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妄想少女ツグミ  作者: あおい つばさ
25/27

25.私(1)

 私の目の前には、ひとりの少年がいる。彼は、目をきつく瞑って、何かを考えているみたいだけど、何を考えても無意味。だって、私には全てが手に取るように分かるんだもん。


 街で何が起こっているのか。


 人が何を考えているのか。


 世界はどうなってしまうのか。


 私には神の如く、全てが分かる。だって、ここは私の妄想の世界だから。


 この世界では、私の意志が全て。私の意志に従い、時は進んだり遡ったりするし、空間は切り離されたり繋がったりする。


 だけど、そんな世界ももうすぐ終わる。今回も私の望む世界にはならなかった。時間だけが、無為に流れ、人々は何も知らぬまま、のうのうと過ごし、そして何も知らぬまま、消えていく。


 それは、目の前で何かを考えている「名も無き少年」も例外ではない。



 私の目の前に立っている彼は、私を求めて、どうにかこのコインランドリーに辿り着いたようだけど、私の求めるものは、何ひとつ持って来なかった。ただ周囲の目を恐れ、自分の無力さに苦しみ、そんな不甲斐ない自分を私に慰めてもらいに来ただけ。結局、彼も傷を舐めて欲しいだけの憐れな人間に過ぎないのだ。



 ——君には期待しているよ。


 それはいつか私が、彼に言った言葉。


 でも、私は彼に一体何を期待していたんだろう。憐れな人間である彼に、何を求めていたんだろう。


 

 馬鹿みたい。彼から何かが得られるはずもないのに、何かを持って来てくれるんじゃないかって、ずっと期待していた。


 自分でも笑っちゃう。でも、そう思いながらも、私は、また世界をやり直そうとしている。まだ何かを期待している。




——君は、どうしてこの世界を創ったんだい?


 それは、さっき彼が私に聞いた言葉。私は「気まぐれ」と答えて誤魔化したけれど、本当はその理由を忘れちゃっただけ。


 私はなんでこの世界を創ったんだろう。

私は、この世界に一体何を求めているんだろう。いつの間にか、それすらも分からなくなっていた。


 私は、私を見失っているのだ。感情を無くした私は、自分の本意も分からなくなっているのだ。でも、その癖、世界が消える瞬間、私はその虚しさに一瞬だけ心が揺らめく。その一瞬の揺らめきを、彼は気付いているのかもしれない。





 もう何度目だろう。私は、永遠とも思える時を、この妄想世界で過ごしてきた。何度も何度も初夏を繰り返し、創っては消し、創っては消しを機械のように反復してきた。


 そして、今まさに私は、もう一度世界を創り直そうとしている。またくだらない世界を始めようとしている。そのために、まずは世界を消さなくてはいけない。


 私は世界を消し去るために手を挙げた。しかし、それと同時に彼が目を開く。


 「ツグミ。僕は分かったんだ」


 何が分かったというのだろうか。私を見詰める彼の目は自信に満ちていた。そして、その自信は、世界を消し去ろうとしていた私を思い留まらせた。


 「何が、分かったの?」


 私が問うと、彼はひとつ頷いてから答える。


 「黒の意味だよ」


 「黒の意味?」


 「そう。君の目の色だよ」


 「私の目の色……」


 彼は真っ直ぐに私を見ていた。いえ、私の「目」を見ていた。色のない私の目を見て、何かを確信していた。彼はその確信をゆっくりと話し始める。


 「こんな事を言うと、気分を悪くするかもしれないけど、僕はずっと君の目を恐れていたんだ。君は、綺麗な顔で、楽しげに笑う。幼くて、悪戯で、とても可憐だ。でも、君の目に一度も色が点る事はなかった。僕はそれが怖かったんだよ」 


 彼は声音を少し低くし、表情を陰らせた。でも、私の目から視線を外す事はなく、「だけどね——」と続ける。


 「僕は分かったんだ。君の目は色がなかったんじゃなくて、ずっと『黒色』に染まっていたんだよ」


 「黒色……?」


 「そうだ。黒色は、『恐れ』の色だ」


 「恐れ……」


 私は呟き思う。確かに、黒色も色の一種であるとするならば、私の目は、黒色に染まっていたのかもしれない。それが恐れであるというならば、そうなのかもしれない。だけど、それが分かった所で、もうどうしようもない。


 「君、面白いこと言うね」


 私はいつものように微笑んで、彼を見上げた。当然、その笑みに楽しさなど微塵もない。


 「もし君の言う通り、私が何かを恐れているんだったら、また世界をやり直せばいいだけの事だよ。今度は、ちゃんとした恐怖のない世界を創るから。そのときは、君も手伝ってね」


 そう。世界が怖いのであれば、またやり直せばいいだけの事。この世界は、私の妄想の世界なんだから、何度だってやり直せる。そして、たぶん彼の言う恐れがなくなった時、私の望む世界になるんだろう。


 しかし、彼は少しだけ悲しい表情をして首を振った。


 「違うよ。ツグミ。この世界は何度やり直したって、君の望むものにはならないし、君の恐れがなくなることもない」


 「知ったような事言わないでよ」


 私は、初めて反論する彼に、少しだけ苛立った。


 彼は、ただ傷を舐めて欲しいだけの惨め人間であり、私の妄想世界で生きる架空の創造物でしかないのに、何が分かると言うのだろうか。私が目を閉じるように世界を消し去れば、消えて無くなってしまう癖に。


 私は苛立ちを鎮めるつもりで、彼から離れた。そして、またいつものようにコインランドリーの中を徘徊し始める。


 「ねえ、なんでこの世界の人には、私が見えないと思う?」


 「……」


 彼は答えなかった。ただじっと歩き回る私を目で追い、静かにその場に立っていた。私はそんな彼の代わりに正解を言う。


 「それはね、私が傍観者だからだよ。私は、人々の憐れな暮らしぶりを見て、ひとりで笑っているの。くだらない人間関係を繰り返し、好きになったり、憎んだり、慰め合ったり、傷つけ合ったりしている人々の生活を嘲笑っているの。ホント、人間関係って見ていて面白いけど、醜いよね」


 私は彼の視線を感じつつも、コインランドリーのなかを歩き回り、いつか彼が座っていた錆びたパイプ椅子の前で足を止めた。そして、しばしそれを見詰める。


 「さっき、どうしてこの世界を創ったのかって、君は聞いたよね。私は気まぐれって言ったけど、本当は世界を見下しているのが、気持ち良かったのかもしれない。だから私は、この世界を創って、皆を見下しているんだと思う」


 私の見詰めるパイプ椅子は、座ればすぐに壊れてしまいそうだった。


 でも、何でだろう。


 この世界の傍観者であり、創造者である私には、もっと可愛くて優雅な椅子が似合うはずなのに、私は何故こんな草臥れた椅子を創造したんだろう。


 そう思った時、不意に背後から彼の声がした。


 「だったら、なんで君は、『僕』を創ったんだい?」


 私はその声に導かれて振り返る。すると、いつの間にか彼が私のすぐ後ろに立っていた。


 「それこそ、理由なんてないよ」


 私はそう答えて、またパイプ椅子へ視線を戻す。何故か、彼を見続けることが出来なかった。でも、彼は私をずっと見続ける。


 「それは嘘だ。君は、誰かに見つけて欲しかったんだよ。誰にも見られない世界で、誰かに見つけて欲しかったんだよ。君は、誰にも見られない事が怖くて仕方がなかったんだよ」


 彼の言葉は、不思議ととても重く感じた。まるで、彼の言葉は自分の心の内から放たれる思念のような、嘆きのような感じがした。そのせいか、胸がざわつく。


 「違う」


 私はパイプ椅子から視線を外すことなく、首を振った。しかし、彼は私を力強く見続ける。


 「違わない。僕には分かるんだよ。君は、誰にも見られない事が怖いんだ。誰かに見て欲しいんだ。誰かに寂しさを埋めて欲しいんだ。君は神様じゃない。ただの子供だよ。僕と同じ、ただの子供なんだ。『現実の君』がそうであるように」


 「現実の私……?」


 現実……。


 それは何だろう、と思った時、フラッシュバックのように、「別の世界」の記憶が蘇ってきた。



 薄暗い室内。


 テレビが灯りの代わりとなっていて、誰かがそれを見ている。私はその後ろに立っているのだけど、その人は、私を見ないで、深夜番組を観ている。



 学校の屋上。


 逞しい顔つきで誰かが、私を励ましている。だけど、その視線の先にあるのは、私ではなく、自分の立場と世間体だ。



 車窓が流れていく。


 私は車に乗っている。運転手は誰だろう? こけた頬が少しだけ私を心配にさせる。でも、その人は私を見ないで、前だけを向いている。自分の行く先だけを見ている。私を置き去りにして。



 私を見ていないのは、彼らだけではない。街行く人々も、クラスメイトも、皆私を見ていない。私を風景の一部として、私に焦点を合わせる事なく、視界の隅で流していく。


 私は、皆に無視されている。


 私は、誰にも認識されていない。


 それは誰にも見えない妄想のようで、観測されない私はいないのと同じ。


 美しい街に馴染めない私は、世界から分離し、不純物として廃棄されるのだ。



 怖い……。


 私は、世界に居続けたいのに、誰もそれを認めてくれない。


 私は、消えて無くなってしまう。



 怖い……。


 誰か、私に気付いて。


 私は世界に溶け込みたいの。私はここにいるよ。


 ねえ、誰でもいいから、私を見て。


 お願い。


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