から決めていたかのように皆に向かって宣言した。


「じゃあ、時間も経ったし、そろそろお城まで帰るとするか!」

「……そうだな。あまり遅くなるとユリア様や母上が心配するだろう」

「じゃあ、帰るぞ! いいな、二人とも!」

「「うん!!」」


 どうやらまだまともに脳ミソが稼働していないのか、この森に来た理由を忘れているらしいウィリアムとロバート。

 勿論、思いっきり体を動かして少し眠気を感じているロゼとリリィに、そんな事を期待するのは無理な相談であった。

 傾いた夕日を正面から受け止めながら、森の中を進んで行く四人。

 森の中に吹き込んだ少し強めの風が、枯れ葉を巻き上げて辺りにカサカサという音を立てていた。


 ……君たち、一体、何しに此処まで来たんだっけ?

次回の投稿は、11月20日頃になります。

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