第9話 勇者生贄作戦
男四人で、扉の前でうだうだしている話。
なにコレ……。
今、彼らの目の前には、魔王が待つという謁見の間へと続く大きな扉があった。
重厚かつ巨大なその黒い扉は、威厳たっぷりに彼等の前に立ち塞がり、まるで魔王その人(?)を目の前にしたかのような威圧感をもって彼等を睥睨している。
普段は、どんな権力者相手であっても顔色ひとつ変えない勇者たちであったが……さすがの彼等も、徐々に緊張感が高まっていくのを嫌でも自覚させられた。
皆が程よい緊張と高揚感に打ち震える中、空気を読まない勇者の不満そうな声が響く。
「なぁ……この首輪とロープ……そろそろ外してくんねぇか?」
拓真の現在の姿は……ロープで胴体を腕もろともにぐるぐる巻きにされ、まるでミノムシか、捕まった罪人のようであった。
更にに念には念を入れたのか、彼の首には首輪もしっかりと取り付けられ、そこから伸びた一本の太いロープが、先端をアランにしっかりと握られている。
一言で言うと……ほぼ簀巻き状態であった。
いや、強制的に自分の足で歩かされて疲れるぶん、完全な簀巻きよりも質が悪い。
もっとも、転がされたまま力任せに引き摺られるよりは遙かにましなのであろうが……途中にあった階段で、お尻や後頭部を強打するのは間違いない……、世界を救うために召喚された勇者に対する待遇とは思えない、とても酷い扱いであった。
せめて簀巻きになった自分を彼等が運んでくれたら……と思った拓真であったが、そんな好待遇を彼等が許すはずがない。
……約一年の旅路の苦楽を共にしてきた仲間に相応しい、素晴らしい友情であった。
ある特定の趣味の方々には垂涎のご褒美とも呼べる待遇だが、残念ながらそんな趣味を持ち合わせていなかった彼は、どうやら不満を感じているようだ。
「どの口が言いますか。しっかりと反省してください」
「……馬鹿以下」
「しかし、一体、どうやったらジャスティンに気づかれずに行方不明になれるんですか?」
「いや、俺もびっくりしたよ」
「……ある意味、才能」
拓真の要求は、クラウスによって完全に却下されてしまった。
他の二人も、拓真の弁護をする気はサラサラなさそうである。
「大体、魔王城に来て行方不明になった挙句、インフォメーションセンター? の方に連絡してもらって漸く救助されるって、どれだけ気が緩んでるんですか!?
普通なら、もうとっくにタクマは死体になっていますよ!? 下手をすれば我々も!
全く……、もういい加減にしてください!」
「……」
それどころか、クラウスからの追い打ちのお説教まで喰らってしまった。
彼の正論に、拓真は全く反論する事が出来ない。
「でも、あのインフォメーションセンターのお姉さんの説明は分かり易かった」
「あぁ、綺麗な声だったな」
眉間の皺を揉み解しながら滔々と語られるクラウスのお説教に、嫌な予感を覚えた拓真が視線で他の二人に助けを求めるが、アランとジャスティンは拓真の窮状には目もくれず、まるで他人事のように別の話題で盛り上がっていた。
おそらくお説教の延焼防止であろう。
彼等は彼等で、自己保身に余念が無いようでなによりだった。
仲間たちの援護が望めない事に、がっくりと項垂れて落胆する拓真。
さらにこの状況に乗じて、アランが真顔でとんでもない事を言い出した。
「……むしろ、このまま魔王の前に出るという奇策もアリだと思う」
「おぃ!」
それは奇策ではなく特攻だ!
そう叫びかけた拓真を完全に無視して、アランは皆に奇策とやらの詳細を述べ始めた。
「……魔王は勇者であるタクマの身柄を献上されると勘違いして、他の三人に対する警戒を緩める可能性が高い。
上手くいけば、他の三人を味方であると誤認する可能性も十分にある。
其処を狙って、全力の不意打ちをするのはどうだろう?」
「待てぃ! その場合の、俺の安全はどう確保するつもりなんだよ!」
「……尊い犠牲だった……」
「ふざけるなぁ!!」
勝手に尊い犠牲扱いされた拓真は、本気で身の危険を感じて発案者に猛抗議する。
アランの外道過ぎる“勇者生贄作戦”に、さすがのクラウスもドン引きしているようで、顔を盛大に引き攣らせていたが、ジャスティンは二人の漫才に大ウケしてゲラゲラ笑い転げている始末であった。
「……まぁ、冗談はこのくらいにして」
とても冗談には聞こえない口調で、話をあっさりと切り替えるアラン。
本当に冗談だったのかどうかは彼にしかわからないので、背筋に何か冷たいものを感じたらしい拓真が、確認するように彼を問い詰めていた。
「なぁ……本当に冗談だったのか?
目がマジだったぞ!? なぁ、俺の方を見てきちんと言ってくれ!」
「……この作戦を使わないのなら、このロープは外した方が良いと思う」
「使わないよな! そうだと言ってくれ! なぁ、頼むから!」
必死にアランに纏わり着く拓真。
確かに己の生死が懸かっているで、当然といえば当然の行動なのだが……蓑虫状態なのでさっぱり迫力がなかった。
それでもしつこい拓真から目を逸らしつつ、アランはクラウスに拓真のロープを外すことを提案する。
アランの機転(?)のおかげですっかりと怒りが収まったらしいクラウスは、苦笑いしながらジャスティンに拓真のロープと首輪を外すように頼んでいた。
「まぁ、此処まで来れば、さすがの拓真も迷う事はないでしょう。
ジャスティン、申し訳ありませんが拓真のロープと首輪を外してあげてください」
「はいヨ!」
威勢の良い返事とともに、ジャスティンが拓真を縛り上げていたロープと首輪を外しにかかる。
アランがチラリと拓真の方を見ながら、ニヤリと笑ったような気がするが、拓真は敢えてそれに気づかないふりをした。
確かにアランのおかげと言えなくはないのだろうが……どうにもしっくりこない拓真。
拘束とともにクラウスからのお説教2時間コースからも解放された彼は、心の底からホッとした後、名も知らぬフラジオンの幸運の女神に感謝した。
……アランには、とてもじゃないが感謝する気にはなれないので。
「さて、真面目に作戦を考えよう」
「真面目に、って……」
「……さっきのは、小粋なジョーク」
唐突に話題を変えたアランをジト目で見ながら、それは“小粋”ではなく“悪質”が正解だろう、と心の中で彼を罵りまくる拓真。
無論、此処でそれを蒸し返すのは明らかに悪手なので、じっと黙ってはいるものの、アランを睨みつける視線がその内心を雄弁に物語っていた。
勿論、アランは拓真の視線なんぞ全く気にしていない。
当然、拓真もそれが通じる相手だとはカケラも思っていなかったが。
「……まぁ、良いでしょう。
此処で考えなくてはいけないのは、我々がどういう態度で臨むのかという方針ですね」
「……方針?」
「戦うのか、それとも話し合いで済ませるのか、という事ですよ」
「……クラウスは、魔王は話が通じる相手だと思う?」
「少なくとも話し合う価値はあるでしょう。
何しろ我々は、魔王城に入ってからここに来るまで、一度も襲われていませんからね」
勿論、言葉が通じれば、という前提条件はつく。
さすがに言葉が通じない可能性までは考慮されていなかった。
仮にそうなった場合、何処からか通訳でも探して来なければならないのだろうか?
「……あまり戦意旺盛ではない?」
「むしろゼロである可能性すらあると思います」
「……確かに」
拓真が全身をぐるぐる巻きにされたロープをジャスティンに外してもらっている間に、パーティの頭脳労働担当の二人が、彼等の今後の方針について打ち合わせを始めていた。
クラウスの言うとおり、魔王からは自分たちに対する敵愾心のようなものを感じたことが一度もなかったのは事実である。
それどころか、自分の家を訪ねて来てくれた友人扱いされているんじゃないのか? という錯覚すら彼等には芽生え始めていた。
まぁ、此処まで来るのに、既にとんでもない迷惑をかけてしまったような気がしないでもないのだが……。
少なくとも此処では、いきなり戦いを吹っ掛けるような真似はせず、話し合いに持ち込む方が良さそうなのは火を見るより明らかであった。
それに、彼等は魔王個人に関する情報を殆ど持ち合わせていない。
この状態で魔王と戦う事態になるのは避けたい、というのが彼等の本音だった。
何しろ相手は魔王である。
とてつもない強さを誇っているだろう程度の事は、誰でも容易に想像できた。
相手の弱点ひとつ知らずに、強大とわかっている相手に生死の懸かった死闘を挑むほど、彼等はバトルマニアでもなければドMでもない。
……ひとり、怪しい奴がいたけれど。
この世界はゲームではない。
攻略本もなければ、ネットの攻略情報もない。
当然、コンティニューもなければリセットボタンも存在しない。
文字どおり、一回一回が命懸けなのだ。
「良いでしょうか? タクマ」
「あぁ、クラウスの言う事は間違っていないと思う。良いんじゃないか? 話し合いで」
クラウスが拓真に了解を求めてくるが、特に反対する理由もない拓真は、あっさりと彼の見解を首肯する。
此処でジャスティンに意見を求めないのは、彼等の中にある優しさであった。
決して『訊いても意味がないから』などではないはずである。
……ホントだよ?
「……わかった。じゃあ、呪文の準備はどうする?」
アランも決定された方針に、特に不満はないようだ。
特に感慨のようなものもないのか、いつものような淡々とした調子で次の話題に移って行く。
「そうだなぁ……。まず、かける必要があるかどうか、だが」
「さすがに何もかけていかないのは、どうかと思いますが……」
「……話し合いと決まったわけじゃない。最低限の対策は必要」
「そうか……、二人がそう言うならそうするか。
じゃあ、防御補助系呪文はかけていくとして、攻撃補助系はどうする?」
「……悩みますね」
「……相手は魔王。だったら、こっちの呪文の種類は全てお見通しと考えるのが妥当」
「仮にそうだとしたら、攻撃補助系の呪文はマズくないですか?
一応は話し合いに臨むのですから」
「よし、なら攻撃補助系はナシで」
話し合いの結論は、あっさりと纏まった。
すぐにクラウスとアランが、全員に必要と判断された呪文を次々とかけていく。
クラウスは全身の身体能力(抵抗力も含まれる)を向上させる『祝福』や、物理防御力を上げる『防御』などを次々と全員にかけていた。
アランは魔術に対する抵抗力を上げる『抗魔』や、全身にバリアのような結界を作り出す『魔術師の鎧』などの防御系補助呪文を全員にかけている。
それ等を確認した拓真が、全員に身振りで合図をした後、勢い良く扉を……、
「あれ? この扉、どうやって開けるんだ?」
開けようとしたが、開け方がわからないので、その場で困ったように首を捻っていた。
彼のオマヌケ発言に、他の三人が器用に揃ってつんのめる。
……意外とノリの良い連中であった。
「え? 開かないんですか!?」
「押しても引いてもビクともしねぇよ!」
「……縦や横にずらしてみるとか」
「やってみたけど全然ダメ!」
「あははは、困ったねぇ!」
「「「いいから何か考えろ!」」」
扉の前で、右往左往している勇者パーティ。
もはや恒例行事となりつつある醜い罵り合いが、再び展開されていた。
もう一度、城門前での悪夢が繰り返されるのか?
その恐怖に憑りつかれた拓真・クラウス・アランの目が、絶望の色に染まっていた。
((((おいおいおいおい……!!))))
彼等は焦る気持ちを何とか宥めて、もう一度この扉を良く観察してみる。
だが、其処には当然のようにドアノブなどは存在せず、扉の表面や周囲にも、開閉スイッチのような突起物は何処にも見当たらなかった。
当然、鍵穴などあるはずもない。
ならば、と扉に体重をかけて力任せに押してみるが、扉は全く開く気配はないし、上下左右にずらそうと試みてみても、扉はまるでビクともしなかった。
「猫ちゃんや~い!」
おまけに此処には……頼りになるお助けキャラの猫もいないのだ。
「くそっ! 此処まで来て……」
「落ち着きましょう! タクマ」
「……何かヒントになりそうな物は……」
「う~ん、何も思いつかないや……」
「「「お前には期待していない!」」」
「どっちなんだよ!」
三人がかりの八つ当たりに、さすがのジャスティンも文句を言ってきた。
絶望的な気分に襲われる勇者たち。
何しろこの扉を開けられなければ、今までの苦労が全てパァであった。
此処まで来てすごすごと帰る羽目になろうものなら、徒労感から来る精神的ダメージは深刻であろうし、それこそ王国中のいい笑いものになってしまう。
何より、準備してもらった防御系呪文のMPが勿体無かった。
……気にするの、其処?
暫しの時間が経ち、もう何をして良いかわからずに扉をドンドンと乱暴に叩いていた彼らの目の前で、突然、点滅を繰り返す光が扉いっぱいに広がった。
突然の状況の変化に、訝し気に表情を歪める拓真たち。
「「「「……」」」」
最初に現れた光の文字には、こう書かれていた。
「近づき過ぎると文字が良く見えなくなります。2,3歩離れてください」
「「「「?」」」」
随分と丁寧な指示に、首を捻りながらも彼等が扉から体を離すと、光の文字が変化して次の言葉が現れる。
「背後をご覧ください」
扉の表面に現れたその短い文章を見て、嫌な予感に包まれた勇者たち。
((((これ……似たような事が、ついさっきあったような気が……))))
それでも勇気を振り絞り、彼等はギギギィという音がしそうな感じでゆっくりと背後を振り返る。
その目に飛び込んできたのは……ズラリと並んだ10器のレバーだった。
勿論、肝臓ではない。
突き出た棒を上下左右に動かす、あのレバーの方である……当たり前だが。
この10器の中から正解を選ぶという事か……と拓真がうんざりとしたような表情で考えていると、左から3番目と6番目のレバーの基部が、何故か扉の表面と同じようにチカチカと点滅し始めた。
「「「「……」」」」
彼等はもう一度、扉の方をゆっくりと振り返る。
すると今度は、
「点滅しているレバーを下に引いて下さい。扉が開きます」
と扉の表面の光の文字が変化していた。
どうやら勇者パーティの猫以下の知性を危惧した相手(魔王)が、しびれを切らしたのか正解を教えてくれたらしい。
あまりのサービスの良さに、涙が出そうになった拓真たち。
全員でアイコンタクトを取り合った後、互いに頷き合うと、四人を代表して拓真が点滅しているレバーに手をかける。
(これで大ハズレだったら大笑いだな……)
ふと、そんな不吉な予感が脳裏を駆け巡って、一瞬、手が止まりかけたが、覚悟を決めた拓真がレバーを引き下ろそうとすると……、
「……あ、タクマ待った」
アランが突然、ストップの指示を出してきた。
大げさにつんのめる拓真。
何事かと思ったのか、まわりにいた二人もアランに非難めいた視線を送っていた。
だが、相変わらず彼はそれを全く気にした様子も見せずに、いつもの調子で言葉の続きを淡々と述べていく。
「……呪文の継続時間切れ。かけ直す必要がある」
「「「あっ……」」」
アランの冷静な指摘に、他の三人は全身に激しい脱力感を感じたのか、その場に崩れ落ちるように座り込んでしまった。
(大丈夫かよ……俺たち)
それは神のみぞ知る事である。
その神が邪神でない事を、本気で神に祈る拓真であった……・
話が全然進みません。
悪いのは作者です。
ごめんなさい。