07 くっ、殺せ……
女性が何回か矢を放つ。
しゃしゃしゃっ!
それが、俺の頭、肩、胸に当たる。
とととっ、と連続して当たって落ち。
さっきのと同じように矢の先がつぶれていた。
え、なにこれ。
完全に当たったよね。いまのは俺もわかるよ。完全だよ。
彼女が信じられない、という顔で、ゆっくり弓をおろす。
「くっ、殺せ……」
彼女は言った。
「いや、なんでですか」
「だが村の者には手を出さないでくれ」
「出しませんよ」
「そう言ったところで、お前はこの村に入り、男を無残に殺し尽くしたあと、女を好き放題するつもりだろうがな……。くっ……!」
「そんなことしません! できません!」
「じゃあなにをしに来た! 言ってみろ!」
「服をもらいにきました! ボロ布でもけっこうです!」
女性は俺をじっと見たあと、うなずいた。
俺をにらみつけながら、鎧を脱ぎ始める。
「わかった。私は、お前の言うとおりにする。好きにすればいい……。くっ……。だがな、私の体を自由にできようとも、王都の誇りは自由にならんぞ!」
「服をくれ!」
「つまり、脱げということだろう!」
「ちがうわ!」
女性は手を止め、俺をじろじろと俺を見る。
「お前はなにを言っているんだ……?」
なにを言ってるんだこの人は……!
しかも背中に手をまわして、なにか持っている。
俺の言うことを聞く、と見せかけてナイフかなにかで刺す気では?
目つきも鋭いし。
「なにか狙ってませんか?」
「! くっ……!」
「あの、とりあえず話をさせてくれ!」
「つまり、お前は悪人たちの取引らしきものを見てしまって捕まったが、事情がわからないので否定をした。だがそれを許されず、魔法で森に飛ばされたのだと言うのだな?」
脱ぐのをやめた彼女は言った。
「そうです」
「その後、森で魔物と出会い、この村まで連れてきてもらったと」
「そうです」
「本当に、私をどうこうする気はないのだな?」
「そうです! それで、どうして矢が当たってもなにごともないのかも、全然わかりません!」
俺は彼女の目を見て、はっきりと言った。
「……私の名前はアリン。王都遠征隊の兵だ」
「えっ?」
なに?
急に自己紹介したぞ。
「私はいま、遠征兵として、各地の村の位置の調査を行っている。中でもこの樹海は特別だ。複雑な生態系や、知られていない土地が多い。ほとんどがわかっていない。数日前にこの、王都に知られていなかった村の発見をした。そこで村のことを調べているうちに、お前が現れた」
「私は、単独で調査を行えるほどの能力を持っている。その私が! 確実に、お前に矢を当てたと確信している! だが、無傷だ! どんな魔法が使われたのか、スキルが使われたのかもわからない。そんなわけのわからないことをしてきたお前の話を、どう信用しろというんだ!? ああ!? どうせこのあと、お前は村人を殺し、欲望を満たす気だろう!!」
彼女はいきなり叫び始めた。
「落ち着いてくださいよ!」
「お前の言うことはもっともだ。落ち着こう」
アリンさんは、何度か深呼吸をした。
こわい。
「では、お前はどうしてここにいる」
「さっき言いましたよ!」
「女の子を追いかけて」
「それは! やっと人に会えてうれしかったからですよ!」
「そんなことが信じられると思うのか? どうして矢が当たって平気なんだ!」
「こっちが知りたいですよ! なんか、そういう魔法とか、ないんですか!」
「あるわけないだろう! いいかげんにしろ!」
「なんだって!」
おたがい怒鳴って、おたがい、呼吸を整えた。
「わかった」
アリンさんが、あきらめたように言う。
「わかってもらえたんですね!」
「お前が言っていることが事実かどうかなどはわからん。話は平行線だ。だが服はやろう」
「ありがとうございます!」
「その代わり、村には入るな」
「えっ」
「当然だろう。お前への信頼はない。だが、お前が村に入らないというのなら、私としてはこれ以上お前を追わないことにしてやろう、というわけだ。……聞いていたか?」
アリンさんは、扉の向こうに声をかける。
「そうだ。うん。用意がいいな。感謝する」
そう言って受け取った布を、こちらに放り投げた。
俺の足元に落ちた。
「それを着るといい」
「ありがとうございます!」
思ったより全然、いい服だった。
もっと、ボロボロの袋に、頭と手を出す穴が開いてるだけ、くらいを想像してたからありがたいことこの上ないですよ。
俺はすばやく、上下を着た。
人間! という感じがする。
「ではな」
「ちょっと待ってください!」
「なんだ。二度と村には近づくなよ」
「あなたはそのうち王都にもどるんですよね?」
「そうだが」
「だったら、俺も連れていってもらえませんか?」
「なんだと?」
「俺もコッサに帰りたいんです」
「知らん」
「でも! でも、ほら、俺をここに置いていったら、村にとって、心配じゃないですか?」
「なに?」
「俺が村でなにかやり始めたらどうするんです? 王都の人としては、危険な俺を、監督する責任とかも、あるんじゃないですか?」
「……お前はそんなことをしないのだろう?」
「アリンさんは、信じてないんですよね?」
もう、頼れるのはこの人しかいない!
置き去りにされたらおしまいだ!
「むう……。たしかに、それはそうだが」
「でしょう! だったら連れていってください! 帰りたいんです!」
「むう……」
むうむう言っている。
「お願いします!」
「……ちょっと待っていろ」
「え?」
アリンさんが壁の向こうに消えた。
と思ったらすぐ、もどってきた。
「これをつけろ」
アリンさんが投げたものが、ガチャン、と俺の足元に落ちた。
落ちていたのは、腕輪……?
半円ずつの金属が、開閉するように金具で留まっている。
「首につけろ」
首に、半円の金具をつける。
閉じるようにすると、装着できた。
「しっかりと、つけろ」
接続部分に留め具があって、押しつけると、カチ、という音を立ててくっついた。
「取れなくなったか?」
「はい」
ちょっと動かしても、ぴったりくっついていた。
接続部分に鍵穴が見える。
「その首輪は、スキルを封印するものだ。どうやらお前からは魔力を感じない。矢を受けても平気だったのは、スキルによるものだろう。その正体がなんであれ、お前のスキルは封印した。この状態なら、村の中で拘束して、数日後、王都に連れていってやろう。お前の言っていることが正しいのか、きっちり取り調べをしてやる」
「はあ」
スキル?
取り調べ?
「専用の鍵でしか開けることができないからな。そして、その鍵は、王都にしかない」
「つまり、この状態なら信用してくれると?」
「そうだ」
「やった!」
「……変なやつだ。入れ」
アリンさんが言うと、村の扉が片方だけ、すこし、開いた。
「早くしろ」
「あ、はい」
扉に向かいながら、スキルって、なんか聞いたことはあるなあ、と俺は考えていた。




