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第99話 それぞれの思惑

気がついたら100話目……。

お付き合いいただいてありがとうございます。

「やれやれ、漸く落ち着いてくれたか……」

「落ち着いたって言うよりも、寧ろ飽きたって感じだけどね」

「もうどっちでも良いですよ。大人しくなってくれさえすれば……」

「……全力で堪能してたよね。あれ……」


 チビ娘たちによるシロウマ(以下略)への折檻(?)が終わり、ホッと安堵の溜息を吐く拓真たち。

 確かにジャスティンの言っている事は正鵠を得ていたが、そんな物に区別など必要ないとクラウスが力説していた。

 アランはアランで、幼女たちの手加減の無さに何処か戦慄すら覚えているようである。

 その矛先が自分たちに向けられなかった事を安堵しながらも、全く事態が収拾されていない事に、何処か遠い目をしてしまう勇者たちであった。


「……」


 因みにチビ娘たちにトランポリン扱いされたシロウマ(以下略)は、当たり前だが泡を吹いたまま気絶している。

 もう何度も、それこそ数え切れないほど殺されかけている彼であったが、幸か不幸か(?)、まだ命に別状は無いようであった。

 もっとも、その事を『幸運である』とか『悪運が強い』と評価する者はこの場にはひとりもいない。

 要は……何をされても死ねないって不幸だよね、という事であった。


「うまうま」

「おいち~ね」

「ろぜちゃん、たべすぎ~!」

 

 思いっきり体を動かして満足したチビ三人組は、三時のおやつ代わりなのか、母親からもらったクッキーを芝生の上でしゃがみ込んだままポリポリと齧っている。

 随分とお行儀の悪い光景であったが、大人たちがテーブルや椅子を用意してくれなかった以上、彼女たちの行動に文句をつける奴はいなかった。

 散々飛び跳ねて汗もかいたであろう、という配慮なのか、チビたちの足元には水分補給用の果実水も用意されている。

 彼女たちは遠慮なしにそれをガブガブと飲み干すと、喉が渇いていたのか母親に『もっと寄越せ!』と言わんばかりにお代わりを要求していた。


「どうしよう、シェーラ?

 散々、酷い目に遭わせておいて何だけど、そろそろあの人たちの処遇を決めないと……」

「そうですね。私もそろそろ夕食の仕込みに入りたい時間になってきましたし……」


 チビたちの際限なき『お代わり!』の要求に少し辟易としながらも、こちらはこちらでユリアとシェーラが何やら密談のようなものを交わしている。

 何か心配事でもあるのか、少し浮かない顔をしている魔王様に対し、猫ミミメイドはあくまで平常運転のままであった。

 まだ夕方と言うには少し早い時間であったが、それでも太陽は少し西へと傾きかけている。

 魔王城での家事一切を一手に引き受けているシェーラとしては、確かにもっともな懸念であった。


「でも、人数はどうするの?

 悪いけど、あの人(?)と一緒に夕食は摂りたくないなぁ……」

「私だって、アレの夕食など作りたくはありません。

 ですので、彼の者の夕食は抜きでよろしいかと」


 相変わらずサラリと鬼畜な決定を下すシェーラ。

 どうやら昼食に続き、シロウマ(以下略)の夕食抜きが決定したようであった。

 本来なら、こんな事をすれば間違いなくユリアからの叱責が飛んでくるはずであったが……彼女も余程、彼と一緒に食事をとるのが嫌なのか、メイドの暴言を止めようともしない。

 神どころか魔王からも見捨てられた哀れな男……シロウマ(以下略)の受難はまだまだ継続中のようであった。


「……マズいな。さすがにこれ以上遅くなると、村まで引き返す事が難しくなってしまう」

「でも、コレどうすんだよ? 放置して引き上げるか?」

「ダメですよ!

 確かにそうしたいのはやまやまどころか、是非ともそうしたいところですが、こんなもん放置されたらユリア様にご迷惑がかかってしまいます!」

「そうだなぁ……。ただでさえ迷惑をかけっぱなしなんだし」

「連れてきたのはこっちなんですから、どうにかして回収しないと!」


 騎士たちも騎士たちで、今後の方策についての激論を交わしている。

 確かにこれ以上、此処で時間を潰すわけにはいかないのだが、だからと言って素直に解決の糸口が見つかるほど世の中上手くはいかなかった。

 本当に面倒臭そうな顔をしたロバートが、王族に仕える近衛騎士にあるまじき提案をしているが、さすがにアーサーが強硬に反対している。

 もっとも彼の場合、騎士としての主君に対する忠誠心などではなく、専らユリアへの申し訳なさからの発言であったが……。


「……回収する? どうやって?」

「……まぁ、私も荷馬車に括りつけて引き摺って行くくらいしか思い浮かびませんが……」

「いっその事、此処で処分して行った方が良くないか?

 埋めるなり、焼くなり、煮るなりしてさぁ……」

「「……」」


 そう言えばついさっき、猫ミミメイドが棺桶とそれを埋めるための巨大な穴を用意していたような……?

 その事を思い出したのか、ウィリアムとアーサーは互いに顔を見合わせたまま、つい沈黙してしまった。

 ロバートからの魅力的な提案に、互いの腹を探り合うかのようにじっと見つめ合う二人。

 ……彼等の騎士としての矜持が問われていた。


「でも、処分する事自体が大変ですよ。

 幾ら一番大変な部分が終わっていたとしても、アレを棺桶に詰めて穴まで運び、埋め戻さなくちゃいけないんですから……」

「俺たちだけじゃ、夜になっても終わらない可能性があるな……」

「……それもあるか」


 アーサーとロバートの言葉に渋々頷くウィリアム。

 何故渋々なのかは……聞かない方が良さそうであった。


「まさかユリア様に頼むわけにはいきませんし……」

「さすがに反対するな。間違いなく……」


 ロバートとアーサーの表情も、何故か本当に無念そうである。

 ……主君に仕えるとはどういう事か、改めて問い質したくなるような発言のオンパレードであった。


「それに、ユリア様の御立場を考えれば、あんなモノを近くに埋められるだけでも嫌だと思うんです」

「……そうだな。廃棄物を住居の近くに埋められるのは誰だって嫌なものだ」


 シロウマ(以下略)、完全に廃棄物扱い。

 もっともアールセン王国としても本当に、できる事なら廃棄したいと思っているモノなので、強ち間違った表現ではなかったが……。


「廃棄物ならまだ良い方ですよ。

 どう考えても、アレはそれより処分に困る悪質かつ迷惑な存在です!」

「周囲の土壌に脂肪が染み出して来たりして……」

「……下手をすると、土が腐る可能性もありそうだな……」

「それが冗談では済まされないところが、殿下の恐ろしいところです!」


 それ、一体何なの!?

 思わずそうツッコみたくなるくらいに、彼等はシロウマ(以下略)についての妄想話に花を咲かせていた。

 いっその事、コンクリートか何かで固めてから地中深くに埋めたらダメなんだろうか?

 殆ど放射性廃棄物のような扱いをされているシロウマ(以下略)であった……。


「こうなったら、さっきもチラッと言ったとおり、ユリア様から荷車をお貸し頂いて……」

「馬はどうするんだ? 連れてきた馬は俺たちの馬を含めて、皆逃げ出しちまったぞ?」

「……さすがに俺たちで引っ張るのは無理があるだろう。

 ユリア様にお借りするのもひとつの手だが、さすがに其処まで要求するのは……」


 たぶん、彼女ならあっさりと貸してくれるだろう。

 それどころか、『返す必要はない』というセリフとともに、そのままプレゼントしてくれそうであった。

 随分と太っ腹な話だが、彼女の性格や財力を考えた場合、一番しっくりとくる話でもある。

 だが、こちらが100%迷惑をかけっぱなしな以上、其処まで厚かましく要求するには気が引けるウィリアムであった。


「そうですね。たぶん貸してくれますけど、其処まで図々しいのは……」

「人間としてどうか、と思うよな。普通……」


 これがシロウマ(以下略)なら、間違いなく礼も言わず、寧ろ『高貴なる俺様に献上させてやっている』という考えられない発想の下、不遜な態度をとって周囲を辟易とさせるのであろう。 

 下手をすれば、『なぜすぐに気づかないのだ!?』などという理不尽な怒り方をして、周囲を皆敵に回す可能性すらあった。

 もっとも現状が現状なので、今と大して変わりないじゃないか、といわれてしまえばそれまでだが……。

 さすがに彼とは違って人並みの良心はあるのか、アーサーとロバートは素直に彼の言葉に同意していた。


 一生懸命に現状を打破すべく、必死に考える騎士三人組。

 彼等は彼等で、ユリアたちとは違った悩みに八方塞がりの状態であった。


「……仕方ない。とりあえず逃げた馬を捜索しよう。

 それが見つかった後に、改めてユリア様から荷車をお借りしよう」

「それしかないか……。でも、何処行っちまったんだろうなぁ……?

 近くに居てくれりゃ良いんだが……」

「全然、見当もつきませんからね……。

 逃げて行った兵士たちが見つけてくれている事を祈りましょう……」


 暫し悩んだ後、彼等のリーダー格であるウィリアムが苦渋の決断を下す。

 あまり良いアイディアとは思えなかったが、彼等にはそのくらいしか思い浮かばなかった。

 ロバートとアーサーも彼の決定に異議を挟んだりはしなかったが、二人の答えを聞く限り、半分以上は途方に暮れているといった方が正しいのであろう。

 そんな騎士たちがのろのろと森の方へ向かって歩き出した時、彼等の背後からユリアの声がかけられた。


「あれ? 何処へ行くんですか、皆さん?」

「……ちょっと森の方まで」

「自分たちが乗って来た馬を探しに行くんですよ。

 でも、見つかるかなぁ? この森、随分と広そうだし……」

「見つけなきゃいけないんですよ、ロバート。

 さすがに引き返すにしても、馬を失くしたままでは帰れませんからね」


 ユリアの問いかけに、疲れ切ったような笑顔を浮かべながら答える騎士三人組。

 肉体的な疲れはそれほどでもなかったが、精神的には疲労困憊と言っても過言ではなかったので、彼等のこの表情もわからない事ではなかった。

 だが、騎士の矜持として、まさか馬を失う訳にもいかないのもまた事実である。

 彼等は悲壮な覚悟の下、この途方もない難題に取り組むより他ない状況に追い込まれていた。


「成程……。

 でも、この森は広いですから、闇雲に歩き回っても見つからないと思いますよ?

 幸い、魔物の類はこの近くには寄って来ませんが、それでも野生の獣はいますから……」

「……それなら尚更、早く見つけなくてはなりますまい。

 軍馬として一応は鍛えてありますが、さすがに熊や狼の集団に襲われたらマズいですからな……」

「でも、皆さん危険じゃ……あ、ごめんなさい。そう言えば皆さん、騎士様でしたね」


 そう。

 皆忘れているようだが、彼等は全員、騎士であった。

 腕利きかどうかはイマイチ不明だが、それでも単なる賑やかし要員ではない。

 ましてやシロウマ(以下略)をひたすらディスる係でもなかった。


「うん。魔物はともかく、野生の獣程度に後れをとったりはしないよ。

 まぁ、其処の油樽を除けば……の話だけど」

「いっその事、囮として森の中に放り込みましょうか?

 ブクブク肥え太っていますから、きっと美味しそうに見えるに違いありません!」


 相変わらず王太子への敬意のカケラも感じられないセリフを吐き出すアーサー。

 彼は公爵家……即ち王族の一員でもあるのだが、何故かシロウマ(以下略)への暴言が、三人の中では一番激しかった。

 おそらくは親戚として、三人の中では一番迷惑を被ってきたのだろう。

 年齢も近いし、きっと幼い頃から延々と……そう考えると、彼の事を責める気にはなれないウィリアムとロバートであった。


「……アーサー、さすがにそれは無理がある」

「大体、どうやって其処まで運ぶのさ?

 俺たちはこの無駄デブの運搬手段を探しに守りまで行くんだぞ? 本末転倒じゃないか」

「くっ……そうでしたね。私とした事が……失礼致しました」

「確かに発想としては悪くなかったんだけどさ……」

「しかし、本当に役に立たないデブですね! 囮の役割も果たせないとは……」

「……それについてはいつもの事だ。諦めろ、アーサー」


 なので、別方向から彼を宥めにかかるウィリアムとロバート。

 もっとも二人ともアーサーを宥めるふりをしながらも、しっかりとシロウマ(以下略)をディスっているあたり、彼等の普段の苦労が窺えるというものであった。

 腹に溜まっていた鬱憤を、ここぞとばかりに吐き出す三人の騎士たち。

 そんな彼等の話し合い(?)を、ユリアは張り付いたような笑顔を浮かべたまま、額から一筋の汗を流しながら聞いていた。


「えっとですね……。

 でも、皆さんだけじゃ逃げたお馬さんを探すのは大変そうですし、何なら手を貸しましょうか?」

「……いや、さすがに其処までして頂くのは……」

「え!? 良いの、ユリアちゃん!? ありがとう!」

「申し訳ありません! お願いします!」

「……お前等……」


 ユリアの申し出に、さすがに其処まで迷惑はかけられない、と辞退を申し出るウィリアム。

 だが、彼のセリフが終わらないうちに、ロバートとアーサーが喰い気味に彼女の申し出を受けてしまっていた。

 呆れたとばかりにわざとらしく溜息を吐くウィリアムに対し、ユリアは頼られた事が嬉しいのか、満面の笑みを浮かべている。

 横目で二人を睨みつける彼であったが、土下座せんばかりに深々と頭を下げている彼等の姿を見ていると、何だか怒る気すら失せてしまっていた。


「……では、お願いします、ユリア様」

「わかりました。では、ちょっと待っていてくださいね!」


 そんなユリアの表情を見て踏ん切りがついたのか、ウィリアムも二人に倣って頭を深々と下げ、彼女の申し出を受ける事にする。

 確かに彼女の協力があれば、このミッションも容易いであろうと思われたのは事実であった。

 彼等の申し出を受け、くるりと振り返るユリア。

 そして……、


「ロゼちゃん! リリィちゃん! カメリアちゃん! ちょっとこっちまで来て!」

「なぁにぃ~、ゆりあさま~?」

「なになに~?」

「……(←まだビスケットを頬張っているので声が出せない)」


 どういうつもりなのか、おやつを貪り食っているチビ三人組を呼び出した。

 彼女の呼び出しに、転がるように駆け寄って来るチビ娘たち。

 もっともその小さな両手には、まだしっかりとクッキーと果汁水が握られたままであったが。


「あのね、このお兄さんたちのお馬さんを探すのを手伝ってくれる?」

「いいよ~」

「やるよ~」

「むぐむぐ……。ふぁ~い」


 ユリアからの“お願い”に、妙にやる気を見せるチビ三人。

 もっとも、まだカメリアだけはクッキーを飲み込む事に忙しそうであったが。

 彼女たちの何も考えていなさそうな軽い返答に、俄に不安になる騎士たち。

 彼等はユリアにその真意を問い質そうと、彼女の機嫌を損ねぬよう慎重に言葉を選びながら、恐る恐るといった感じで口を開いた。

 

「……あの、ユリア様……これは一体……?」

「実はチビちゃんたちは、探し物が大得意なんです!

 彼女たち、一度覚えた匂いを忘れないんですよ! 凄いでしょう!」


 思わず『猟犬かい!?』と叫びたくなった心を何とか押さえ、ユリアの姉バカ満点の自慢げな笑顔を覗き込むウィリアム。

 ふと隣を見てみると、ロバートとアーサーも似たような感想を抱いたのか、微妙な笑顔を浮かべたまま固まったように動かなくなっていた。

 そんな彼等の思惑など意に介していないのか、三人の近くに寄って来てクンクンとその匂いを嗅ぐチビ娘たち。

 彼女たちは満足そうな笑顔でそれぞれの顔を見上げると、勇ましいかけ声とともにいきなり走り出した。


「いくよ~」

「こっち、こっち!」

「……(←再びビスケットを齧り始める)」

「「「……」」」

「ほら、皆さん! さっさと行かないと、置いてけぼりにされちゃいますよ!?」


 三人のいきなりの行動に、思わず呆然とその背中を見送ってしまいそうになる騎士たち。

 だが、背後からかけられたユリアの発破に、我に返るや否や、彼等も慌てて走り出した。

 彼等を見送りながら、ユリアが


「いってらっしゃ~い!」


 と手を振りながら呑気な声援を送っているが、慌てている彼等の耳には届いていないようである。

 はっきり言って、不安しか感じられない彼等であった……。

次回の投稿は、10月23日頃になります。

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