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妄想少女ツグミ  作者: あおい つばさ
12/27

12.久世(5)

 久世の家は、富裕層が住む住宅街にあった。立派な家が幾つも建ち並び、競って富を自慢しているようで、見ているだけで嘔気がした。


 「あっ、あそこだよ」


 横で体育座りをしていたツグミが言ったので、僕はタクシーの運転手に停まるように指示した。


 「そこで停めて」


 タクシーが一軒の家の前で停車する。その家は、塀に囲まれていて、中は伺い知れなかったが、表札には「久世」と記されていた。それを見て、僕は以前、母に連れてこられた事を思い出す。


 もう随分と前なので、上手く思い出せないが、ガレージのなかには黒い高級車が停まっているはずだ。そして、それは母を送った車であり、ツグミを迎えに来た車だ。つまり久世が運転する車。やはりあの車に乗っていたのは、ロクな奴じゃなかった。


 タクシーを降りた僕は、運転手にここで待つように言った。


 ツグミは久世の家には良く出入りしているらしく、慣れた様子でインターフォンは鳴らさず、裏手へと回る。そして、塀をよじ登り始めた。


 「勝手口から中に入れるよ。私、鍵持っているから」


 僕は、彼女に黙って付いて行った。カッターナイフを握り締めたままで。




 塀を越えると、広めの庭が広がっていた。よく手入れされたその庭は、綺麗に芝が切り揃えられていたが、洋風の置物と和風の置物が混在していて、統一感がなかった。そのセンスのなさが、久世らしい。


 庭を通り過ぎ、勝手口に辿り着くと、ツグミは慣れた手つきで鍵を開けた。鍵が開くと、彼女はドアを開く前に言った。


 「パパはね、狡いんだよ。お金持ちで、イケメンで、上手だから、すぐ女が寄ってくる。でも、本気じゃないの。あの人は誰かを本気で好きになれない可哀想な人なの。だから、君のママも遊びだよ。結婚なんて絶対にしない。飽きたら捨てられるよ」


 何が「上手」なのか、僕には分からなかったが、とにかく久世が僕の母を弄んでいるという事は分かった。それが分かっただけで、久世を殺す動機は十分だった。


 勝手口から家の中に入ると、すぐに香水のようなニオイを感じた。如何にも高そうなニオイだったが、時々、母からもそのニオイがしていた事を思い出し、僕は胸が悪くなる。すると、ツグミが珍しく顔をしかめて、鼻をつまんだ。


 「このニオイ、私苦手なの。趣味悪いよねー」


 僕は、ツグミと意見が合い、嬉しかった。


 「そうだね。頭がおかしくなりそうだ」


 「何言ってんのー。君はもう十分おかしいって。にゃはは!」


 ツグミが歯を見せて笑う事で、それは僕に対する誉め言葉になった。確かに僕はおかしい。まともじゃない。でも大人はもっとおかしくて、まともじゃない。人を平気で弄ぶ、クソ野郎だ。


 ツグミは迷うことなくリビングへ進み、そこの中央にあった階段を上り始めた。


 「パパの寝室は二階だよ。もしかしたら、君のママがいるかもしれないね」


 そう言えば、母は久世の家に行くとメッセージを送ってきたのだった。だから、今、久世と共にいる可能性がある。しかも寝室となれば、久世と寝ている可能性もあるし、裸でいる事も考えられる。


 僕は母の女々しい姿を見るのが嫌だった。それは僕だけじゃなくて、子供ならば皆そうだろう。でも、今はそれで久世殺しを躊躇っている場合ではない。


 「もし母さんもいたら、その時は久世と一緒に葬るよ。あの人も悪魔みたいなもんだ」


 「にゃはは! いよいよ過激だね。やっぱり君を誘って良かったよ。チョー楽しい!」


 階段を上り終えると、真っ直ぐに廊下が伸びていた。ツグミはその廊下を突き当りまで進む。


 「ここがパパの寝室」


 何の変哲もないただの部屋だった。中からは何の物音もしなかったが、何となく人の気配を感じた。


 この先に久世がいる。


 そう思うと、怒りや憎しみだけではなく、今から奴を葬れるのだという高揚感も湧いた。


 僕の母を弄ぶアイツをようやく始末できる。女を軽視し、ツグミのような少女にも手を出す卑劣な下衆野郎を葬れる。僕の手で。


 僕の手には、ずっとカッターナイフがあった。それは僕の手にしっくりと収まっていて、今ならまるで身体の一部のように自在に扱えるような気がした。


「じゃあ、『1、2の3』で、開けるね」


 ツグミがそう言って、ドアノブに手をかけた。僕は頷き、カッターナイフの刃を伸ばす。ツグミはそれを見て、更に興奮した様子で、口角を引き上げた。それからカウントを始める。


 「1……2……」


 しかし、カウント半ばで、寝室のドアは突然開かれた。


 「うわっ!」


 予想外の出来事に僕は驚いたが、開けたのはツグミだった。


 「にゃははは! ビックリした?」


 なんて事ない、ただのツグミの悪戯だった。そして、まんまと驚かされた僕は呆れて、肩をすくめる。


 「もう、脅かさないでよー」


 正直、時と場所を選ばないツグミの悪戯には、うんざりしたが、それも彼女の魅力の一つだった。彼女に緊張感は似合わない。彼女は、いつも自由気ままで、快楽だけを求めていればいいのだ。


 しかし、驚いたのは僕だけではなかった。開かれた寝室から警戒心に満ちた、低めの声が飛んでくる。


 「誰だ!」


 なかを見遣れば、裸にガウンを羽織った長身の男が、ベッドの横に立っていた。久世だ。


 途端、僕の全身の毛が逆立って、早く奴を殺したいという衝動が湧き上がってくる。でも、ただ殺すだけでは駄目だ。甚振いたぶって、苦しませて、自分の犯した罪を思い知らせてやらねば、気が済まない。


 「こんばんは」


 僕は湧き上がる衝動をどうにか抑え、カッターナイフを背後に隠しながら、寝室の中に入った。久世は入ってきたのが、僕だと分かると、肩を撫で下ろし、一旦は警戒心を解く。


 「き、君は……正代まさよの……」


 母を呼び捨てにする所が腹立たしい。でも今はそれを咎めないでやる。後にそれもまとめて痛みとして味わせてやるから。


 「君のママはいないみたいだねー。ざんねーん」


 僕に次いで寝室に入ってきたツグミは、真っ先にベッドを見た。少し前まで久世がそこで休んでいたのだろうか。ベッドの上の布団は乱雑になっている。でも、母の姿はなく、久世以外の誰かがいた気配も感じなかった。


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