27.彼
一体どれだけ歩いただろうか。
いつまで経ってもどこかに辿り着く事はなく、延々に白の世界は続いていた。でも、どれだけ歩いても疲れはなく、むしろ、心地良さがあった。
ツグミ。
誰かが私を呼んだ。その声は、すぐ傍から発せられたのだけど、目の前でも背後でもなく、どこからなのか分からなかった。
ツグミ。
もう一度、誰かが私を呼んだ。その声は、とても懐かしい声で、そして、私を憂いていた。
愛実。
ああ、そう言えば、私の名前は「愛」が「実」と書いて、「愛実」と呼ぶんだった。
愛実。
もう一度呼ばれた時、その声は私の頭のなかに直接的に響いているのだと気付いた。
そうだ。ここはまだ現実世界ではない。妄想と現実の狭間で、言うなれば私の夢なんだ。だから、私は戻らなければならない。私を呼ぶ、あの人が待っている現実世界へと。
そう思った時、私は眩い光に包まれた。そして、私の意識は夢から現実へと送られる。
ああ、ようやく戻ることが出来るんだ。
水の流れる音がする。それはさらさらと流れる小川のような穏やかな音ではなく、シャワーから噴き出す水が水面を打ち付ける激しい音だ。そして、湿気が私の頬を撫で、私は目を開けた。
私は自宅の狭い風呂場で倒れていた。シャワーから勢いよく水が出ていて、それが浴槽を一杯に溜めている。しかし、その水は、無色透明ではなくて、私の左手が入っているせいで、赤く染まっていた。
そう言えば、私は手首を切って、それを浴槽に突っ込んでいたのだった。それで死ねる訳がないと思っていながらも、私はそれを止められなかった。
でも、今なら分かる。この行為が全くの無駄であるとは、言い切れないにしても、それで私の求めているものは手に入らない。私は——。
「愛実!」
突然、風呂場に私を呼ぶ声が響いた。顔を上げて見てみれば、母が血相をかいて私を見下ろしていた。
「ママ……」
母は私の意識がある事に安堵すると、しかし、心配の色はそのままに、すぐに床に膝をついて私の頬に触れた。
「愛実……。ごめんね……」
何度目だろうか。母が、涙で目を濡らしながら私に頭を下げるのは。
きっと私の手首に刻まれた数だけ、母は泣いている。
でも、母が悪かった事は一度もなかった。不器用ながらも私を見続け、私を憂いていた。母に何の落ち度もない。本当に謝るべきは、私の方だ。
私は大人を悪魔だと決めつけ、自分は正義だと驕っていた。でも、その癖、寂しさに打ちひしがれる度、手首を切って自分を傷つけた。そして、母に心配をかけた。私を見てくれていた母を蔑ろにしていた。だから、悪いのは私なんだ。
「ママ……。ごめんなさい」
私はそう言って、傷付いた手を浴槽から出すと、そのまま母の頬に触れた。そのせいで、母の頬は私の血で赤くなる。でも、母は気にせず私の目を見返し、悟ったように言った。
「愛実。やっと戻ってきたんだね。やっとママを見れるようになったんだね」
その時、私は改めて自分は現実の世界に戻ってきたんだと思った。
長きにわたり、妄想の世界に囚われていたけれど、私はようやく自分と自分を想う人達が生きる世界に戻って来られたのだ。
それはとても怖い事だと思っていたけれど、母の泣きながら微笑む顔を見ると、その恐怖は瞬時に消えてしまう。それだけ母の存在は偉大なのだ。そして、そんな母も私にずっと見て欲しかったんだ。
私は母が自分を見てくれないのだと思い込み、ずっと母から目を逸らせていた。横目ではその存在を気にしつつ、母が自分を見てくれていないのではないかと恐れ、直視できなかった。
でも、今は互いに、互いの存在を認識し合い、ここが現実であり、自分達はここにいるのだと確信を抱ける。
——妄想と現実の違いは何か。
それはいつか私が彼に問うた言葉で、私は観測者の数の違いだと言った。でも、それは数の問題ではなく、誰か一人でも、自分を見てくれる人がいるのであれば、それはもう妄想ではなく、現実であり、私が現実にいる意義となる。
「愛実……」
母は、冷たいシャワーに打たれる私を抱き寄せた。それによって、母も冷たいシャワーで打たれる事になる。
でも、寒さは感じなかった。むしろ、温かさが勝り、私は満たされていた。そして、母も私の熱を受け取り、満たされていた。
もう言葉はいらなかった。私達、母娘は、互いの熱が感じられ、互いの存在が認識し合えるだけで十分だった。それがまさに「愛」が「実」った瞬間だった。
この世界には、悪魔はいない。
この世界は、優しさで溢れている。
確かに、今は絶望のどん底に思える時があるかもしれないけれど、自分は生涯孤独なんだと思える時があるかもしれないけれど、きっと必ず誰かが自分を見てくれている。
それは、今の自分では見えない所にいる人かもしれないし、近過ぎて見えないのかもしれない。
でも、絶対誰かが自分を見てくれている。誰にも観測されない人なんていない。
世界はあなたを置き去りになんてしない。世界はあなたを見捨てたりはしない。
今一度、周りを見渡して、世界を見詰めて、自分に手を伸ばしてくれている人を感じて欲しい。
死にたいとか、消えてしまいたいとか、それを考える事は絶対悪ではないけれど、頑張って生きろ、と残酷な事は言わないけれど、自分に最も近い存在である、自分自身をもう少し大切にして欲しい。
そうすれば、世界の見え方が少し変わるはず。自分を見てくれている人に気付けるはず。
それは、親かもしれないし、恋人かもしれないし、兄弟かもしれないし、医者とか看護師とか医療関係の人かもしれないし、相談員とか福祉関係の人かもしれない。
とにかく絶対に見てくれている人がいる。絶対に。
それが「名も無き彼」が私に教えてくれた事。
それを改めて感じた時、私はようやく彼が何者だったのか分かった。
彼は——。
名も無き少年は——。
私自身だったんだ。




