13.久世(6)
僕は、久世を殺したくて堪らなかった。
だから、僕の顔は、悍ましく歪んでいたのだろう。
一旦は警戒心を解いていた久世だったが、僕が近づいていくと、徐々に恐れと疑念で顔を青白くさせていく。
「ど、どうしたのかな? もしかして、お母さんを探しに来たのかな?」
久世は歩み寄る僕から距離をとるように、後退りを始めた。でも、すぐに背中が壁についてしまう。
「君のお母さんなら、今日はいないよ。なんか用事があるって、帰ったんだ。も、もし良かったら、今からお母さんに電話しようか? 迎えに来てもらえるように」
壁に追い詰められた久世は、ぎこちなく笑って、僕を宥めようとしていた。でも、長身の久世の目線は高く、僕を見下していた。
そもそも、宥めようとしている時点で、僕をまともな子供として扱っていない。僕をまるで頭の悪い猿か、話の分からない珍獣だと思っているのだろう。自分は賢い大人で、僕は頭のおかしな子供だと思っているのだ。そうでないのならば、腰を屈めて、目線を合わせるはずだ。やっぱりコイツは、ロクな奴じゃない。
「あのさ——」と、僕が言うと、久世は全身を緊張させた。でも、それを悟られないように、表情は柔らかく保とうとする。それが返って無様で、滑稽だった。
「な、なんだい? 何かボクに用なのかな?」
「今まで何人殺してきたの?」
「え、えっ? こ、殺したって……何の話だい?」
久世は驚いた顔をした。でも、僕は久世に言ったのではなく、僕の後ろで楽しそうな笑顔を浮かべているツグミに言ったのだった。そして、それを察したツグミは、踊るような口調で答える。
「これが初めて。だから、ワクワクが止まんないの! ああ、パパは何て言って、死んでいくのかにゃー?」
振り返らなくても、ツグミの笑い顔が想像できた。色のない目を細め、鼻梁に皺が寄っている。口角は無邪気に引き上げられ、白い歯は彼女の純粋さを象徴しているようだ。その顔は実に愛らしい。
しかし、だからこそ、恐ろしい。
人を——命を——彼女は重んじていない。そして、僕はそんな彼女に従順である。
「そっか。奇遇だね。僕もワクワクしているよ。ツグミ」
「ツグミ? 君は何を言っているんだい? 他に誰かいるのかい?」
久世には僕の背後にいるツグミが見えていないのか、頻りに首を動かして、僕以外の「誰か」を探した。
しかし、その仕草も白々しい。きっと自分とツグミが繋がっていたという事を知られたくないのだろう。弄んでいるとは言え、自分の女の、子供だ。女子中学生と不健全な関係性をもっていると知られれば、僕の母に伝わるだけではなく、世間にも公になってしまうかもしれない。
結局は保身のため。自分が可愛くて仕方がないのだ。ああ、嘆かわしい。
「ねえ、最期に何か言う事ある?」
「さいご? どういう事?」
「さいごは、『最期』だよ。死に際の事」
「死に際って……き、君は、一体何をしようとしているんだ」
「何って、あんたを殺そうとしているんだよ」
僕はそう言って、背後に隠していたカッターナイフを構えた。それを見た途端、久世は情けなく、腰を抜かしてしまう。
「ちょ、ちょっと待って! どういう事なのか分からないよ。なんで君が、ボクを殺そうとするんだい? も、もしかして、お金が欲しいのかな? お小遣い上げようか? 幾らが良い? 1万円? 2万円?」
何でも金で解決しようとする所が、大人の悪い癖だ。金なんて、殺した後、幾らでも奪えばいい。それに僕は、金欲しさに動いているのではない。ただ悪を葬る。清い心を以てして、正義を執行する。それだけだ。
「ホントに醜いね」
僕は床にヘタレ込んでいる久世を見下ろし、軽蔑した。自分の悪に目を向けようとはせず、どうにか生き逃れようとする。その精神がもう腐りきっている。やはり、絶命させなければいけない悪だ。
僕は、更に久世に歩み寄り、カッターナイフを振り上げた。
「ま、待って! お金が足りないんなら、もっとあげるよ! 10万円でもいいし、それ以上でもいい。とにかくその凶器を下ろして」
久世は両手を前に突き出し、必死に自分の命を守ろうとしていた。金額をどんどん釣り上げて、僕の怒りを金で買おうとしていた。その愚かさは、もう怒りを通り越し、呆れてしまう。
「お金なんていらない」
「じゃ、じゃあ、何が欲しいんだい? ゲーム機かい? それとも自転車とか?」
コイツは本当に救いようのない馬鹿だ。お金が欲しくないのならば、物が欲しいと考える。もう声を聞いているだけで、寒気がする。
「そうだ。君のためにマンションを一室買おう。そうすれば——」
と、久世が言った所で、僕は、奴が突き出していた手を切り付けた。
どす黒い血が飛び散り、ドブのような臭いが立ち込める。久世の血は、その精神と同様に酷く汚れていた。
「うぎゃああ! 手が、手が!」
「うるさいな。少し切れただけだろ」
久世は血が溢れ出る自身の両手を見て、泣き喚いた。
ああ、ホントクズだわ、コイツ。
「も、もうやめてくれ……。ボクが君に何をしたって言うんだ」
僕よりも遥かに背が高い久世だが、今は体を縮こませて、まるで薄汚れた捨て犬のように丸まっていた。
いや、それでは犬に失礼か。
とにかく僕らは立場が逆転していて、僕が久世を見下し、久世が僕を見上げていた。
「自分自身が犯した罪も分からないようじゃ、生きている価値がないね。まあ、元より殺すつもりだったけど」
「こ、殺さないで……」
久世はもう座っている事も出来なくなり、項垂れ、額を床に着けて、涙を流していた。それは、まるで、親に見捨てられた子供が絶望を嘆いているようだった。
しかし、コイツは子供ではない。
悪だ。
僕は再び、カッターナイフを振り上げる。すると、久世が何かを呟いた。
「そうか……。そう言う事か。正代が言っていた意味が、ようやく分かったよ」
何の話か分からなかった。でも、何の話でも良かった。大人の言う事など、悪魔の囁きと同じだ。
「これで、ボクらは『家族』に——」
僕は久世の首元を切り付けた。
それと同時に大量の血が溢れ出す。それはあっという間に血溜まりを作り、久世の命を奪った。
しかし、もう久世の血はドブの臭くなかった。
どす黒くもなくて、人間らしく、赤くて、鉄臭い血だった。
残酷だけども、綺麗な血だった。
正直、意外だった。そのせいか、僕は、本当にこれで良かったのだろうかと思ってしまう。
僕は正義……なんだよね?
ツグミ。




