09 いけにえ
槍をつきつけられ階段をあがっていくと、壁が三面しかない建物の中に出た。
建物を出ると、となりにも質素な建物がある。
「進め」
槍を突きつけられた。
村の建物は、外周にそって建てられていて、村の中央は広場になっていた。
その広場の中央では太い木が組まれて作られた台が燃やされ、大きな炎が上がっている。それを大きく囲むように村人たちが。
そして、火の近くに立ててある丸太に、アリンさんが縛りつけられていた。
俺もアリンさんのところへ連れていかれた。
炎の熱が伝わってくるような距離だ。
「くっ……」
アリンさんがくやしそうに俺を見る。
「なんなんですか、これ」
「お前たちは、供物となる」
槍を構えた男は言った。
「くもつ」
「ならべ」
槍で軽く突かれながら、アリンさんのとなりに立たされ、俺も縛られた。
「喜ぶがいい。これでお前たちは、永遠となるだろう」
男は笑顔で言った。
男たちが離れると、村人たちが歌い始めた。
もしかしたら歌ではないのかもしれない。音程がなくて、声を長くのばしたり、短くなにかしゃべるように言ったりしている。
俺はアリンさんにささやいた。
「くもつってなんですか」
「……ささげものだ」
「いけにえってことですか?」
「そうだ」
「まずいじゃないですか」
「そうだ!」
アリンさんの声に、村人がじろりと見る。
俺はちょっと頭を下げた。
「……なんで俺たちがいけにえに」
「この村では、外部からやってきた人間がいれば、もてなす。だが、この村を離れるということになるなら、いけにえにささげるようだ」
アリンさんはくやしそうに言った。
「俺はまだ、もてなされてませんけど」
「王都遠征隊にこんな扱いをして、無事でいられると思うのか……、くっ……」
アリンさんが体をよじる。
「ちょっと待ってくださいよ! 俺はもてなされてないじゃないですか! なんで殺されないといけないんですか!」
歌が止まった。
「お前たちは、魔物にささげられる……」
村人の中で、白いひげが長い老人が言った。
村長かなにかだろうか。
「魔物がこれから来るんですか!?」
「そうだ……」
「それに食われる……?」
「そうだ……」
「そんな……、あ!」
ひらめいたぞ!
「じゃあ、アリンさんに、その魔物、倒してもらえばいいじゃないですか! そうすれば、もうその魔物におびえて生活する必要ないですよ!」
「おびえてなどいない!」
老人が大声を出した。
老人は深呼吸した。
「……我々は、ずっとこのようにやってきた。これからも、このようにやっていく……」
「いや、だから、倒してもらえばそうしなくていいっていう話で」
「……我々は、この森とともにある……」
聞いちゃいないな。
「いや、じゃなくて、この村も、魔物を殺してもらったほうがいいんでしょ?」
「……悠久の彼方より、この土地を守っている方に、命をささげるのだ……」
本当に聞いてないな。
「くっ……」
アリンさんがくやしがる。
「……アリンさん。なにか手はないんですか」
「無理だ。体が万全でない。おそらく毒だ」
「毒?」
「ある程度の薬なら私も効かないよう訓練を受けてきたのだが、ここでは、特別な毒、あるいはスキルを持った人間がいるようだ……。久々にこんなに歓迎されて油断した……。まさか、こんなことになるとはな……。くっ……、くっ……、くっ……」
くっ、を連発せずにはいられないほどのくやしさらしい。
せっかくだからもう一回くらい言ってもらう?
「無理なんですか? 王都遠征兵なのに? すごい人なのに?」
「くっ……」
くやしそうに俺を見る。
言ってくれた。
……そんなことやってる場合じゃない!
本当にまずいぞ。こんなことなら無理して村に入れてもらわなければよかった。
そのとき。
音もなく、それは現れた。
「おお……」
村人たちは、全員ひざをついた。
巨大な体。
鋭い目。爪。牙。
三つの首。
「ケルベロス……、まさか……」
アリンさんは言った。
「グルル……」
俺は言った。
グルルはこっちを見た。
すぐ目をそらした。
「おお、主よ。いま、命をささげます……」
老人が言うと、他の男たちが槍を構え、こっちを見た。
「ちょ、ちょっとまってください!」
「静まれ……」
「そいつ、木の実でもだいじょうぶですよ!」
「口を慎め……」
「木の実でいいんですって!」
「……」
男たちは、あきれたように俺を見る。
「静まれ……」
槍を俺に向けて迫る。
「いや、本当ですって! だって、そいつが肉を食べるところ、見たことあります?」
「あるが」
男は言った。
「あ、え?」
あるの?」
「でもグルル、お前、俺のことは襲わなかったよな? な?」
「口を慎め」
「だってほら。顔見知りなんですって。グルル! このロープ切ってくれよ!」
「グルルル……」
「わかるだろ? 俺だよ俺!」
グルルは目をそらした。
なんで?
「仲良くなったじゃないか!」
「グルル」
いいえ、だと?
こいつめ!
「もういい、そいつを黙らせないと儀式が進まん」
老人が手をあげると、槍を持った男たちが、いっせいに俺に向かって突っ込んできた。
「えええーーー!」
きらりと光る槍の先端がすべて自分に向いている。
いくつものそれが、迫ってくる。
そんな経験をしたことがあるだろうか。
きっとないだろう。
なぜならその人は、そんな質問をされる前に死んでいるからだ!
「ぎゃああああ!」
バキボキグキゴキ!
全身が折れたー!
折れた?
見ると、槍が全部折れていた。
えっ?
あとついでに、反射的に槍を防ごうと手に力が入ったとき、俺を縛りつけていたひもが全部ちぎれて自由になっている。
男たちは、折れた槍を持ったままさがる。
村人たちも、なにが起きたのかよくわからないという顔だった。
ちなみに俺もよくわからない。
「おい、グルル」
「グル!」
グルルが、びくっ、と体をふるわせた。
「なんだよ。俺たち、仲良しだろ」
俺はグルルのところまで歩いていって、体を軽くたたく。
顔を近づけて、笑顔。
動物も、人間も、笑顔で通じ合うんだ。
「な? グルル?」
「グルルル……」
グルルはキョロキョロした。
話をしているときは、ちゃんと相手を見ないと。
俺はグルルの、真ん中の頭を持って、こっちに向けた。
「グルっ?」
「仲良しだよな? な、グルル?」
「グ、グル!」
グルルは元気よく言った。
やっぱり俺たちは仲良しだ!
「そうだ。アリンさん」
「え?」
「一緒に逃げちゃいましょう! グルル! アリンさんの丸太を引っこ抜け!」
「グル」
グルルはアリンさんの丸太にかみついて、ずぼっ、と地面から引っこ抜いた。
「ひゃっ!」
アリンさんが高い声を出した。
俺はグルルの背中に乗った。
「グルル、出発!」
「グル!」
「ええええ?」
アリンさんが叫ぶ。
グルルは身軽だった。
俺が背中に乗っていて、くわえている丸太は、アリンさんが縛りつけられたままだから不安定な重さなのにも関わらず、グルルは、ぽーん、とあっさり村の外壁をとびこえてくれた。
さすがグルル!