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偽りの人

作者: 十重二十重

「よんじゅうはち……よんじゅうきゅ……ごじゅう!」


 開戦を告げるように決然と言い放つと、フィーリアはその小さな手を目から離して振り返った。


 周囲を見回し、人が隠れられそうな場所にあたりをつける。花壇の奥にあるくさむらがあやしい。少しだけ揺れたような気がする。


 フィーリアはくさむらに近づくと、眉をよせながら観察を続けた。あたりはしんと静まり返り、聞こえてくるのは風でこすれる草の音のみ。名前のわからない草はフィーリアの目線よりも高く伸びていて、分け入るのがためらわれた。


 あきらめて他の場所を探そうと踵を返したとき、微かな異音――金属がこすれるような音――に気がつく。虫や植物が発する音でないのは明らかだ。


 くさむらの中に再び目を凝らすと、緑のすきまに白色がちらついた。


「見つけた!」


 フィーリアは探し物の存在を確信して勝利を宣言する。意を決してくさむらへ踏み入ると白いシャツを着た女性――モニカ――を見つけると、再び勝利を宣言した。


「お母さん、見つけた!」


「あら、もう見つかっちゃった。フィーリアはかくれんぼが上手ね」


 褒められて気をよくしたフィーリアが笑い声をあげる。彼女を出迎えようと、立ち上がりかけたモニカにの足から音がした。先程よりも大きく感じる。


 はっとしたフィーリアがモニカの表情をうかがう。いつもの笑顔と比べて何か変だ。ぎこちない感じがする。


「お母さん、大丈夫?」


「大丈夫。なんでもないの。そんなに心配しないで」



 窓から二人を見つめていたマーヴィンは深いため息をつく。胸中の疑念を吐き出すように、主治 医に問いかけた。


「先生、本当にこんなやり方で上手くいくのでしょうか? ロボットに死者の真似事をさせるなんて。私には子供だましにしか思えません」


「おっしゃりたいことはわかります。それでも、現状ではこれが最善なのですよ」


 マーヴィンの問いに、主治医が答えた。


「愛する人を失うことほど、人の心を傷つける事態はないでしょう。あるがままの現実を突きつけることは、弱った心には負担が大き過ぎるのです」


 マーヴィンの反応を注意深く観察しながら、主治医は言葉をつなげる。ある意味では彼も患者なのだ。


「もちろん、耐えられる人はいます。あなたがそうであるように。しかし、耐えられなければ本当に心が壊れてしまうのです。時間をかけてください」


「それは問題の先送りに過ぎないのではありませんか? 無事だったと信じた相手がまがいものだと知ったら、さらに深く傷つくことになるのでは」


「先送りすることが目的なのです。……彼女の傷は深いものでした。生きる意思を手放しかねないほどに。事実と向き合うまでに、もう少し回復の時間を与える必要があります」


 主治医の説明にマーヴィンは顔をしかめた。専門家の意見を感情だけで退けるほど、彼は傲慢ではない。ただ、納得することができずにいる。


「……少し、様子を見てきます」


「ああ、それではフィーリアをここへ呼んでもらえますか。状態を確認しておきたいので」


 了承すると、マーヴィンは部屋を出た。



「お父さん!」


 二人に近づいてくるマーヴィンに気づき、フィーリアが声をあげた。


「フィーリア、先生がお呼びだよ。行っておいで」


 マーヴィンはそれに笑顔で応える。自然に笑えているだろうか。不安を覚えながら演技を続ける。不信感を与えてはいけない。

 フィーリアは少しぐずったが、モニカが促すと素直に従う。後にはマーヴィンとモニカが残った。


「私も診ていただいたほうが良いかしら。義足の調子が良くないの。つぎめあたりの痛みが酷くて。あの子に心配させてしまったわ」


「ああ、そうだね。まずフィーリアの様子を診たいそうだから、少し待ってから行こうか」


 マーヴィンは演技を続ける。事故が起きて以来、家族だけの時間はほとんどなかった。今この時間を長引かせたかった。


 真実を伝えてしまいたい、という衝動はグッとこらえる。彼女がそれを知れば、死を選ぶ可能性さえあるのだ。


 もう一人を失うことは、きっと自分にも耐えられはしないから。


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