第100話 幼女無双
初めてのまともな戦闘シーンがこれ。
100話を過ぎたタイミングって……。
勇者さんはさっぱり戦いません(予定もない)。
「……大丈夫なのか? アレ……」
「そんな事言ってる暇はないだろうが! さっさと行くぞ、ウィリアム!」
「間違っても彼女たちに怪我をさせるわけにはいきませんからね! ダッシュですよ!」
森に向かって、何の躊躇いもなく一直線に走っていくチビ三人組。
その小さな背中を追いかけるようにして、騎士たちも慌てて駆け出した。
はっきり言って不安しか感じられなかったが、それでもロバートやアーサーの言うとおり、四の五の言っている暇などない。
チビたちは背も低く、それに比例して足も短いので、すぐに追い付けると思っていた彼等であったが……予想外に彼女たちの移動速度が速いので、彼等は見失わないように追いかけるだけで精一杯であった。
「……速い!」
「何なんだ!? あの足の速さは!?
どう考えても小さな女の子が出せるスピードじゃねぇぞ!?」
「さっき勇者さんと鬼ごっこをしていましたけど……良く捕まえられましたね、アレ……」
「……手加減でもしていたのか……?」
「幼児だぞ!? そんな事するか!?
あの年頃の子供は、いつでも手加減無し!
それこそ全身全霊をかけて、全力で遊びまくるのがデフォだろうが!?」
何か妙な先入観でもあるのか、ロバートが頑なに『子供らしさ』についての主張を力説しているが、まぁ、それはそれである意味正しい認識なのであろう。
ただ、問題は……現実として、そうとしか思えない光景が目の前で展開されているという事であった。
「そう思わないとやってられませんね。
少なくとも、僕には本気の彼女たちに追い付ける自信は全くありません」
「「……」」
立派な成人男子である自分を遙かに上回る身体能力を幼女たちに見せつけられて、アーサーが皮肉めいた笑みとともに自虐のセリフを吐き出している。
完全に意気消沈してしまった彼の様子を見て、何とか励ましの言葉でもかけようかと模索するウィリアムとロバートであったが……結局、良いセリフが見つからなかったのか、何も言えずに沈黙するだけであった。
何しろ自身の運動神経に自信のある二人でさえ、彼女たちの身体能力に対抗できるかと言えば、はっきり言ってそれは否であろう。
彼等の中で一番体力に劣るアーサーが言う事は、紛れもない真実でしかなかった。
「……まぁ、その、何だ……。今は愛馬を見つける事を優先しよう」
「……そうだな。余計な事を考えるのは後回しだ」
「……お気遣いありがとうございます」
さすがに気まずい雰囲気を察したのか、露骨に話題を急変させるウィリアム。
ロバートもその尻馬に乗って何とかその場を誤魔化そうとしたが、アーサーの目は相変わらず何処か遠い一点を見つめたままであった。
そんな彼等の傷の舐め合いなど興味はない、とばかりに、ヒラヒラとスカートの裾を翻しながら、軽快に鬱蒼とした森の下生えの中を掻き分け、飛び越え、潜り抜けて行くチビ娘たち。
その俊敏な動きは、思わずウィリアムが感嘆の声を漏らすほどであった。
「……凄い運動能力だな。下手な兵士たちよりも使えるかも知れん」
「二歳児相手に何言ってんだよ! いいから走れ! って危ねぇ!」
ウィリアムに悪態を垂れながらも、目の前に迫ってきた枝を間一髪のタイミングで躱すロバート。
「うわっ! こういうのは早めに警告してください!
お二方とは違って、僕は森歩きに慣れていないんですから!」
もっとも、彼が跳ね除けた枝が危うくアーサーに当たりそうになり、アーサーはアーサーで彼に文句を言っていた。
まるっきり背後を振り返る事なく疾走を続けるチビ娘たちに対し、殆ど意地だけで何とか彼女たちの背中を追いかけて行く騎士三人組。
それでも差は縮まるどころか、下手をするとじりじりと開いているような気さえするのが、何とも恐ろしいところであったが……。
「……おぃ! 急げ!」
「わかってるって! けど、何なんだ、あの速さは!?
森に入ったはずなのに全然速度が落ちねぇぞ!?」
「というか、どうやったら森の中をあんな速さで走れるんですか!?
何か特殊なコツでもあるんですか!?」
「……知らん。いいから急げ! このままじゃ見失うぞ!」
「畜生!」
「あぁ! もう!」
まぁ、この件に関しては……身に着けている物(軽いメイド服と重厚な騎士の鎧)の差もあるので、一概に彼等の能力が不足しているという訳ではなさそうである。
彼女たちは楽々と森の中を走りながらも、それでも幼い女の子の習性なのか、キャアキャアととりとめのない嬌声を上げていた。
カメリアなどは、疾走を続けながら余分に持ってきたらしいクッキーを頬張るという荒業すら見せている。
……どう考えても、彼女たちの運動能力は常軌を逸していた。
「……何なんだ、あの余裕ぶりは……」
「……ひょっとして、これでもかなり手加減して走っているのでしょうか……?」
「考えても始まらん事は考えるな! 気が滅入るだけだぞ!」
何やらどんよりと暗い空気を纏い始めたウィリアムとアーサーの二人を、慌てて叱咤するロバート。
確かに追いかけるだけで精一杯の自分たちに対し、相変わらずキャアキャアと騒ぎながら、時には悪ふざけでもしているのか小突き合いをしながら走り回っている彼女たちの姿は、何とも目の毒な存在であった。
だが、そんなお気楽な態度で危険な森の中を歩き回ったりすると……。
「あ! 狼じゃないですか!? アレ!」
ほら、現れた。
この森の中に生息している危険な獣その一、フォレストウルフである。
その群れが、チビたちを取り囲むようにして現れた。
「……マズいな。7,8……いや、10頭以上か!?」
事態の急展開に、一瞬にして険しい顔つきになるウィリアム。
気ばかりが焦るものの、彼女たちとの距離はあまりにも離れすぎていた。
狼たちにとっては、チビ娘たちは格好の獲物に見えたのであろう。
彼等は低い唸り声を上げながら、今にも彼女たち飛び掛からんばかりに身構えていた。
「行くぞ! さすがにこうしちゃいられねぇ!」
「「おう!」」
さすがに騎士というべきか、ロバートは己の剣を一気に抜き放つと、狼の集団目掛けて躊躇いなく突っ込んで行く。
他の二人も彼に倣うように剣を抜き放つと、彼女たちの楯となるべく全力で走りだした。
「おらぁ!」
「テメェ等の相手は俺たちだ! かかって来いやぁ!」
「みんな、早く其処から逃げろ!」
勿論、狼たちの注意を自分たちに引き寄せるべく、わざと鬨の声を上げながらである。
彼等の注意が一瞬、騎士たちの方へと向かった瞬間……。
ドドドドドドン!
包囲していたはずの狼の体が、突然、空高く舞い上がる。
その数、六頭。
彼等はそれはもう、綺麗な放物線を描いて……。
「「「はぁ!?」」」
思わず剣を抜いた姿勢のまま、その場で呆然と立ち尽くす騎士たち。
良く見ると、包囲の一角を形成していたはずの残りの狼たちも彼等と同じ気分になったのか、その場で棒立ちになったまま仲間たちが飛んで行った空を見上げていた。
宙に舞いあがった狼たちは、それぞれが生い茂った木々の幹や枝に体を叩きつけられた後、そのまま自由落下して見事に地面に叩きつけられる。
その地面の上では……足を振り上げたままのチビ娘たちが、何故かお揃いのポーズを決めていた。
「「「……」」」
勿論、彼女たちのおパンツは丸見えである。
幼い彼女たちの事だから、そんな事など毛ほども気にしていないようであったが……。
「……」
「……何なの、アレ……?」
「つ、強い……」
騎士たちが呆けている間に、チビ娘たちは次の獲物を見つけた、とばかりに残りの狼たちに襲いかかる。
はっきり言って、彼等はどっちが狩人でどっちが獲物なのか、わからない状況に追い込まれていた。
立ち直る暇すら与えられずに、次々と空中へ打ち上げられる狼たち。
ウィリアムたちが漸く正気に返った頃には、既に全てが片付けられた後であった。
「あ! きしのおいちゃんたちら!」
「こっちらよ~!」
「お~い! お~い!」
彼等の存在に気づいたのか、呑気に手を振るチビ娘たち。
彼女たちにとっては狼如きは大した脅威にはならなかったのか、その笑顔には一点の曇りも存在しなかった。
もっとも、彼女たちの足元には、ピクリとも動かない狼たちの体が死屍累々と言わんばかりに横たわっている。
よくよく観察してみると、彼等の首は残らずあり得ない方向に曲がっており、中には首が180度回転して半分千切れかけている凄惨な遺体すら存在している始末であった。
「「「……」」」
「? ろうしたの?」
「? なになに~?」
「? モグモグ……」
騎士たちの態度を不審に思ったのか、揃って首を傾げるチビ娘たち。
相変わらずあざといほど愛らしい姿であったが、その中身はとんでもない修羅であった。
狼如きに遅れはとらない、と自負していた騎士たちであったが、さすがに此処まで簡単に彼等を一蹴できる自信などない。
彼女たちが平気で森に踏み込んだ理由が、今になって漸く理解できた彼等であった。
「……怪我はなかったか?」
それでもまだ外見に騙されているのか、わかり切った事を真剣な表情で尋ねるウィリアム。
「「「うん!」」」
「まぁ、あれじゃあな……。精々、爪先を痛めてないか確かめるくらいが関の山だろ」
「でも一応、治癒魔法をかけておきますか。
外から見えないところで出血でもしていたら嫌ですし」
元気な返事を受けたロバートとアーサーも、彼女たちを甘やかすようなセリフに余念がなかった。
「……魔力は大丈夫か?」
「心配要りません。何しろ今日は一回も呪文を使っていませんでしたし」
あれこれと理由を付けながら、幼女たちに治癒の呪文を唱えるアーサー。
シロウマ(以下略)の時とは、明らかに対応が違っていた。
もっとも、その事について他の二人も何の疑問も抱いていないのだから、どっちもどっちである。
彼が短く呪文を唱え終わると、チビ三人組の全身が柔らかい光に包まれていった。
「「「おぉ~!」」」
自分たちに治癒の呪文がかけられるところを見て、目を丸くしながら驚くチビ三人組。
見慣れぬ呪文に怯えたりしないところを見ると、どうやら彼女たちは随分と良い度胸の持ち主であるようであった。
「おいちゃん、ありがと~!」
「ありがと~!」
「おいちゃん、カメリアはらいじょうぶらよ~! ありがと~!」
それどころか、自分たちのためになる呪文をかけてくれたことがわかったのか、頭を下げながら口々に礼の言葉を述べるチビたち。
無邪気に紡がれた『おいちゃん』という単語に、少し傷ついたアーサーであった……。
「……諦めろ、アーサー。決して彼女たちに悪気はないんだ」
「わかってますよ。でも、何て言うか……」
「別におかしな事じゃない。彼女たちは正しい事を言っている。
現に俺も、甥っ子からは『おじちゃん』と呼ばれているからな……。
この娘たちにとっては、母親と同じ年代の男の人は、みんな『おじちゃん』なんだ」
「……」
ロバートのセリフに思わず納得してしまったのか、それ以上何も言えずに沈黙してしまうアーサー。
急に押し黙ってしまった彼の態度に何かを感じたのか、チビ娘たちは再び揃って首を傾げていた。
彼女たちの不安を宥めるかのように、チビたちの頭を優しく撫でるウィリアムとロバート。
彼等の誠意(断じて性意ではない)が伝わったのか、彼女たちの表情に再び満面の笑みが戻って来た。
「……さぁ、続きだ。おじちゃんたちのお馬さんの所まで案内してくれ」
「「「うん!」」」
そう返事を返すや否や、再び走り出すチビ娘たち。
此処まで殆ど全力疾走に近い速度で走って来たにも拘らず、まるで疲れを感じていないのか、彼女たちは以前と同じくらいのスピードで森の中を走り始めた。
突拍子もない幼女たちの行動に、慌てて後を追う騎士三人組。
重たい鎧をガシャガシャと鳴らしながら、それでも大人の意地と言わんばかりに、必死になって彼女たちの背中を追い始めた。
其処へ再び、森の獣が表れる。
今度の相手は……巨大な熊、即ちジャイアントグリズリーであった。
グリズリーは幼女たちの前で立ち上がり、一度大きく咆哮すると、彼女たち目掛けて一目散に突進する。
更に突進するグリズリーの背後から、もう一匹、彼の番らしいグリズリーが現れる始末であった。
「あ、危ない!」
「……ちっ! 突っ込むぞ!」
「せめて片方だけでも引き受けないとマズいぜ!」
突然の強敵の登場に、即座に突撃を決断する騎士三人組。
ジャイアントグリズリーのような巨大な獣に対しては、まず弓矢のような遠距離攻撃で相手を削るのがセオリーであったが、彼等にはそんな贅沢な事を言っている余裕などなかった。
チビ三人組が強い事はわかっていたが、それでも物事には限度というものがある。
徒手空拳の彼女たちが、彼女たちの何十倍もの体重があるグリズリーを相手に戦えるとは到底思えなかった騎士たちであったが……。
「やぁ~!」
「たぁ~!」
「とぉ~!」
可愛らしいかけ声とともに、臆することなくジャイアントグリズリーに立ち向かうチビ娘たち。
彼女たちは二手に分かれ、ロゼがひとりで先頭のグリズリーに突進し、他の二人が後続のグリズリーを迎撃するつもりのようであった。
「幾ら何でも無茶だろ!」
「……おい! ちょっと待った!」
「プ、防御領域!」
間に合わないと判断したのか、幼女たちに向かって咄嗟に呪文で防御壁を張るアーサー。
ジャイアントグリズリーの突進に対してどれだけ効果があるかはイマイチ未知数であったが、それでもないよりはマシだろうと判断した彼の最善手であった。
だが、彼のそんな心遣いも空しく、幼女たちはお構いなしに突撃を続けていく。
先頭を走るグリズリーは、突進の勢いのまま、その巨大な体重を乗せた腕をロゼに向かって振り下ろした。
……その瞬間、
ボゥン!
という大きな音とともに、其処にいたはずのジャイアントグリズリーの巨体が、跡形もなく胡散霧消する。
残されたのは……いつの間にか取り出した小さなハンマーを振り切った、ロゼの勇姿だけであった。
「「「はぁ!?」」」
さすがに目の前の現実についていけなくなったのか、硬直したように足を止める騎士三人組。
それは後続のジャイアントグリズリーも同じ思いだったのか、彼女も固まったように動かなくなってしまっていた。
だが、そんな大きな隙を見逃すようなリリィとカメリアではない。
彼女たちは裂帛の気合とともに、必殺の蹴りをグリズリーに叩きつけた。
「はぁっ!」
「えいっ!」
バァアアアン!
空中に飛び上がりながら、全身を何度も回転させつつジャイアントグリズリーの脳天に踵落としを撃ち込むリリィ。
それに対し、地を這うように低い姿勢で地面を疾走していたカメリアは、勢いのまま伸び上がるようにグリズリーの下顎目掛けて足を伸ばした。
上下両方向から挟み込むようにして、必殺のキックを炸裂させるリリィとカメリア。
その瞬間、ジャイアントグリズリーの頭部が……爆散した。
「「「……」」」
幼女たちの容赦のない蹂躙劇に、声もなくその場に立ち尽くす騎士三人組。
それに対し、彼女たちはこんな事など日常茶飯事とでも思っているのか、すぐにいつものキャアキャアとしたたわいもない会話に戻っていた。
「ロゼちゃん、らめれしょ~!」
「そんなやりかたしたら、おにくがなくなっちゃったじゃない!」
「えぇ~! らって、ちょうろいいところにあたっちゃったんらもん!」
「ふぇんりるのゆうごはんがなくなっちゃった~」
「くまの……なんらっけ? ナントカはきちょうひんらってままもいってたじゃない~」
「そんなこといわれても……うぇ~ん!」
……どうやら今回の戦闘についての反省会をやっているらしい。
グリズリーの全身を跡形もなく爆散させてしまったロゼを、何故かリリィとカメリアが責めていた。
二人の姉妹からの集中砲火を浴びて泣き出すロゼ。
その泣き顔は年相応に見えなくもなかったが、まるでヌイグルミのように左手で引き摺っている頭のないグリズリーの死体が、全てを台無しにしていた。
「「「……」」」
いつまでもキャアキャアと五月蠅い幼女たちを見ながら、もう金輪際、彼女たちの心配はしないと心に誓うウィリアムたち。
彼等の懸念は、彼女たちが間違えて、出会い頭に彼等たちの愛馬を爆散させないか、に変わっていた……。
次回の投稿は、10月30日の予定です。